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天界

日本は神の国だ。

だから良い行いをした日本人はみんな神になる。

天界の神、世界の神、創造の神‥‥。

創造の神となった者は、新たな世界を創る事になる。

しかし欲の無い人なんていない訳で、どうしても世界に歪みが生じる。

その歪みが悪い神となって、その世界を動かすのだ。

世界ができれば、必ず一度は世界に生み出された神が討伐されると言っていい。

アルカディアも、イスカンデルも。

そしてこのウインバリアも例外ではない。

もしも俺が最初からみゆきの世界で神として転生していたら、俺もきっといずれ討伐されていたのだろう。

或いはみゆき本人が世界の神となっていたら、それもまた然り。

もしかしてこの理は、死者が天界の神となる最終テストなのかもしれないな。

おそらくだけれど、大切な誰かを神にしようと考える人は、きっと多いだろうから。


冒険者ギルドタウンとして、にっこりタウンは生まれ変わった。

冒険者ギルドの資料や図書の整理も終わり、俺たちはようやく天界を目指す。

「いよいよ天界か‥‥」

香りと会えば、おそらく色々と分かるのだろう。

そしてすぐにでも神との戦いが待っているかもしれない。

まだ行くには早い気もするけれど、RPGなら行ける時が行く時でもある。

前回、最強のダンジョンに入っても天界に行けなかったのは、まだ行くべき時期ではなかったからだ。

今回もまだ駄目なら、おそらく何かしらの理由できっと行けない。

ゲーム世界ならそうなるだろう。

俺はなんとなく感じていた。

天界へ向かうのは、元闇太ギルドのメンバーに深雪と黒川も一緒だった。

「俺も連れて行ってくれ!香に会いたいんだ!」

必死にそう(すが)られては、置いていく訳にもいかない。

愛する者にはやはり勝てないよ。

でもストーカーを案内するのもどうなんだろうなぁ。

犯罪幇助になるのだろうか。

頼むからそうならないでくれよ。

まあ黒川がもしも香の嫌がる事をしようものなら、即首ちょんぱして死んでもらうけどね。

そして当然深雪も一緒。

深雪はもう既に心は決まっているようだった。

やはり深雪。

僅かな記憶でも、人の本質ってのは変わらないようだね。

俺はなんとなく笑顔を交わした。


さて、ダンジョン攻略は既に前回遭遇した邪神どもの所まで来ていた。

「この程度なら楽勝なの‥‥」

「殺してしまうなよ!妖凛と冥凛が食べたいらしいからな」

邪神トップスリーの魂を喰らえば、当然この子たちは邪神のトップという事になる。

そんな肩書を得られるかどうかは別にして、二人はそうしたいと考えているようだった。

正直食っても強くはなれないだろうけれどね。

だって二人とも、こんな邪神どもよりも強いからさ。

ただ冥凛に関しては、多少強くはなれるか。

それは想香もって意味だけれど。

いよいよ想香も、能力抜きで神の領域に達する事になる‥‥。

妖凛と冥凛が瀕死の邪神たちに飛びついた。

そして仲良く半分ずつ食らっていく。

「マジかよ‥‥。こんなにアッサリ邪神どもがやられちまうなんて‥‥」

「本当に助ける必要はなかったんだね」

黒川と深雪は驚いていた。

「驚くのは無駄なのだ。俺たちはもう驚かないのだ」

「そういうお前たちだって、戦えていたじゃないか」

そうなんだよな。

奇乃子たちはまだ、レベル的には黒川よりも低い。

だから邪神相手だと不安もあったけれど、でもこういう強敵相手にも戦える術を既に得ていたか。

魔力レベルだけじゃないって事だよ。

とはいえ奇乃子は、潜在魔力を開放して使う事もできるから、一時的には黒川なぞアッサリ超える事もできる訳だけれどね。

勝てるかどうかは知らんけどw

「それでこの先が天界なんだな?」

