02.オルテシア修道院へ
本日2話目です。
大騒ぎで幕を閉じた卒業パーティの、数週間後。
春の気配が漂う薄曇りの午後。
1台の質素な馬車が、田舎道をガタガタと走っていた。
中には、同じく質素なワンピースを着たソフィアがひとり、窓辺にもたれ、ぼんやりと外を眺めている。
灰色がかった景色を目で追いながら、彼女は小さくため息をついた。
「何だか疲れましたわね……」
*
卒業パーティが終わった翌日から、怒涛のような展開だった。
まず、ソフィアは両親と共に、王宮に呼び出された。
豪華絢爛な謁見の間に通されると、そこには、馬鹿にしたような顔をしたルパートや、厳しい顔つきをした国王、枢機卿などなどがいた。
「ルパート第2王子との婚約は破棄、学園は退学。遠く離れた修道院で反省するように」
と、言い渡される。
罪状は、『聖女の迫害、および王族への侮辱』だ。
ソフィアが暮らすセレフィア王国は、“愛と癒しの女神リュシア”を深く信仰する国だ。
この国には、ごく稀に10代で癒しの力を出現させる女性が現われる。
彼女たちは、「聖女」と呼ばれ、国を挙げて保護されている。
イザベラもその1人で、特に力の強い彼女は『大聖女』と目される聖女だった。
そんな彼女に酷い嫌がらせをしたのだから、厳しい刑罰は当たり前――、そんな雰囲気だった。
もちろんソフィアは否定した。
「わたくし、嫌がらせなんてしていませんわ。そもそもそんな暇すらありませんでした」
――そう訴える。
しかし、なぜかその場に複数の“目撃者”が現れた。
学園の生徒を名乗る男女で、ソフィアを睨みつけながら口々に訴えた。
「私、ソフィア様がイザベラ様をいじめているところを見ました!」
「イザベラ様が泣いていました!」
ソフィアは目を瞬かせた。
(え、誰ですの? この人たち?)
そもそも本当に学園の生徒なのだろうかと疑問に思うが、複数人の証人には敵わない。
「どうか信じて下さい。わたくしは、今まで本当に一生懸命やってきました」
そう訴えても、ルパートも国王もソフィアを冷たい目で見るばかり。
父母に至っては、保身のために、
「お前のような娘はいらん!」
「勘当よ!」
とその場で勘当を言い渡す始末で、ソフィアはあっさりと辺境の修道院へ送られることになってしまった。
「――人生って、本当に理不尽ですわね……」
馬車に揺られながら、ソフィアは何度目かの深いため息をついた。
今までの、将来の妃としての努力や、家やルパートに尽くしてきた日々は何だったのかしら、と遠い目をする。
「しかも、行き先が、あのオルテシア修道院だなんて……」
今ソフィアが向かっているのは、隣国との国境沿いにあるオルテシアの街だ。
かつて栄えたとされる、いわゆる古都だ。
そして、その街から少し離れたところにある、“オルテシア修道院”は、泣く子も黙るほど戒律が厳しいことで有名だった。
厳しい労働に、制限された生活、質素を極めた味のない食事。
その厳しさに耐えられず、逃亡する者が後を絶たないという。
「……わたくしの人生、完全に終わりましたわね……」
そんなことをつぶやく彼女を乗せて、馬車は灰色の野山をどんどん進んでいく。
そして、途中の街で休みながら、街道を進み続けること、3日目の夕方――――。
雨上がりの薔薇色の空の下、ソフィアは修道院の門の前に到着した。
レンガ造りの立派な門で、『オルテシア修道院』という古めかしい石のプレートが掛けられている。
ソフィアが馬車から降りると、一緒に来た護衛の騎士たちが、申し訳なさそうな顔をした。
「男性は敷地内に入れませんので、ここからはお1人でお願いいたします」
「分かりましたわ。遠いところまでありがとうございます」
ソフィアが、感謝の目で騎士たちを見た。
唯一の荷物である大きなスーツケースを、よいしょと持ち上げると、門をくぐる。
高い壁に囲まれた院内は、思った以上の広さだった。
広い庭は手入れが行き届いており、花壇に植えられた草花が夕方の風に静かに揺れている。
夕日に照らされた石造りの建物は優美で、どこかノスタルジックな雰囲気だ。
(……あら、案外悪くありませんわね)
断崖絶壁に建つ牢獄のような場所を想像していたが、思いの外綺麗な場所だ。
少しだけホッとした気持ちになるものの、ソフィアはすぐに気を引き締めた。
(油断してはダメですわ、ここはあのオルテシア修道院ですのよ)
確かに、建物はちょっといい感じだ。
でも、中にいる人々が、監獄の看守のように厳格に違いない。
(……覚悟しなければ)
そうお腹に力を入れながら、石造りの建物に向かって歩いて行く。
そして、入口まであと少しというところに迫り、ソフィアは思わず足を止めた。
目に入ったのは、1人の司祭らしき初老の男性と、5人のシスターたちだ。
みんなニコニコしながら入口の前に並んでいる。
肝っ玉母さんっぽい雰囲気の年配のシスターが、ソフィアを見て、にっこり笑った。
「あなたがソフィアさんね! ようこそ! オルテシア修道院へ!」
他のシスターたちも、「よく来たわね」「初めまして」など、笑顔で挨拶してくる。
(……は? ……え?)
ソフィアは思わずポカンとした。
予想外の歓迎ムードに、戸惑いを覚える。
赤毛の元気そうなシスターが、ニコニコしながらソフィアに近づくと、荷物をひょいと取り上げた。
「荷物、これだけですか?」
「え、あ、はい」
「じゃあ、部屋に行きましょう! こっちです!」
「え? ちょ、ちょっと、お待ちになって!」
早足で歩き出すシスターの後を慌てて追いかけながら、ソフィアの頭上に大量の疑問符が浮かんだ。
(な、なんだかイメージと違いますわ)
ここは、戒律が厳しいことで有名な、あのオルテシア修道院ですわよね? と首をかしげる。
(……もしかして、初日は歓迎して、後から落とすとか……?)
その後、ソフィアはこれから暮らす部屋に案内された。
二段ベッドが並ぶ牢獄のような部屋かと思いきや、手作りの花柄のカーテンが可愛らしい小さな1人部屋だ。
シスター服も、ボロボロのお古を渡されるかと思いきや、明らかに新品だ。
(しかも、この服、ちょっと可愛いですわ)
目をパチクリさせていると、眼鏡をかけた大人しそうなシスターがやってきた。
「あの、夕食の時間です」
「あ、ありがとうございます。今行きます」
彼女に付いて食堂に行くと、そこには目を見張るほど豪華な食事が並んでいた。
食堂には花が飾られ、壁には、『ソフィアさん、ようこそオルテシア修道院へ』という横断幕までかかっている。
戸惑いながら、勧められるまま料理を1口食べて、ソフィアは目を見開いて片手を口元に当てた。
(まあ! とっても美味しいですわ!)
ぱくぱくと食べるソフィアを見て、司祭とシスターたちがニコニコした。
「これ食べてみなさい」、「これも美味しいわよ」などと、遠慮するソフィアにあれこれ世話を焼いてくれる。
――そして、その日の夜。
(はあ、お腹いっぱいですわ)
ソフィアは、ぱんぱんに張ったお腹をさすりながら自室に戻ると、寝る準備を始めた。
もらった肌触りの良い生成りのネグリジェを着て、お日様の匂いのする清潔なベッドに潜り込む。
そして、天井を見上げて
「……これって一体どういうことなのかしら……?」
と首をかしげながら、ゆっくりと意識を手放した。
あと2話投稿します。