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第3話 隠れ里の教えと、無垢なる刃

(工房を、見せるだと……!?)

 冗談じゃない。あそこには、錬金術の痕跡どころか、クララがいるんだぞ! 生きた人形なんてものを見られたら、連続失踪事件の犯人どころか、魔女か何かと間違われて即刻火あぶりだ。


 俺はアナスタシアの完璧な微笑みを顔に貼り付けたまま、内心で高速で思考を巡らせた。こいつ、ベルテ・フォン・ミューレンは手強い。ただの脅しや憶測でこんな強気な発言をする男じゃない。何らかの確証に近いものを掴んでいるか、あるいは俺を追い詰めてボロを出させようとしているか。


「聴聞官様。わたくしの人形工房は、曾祖父の代からのものでして、大変古く、また繊細な道具も多うございます。わたくし自身、芸術家のはしくれといたしまして、創作の場を軽々しく他人様にお見せするのは、少々……」

 言葉を濁し、貴族令嬢としての矜持と、芸術家特有の気難しさを盾にする。時間稼ぎだ。何とかして、この場を切り抜けなければ。


 ベルテの冷たいアイスブルーの瞳が、俺の動揺を見透かすように細められた。

「それは残念ですな。ご協力いただければ、お嬢様への疑念も早く晴れるかと思ったのですが」

 奴の口元が、またあの不気味な捕食者の笑みを形作る。まずい、こいつ、引く気がない。


 万事休すか――そう思った瞬間だった。

「失礼いたします! お嬢様、大変でございます!」

 客間の扉が勢いよく開き、メイドの一人が息を切らせて飛び込んできた。ナイスタイミング! ……いや、本当に大変なことだったら困るが。


「何事ですの、騒々しい」

 俺は内心の安堵を押し殺し、アナスタシアとして眉をひそめてみせる。

「そ、それが、クララ様が……クララ様が、お庭で迷子になられたと……!」


(クララが、庭で迷子!?)

 一瞬、本気で肝を冷やした。あいつ、工房から勝手に出たのか? それはそれで大問題だ。だが、今はそれどころじゃない。この状況を利用しない手はない。


「まあ! クララが? あの子は方向音痴で、少々お転婆なところがありまして……申し訳ございません、聴聞官様。わたくし、妹同然に可愛がっております義妹(クララは表向き、遠縁の親戚の子で病弱なため、シュタイナー家で預かっているという設定にしていた)が心配でなりませんの。本日のところは、これで失礼させて頂いてもよろしいでしょうか?」

 これ以上ないほど心配そうな表情を作り、早口でまくし立てる。完璧な演技だ、と自画自賛したい。


 ベルテは俺とメイドの慌てぶりを値踏みするように見ていたが、やがて小さくため息をついた。

「……よろしいでしょう。ですが、アナスタシア様。この件はまだ終わっておりません。近いうちに、必ずまた伺います」

 その言葉には、有無を言わせぬ圧があった。

 奴が去った後、俺はドッと全身の力が抜けるのを感じた。ひとまず、危機は去った。だが、これは本当に一時しのぎに過ぎない。


 メイドに後でこっそり確認すると、クララは工房でおとなしく俺の帰りを待っていたらしい。どうやら、俺の窮地を察した執事が機転を利かせて、メイドに嘘の報告をさせ、ベルテを追い返す口実を作ってくれたようだ。あのじいさん、なかなかやる。


(だが、このままではジリ貧だ)

 第2号人形の失敗、そしてベルテの捜査の手。俺の錬金術はまだ不安定で、危険すぎる。もっと高度で、安定した知識と技術が必要だ。

 ふと、禁書庫で見つけた古書の中に、他の記述に紛れるように記されていた記述を思い出した。「万象の根源、魂の器を識る者達は、人知れぬ隠れ里にその叡智を伝える」と。


「隠れ里……か」

 胡散臭い言い伝えだ。だが、今の俺には藁にもすがりたい気分だった。それに、もし本当にそんな場所があるのなら、俺の求める「究極の人形」へのヒントが見つかるかもしれない。


 ***


 数週間後。俺はシュタイナー公爵には「気分転換のための小旅行」と偽り、最小限の供だけを連れて王都を発った。もちろん、クララも小さなトランクケースの中に隠して。あいつを一人、あの屋敷に残していくのは、なぜか気が進まなかった。