「ああ。進めばすぐに出られる」

いよいよ天界か。

一体どんな所なのだろう。

邪神たちを食べきった妖凛たちを回収し、俺たちはダンジョンの先へと進んだ。

すると黒川の言葉通り、出口はすぐだった。

出るとそこは、森の中だった。

「思っていたのと違うのだ」

「もっと綺麗で素晴らしい景色が見られると思っていたんだけどな」

そうだな。

この森も普通に綺麗な所だけれど、思っていた感じとは違っていた。

天界と言えば一般的に神々が暮らす世界だ。

だから光り輝く世界を想像していたわ。

「この森はそんなに大きくはない。それに資源がいっぱいあって天界には必要な森だ」

「なるほどね」

素晴らしい世界にも、それを支えるものは必要。

人的資源もそうだし、それ以外にも色々とある。

例えば野菜を作る畑には、肥やしとなるものが必要だ。

森は命の源を生み出す場所。

川はそれを海へと運ぶ。

労働力として人が必要なら、少しくらいは悪い人間も許容する必要があるだろう。

だから下の大陸で皆が生かされているのだ。

この世界は、その為に良心を持った人たちまで移動制限がかけられてしまっているし、そのやり方には問題がある。

でも、この森を見ていたら、気持ちは理解できそうな気がした。

つか狛里よ。

イキナリ森の資源を食べ尽くす勢いですか。

狛里に想香も加わって、森に生っている果物を食べ始めていた。

「美味しいの‥‥」

「そうですね。甘みが半端ないのです」

「おいおい、誰かが管理している森だったらどうするんだ」

「大丈夫なの‥‥。これは自然にできているの‥‥」

「それくらい僕にだって分かるのです。食べてくれと果物たちが言っているのです」

「はいはいさいですか」

まあ確かに誰かが管理している様子はないし、妖精の森でもなさそうだ。

それに果物を一つ二つ食べたくらいでは、流石に妖精も怒ってはこないだろう。

「美味しいの‥‥。みんな食べるの‥‥」

「そうです!皆さんもドンドン食べてください。こんなに美味しい果物は食べた事がないのです」

「‥‥」

一つ二つどころじゃないな。

妖精の森なら、確実に攻撃されている所だ。

しかしこれだけあるなら食べても問題はないだろう。

毒も‥‥、無いよな。

コイツラが食べられたとしても、普通の人間だと食べられない事もあり得る。

一応その辺りは確認してから食べさせないと。

知らない果物だから。

俺は一つ手にとって食べてみた。

確かに美味い。

なんというか、生きている事を実感させられる味だ。

「確かに美味いかもしれないが、町に行けばもっと美味いものが食える。天界はそういう所だ」

黒川がそう言うと、食べようとしていた面々は手を止めた。

そして狛里と想香も動きを止める。

コレよりも美味いものがあるのか。

ならばこんな所で腹を膨らせてしまっては勿体ない。

美味しい物を食べ逃してしまう。

抜かったなお前ら。

「料理は別腹なの‥‥」

「そうです。それに僕は食べようと思えばいくらでも食べられるのです」

二人はそう言って再び食べ始めた。

さっき冥凛は邪神を一体分以上食べていたんだ。

食べようと思えばいくらでも食べられるか。

結局他のみんなも、一つずつ果物を食べる事にしたようだ。

「これはウメェな。今まで食った事のねぇ味だ」

「流石は天界ですね。こんなに美味しい果物は、つまり初めて食べたのです」

「当然だと思いますよ。こんな果物は今まで見た事もないのですから」

「天界にしかない果物なのだ。これを独り占めは卑怯なのだ」

独り占めしている訳ではないだろうけれど、言いたいことは分かる。

こんなに美味い果物があるのなら、別の大陸へも輸出して然るべきだろう。

或いは皆が天界に来られるようにするのか。

それを天界の人間は、自分たちだけのものとしている訳だ。

