04.遠出の約束
本日2話目です。
「まあ! ロイド様!」
彼が嬉しそうに微笑みながら近づいてきた。
「お久し振りです、ソフィアさん」
「え、ええ、お久し振りです。どうしてここに?」
ロイドは修道院に向かう前にこの街に寄り、偶然ソフィアを見つけたらしい。
わざわざ修道院まで来てもらうのも気が引けるため、ソフィアはそのままロイドとどこかで話をすることにした。
「では、南西のベンチのある広場はどうでしょうか」
「ええ、お任せしますわ」
2人は少し間を空けて並ぶと、街を歩き始めた。
歩きながら、ソフィアが尋ねた。
「馬はどうされたのですか?」
「街の入口に厩舎がありまして、そこで休ませています」
「まあ、そんな場所があるのですね」
ロイドによると、大きな街には必ずそういった厩舎があるらしい。
「知りませんでしたわ」
「馬で旅をしないと、利用しませんからね」
そんな話をしていると、子どもたちがソフィアを見つけた。
「あ! 懺悔室の聖女様だ!」
「ごきげんよう!」
と笑顔で手を振る。
ソフィアが「わたくし聖女じゃないのだけど」と思いながら手を振り返していると、ロイドがくすりと笑った。
「大人気ですね」
「ええ、まあ……」
ソフィアは軽く目を逸らした。
聖女でもないのに聖女と呼ばれるのは、どうにも居たたまれない。
そして、歩くことしばし。
2人は、小さな広場に到着した。
広場の中央には噴水があり、澄んだ秋空の下、さらさらと涼しげな水音を響かせている。
「少し待っていてください」
ロイドが、ソフィアをベンチに座らせた。
広場の端にある屋台の方へと行くと、両手にお茶のコップを持って戻ってくる。
「どうぞ」
ソフィアが、丁寧にお礼を言うと、差し出されたコップを受け取った。
ロイドが「どういたしまして」と、少し間を空けて隣に座る。
コップの中は、スパイスの香りが広がるミルクティーで、ほんのり甘くて優しい味がする。
お茶を飲みながら、ロイドが尋ねた。
「街にいるなんて珍しいですね。どうされたんですか?」
「リンゴベリーを探しに来ましたの」
「リンゴベリー……?」
ロイドが不思議そうな顔をする。
彼女は、懺悔室スイーツを作ることになった経緯を話した。
リンゴベリーが欲しいが、街になかったと言う。
ロイドが、なるほどとうなずいた。
「確かに、この近くには高い山がありませんからね」
「高い山……?」
「ええ、リンゴベリーは、いわゆる高山植物ですから、高い山に自生するのです」
ソフィアは驚いた。
「ロイド様、詳しいですわね」
「ええ、小さい頃、兄に連れられて、近くの山にリンゴベリーを摘みに行っていたのです」
王都から持ってきましょうか。と申し出るロイドに、ソフィアは首を横に振った。
「ありがとうございます。でも、女神様への供物は“地産地消”が基本なので、外からの物は使えないことになっているのです」
なるほど。とロイドが考え込む。
「……では、採りに行ってきましょうか」
「採りに行く?」
彼は、少し遠くの山を指差した。
「恐らくですが、あのあたりの山でしたら、探せばありそうな気がします」
「まあ!」
ソフィアが、目を見開いた。
諦めていた材料に思わぬ光が差し、瞳がぱっと輝く。
(でも……)
ソフィアは考え込んだ。
確かに、喉から手が出るほど、リンゴベリーは欲しい。
でも、修道院で売るものをロイドに採ってきてもらうのは、ちょっと違う気がする。
(……とはいえ、わたくしが自分で行くには少し遠すぎますし、どこを探せばリンゴベリーがあるかもよく分かりませんわ)
悩んだ末、ソフィアが口を開いた。
「……あの、よろしければ、わたくしも一緒に連れて行っていただけないでしょうか」
ロイドが軽く目を見開いた。
「かまいませんが、遠いですし、山ですよ」
「承知しております。でも、大聖堂のために作るクッキーの材料を、ロイド様にお任せしてしまうのは、申し訳ない気がするのです」
ロイドが少し考えたあと、うなずいた。
「分かりました。……ただ、シスターのあなたが私と一緒に遠出しても大丈夫ですか?」
「たぶん大丈夫ですわ。懺悔室スイーツの材料収集については外出許可が出ておりますし、アウグスト様は、そのへん結構緩いので」
「……そうですか」
ロイドがクールな顔に面白そうな色を浮かべる。
その後、2人は今後の予定について話し合った。
「では、来週の水曜日はいかがですか?」
「わたくしは大丈夫ですが、ロイド様は?」
「今大学は夏季休暇中でして、比較的余裕があります。――ところで、ソフィアさんは馬には乗れますか?」
ロイドの話では、馬車が通れない道を行くので、馬に乗る必要があるらしい。
(乗れますけど……あまり得意ではありませんのよね……)
ソフィアが少し困ったような顔をする。
その表情を見て、彼は考え込んだ。
ゆっくりと口を開く。
「……もしも、あなたが嫌でなければ、一緒に乗って行くのが早いかと思います」
ソフィアは一瞬躊躇した。
男性と一緒に馬に乗るなんて初めてだ。
しかし、すぐにロイドに余計な手間を掛けさせてはいけないと思い直し、何でもない風にうなずいた。
「はい、大丈夫ですわ」
「わかりました。では、そうしましょう」
その後も、2人は細々としたことを話し合った。
お昼やリンゴベリーを入れるカゴなどをソフィアが準備することなどが決まる。
「では、帰りましょうか」
「ええ、そうしましょう」
2人はベンチを立った。
ロイドが砂糖などの荷物をひょいと持ってくれて、馬車乗り場に向かう。
そして、ソフィアが馬車に乗り込むと、ロイドが口を開いた。
「それでは、来週水曜日にまた来ます」
「はい。よろしくお願いします」
馬車が走り出した。
ロイドが軽く口角を上げながら手を振る。
手を振り返しながら、ソフィアは息をついた。
流れる景色をながめながらつぶやく。
「わたくし、よく考えたら、殿方と遠出なんて初めてですわ……」
一瞬、何だかデートっぽいわねと思うものの、彼女は首を横にブンブンと振った。
これは懺悔室スイーツの材料集めの一環だ。
と、自分に言い聞かせる。
「とりあえず、お弁当に何を作るか考えなければなりませんわね」
彼女はそうつぶやくと、ロイド様はどんなお弁当が嬉しいのかしら、と考えながら、修道院へと戻って行った。
今日はここまでです。
お付き合いいただきありがとうございました。
また明日投稿します(*^-^*)