目が覚めた私は
目が覚めると、見慣れない天井が目に入った。
私の体には、見知らぬ掛け布団がかけられている。
──ここは……誰かの家?
周囲を見渡すと、ベッドや机などが一通り揃ってはいるものの、どれも新品のように綺麗だった。使い込まれた形跡がまるでない。
生活感が感じられないのだ。
どこからか、ふんわりといい匂いが漂ってくる。
私はゆっくりと目線を動かし、部屋の中を見回した。
──そのとき、視界の端に映ったのは、壁にかけられた漆黒のローブ。
その瞬間、背筋を冷たい汗が伝った。
──ここは、あの背の高い男の家だ。
脳裏に、叫ぶような自分の声が響く。
『逃げろ!』
掛け布団を蹴り飛ばし、ベッドから立ち上がろうとする。
『あの窓からなら……!』
そう思った、その刹那。
足元から、力が抜ける感覚が走った。
崩れ落ちるように膝を床に打ちつけ、鈍い痛みが走る。
足に、まったく力が入らない。
『動いて……お願い、動いてよ!!』
必死に太ももを叩く。けれど、足はピクリとも動かない。
そのとき、家の奥からバタバタと誰かが慌てるような足音が聞こえた。
──目を覚ましたことに気づかれた。……もう、逃げられない。
ああ、終わった。
ギィ──
扉が勢いよく開いた。
現れたのは、銀髪の青年だった。
ふわりと柔らかそうな艶のある髪。高く通った鼻梁。白くなめらかな肌に、シミひとつない顔立ち。美しいカーブを描く眉。背は高く、全体的には中性的だが、太くしっかりとした首筋が男らしさを滲ませている。
だが、何よりも印象的だったのは──彼の瞳。
澄んだ青い瞳に浮かんでいたのは、恐怖でも、怒りでも、敵意でもなかった。
そこにあったのは、どこか哀しみと憂いを帯びた、静かな眼差し。
「……大丈夫か?」
彼は、私に手を差し伸べてきた。
私を見据える瞳に優しさが宿っていて──
気づけば、私はその手を掴んでいた。
「名前を聞いてもいいか?」
「……雪乃透華です」
彼は私をそっと引き上げながら、微笑んだ。
「トーカ、か……いい名前だな」
彼の口元に小さな笑みが浮かぶ。「私はバルクだ」
──バルク。
この人が、この家の主なのだろう。
少しの沈黙のあと、私は恐る恐る尋ねた。
「ここは……なんという国なんですか?」
その瞬間、バルクの瞳がわずかに揺れた。
「……ユスラボ王国だ」
ユスラボ──。聞いたことのない国の名前。
私は頭の中にある地球儀を必死に思い浮かべたが、そんな国はどこにもなかった。
──まさか、ここは異世界……?
そんなはずはない。けれど──
そもそも、言葉が通じていること自体が不自然だ。
「マジュウ」なんて存在も、これまで一度も耳にしたことがない。
「君も……他の国から?」
バルクがぼそりとつぶやいた。
「えっ?」
「いや、なんでもない」
バルクは視線を逸らし、話題を切り替える。
「お腹、すいていないか?」
そう言って、彼はシチューのような香りのする料理が入った木の器を差し出してきた。
「だ、大丈夫です……」
知らない人から食べ物をもらってはいけない──
そう思ったのに,私のお腹は正直にも、ぐうっと鳴った。
その音に、くすっと笑う声が聞こえた。
……恥ずかしい。
私はむすっとしながら、木の器をバルクの手から奪い取った。
手に持ってみると、とてもあたたかい。
さっき漂っていた「いい匂い」の正体がこれだったとわかる。
一口食べると、身体の奥からじわじわと力が戻ってくるような気がした。
バルクは手慣れた様子で、漆黒のローブを肩に羽織る。
「出かけなきゃいけない。俺が戻るまでこの家から出るなよ!」
その瞳には、強い意志の光が宿っていた。
「……わかったな?」
バルクが念を押すように言う。
私は、ただ黙ってうなずくしかなかった。
それを確認すると、彼はほっとしたように微笑み、静かに部屋を出ていった。
そして、部屋を後にする彼の背中に私は目を奪われていた。
あらすじ、少し変えました。