いずれにしても、やはりこの世界は歪んでいるか。

全てが悪い訳ではない。

かといって良いとは絶対に言えない世界。

気持ちは分からなくはないけれど、極端すぎるのは問題がある。

日本は江戸時代に鎖国はしていたけれど、ちゃんと外国との交流はあったのだ。

ただ少しバランスが悪くて、三百年近くの間に軍事力で遅れをとってしまった。

それでもなんとかなったのは、やはり全てをシャットアウトしなかったから。

この世界は別の大陸との行き来を、一方的にではあるけれどほぼシャットアウトしている。

やはりこれでは壊される運命なのだと思うよ。

ちなみに言っておくけれど、江戸時代の日本は、軍事力では遅れを取ったけれど、文化や経済では世界トップレベルだからね。

平和過ぎてそちらばかりが進んでしまった結果だ。


果物を堪能した俺たちは、とりあえず森を出る為に歩き出した。

「それで町はどちらなのかしらぁ~?」

「ん?町はこの山道を行けばたどり着ける」

天冉が黒川に尋ねると、黒川は一方の山道を指差し、自分は違う道に行こうとしていた。

これはおそらくそういう事だろうな。

「そっちの道を行けばぁ~、香ちんのいる所へ行けるのねぇ~?」

「うっ!」

「そうだよ。香ちゃんの住む家はそっちにある」

道を知っているのは、黒川だけじゃなかったな。

深雪は元々天界に住んでいたのだ。

きっと深雪の方が詳しい。

「流石にゴキブリだけを香ちんの元へ向かわせる訳には行かないわよねぇ~」

天冉。

流石に俺でもゴキブリとは呼ばないぞ。

確かにストーカーなんてゴキブリ以下だけどさ。

いやむしろゴキブリに失礼だと思ってしまっていたのか。

ゴキブリも黒川と一緒にされちゃ咽び泣くだろう。

「天界には、その香ちんに会う為に来たのだ。だったらとりあえず会いに行くのだ」

分かっているのか奇乃子。

確かに言う通りではあるけれど、香に会えばおそらくこの世界の神に近づく事になるだろう。

一緒にはいないにしても、お前たちの冒険も最終段階へと入っていくって事だ。

今の力で大丈夫だと思っているのだろうか。

「策也ちゃんは‥‥神がもうそこにいると思っているの?‥‥」

俺が少し考えていると、隣りにいた狛里が話しかけてきた。

おそらく不安そうな難しい顔をしていたのだろう。

「いるかどうかは分からない。だけれど確かな手がかりが得られる気がする。そしてそれを得てしまえば、明日にでも対決する事になりそうなんだよな」

そうなれば、今のままでは勝てないのは確実だ。

だけどなんだろうか。

なんとかなりそうな気もしているんだよな。

おそらく神は、神の領域にいる。

だったら俺でも勝てるかどうか分からないくらいの強さはあるはずだ。

もちろん俺や狛里では動きを制限するくらいしかできないだろうし、それすらもこの世界じゃどうなるのか分からない。

イスカンデルでは、多少動きに干渉する事はできたけれど、果たしてこのウインバリアではどこまでできるのか。

或いはこの世界の女性ですら、何もできない可能性だってある。

そうなれば、土筆と孔聞、或いはそれに黒川を加えても、三人だけでなんとかする必要があるのだ。

今のままじゃ流石に勝てんよな。

でも、ゲーム世界なら‥‥。

「それじゃぁ~、黒川ちん、案内よろしくねぇ~」

天冉は結局、今からみんなで香に会いに行く選択肢を選んだか。

そしてそこには北都尚成もいるはずだ。

今までの謎も何も、これから全て明らかになる。

そう思った時、進む道の先から一瞬大きな魔力を感じた。

只者じゃない。

既に先ほどの大きな魔力は消えているけれど、一人こちらに歩いてくる者の姿があった。

「誰だ?」

土筆がそう声を掛けて間もなく、その正体が分かった。

「尚成か‥‥」

「策也‥‥」

「北都尚成だな‥‥」

顔を見ればすぐに分かった。

