01.修道院生活、7カ月目
本日1話目、第2章スタートです!
ソフィアがオルテシア修道院に来て、7カ月目。
空が高く感じるようになってきた、夏の終わりの午前中。
修道院の厨房では、ソフィアが、ヒルダとエミリーと一緒にドライフルーツ作りをしていた。
葡萄やイチジク、アプリコットなど、修道院で採れた果物を洗い、干しやすい大きさに切っていく。
葡萄の粒を房から外しながら、ソフィアは作業台の上の果物の山をながめた。
「こんなにたくさんドライフルーツを作って、食べきれるのかしら」
「大丈夫よ。3週間も干したら、びっくりするくらい小さくなるから」
ヒルダが楽しそうに答える。
3人は陽気におしゃべりしながら、手を動かした。
下準備が終わると、それを抱えて厨房の裏口から外に出る。
外はとても良い天気で、秋の色を帯びた太陽が地面を照らしている。
彼女たちは、置いてある大きな台の上にザルをたくさん並べた。
その上に、果物を丁寧に並べ、鳥にとられないように網をかぶせていく。
全て並べ終わると、ヒルダが腰に手を当てて明るく言った。
「これでよし! と。あとはお日様にお任せ!」
ソフィアは、ずらりと並べられたフルーツを、感心しながらながめた。
ドライフルーツが入ったパンやお菓子を好んで食べていたが、まさかこうやって作られているとは思ってもみなかった。
(出来上がりが楽しみだわ)
その後、ソフィアは他のシスターたちと一緒に昼食を済ませると、懺悔室に行く準備を始めた。
外出用のシスター服に着替え、ベールをかぶる。
そして馬車に乗って、揺られること、約20分――――。
彼女は、大聖堂の前に到着した。
扉を開けると、中はいつも通り荘厳な雰囲気で、奥には女神リュシア像が静かに立っている。
ベンチに座っていた人が、ソフィアの方を振り返った。
隣りに座っていた人と、
「ねえ、あれって『懺悔室の聖女様』じゃない?」
「優しそうだし、そうかも!」
とヒソヒソと話す。
いつの頃からか、ソフィアは街の人たちから『懺悔室の聖女』と呼ばれるようになった。
親身に話を聞く姿勢や、しゃべり方などが聖女っぽいと思われたらしい。
(……わたくし、聖女ではないのだけど)
恥ずかしくなってうつむきながら執務室に入ると、シスターたちが笑顔で迎えてくれた。
何度も来ているお陰で、ここのシスターたちともずいぶん仲良くなった。
「懺悔室、大人気ですよ!」
「今日もよろしくお願いしますね」
そう声を掛けられ、とても嬉しい気持ちになる。
その後、彼女はいつも通り懺悔室で相談を受け始めた。
3カ月経って、相談業務もだいぶ慣れた。
大抵の相談では動揺しなくなったし、冷静に対処できるようになった。
もともと勉強熱心なので、心理学などの本を読んで勉強し、話をうまく聞けるようになった。
以前、ロイドが「あなたは人の話を聞く仕事が向いている」というようなことを言ってくれたが、もしかするとそうかもしれない。
ただ、苦手な相談も存在した。
――それは、恋愛相談。
相談内容によって、自分の過去の経験と重なってしまい、どうにも心がモヤモヤするのだ。
この日も、最後にそんな悩みを持つ若い女性がやってきた。
彼女は、ため息をつきながら話し始めた。
「付き合っている彼が、話し合いにすごく消極的なんです」
気に入らないことがあると、すぐ不機嫌になって黙り込んでしまうのだという。
「何か不満があるなら言って欲しい」と言っても、「別に」と言って無視されるため、まともに話すらできないらしい。
「なんだか辛くて……」
この話を聞いて、ソフィアは思った。
これって、以前のわたくしと同じだわ、と。
(きっと、とてもお辛いのでしょうね……)
悩める女性に、ソフィアは言った。
「自分のお気持ちを、お相手にはっきり言ってみても良いと思いますわ。『黙られたり無視されたりするのは嫌だから、もうやめて欲しい』と。――もしそう言ってもやめないようであれば、その時は……お付き合いそのものを考え直した方がいいかもしれませんわね」
――そして、女性が「がんばって伝えてみます」と言って、懺悔室を出て行った後、
ソフィアは思わず机の上に突っ伏した。
(はあ……、こういう相談があると、なんか色々考えてしまいますわね)
忘れたいと思っているのに、また昔のことを思い出してモヤモヤしてしまった。
果たして、忘れられる日は来るのだろうか。
(わたくしこそ、どこかの教会の懺悔室にでも相談に行くべきかもしれませんわ)
そんなことを考えていると。
ゴーン、ゴーン……
鐘の音が響き渡った。
終わりの時間だ。
彼女はハッと我に返ると、机の上を片付け始めた。
筆記用具を鞄にしまうと、周囲を見回しながら「次は3日後ね」とつぶやく。
そして、扉を開けて書庫の外に出た――、そのとき。
「――お疲れ様だね、ソフィアさん」
不意に声をかけられた。
声の方向に目をやると、そこには糸目でニコニコと笑うアウグストが立っていた。
「……」
ソフィアは思わず身構えた。
笑顔のアウグストに関わってロクなことがあった試しがない。
「……ごきげんよう、アウグスト様」
警戒しながら挨拶をすると、アウグストがニコニコ笑った。
「懺悔室の評判は前にも増して良くなっていて、私も嬉しい限りだよ」
「……ありがとうございます」
「最近では、『懺悔室の聖女』なんて呼ばれているらしいね」
「……いえ、わたくしなんて、まだまだですわ」
下手なことを言ったら何があるか分からないと、ソフィアが慎重に答える。
そんな彼女を面白そうに見ながら、アウグストが笑顔で言った。
「それでなんだが、実は相談があってね」
「……相談」
疑いの目を向けるソフィアに、アウグストがニコニコしながらうなずいた。
「再来月の収穫祭に向けて、懺悔室スイーツを作ってみないかね?」
あと1話投稿します。