01.ソフィア、うっかり思ったことを口にしてしまう
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「卒業パーティの最後に、話したいことがある」
1歳年上の婚約者、第2王子ルパートにそう告げられて、ソフィアは期待に胸を膨らませた。
――きっと、わたくしへの感謝の言葉を述べてくださるのだわ、と。
ここ1年、彼女は王子に全力で尽くしてきた。
『王族である私に相応しい卒業パーティにせよ!』と言われ、2年生代表として準備に奔走した。
卒業が危ぶまれるルパートのため、秘密裏に卒業論文を代筆した。
厳しい妃教育の傍ら、王子の卒業スピーチ原稿を完璧に仕上げた。
誰がどう見ても、彼女は本当にがんばっていた。
だから、卒業パーティの最後に話したいことがある、と言われて、
「きっと、わたしへの謝辞を述べていただけるのだわ」
と思ってしまったのは、無理もない。
そんな訳で、彼女はルパートから褒めてもらえることを励みに、更に一生懸命がんばった。
事前準備に奔走し、前日も徹夜で段取りを確認する。
そして、卒業パーティ当日――――。
彼女はソワソワしながら、パーティに臨んだ。
花やリボンで美しく飾り付けられた大講堂を隈なくチェックし、パーティが始まってからも気を抜くことなく、足りないところがあればすぐにフォローする。
彼女の頑張りのお陰で、パーティは大成功。
――そして迎えた、パーティ終盤。
教師たちが会場を後にして、生徒たちだけになったころ。
「ソフィア・ラングレー公爵令嬢!」
遂に、壇上に上がったルパート王子が大声で叫んだ。
「はい、ただいま」
彼女は淑やかに返事をした。
(ようやくその時がきたわ)
ドキドキしながら、素早く手櫛で髪の毛を軽く整えると、いそいそとルパートの待つ前方の壇上に向かって歩き始める。
色とりどりのドレスで美しく着飾った生徒たちが、壇上のルパートと、歩くソフィアを見て、何事だろうと不思議そうな顔をする。
そして、人混みを抜けて、壇上まであと数歩というところまできて、
(……あら? これはどういうことかしら?)
ソフィアは首をかしげた。
目に入ったのは、ルパートの隣に立つ、白いドレスにピンク色の髪をした小柄な女子生徒だ。
イザベラ・ダモンド伯爵令嬢
1年ほど前に「癒しの力」が発現し、教会から「聖女」と認定を受けた令嬢だ。
最近ルパートと妙に一緒にいることが多く、気にしてはいたのだが……。
(どうして彼女が一緒に?)
一瞬疑問に思うものの、聖女であるイザベラが卒業式で挨拶していたことを思い出し、
(きっと、ルパート様と2人で労いの言葉を掛けてくださるのだわ)
と良い方向に解釈をする。
そして壇上に上がると、会場中が注目する中、ルパートに向かって丁寧にカーテシーをした。
「ソフィア・ラングレー、まいりました」
慎ましやかに視線を伏せながら、どういう言葉を掛けてくださるのかしら、と期待に胸を躍らせる。
しかし、ルパートから出た言葉は、ソフィアの淡い期待を打ち砕くものだった。
「ソフィア・ラングレー公爵令嬢! この場を借りて、お前を断罪する!」
「…………は?」
あまりに予想外の内容に、ソフィアは思わず目をぱちくりさせた。
言われている意味が全く理解できない。
会場にいるその他生徒たちも同様だったらしく、戸惑うようなざわめきが広がっていく。
「あ、あの、一体どういうことでしょうか……?」
ソフィアが戸惑いながら尋ねると、ルパートが横柄に顎を上げた。
「ここ半年、お前は私の婚約者であることを笠に着て、ここにいるイザベラに執拗な嫌がらせをしていたらしいな! イザベラは『大聖女』と目されている国にとって重要な人物だ! それを下らぬ嫉妬で貶めるなど一体何事だ!」
あまりに身に覚えのない断罪に、ソフィアは思わず目を瞬かせた。
「ええっと、嫌がらせ……?」
「ふん、しらばっくれるな!」
