08.懺悔室、3カ月目
本日1話目です。
ソフィアが懺悔室で働き始めて、3か月目。
青い空に白い雲がぽっかりと浮かぶ、初夏のお昼過ぎ。
ソフィアを乗せた馬車が、修道院から街に到着した。
「じゃあ気をつけて行っておいで」
「はい、ありがとうございます、マーサさん」
馬車が、街の奥に消えていく。
その後姿を見送ると、ソフィアは大通りに向かって歩き始めた。
街は明るい雰囲気で、夏の匂いを帯びた爽やかな風が、緑色の街路樹を優しく揺すっている。
(今日もいい天気ね)
彼女は大通りを歩きながら、キョロキョロと周囲を見回した。
だいぶ街にも慣れて、最近は脇道に入って探索してみるのが、ちょっとした楽しみになっている。
そして、
「今日はこっちに行ってみましょう」
未知の通りを見つけた彼女は、わくわくした気持ちで進み始めた。
その通りは、とても可愛い感じで、女性の好きそうなお菓子屋さんや花屋などが並んでいる。
(いい感じですわね)
そして、歩くことしばし。
彼女は赤い屋根のお洒落なパン屋を見つけた。
漂ってくるパンの香ばしい香りに、つい足を止める。
そして、ショーウインドウから中を覗いて、
「もしかして……」
と思わず小さな声を漏らした。
カウンターに立っていたのは、約3か月前に
「好きな人が振り向いてくれない」
と相談に来た女性だった。
あの時の彼女は、ひっつめ髪に茶色のレース服で、とても疲れて見えた。
しかし、今の彼女は、ハーフアップの髪に淡いピンクのワンピースをまとっており、とても可愛らしくなっている。
(まあ! まるで別人ですわ!)
ソフィアは、思わず店にふらりと入った。
トレイとトングを取ってパンを選ぶふりをしながら、こっそり接客をしている彼女を見る。
とても明るいその様子は、3カ月前とは比べ物にならないくらい生き生きしている。
ソフィアが、「本当にすごいですわ」と心の底から感心していると、
カランカラン
ドアベルの音と共に、扉が開いた。
女性がドアの方を見て、嬉しそうな声を出した。
「いらっしゃい、ディック」
振り返ると、そこには柔らかい雰囲気の青年が立っていた。
女性を見て、「やあ」と照れたように笑う。
「いつもの、買いに来たよ」
「ありがとうございます」
女性が、カウンターの奥から大きなパンを持ってくると、袋に包んだ。
小さなパンを1つ添えると、小声で言った。
「これ、おまけよ」
「ありがとう」
男性は嬉しそうに笑うと、袋を受け取った。
小声で「じゃあ、また今夜」と言って去っていく。
ソフィアの胸が暖かくなった。
この男性が、懺悔室で話してくれた「好きな男性」なのだろう。
きっと上手くいったに違いない。
(本当に良かったわ)
ソフィアはトレイにパンを乗せて、カウンターに持って行った。
女性に声を掛ける。
「これ、お願いしますわ」
その独特な令嬢言葉に、女性がソフィアを「もしかして」という風に見た。
シスター服を見て、察したように微笑むと、パンを袋に入れながら言った。
「……実は私、最近彼氏ができたんです」
「まあ、おめでとうございます!」
女性が嬉しそうに「ありがとうございます」と言うと、いたずらっぽく笑った。
「……実は、3カ月前までずっと気になっていた男性がいたんですけど、煮え切らないんで、思い切って別の人と付き合うことにしちゃいました」
「まあ……!」
「だから、今はすっきり幸せです」
目を見張るソフィアに、女性はくすっと笑いながら、紙袋に小さなパンを1つ入れてくれた。
「これ、おまけです」
「ありがとうございます」
ソフィアは袋を受け取ると、店の外に出た。
思わず、噴き出す。
(まさか別の方とお付き合いすることになったなんて、夢にも思いませんでしたわ)
とても驚いたが、彼女のあの幸せそうな顔を見る限り、きっとそれが正解だったのだろうと思う。
ソフィアは店を振り返ると、小さくつぶやいた。
「女神リュシア様の加護が、あなたにありますように」
本日はあと1話投稿します。