やさぐれ聖女は国から出て幸せを謳歌する〜あんな国、潰れちまえばいいと思っていたら、超イケメン騎士と毒舌巨乳聖女に溺愛されていました〜
「───俺はレーナとだけは絶対に婚約したくない!」
レーナはいつもの癇癪が始まったと耳を塞ぎたくなった。
金切り声が広間に反響していた。
キディルート王国の第二王子、ジェイデンはこの国の王太子である。
十八歳である彼は典型的な〝わがまま王子様〟だ。
「ですが、レーナ様はこのキディルート王国に必要不可欠なお方ですぞ!我慢してくだされ……!」
「何故、俺だけが我慢せねばならないのだっ!こいつがいなくとも昔から聖女として働いているエイブリーがいるではないか!エイブリーこそ本物の聖女だろう!?」
「そう思いたい気持ちもわかります……!しかし、レーナ様の力はエイブリーよりも……この国の誰よりもずっと強大で歴代で稀に見る力を持っています!こうして国が安定したのはレーナ様が力を尽くしてくれたからですぞ」
「俺はエイブリーがいいっ!」
営業スマイルで会話を聞いていたレーナだったが、そろそろ堪忍袋の緒が切れそうである。
ジェイデンによって繰り返される茶番劇は必ずレーナの前で行われる。
この国の宰相であるカーターは、髪を掻いてレーナとジェイデンを交互に見ながら額に玉のような汗を浮かべている。
「どうしてこんな聖女を大切にするんだ?他の令嬢達もレーナに虐げられたと苦情が上がっている!つけていたアクセサリーを取り上げられた、悪口を言われた……それからクロエが兄上との仲を引き裂かれたと泣きながら俺に訴えてきたんだぞ!?」
「チッ……」
「……!?」
「ゴホンッ、そんなくっだらないことを私はしておりません」
「クロエはエイブリーも悪女だと言っていたが、この性悪女がエイブリーを巻き込んで悪事を働いているに違いないっ!」
クロエとはジェイデンの幼馴染の公爵令嬢で、名ばかりの聖女である。
大して働きもしないのに、ちゃんと働いているレーナやエイブリーの手柄を横取りして、頭の弱いジェイデンを使って偉そうにしている傲慢な少女だ。
ジェイデンの兄で魔法騎士団、団長クリスフォードに想いを寄せていて熱烈にアタックしているものの振り向いてもらえていない。
レーナはクリスフォードと仲がいいため、嫉妬されているのだろう。
「──お前などこの国に来なければよかったんだ!」
ジェイデンの戯言は今まで無視していたが、この言葉に今まで我慢していた何かがプチリと切れた。
(お前たちが勝手に呼び出したんだろうが……っ!)
一年間、何かあっても我慢してきたがもう限界である。
宰相がジェイデンの口を思いきり塞いだ。
「なら、私はこの国から出て行かせていただきます」
「ああ!清々す……むごっ!?」
「お、お待ちくださいっ!レーナ様」
「離せっ!無礼だぞ!聖女などたくさんいるではないか……!」
「ジェイデン殿下は何も分かっていないのです!レーナ様がどれだけこの国にとって……っ!おい、レーナ様を引き留めろっ」
「俺はエイブリーと結婚するっ!」
「いけません!」
そんな言葉を聞き流しながらレーナが背を向けて扉まで歩いていくと、周囲にいた騎士達が宰相の命令でレーナの足を止めようと立ちはだかるが、レーナは手を前に出して、自分を覆う膜を作って、そのまま歩いていく。
それだけで騎士達は弾き飛ばされていくので、聖女の力はなかなかに便利である。
そして先程からジェイデンが結婚したいと愛を叫んでいるエイブリーというのはこの国の伯爵令嬢で『聖女』として共に働いている少女である。
いつもニコニコと可愛らしい小動物のような可愛らしい見た目と思わず目がいってしまう豊満な胸。
喋り方もまったりとして癒し系な彼女をジェイデンはとても気に入っているようで、よく引き合いに出されていた。
ともあれ今はレーナと呼ばれているが元の名前は岡 玲奈二十五歳である。
取引先に向かう途中で突如現れた不思議な魔法陣に一瞬にして吸い込まれるようにして呼び出……拉致られた。
