09.仮面の夜会①
本日2話目です。
収穫祭の2日目。
ソフィアたちは、朝早くから修道院の厨房でお菓子を用意し、大聖堂へと向かった。
どうやら口コミが広がったようで、前日を上回る人々が列を作っていた。
クッキーを含めた焼き菓子が飛ぶように売れる。
目の回る忙しさの中で、ソフィアは、ホッと胸を撫でおろした。
予想外の忙しさだが、ちゃんと売れて本当に良かった。
――そして迎えた、最終日の3日目。
多めに作っていったにも関わらず、全てのお菓子が、なんと1時間で完売した。
人々が、
「可愛いし、とても美味しかった」
「ぜひ、また買いたい」
と笑顔で帰って行く。
人気がなくなった大聖堂で、ヒルダが木箱を片付けながら笑顔で言った。
「色々大変だったけど、楽しかったわね! みんなに喜んでもらえたし!」
「ええ、本当に」
エミリーや他のシスターたちも、片づけをしながら嬉しそうにうなずく。
「来年は、もっと事前に準備をして、数をたくさん作りたいわね」
「今後、定番化するなら、週末に売ったらいいかも」
手を動かしながら、これからについて楽しく相談する。
笑顔でそれらを聞きながら、ソフィアは高鳴る胸をそっと押さえた。
今まで忙しくて気にする暇がなかったが、今日は夕方からロイドと出掛ける予定だ。
(片づけが終わったら、わたくしも準備をしなければ)
そして、片づけを終えて、解散したあと。
ソフィアはそっと、いつもの書庫に入った。
置いておいた、祭りのために準備していた衣装を取り出す。
それは、仮面の夜会でよく着られるという、古風な形の落ち着いたピンク色のワンピースで、ふわりと広がるスカートがとても可愛らしい。
彼女はシスター服を脱ぐと、素早くワンピースに着替えた。
ミルクティーブロンドの髪を丁寧にとかし、靴も少しヒールのついたものに変える。
そして、書庫の奥においてあった飾りのついた鏡の前に立つと、そこには村娘風の自分が立っていた。
少し短めのスカートがとても新鮮だ。
「ふふ、いい感じね」
彼女は、鏡に映る自分の青い目をながめた。
ふと、つぶやく。
「……わたくし、ロイド様のこと、どう思っているのかしら」
最近、このことについて考えることが増えた。
優しくて素敵な人だと思っているし、考えると心臓が騒がしくなる。
これから一緒に祭りに行くと思うと、楽しみで仕方ない。
(たぶん、これって、好きってことよね)
考える度に、そう思う。
(……でも、わたくし、シスターなのよね)
しかも、家を勘当されて王都を追い出されている身だ。
(……この状態で好きかどうかなんて、考えても仕方のないことですわね……)
いつもと同じ結論に辿り着くと、彼女は気持ちを切り替えるように、大きく息を吐いた。
買っておいた目の部分を覆う白い仮面をつける。
「ふふ、ちょっとカッコイイですわね」
そして、待ち合わせ時間の20分前。
彼女はそっと書庫を出た。
出た先の大聖堂はシンとしており、女神リュシア像が静かに佇んでいる。
「……いってまいります」
そうつぶやいて外に出ると、夕方の気配が漂い始めていた。
涼しい風が吹き始め、遠くから楽しげな音楽が聞こえてくる。
道行く人はとても楽しそうで、みんな古風な衣装を着て仮面をつけている。
(まあ、こんなに賑やかになるのね)
ソフィアは弾むような足取りで、待ち合わせ場所である中央広場を目指した。
近づくにつれて人の波が濃くなる。
(ロイド様、見つかるかしら)
楽しそうな人々でいっぱいの広場に到着し、少し不安になりながら、キョロキョロとあたりを見回していると、
「ソフィアさん」
背後から、自分の名を呼ぶ声が聞こえてきた。
振り返ると、そこには仮面をつけた長身の青年が立っていた。
服装は古風な剣士風で、整った顔に金縁の黒い仮面をつけている。
まるで絵から出て来たかのように整ったその姿に、ソフィアの心臓が跳ねた。
