異世界に行ってしまう
最初の話はシリアス展開、満載。次の話からマイルドになっていきます。
この道はいつも暗くて怖い。今日は雨が降っているから余計に恐ろしかった。
仕事で疲れた体は悲鳴をあげているが、それよりも早く通り抜けたくて、つい足を速めた。
心臓がバクバクする。
頭まで深くレインコートのフードを覆っていたから視界が悪かった。
あれ? そう思ったときにはもう遅かった。
体がふわりと浮き、次の瞬間、急降下していく。
目線が地面と同じ高さになった。それはほんの一瞬。
その一瞬で悟った――私…死んだ。
***
足に衝撃が走った。
痛いは痛いが、そんなに痛くない。
「……は?ここ、どこ?」
恐怖でぎゅっと閉じていた目を開ける。視界に広がったのは、一面の草原だった。膝下まである草が風に揺れ、湿った土と緑の匂いが鼻をつく。
見たこともない景色。雨は降り続いているが、さっきまでの暗闇と比べれば、ずっと明るい。雲間から淡く光が差し込んでいた。
『私、死んだの?』
全く知らない周りの様子をキョロキョロと見ながら、これが天国なのかと思った。
立ち上がると、少し離れた場所に家らしきものが見えた。古びた石造りの家々がぽつぽつと並ぶ小さな村――学生時代に旅行で訪れたフランスの田舎を思い出す。天国って、ヨーロッパ風なんだな…。
人がいるのだろうか。天国の住民? 呑気にそんなことを考える。
突然、寒気を感じた。レインコートを着ていたといっても雨風が中に入るから身体が冷える。
恐怖で忘れていた身体の感覚が戻ってきたようだ。
私は草を掻き分けて民家を目指した。
村に近づくと、雨の中でも、軒下で子供たちが遊んでいるのが見えた。天使の輪がついているのを想像していたが、普通の人だ。赤みがかった茶髪で、羽が生えているわけでもない。
突然現れた私に気づいて、訝しげにこちらを見ている。
「あんた、大丈夫かい?!」
奥の家から出てきた一人の女性――おばさん、いや、どちらかというと“奥さん”と呼びたくなるような人が、心配そうな声をかけてくれた。
「寒くて… 少しの間だけでも、家にいさせてくれませんか」
「わかった! 早く入り!!」
奥さんは気前よく、私を受け入れた。
「ありがとうございます」
頭を下げて、レインコートのフードを取った。
――その瞬間、空気が凍りついた。
奥さんの顔から血の気が引き、目を見開いて震えだす。口をぱくぱくと動かしながら、数歩、後ずさった。
「どうしたんですか……?」
不安になり、手を伸ばそうとした瞬間――
「ばっ、ば、バケモノッ!!」
パチン! と音を立てて、私の手がはたかれた。
その言葉に、思考が止まった。人生で一度も言われたことのない言葉。なぜ? どうして――?
「痛っ!」
足首に鋭い痛みが走る。反射的にしゃがみ込むと、足元には血が滲んでいた。
そのとき、視界の端に影が見えた。
次の瞬間、それは肩に当たり、さらにもう一つがふくらはぎにぶつかった。重く、鋭い衝撃。
ようやく気づいた。
――さっき見ていた子供たちが、私に石を投げつけてきている。
見れば、子供たちは震えながらこちらを睨みつけていた。怯えと憎しみが入り混じった視線。恐怖に顔を引きつらせながらも、石を拾い、躊躇いなく私に向かって投げてくる。
「……出ていけッ! 魔獣め!!」
「っ!」
喉の奥で凍りついた悲鳴が、胸の中で暴れるように渦巻いた。
考えるよりも早く、私は走り出していた。
“殺される”という恐怖が、体を突き動かしていた。
背後で、何かが風を切る音がした。
軽く振り返ると、追いかけてくる村人のひとりがクワを振りかざし、私の頭を狙っている。
『ここで死にたくない!!』
叫ぶようにして、私は無我夢中で走り続けた。
草に覆われた木の陰に身を潜めると、どうにか気づかれずに済んだ。空模様が悪くなったおかげだった。
恐怖と寒さで震える体を丸め、できるだけ身を隠した。
どれほど時間が経ったのだろうか。もう大丈夫――そう思った。
そのとき、馬のいななきが、すぐ近くで響いた。
追われている――そう思った瞬間、足から力が抜け、もう立ち上がれなかった。
涙があふれ、喉の奥から嗚咽が漏れる。
声を出してはいけないのに、手で口を押さえるのが限界で、もう止められなかった。
――ザッ……ザザッ……
草をかき分ける音が近づいてくる。
”見つかった”
心の中でそう呟いたとき、私は確信した。
――きっと、ここで死ぬのだ。
音はどんどん大きくなり、すぐそこまで迫っていた。
目の前の高草が揺れ、現れたのは黒いのローブを纏った、背の高い男だった。
あらすじがうまく書けない(泣)