社会の荒波にもまれて、やさぐれた普通の会社員である。
理不尽な残業は当たり前、それに加えて鬼上司に仕事を押し付けられる環境最悪なブラック企業で働いていたのだが……。
「ようこそ、キディルート王国へ。歓迎します!聖女様」
見たことのない異国の服を着ている複数人の男達に囲まれながら呆然としていた。
そして自分が国を救う聖女として召喚されたことを告げられてレーナに差し出される手。
「あら、いい男」と思ったのは一瞬だけだ。
ジェイデンはレーナを見て顔を歪めた後に「こんな子供が聖女な訳がない」と、暴言が飛んできたのであった。
確かに今ならばその言葉の理由がわかる。
この国の聖女は皆、貴族の令嬢から選ばれていることも多く若くて美しい。
それが基準で選ばれているのかと思うくらいだが、実際は『聖女』という称号が欲しい令嬢ばかりで、平民出身や貴族の中でも身分が低い聖女達が働いていて手柄を横取りしているのである。
(この国の聖女システムは……腐ってやがる)
レーナは直感的にそう思った。
しかしこの時はそんなに嫌なら別のやつを召喚すればいいじゃんと心の中で毒吐きながら考えていた。
脱げたヒールを拾い上げたレーナはキョロキョロと辺りを見回す。
どうやらカバンは魔法陣には吸い込まれなかったようだ。
(遅延と言い訳するしか。いや、病人を助けたと言った方が……)
頭の中はどう言い訳するかでいっぱいだった。
どうでもいいから遅刻だけは避けたいと、レーナは声を上げる。
「あの、取引先に向かう途中なので今すぐ元の場所に返してもらってもいいですか?」
「それはできない」
「…………。理由をお伺いしても?」
頭に王冠を乗せて、豪華な服に身を包み、白い髭を貯えた男性はレーナにハッキリと無理だと告げた。
その理由というのがとんでもないものだった。
「我々はこの国を救うために莫大な予算を使いレーナを召喚した。そして元の世界への返し方はこの魔導書に記されていない」
「…………はい?」
つまりは元の世界には帰れない。それを聞いて言葉を失っていた。
「それにレーナは聖女として素晴らしい力を秘めている。是非、我が国のために……」
「お断りいたします」
「なぜじゃ!聖女よ」
「聖女ではありません。普通の会社員です」
「───我が国を救ってくれぇぇぇっ!」
そこから国王をはじめ、偉い人に泣き落としされて、仕方なく聖女として働かなければならなくなったというのが一年前だ。
生活は魔法があるとはいえ、以前と比べてしまうと質は落ちるし、常に人は側にいるしで落ち着かない。
何度か逃げだそうとしたせいか、どこに行くにも騎士や侍女とやらがついてきて監視されているようだ。
聖女の仕事は二十四時間フルタイムのようなものだった。
ひっきりなしに訪れる魔物を阻む国を守る結界。
教会を回って祈りを捧げた後に、長蛇に並ぶ列を見ながら傷や病気の治療。
国の会合へ同行して、異国の聖女として何故かアクセサリーのように自慢される日々。
衣食住は保証されているが、賃金は他の聖女達と同じである。
周りの聖女達はいいかもしれないが、レーナは割に合わないことは確かだ。
こればかりは勤勉な自分が嫌になる。
なんせ他の聖女達は貴族の令嬢ばかりで、色々な事情と他にやることがあるらしく自由出勤である。
しかし城で暮らしているレーナには自由などないという鬼畜っぷりだ。
何より最悪なのは国王の命令により、王太子であるジェイデンと婚約する羽目になったことだろう。
この国の伝承通り、異界からきた聖女はすごい力を持っているらしいがレーナもそうだった。
ここで力なくポンコツだったのなら捨てられて自由を得ることができただろうが、それも出来ないままだ。
エイブリーと婚約したかったジェイデンは嫌がり、駄々を捏ねている。
しかしこちらもジェイデンと結婚なんて絶対に絶対にお断りであるが『異界からきた聖女と王族が結婚するのはしきたりであり、それができなければ国に不幸が訪れる』と言われているそうだ。