 険しい山道を越え、深い森を抜け、古書に記された曖昧な手がかりだけを頼りに進むこと幾日。半ば諦めかけた頃、霧の立ち込める谷間に、忽然と小さな集落が現れた。 まるで、世界から忘れ去られたような、静かで、どこか神秘的な場所だった。


 里の長らしき老錬金術師は、俺を一目見るなり、全てを見透かしたような目で言った。

「シュタイナーの血を引く娘か。お前ほどの強い『渇望』をその身に宿して、よくぞここまで辿り着いた」

 やはり、この里は本物だった。


 俺は素性を明かし(アナスタシアとして、だが)、人形製作の技術をさらに高めたいと願い出た。老錬金術師は静かに頷き、それから数ヶ月間、俺に錬金術の奥義を授けてくれた。それは、魂の性質、魂が宿るにふさわしい「器」の理論、そして生命の神秘に限りなく近い、人体の完璧な比率の奥義など、まさに俺が求めていた知識だった。


「良いか、娘よ」

 里を去る日、老錬金術師は俺にこう言った。

「魂とはな、力で縛り付けるものではない。ましてや、自らの写し鏡として弄ぶものでもない。真に魂が宿る器とは、それ自身が宇宙と響き合い、魂が自ら『ここにいたい』と願うようなものなのじゃ。お前が求めるものが真の『創造』であるならば、そのことをゆめ忘れるでないぞ」


(魂が、自ら宿るのを待つ……?)

 その言葉の真意は、正直、まだよく理解できなかった。 俺はあくまで技術として、より高度な人形を作るための知識として、彼の言葉を吸収した。だが、その言葉は、まるで小さな棘のように、俺の心の片隅に引っかかり続けた。


 ***


 シュタイナー公爵邸に戻った俺は、早速、隠れ里で得た知識をクララに応用してみることにした。 まずは、より自然な動きと、豊かな感情表現。以前のクララも愛らしかったが、どこかぎこちなさが残っていた。


「クララ、少しこっちへ来てくれるか」

 工房で声をかけると、クララは小さな首をこてんと傾げ、以前よりもずっと滑らかな動きで俺のそばへやってきた。その瞳には、好奇心と、俺への変わらぬ信頼が浮かんでいる。


「リア様、おかえりなさい。クララ、リア様がいなくて、さみしかったです」

 そう言って、俺のローブの裾をぎゅっと握る。その言葉も、以前よりずっと感情がこもっているように感じられた。これが「魂の器理論」の成果なのか。


 俺は満足感を覚えながら、クララにいくつかの指示を出した。微笑んでみて。少し悲しい顔を。驚いた顔は? クララは俺の指示通り、まるで人間の子供のようにコロコロと表情を変えてみせる。素晴らしい。これなら、次の人形は、あの失敗作の二の舞にはなるまい。


「リア様」

 不意に、クララが俺の顔をじっと見上げてきた。その小さな顔には、先程までの無邪気な表情ではなく、どこか真剣な色が浮かんでいる。


「どうした、クララ」

「リア様は……リア様は、クララのこと、愛していますか?」


 その問いは、まるで無垢な刃のように、俺の胸に突き刺さった。

 愛? 人形を? 馬鹿な。こいつは俺の作品だ。俺の目的を達成するための、最高傑作になるべき道具だ。そこに、愛なんて感情が入り込む余地はない。


 だが、その言葉を、目の前の小さな人形に、どう伝えればいい?

 俺は一瞬言葉に詰まり、そして、いつものように曖昧に微笑んでみせた。

「クララは、俺にとって特別だよ。誰よりも大切な、俺の……最高の人形だ」


「……にんぎょう」

 クララは、俺の言葉を繰り返した。その瑠璃色の瞳が、ほんの少しだけ、寂しそうに揺らめいたように見えたのは、きっと俺の気のせいだろう。

 いや、気のせいであってほしかった。


 俺はクララの頭をそっと撫でると、次の試作人形の設計図へと意識を切り替えた。

 ベルテの影、そして「魂が自ら宿る」という老錬金術師の言葉。それらが、俺の心の中で不協和音を奏でていることには、まだ気づかないふりをしながら。

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