06.リンゴベリーを摘みに(下)
本日2話目です。
そして、途中で泉の水を飲んだりして休みながら、山道を登ること30分ほど。
ロイドが振り返った。
「ありました」
指差す方向に目をやると、山肌の一面が綺麗な緑色の葉に覆われていた。
可愛い楕円の緑の葉で、その隙間から小さな赤い実が見える。
「まあ! これがリンゴベリーですのね!」
1粒口に入れると、甘酸っぱい味が口の中に広がる。
「酸っぱいけど美味しいですわね!」
興奮するソフィアに、ロイドが口角を上げる。
2人はしゃがみ込むと、リンゴベリーを摘み始めた。
「全部採ってしまって大丈夫かしら」
「大丈夫です。数日すれば元通りになりますから」
2人がかりで摘むと、持って来た籠があっという間にいっぱいになる。
ソフィアがほくほくしながら籠の中のルビーのようなリンゴベリーをながめた。
「とても綺麗です。きっと美味しいジャムができるに違いありませんわ」
「ええ、色鮮やかなジャムになりそうですね」
ロイドも軽い笑みを浮かべて同意する。
その後、ソフィアは山を下り始めた。
登るよりも下る方が大変で、ロイドに手を貸してもらいながら、慎重に降りる。
ややへっぴり腰で山を下りながら、ソフィアは驚きの目で先を行くロイドの背中を見た。
登りもひょいひょい登っていて驚いたが、下りも軽々だ。
(本当にわたくしと同じ人間かしら)
心の底から感心する。
そして、半分ほど降りたあたりで、2人は泉のほとりに辿り着いた。
泉の周りは空き地になっており、丸太や石が転がっている。
(ここでサンドイッチを食べたら、きっと美味しいわ)
ソフィアがロイドに声を掛けた。
「ここでお弁当を食べませんか?」
「ええ、そうしましょう」
2人は丸太の上に並んで座った。
ソフィアが持って来た箱を開けると、ロイドが目を細めた。
「サンドイッチですか。とても美味しそうですね」
「ふふ、がんばりましたの。右から順に、ロイド様用のハム、卵と野菜、ポテトサラダ、ジャムバターですわ」
ロイドが、嬉しそうにハムと野菜が入ったサンドイッチを手に取った。
大きく1口食べて、驚いたようにピシリと固まるが、すぐに微笑む。
「……とても美味しいです」
「喜んでいただけて嬉しいですわ。いっぱい作ってきましたから、どうぞ遠慮せずお食べになって」
「……ありがとうございます」
ソフィアは、自分も1口食べた。
ジャムバターの甘さが疲れた体を癒してくれる気がする。
2人は楽しくおしゃべりしながらサンドイッチを食べた。
ロイド用のハムサンドは綺麗になくなり、他のサンドイッチも少し間をおいてなくなる。
(量も味もちょうど良かったわ)
喉が渇いていたのか、ロイドがお茶をよく飲んだので、少し足りない感じではあった。
でも、馬の背中にもう1本水筒が残っているし、全体的に見れば御の字だ。
2人は立ち上がると、再び山を下り始めた。
ロイドの手を借りながら、下へと降りると、そこには馬が草を食べながら待っていた。
「では、帰りましょう」
「はい」
そう返事をしながら、ソフィアは空を見上げた。
太陽が天頂から少しずれたところにあり、夜になる前には帰れそうだ。
(……なんだか、すごくスムーズだったわ)
そんなことを考えるソフィアの前で、ロイドが馬を撫でた。
鞍に採って来たリンゴベリーの入ったカゴや荷物を括りつける。
そして、ひらりと馬に飛び乗ると、ソフィアに手を差し出した。
「行きましょう」
「はい」
ソフィアが手を出して、馬の上に引っ張り上げてもらう。
馬が歩き出した。
山が遠くなっていく。
しばらくして、ソフィアは、ロイドを見上げた。
気になっていたことを尋ねる。
「……ロイド様は、もしかして、あの場所にリンゴベリーがあることをご存じでしたの?」
何だか妙にスムーズに見つかったなと思っていたのだ。
もしかして、もともと知っていたのではないだろうか。
「……ええ、知っていました」
ロイドの話によると、前回リンゴベリーの話が出た後に、軽く下見に来ていたらしい。
ソフィアは無言になった。
つまり、彼はその時採れば手間ではなかったのに、わざわざ今日ソフィアを連れて来てくれたということになる。
ソフィアの申し訳なさそうな様子に、ロイドが穏やかに言った。
「どうか気になさらないで下さい。私がやりたくてやっただけですから」
「ですが……」
「あなたに喜んでもらえたなら、それでいいのです」
ソフィアは感謝の目で、ロイドを見上げた。
「ありがとうございます、ロイド様。わたくし、とても楽しかったですわ」
ロイドが優しい目でソフィアを見た。
「どういたしまして。私もです」
その後、夜になる前に2人は修道院に到着した。
「今日は楽しかったです。サンドイッチもありがとうございました」
そう言って、ロイドがどこか名残惜しそうに立ち去って行く。
その後姿を見送った後、ソフィアは建物に向かって歩き出した。
「今日は本当に良い日だったわ」
リンゴベリーもたくさん手に入ったし、サンドイッチも喜んでもらえた。
(それに……とても楽しかったわ)
1日ロイドと過ごして、驚くほど楽しかった。
一緒にいて安心できたし、とても頼りになった。
(……本当に優しい方だわ)
今日のお礼はちゃんとしなければならないと思う。
(……好評だったし、またサンドイッチを作ろうかしら)
そんなことを考える。
――この時の彼女は知らなかった。
この10分後、ヒルダたちから
「ソフィア! あのハムのサンドイッチ、塩と砂糖の量、逆になってたわよ!」
「なんか、甘じょっぱい、食べたことのない味がした」
という驚愕の事実を聞かされて真っ青になる、などということを。
今日はここまでです。
お読みいただきありがとうございました!
続きはまた明日投稿します ̗̀ ( ˶'ᵕ'˶) ̖́-