しかし何百年振りかに召喚された聖女であるレーナが王妃になることに反対する貴族達も多いと聞いた。
何よりジェイデンの母親である王妃に散々嫌味を言われることと、ジェイデンの我儘を無視する日々が続いているため、さっさとこんな婚約を破棄してしまいたいと思っていた。
その中でもレーナの癒しになっている人物が二人いる。
一人は同じ聖女として働いているエイブリー・リリース。
ジェイデンが恋心を寄せる少女だ。
可愛らしい見た目と豊満な胸、それに加えて他の貴族の令嬢達と違い、性格が段違いにいい。
他の貴族の令嬢との違いに毎回、レーナは驚いていた。
他の令息達にかなりモテるらしく、婚約の申し出が絶えないらしい。
エイブリーは他の令嬢達から嫌われているのだと、あっけらかんと言っていた。
レーナ以外の聖女達の中でも力は一番強く、好奇心旺盛で意外にもサッパリとした性格は好印象であった。
それに毎日、レーナに付き添って仕事の手伝いをしてくれている。
才色兼備で天香国色。
美しい金色の髪と桃色の大きな瞳は天使のようだ。
『金色の女神』と呼ばれるエイブリーは町に降りても凄まじい人気っぷりである。
それが尚更、他の令嬢達の反感を買っているようだ。
一緒に教会に出向く時、聖女達は「いい子ぶっちゃって、むかつく」「あんな子がジェイデン殿下に気に入られてるなんてあり得ないわ」「本当、目障り」そんな声がここまで届いてくる。
そしてエイブリーはジェイデンに全く興味を持っていない。
しかし嫉妬からの悪口や嫌がらせは毎日毎日、レーナの耳にも届く。
目に余る他の聖女達の行動を見て、レーナも気分が悪い。
しかしエイブリーは素知らぬ顔である。
「エイブリーは辛くはないの?」
「いいえ、全く。真面目に働いた方が自分のためにもなりますし、面倒なパーティーやお茶会は免除されますから」
「そう。貴族の令嬢も大変ね」
「それにレーナお姉様と話している時間が、わたくしにとっては幸せなんです!」
「でも……」
「ゴミカスが何を言っても関係ありませんから!」
満面の笑みでそう言ったエイブリーはとても可愛らしい…が、少々口が悪い。
心の赴くままエイブリーの頭を撫でていると、彼女は嬉しそうにしている。
「お待たせしました。レーナ」
「クリフォード殿下、おはようございます」
「おはようございます。今日もレーナは美しい。この国では珍しいブラウンの髪も瞳もレーナにしかない魅力ですね」
「ありがとうございます」
「レーナに会えた今日は頑張れそうです」
「大袈裟ですよ」
「いいえ。レーナは自分の魅力をわかっていない。こんなにも強く美しい女性は他にいません。まるで女神キディルートのようですね」
「あはは……」
毎回顔を合わせるたびにレーナを褒めてくるのは、この国の第一王子であるクリスフォードだった。
彼はこの国の魔法騎士団の団長で、虫も殺せないような上品な顔立ちとは真逆で『銀の騎士』の称号を持つ、凄腕の剣士のようだ。
銀色の髪はアシンメトリーのウルフカットになっていて髪色と同じ揺れるピアスをつけている。
水色の瞳は宝石のようにキラキラと輝いている。
魔法剣士とは様々な魔法を組み合わせて剣で戦う戦士で、レーナが召喚される前までは魔物から国を守っていたようだ。
その仕事がなくなり、今はレーナの護衛をしてくれている。
文武両道、眉目秀麗、謹厳実直という褒め言葉を全て詰め込んだ完璧な男であった。
城で迷子になった時にクリスフォードに助けてもらった時から好印象である。
そして広間を出たレーナは早足で自室へと向かい、貯めていたお金や護身用のナイフをカバンに詰めていた。
早くしなければ宰相が用意した騎士や侍女達が押し寄せてくるだろう。
カバンを持って手早く城の門まで走っていく。
城の中ならばレーナは大体顔パスである。
事情を知らない門番にいつものように挨拶をして門を開けてもらう。
そして城の外に飛び出して街への道を歩いて行った。
(───自由だわっ!)