(まあ、すごくかっこいいわ)
思わず見とれていると、ロイドが近づいてきた。
ソフィアの姿を見て、口元に軽く微笑みを浮かべる。
「今日の格好、とてもお似合いですね」
「そ、そうかしら」
「ええ。特にその色、とても似合っていると思います」
「……ありがとうございます。ロイド様も素敵ですわ」
ソフィアは、何とか平静を保ちながら返事をした。
秋だというのに、体がどんどん熱くなる。
「では、いきましょうか。どこか行きたいところはありますか?」
「わたくし、チュロスが食べてみたいですわ」
「チュロス、ですか」
「ええ。修道院のお友達に、“お祭りに行くなら絶対食べなきゃだめよ!”って勧めていただきましたの」
ロイドが、楽しそうにうなずいた。
「では、食べ物の屋台が集まっている場所に行きましょう」
2人は、人混みの中を歩き始めた。
ソフィアに歩調を合わせて歩きながら、ロイドが口を開いた。
「クッキーの方はいかがでしたか?」
「お陰様で、あっという間に売り切れたわ」
「それはおめでとうございます」
「ええ、本当にホッとしたわ。でも、あまりに人が来たから忙し過ぎて目が回りそうで……」
ソフィアが、クッキーを売った時のことを話すと、ロイドが楽しげに口角を上げる。
そして2人は、両側に食べ物の屋台が並ぶ広い道に出た。
たくさんの人々が、楽しそうに並んだり食べたりしている姿が見える。
「まあ、美味しそう!」
ソフィアは、るんるんで屋台を巡った。
ロイドは肉をパイで包んだものを買い、
ソフィアは、ずっと食べたいと思っていたチュロスを買う。
彼女は、それをくるりと手元で回して見つめ、嬉しそうに笑った。
「食べ歩きなんて、初めてですわ」
「そうですか。歩きながら食べると、2倍美味しいですよ」
ロイドが楽しそうに微笑む。
ソフィアは、カリカリのチュロスを堪能しながら歩き始めた。
歩きながら、ロイドが自分の故郷の祭りの話をしてくれる。
「私の故郷は、春と秋に、それぞれ2週間ほどの祭りがあります」
「まあ、ずいぶん長いのね」
「領地が広くて移動の時間がかかるので、期間が長くなったと聞いています」
彼曰く、祭り期間は勉強も休みになるので、幼い頃は楽しみで仕方なかったらしい。
ソフィアは、くすくすと笑った。
小さい頃のロイドはどんな感じだったのかしら、と思う。
「ロイド様の地元のお祭りも、こういう雰囲気なのかしら?」
「そうですね。ここよりも工芸品の屋台が多いかもしれません。私の故郷は工芸品が盛んなのです」
ロイドの話では、山が多く珍しい草木がたくさん生えるため、薬作りも盛んらしい。
「土地が狭くて畑がたくさん作れなかったので、先人たちが知恵を絞ったそうです」
「そうでしたのね」
楽しそうに話すロイドを見て、きっと素敵な場所なのでしょうね。と思うソフィア。
(どんな場所なのかしら)
見てみたいわ。と思う。
その後も、ソフィアはロイドとともに街を歩き回った。
ぬいぐるみや、手彫りの置物などが置いてある屋台を巡ったり、大道芸人を見たりして、楽しく過ごす。
珍しいものばかりで、時折、足元が不注意になって転びそうになるが、ロイドがさりげなく支えてくれる。
はぐれそうだという理由で手を取られ、そこからずっと繋がれたまま、街を歩く。
(……ロイド様の手って、とても大きいのね)
その包み込まれる感触と温かさに、ソフィアはそっと胸を押さえた。
心臓の音が、ロイドに聞こえてしまいそうだ。
そして、ドキドキしながらも楽しく歩き回ること、しばし。
星がまたたき始めた紺色の空を見上げながら、ロイドが口を開いた。
「運河のあたりで、少し休みましょうか」
「ええ、そうしましょう」
夜の運河って初めて見るわ。と思いながら、ソフィアが同意する。
祭りの喧騒を背に、2人は夜風に吹かれながら、運河に向かって歩き出した。
(続く)
本日はここまでです。
また明日朝に投稿します。