ルパートが険しい顔でソフィアを睨みつけた。
「何度も呼びつけた上に、数時間に渡って心無い言葉を浴びせたそうではないか! 責めが深夜まで及んだこともあったと聞いている!」
イザベラが、泣きそうな顔でルパートに、しなだれかかかる。
ソフィアは、呆然と立ち尽くした。
まるで底の見えない深い穴に突き落とされたような感覚を覚える。
妃教育に従うのであれば、彼女がここで取らなければならない行動は、『謝罪』だ。
とりあえず謝罪してこの場を丸く収め、ルパートの顔を決して潰してはならない。
しかし、この日の彼女は、徹夜明けも手伝って、限界を超えて疲れていた。
しかも、これまでの苦労がようやく報われるかと思いきや、無実のことで責められたのだ。
積もり積もった疲れが一気にあふれ出し、目から光が消えて、表情が虚ろになる。
そして、彼女はつい、口から本音をポロリとこぼしてしまった。
「……その話、大ウソですわ」
「なにい!」
激昂するルパートに、死んだ魚のような目をしたソフィアが、条件反射的に説明した。
「……だって、考えてもみてください。わたくし、卒業パーティの準備に加えて、ルパート様の卒業論文や、卒業スピーチの原稿も作っていましたのよ? 寝る時間すらほとんどなかったのに、何度も呼び出して数時間嫌味を言う時間なんてある訳がありませんわ。そんな時間があったら、間違いなく寝ます」
「……なっ! お、おいっ!」
論文もスピーチも自分の手柄にしていたルパートが、慌てた顔をする。
ソフィアは、虚ろな目のまま続けた。
「……それに、わたくしに『聖女に絶対に近づくな』と命令したのは、殿下です。しかも、妃教育で“自分に絶対に逆らわないようにソフィアを躾けよ”と命じたのも、殿下です。そんな教育を受けたわたくしが命令に逆らって、彼女を呼び出して嫌味を言うなど、できるはずがありませんわ」
「……っ!」
ルパートが、真っ赤になって目を泳がせた。
イザベラもルパートの腕に顔を押し付けたまま動かない。
生徒たちがざわめき出した。
「確かに、多忙なソフィア嬢にそんな時間があるとは思えないな」
「殿下に誰よりも尽くしてらっしゃいましたわよね」
「論文が優秀賞取ったって聞いておかしいと思ったら、やっぱりソフィア嬢だったんだな」
「さっきの挨拶も、素晴らし過ぎた」
などという声が聞こえてくる。
その声を聞いて、ソフィアは、ハッと我に返った。
自らの発言を顧みて、真っ青になる。
(や、やってしまいましたわ! わ、わたくしったら、つい本当のことを!)
背中を冷や汗がダラダラと流れ始めた。
目を泳がせながら、何とか誤魔化す方法を必死に考えるが、何も浮かばない。
怒り狂ったルパートが大声で喚いた。
「嘘つきはお前だ! 大聖女候補と名高いイザベラが嘘をつくはずがない!」
「は、はい! わ、わたくしもそう思います! 嘘つきはわたくしですわ!」
焦ったソフィアが、こくこくとうなずく。
そのあまりの白々しさに、会場からドッと笑いが沸き起こった。
ルパートの顔が赤を通り越してどす黒くなる。
普段あまりしゃべらない隣国からの留学生ロイドが、この状況を見かねたように
「これ以上の話は、別室でされてはいかがでしょうか」
と落ち着いた声で提案するが、激昂したルパートは止まらない。
彼はイザベラをギュッと片方の腕で抱き締めると、ソフィアに指を突き付けて叫んだ。
「聖女を虐げるような女は、妃に相応しくない! お前との婚約を破棄する!」
(わたくしは、何もしていない)
心の中でそう思うものの、ソフィアは無言で頭を下げた。
これ以上騒ぎを大きくしないように、ルパートの顔を潰さないようにと、口を固く閉じる。
――そして、後日。
ソフィアは、聖女を陥れたという濡れ衣を着せられ、ルパートとの婚約を破棄。
学園を退学させられ、規律の厳しいと有名な辺境の修道院に追いやられることとなってしまった。
本日は4話投稿します。
ちなみに、ヒーローの登場は第3話です。