駆け足で街へと向かい、まずは服屋でワンピースを買って支給されていた聖女服をゴミ箱へと投げ捨てる。
髪型も変えて帽子を被って、なるべく髪が隠れるように変装して眼鏡をかけた。
ここでは明るい髪色や瞳の色が多いため、レーナの髪色は目立ってしまう。
その足でレーナはすぐに酒場へと向かった。
刺さるような視線を感じながらカウンターへ。
立派な髭を携えた初老の男性がレーナを見て驚いているが、お金を払って待っているとすぐにあるものが出てくる。
その顔は戸惑っているように見える。
レーナは日本人らしい顔立ちをしていて、額が広くパッチリとした目、口も小さく鼻も低いからか幼く見られることが多い。
元々小柄なのもあるが、この世界の七個年下のエイブリーやジェイデンの方が年上に見える。
こちらの世界に来た時も実年齢を言った時は疑われて大変だった。
一応は信じてくれているが、今も初対面の人には子供だと驚かれる。
レーナは酒を売るのを渋り「……子供に酒を出すわけには」と言っている店員に「子供じゃないわ」と言って睨みつける。
レーナの圧に屈したのか首を傾げた初老の男性は首を傾げつつも酒を前に出す。
透明のグラスには黄金色に輝き、気泡が下から上に上がってくる。
レーナはジョッキを片手で持ち上げて一気に飲み干した。
「───ぷはっ!はぁ…………うまっ!」
あまりの飲みっぷりに周囲が静まり返る。
空になったグラスを置くとドンと大きな音が鳴る。
「もう一杯」
「…………」
「聞こえた?おかわり頂戴」
「あっ、はい」
すぐに出される二杯目のジョッキ。
吸い込まれるように消えていく液体。
「あそこにある葉巻、くださいな」
「えっ……」
「ここでは吸わないわ。それでいいでしょう?」
渋々差し出される数本の葉巻。
金を払ったレーナはマッチを一箱もらってカバンに詰める。
コソコソと聞こえる話し声、男達の視線を感じながら、レーナは早足で店を出た。
護衛もいなければ、金を持っている、それに女だということを踏まえていいカモでしかないだろう。
案の定「お嬢ちゃん、こっちにおいで」と裏に連れて行かれたレーナだったが全て返り討ちにしてから表の道に戻る。
すると目の前に現れる影があった。
また虫が湧いたか……とため息を吐きながら構えると銀色のピアスが大きく揺れたのが見えた。
「ピンチに颯爽と登場しようと思っていたのですが……レーナには必要ありませんでしたね」
「どうしてここに!?」
「レーナが出ていくと聞いて、僕も城を飛び出してきました」
「え……?」
「レーナがいなければ城にいる意味はありませんしね」
「……!?」
真面目なクリスフォードが自分の仕事を投げ出すとは思わずに驚いていた。
しかしクリスフォードはレーナの表情から言いたいことを読み取ったのか「大丈夫ですよ?引き継ぎの書類は半年前から用意してありましたし、皆が心配しないように置き手紙は残しておきました」と、いい笑顔で答えてくれた。
「そういう問題では……」
「そういう問題ですよ」
「クリスフォード殿下は騎士団の皆さんに慕われているではありませんか」
「えぇ、ですが……いずれ僕の場所は消えてなくなる。窮屈な城ではないどこかに行きたいとずっと思っていたのですよ」
「…………クリスフォード殿下」
「だから僕も連れて行ってください」
クリスフォードは病で亡くなった側妃の息子だった。
正妃の息子はジェイデンだったが、そこには黒い噂が絶えない。
本来、王太子であるのは長子であるクリスフォードだったはずだが、満足な後ろ盾を得られずに正妃であるジェイデンの母は彼を王太子へと押し上げた。
クリスフォードに何故騎士になったのかと聞いたことがあったが「自分の身を守るためですよ」と言った。
レーナが来る前は毎日のように魔獣と戦っていた騎士団には怪我や亡くなる人も多かったという。
だからこそクリスフォードは生かされていたのだと聞いたことがあった。
クリスフォードの伸ばされた手を取ろうとした時だった。
「あーん、待ってくださぁい!」
聞き覚えのある可愛らしい声にレーナは顔を上げる。
そこには金色の髪を一つにまとめて、簡素なワンピースに身を包んだエイブリーの姿があった。
「エイブリーッ!?」
「はぁ……はっ、クリスフォード殿下が目立つ方でよかった。レーナお姉様と一緒にいると思った私の勘は当たりました」
「どうしてここに……?」
「レーナお姉様がいない場所で聖女として働くなんて……わたくし、息ができなくなりそうです」
「つ、つまりは……」
「家出してきちゃいました!てへっ」
レーナの腕に胸を寄せながらペロリと舌を出して上目遣いでこちらを見ているエイブリーの仕草は全てがあざとい。
そこからエイブリーの暴言が続いた。
「クソ王子のこちらを見る目が気持ち悪い」「他の聖女達がウザすぎる」
街を抜けてもエイブリーの暴言が止まることはなかった。
彼女はリリース伯爵家の三女である。
しかも母親違いで歳が近く、長女と次女は聖女としても力もないためか相当窮屈な思いをして育ったらしい。
城でも伯爵邸でもうんざりしていたエイブリーはレーナが現れてから景色が変わったと語った。
レーナと一緒に聖女として働いている時だけが、エイブリーにとって幸せな時間だそうだ。
「レーナお姉様は今まで関わってきたゴミクソ達とは違いますわ!気高くて美しくて勤勉で、わたくし自身を見てくださった……そのことで、どれだけわたくしが救われたのか、嬉しかったのかをレーナお姉様はご存知ないんだわ!」
手を合わせて目をキラキラと輝かせながらレーナの手を握っている。
グラグラと体を揺すられながら落ち着くように片手を出して促していた。
「エイブリーの気持ちはわかったわ。ありがとう」
「わたくしはレーナお姉様にどこまでもついていきますから!」
「僕もついていきますから。レーナ」
「…………えっと」
どうやら銀の騎士、金の女神と呼ばれているクリスフォードとエイブリーが共について来てくれるようだ。
しかし一人旅よりもずっと楽しくなりそうだとレーナは頷いた。
「とりあえずどこに行きますか?」
「この国から出るために辺境に向かうわ。ターグ町の教会に一晩、宿を借りようかと思っていたの。あそこの牧師は……話がわかる奴だから」
「それがいいですね……!レーナお姉様」
「ターグ町ですか。レーナは月に一度ほど辺境の教会に行ってますよね?」
「どうして知っているのかしら……?」
「レーナを守るために騎士を派遣したのは僕ですからね」
「レーナお姉様をつけ回すのはやめてくださいっ!何が銀の騎士よ……!ただの二重人格だわ。それからこれだけは言いたいと思っていたけど、レーナお姉様に先に目をつけたのはわたくしなんだから!」
「そちらこそ金の女神と言われていますが、誰もこんなに毒を溜め込んでいる恐ろしい女性だとは思わないでしょうね。僕は彼女の支えになるつもりです。下品な争いに巻き込まないでください」
「クリスフォード殿下、エイブリー、やめて頂戴」
「はい、レーナ」「わかりましたわ!レーナお姉様」
「…………はぁ」
「これからクリスと呼んでください、レーナ」
「ずるいわ!わたくしのことはエリーと呼んでくださいね!レーナお姉様」
「わかった……わかったから」
どうやらクリスフォードはレーナが知らないところで色々と手を回してくれていたようだ。
そして薄々気づいてはいたが、二人からのレーナへの愛が重たすぎる。
そして三人の不思議な旅が始まった。
ターグ町に着くまでには夜までかかると思っていたが、途中で襲ってきた盗賊達や人攫いをクリスフォードが一瞬で撃退してしまう。
「バカですね……レーナを傷つけようとするなんて」
そしてクリスフォードもクリスフォードでどこに行っても女性達が群がって、差し入れを大量にもらう。
老若男女、すべての生き物を虜にする色香はレーナやエイブリーにはわからないが凄まじい威力を発揮している。
そして歩いていてエイブリーが足が痛いと座り込んでいると、通りすがりの荷馬車を引いていた男性が、エイブリーに「乗っていきな」と声をかけた。
「えっ!?いいんですか?嬉しい~」
この一言で男性はもうエイブリーの虜になり、こうなったら彼女の言いなりである。
情報を漏らさないように頼み、店に入れば男性店員からサービスの嵐。
酒に葉巻に日持ちする食べ物など、カバンに入りきらずにクリスフォードが背負っている袋はパンパンになっていく。
(二人共、さすがだわ……)
一人では聖女の力があったとしてもここまで来るのは苦労するだろうと思っていたが、二人のおかげで随分とスムーズに
お金を使わなくとも移動手段と食べ物や服、薬などをゲットした三人は着々とターグ町へと到着した。
ターグ町は煌びやかな城下町とは何もかも違う。
教会は今にも崩れそうな程にボロボロで、庭では元気に子供達が走り回っていた。
大きな石に腰掛けて煙草を吸っている無精髭を生やしている男性がいた。
黒い神父服に身を包んで十字架のネックレスをつけた男性はこちらに気づくと、特に驚くこともなく片手を上げた。
「おー、レーナ。ついに追い出されたか?」
「……違うわよ。私が自分から出て行ったのよ」
「ふーん、そうか。まぁ、そうだろうな。これまたすごい奴らを引き連れてきたなぁ……金と銀が揃っていて眩しいぜ」
短くなった煙草を石に押し付けた男性は神父服についた土を払いながら立ち上がり、こちらにやってくらやら。
「ヘイデンさん、これは約束の酒と葉巻ね」
「おーっ!ゆっくりしていってくれ」
手を擦りながらヘイデンは葉巻と酒を受けとると、いそいそと椅子に座って火をつける。
すると子供達がレーナの姿を見てか嬉しそうにこちらに駆け寄ってくる。
「みんなで仲良くわけるのよ?」
「「「はーい」」」
町で買ったお菓子を渡すと「レーナ様、ありがとう」と言いながら子供達が去っていく。
クリスフォードやエイブリーが子供達に囲まれているのを見ながら、レーナもヘイデンの向かいの石に腰掛けると葉巻を咥えて火をつける。
思いきり息を吸って吐き出すと白い煙が口から出てくる。
「ふぅー…………」
「ちとしけてんな」
「贅沢言わないで。はぁ……ここは相変わらず空気が美味しいわ」
「おーおー、悪い聖女様だな」
「もう聖女様じゃないわ」
額に皺を寄せながら葉巻を咥える姿は確かに『聖女』とはかけ離れているだろう。
ヘイデンは奥から欠けた小さなグラスを持ってきて、レーナが渡した酒瓶を傾ける。
グラスを受け取り、乾杯と呟いてから一気に飲み込むと食道から胃が一気に熱くなる。
「……にしても、おまけにしちゃあ、国のお宝を連れてきちまって平気なのか?」
「勝手に着いてきたのよ」
「へぇ……それはそれは」
ヘイデンの視線にはクリスフォードとエイブリーの姿がある。
レーナと目が合うと二人は嬉しそうに手を振っている。
こういう姿を見ても動じないのはクリスフォードとエイブリーだけだろう。
城では聖女としての振る舞いを求められていたので、こうしたことも出来なかったし、隠していたもののレーナのストレスは溜まる一歩だった。
各町の教会を巡るフリをして、こうしてここの教会で息抜きしていた。
ヘイデンは他の聖職者と違い騎士出身の異端ではあるが、レーナが来る前に辺境にある教会兼孤児院を一人で守ってきた実力者である。
レーナはヘイデンが気に入ったのと息抜きを兼ねてここに来ていた。
「私が我慢の限界が来て城から追い出されたら匿ってね」と、ふざけて言ったところ、まさか本当にこうなるとは思わなかった。
「聖女様と最強の騎士がいなくなって、これからこの国はどうなっちまうんだろうね」
「さぁ、知らないわ」
石で葉巻の火を消してゴミを処理してからレーナは腕を伸ばす。
「困ったら力になるわ。あなたなら必要ないでしょうけど」
「助けてくれよ、聖女様。それよりこれからどこへ?」
「ずっと城に閉じこもっていたんだもの。いろんな場所を見て回りたいわ」
そう言うと、子供達から解放されたクリスフォードとエイブリーがこちらにやって来る。
クリスフォードの圧力にヘイデンはポロリと咥えていた葉巻を落として両手を上げた。
「……話は終わりましたでしょうか?」
「クリスフォード殿「クリスです」
「クリス……」
「なんでしょうか。レーナ」
「ああん、ずるいです!レーナお姉様、わたくしもっ」
「エイブリー、そんなに引っ張「エリーって、呼んでください」
「…………エリー」
「レーナお姉様はわたくし達が守りますから」
「そうですよ。次はどこに行くか、あちらで決めませんか?」
「あー……レーナ、頑張れよ」
「ちょっと一晩お世話になるんだから、仲良くね」
「はぁい」
「はい、もちろんですわ」
二人はレーナを両脇に挟むようにしてピッタリとくっついている。
向けられる愛が重いことをヒシヒシと感じながらも、レーナは星がいっぱいの空の下、自由を噛み締めていた。
end