ゲームのアバターそのままだからな。

そして尚成は、神ではなかったか。

神と会えば、俺は直ぐに分かるはずだから。

だけどなんだろう。

少し違和感を覚える。

それが何かは分からないけれど、深雪が『策也』と呼び、黒川が『尚成』と言うのだから間違いはないのだろう。

「やあやあはじめましてみなさん。とうとうここまで来てしまったんだね」

来てしまったか。

ここに来るのを助けてくれていたのは、北都尚成本人だって事は分かっているんだけどな。

「あんたは俺たちがそうするように助けてくれていたよな?なのに『来てしまった』、なのか?」

「それでも来るのが少し早すぎるかな」

そういう事か。

まだこの世界の神を倒すには早いと見えるのだろう。

力が足りないのか、時期が早すぎるのか、その辺りは分からないけれどね。

ここで香と会うのを止められるようなら、それに従った方が良いのかもしれない。

「ん~‥‥。私の見た所、まだ時期じゃないのだろうね。この道は引き返してはもらえないだろうか?深雪も‥‥。もうここへは来ないものだと思っていたけれど‥‥」

「そうだね‥‥。でもやっぱり‥‥」

深雪は少し寂しそうな顔だった。

この世界の神を倒してしまえば、深雪は想香と一緒になるのだろう。

そしてこの世界を出る事になる。

そしたらもう尚成にも会えない。

それを寂しいと感じているとしたら‥‥。

複雑な気持ちだけれど、愛した俺を愛し続けてくれると考えるなら、やはりみゆきは最高だと言わざるを得ないな。

俺はそれで納得した。

それにしても、北都尚成の喋り方は、オンラインバージョンの俺なのな。

俺はネット上だと、普段とは違う話し方をしていた。

実際にそれを聞くと、少し気持ち悪くも感じるぜ。

「引き返してほしいってどういう事なのかしらぁ~?」

「ん~‥‥」

あまり深くは考えていなかったけれど、尚成はきっと、この世界の神を俺たちに倒させようとしているのだと思う。

その為に俺たちを天界に導いていたんだろうし。

だけどおそらく、尚成は土筆や孔聞、或いは黒川よりも圧倒的に強そうだ。

何故自分で倒そうとしないのだろうか。

共に戦おうって事なのだろうか。

自分で倒すと香を裏切る事に繋がるからか。

だから誰かにって考えられるよな。

北都尚成は俺だから、おそらく考えも同じになるはずだ。

俺がもしも誰かに倒してもらおうと考えたなら、自分では倒せないから‥‥。

何か引っかかるな。

深雪と別れてまで香と一緒になったとしたら、おそらくそこにはなにか考えがあるはずだ。

みゆきと別れるなんて、少なくとも俺からはありえないし納得はしない。

尤もこの世界の尚成は、俺とはあまり似ていないようなのだけれどね。

何にしても何をするつもりだ?

さっきの尚成と深雪の会話、深雪は何か知っているのか?

聞いた所で話してはくれなかったような気もするけれど、もっと話を聞いておくべきだったな。

「この世界がおかしいってのは、もう分かっているよね。それを変える為に必要な事も」

「そうねぇ~」

「だけど今の君たちじゃ難しそうに見える。そういう事だよ」

やはり尚成は、土筆や孔聞では神を倒せないと考えているようだ。

まあ誰が見てもその辺りはあきらかか。

それでも選択肢はありそうだ。

このまま香に会いに行くのか。

それとも引き返すか。

或いは天界の町に行く選択も無いではない。

「町に‥‥。町に行ってみない?改めて相談もした方がいいだろうし、美味しいものもあるよー」

深雪?

いきなりどういう事だろうか。

尚成同様、このまま行っても駄目だと思ったのだろうか。

それともまだ、心の整理ができていないのか。

何にしても、ここで深雪がそう言うのなら、それに従った方が良さそうだと感じる。

「分かったわぁ~。それじゃぁ~、一度町に行ってみましょう~」

天冉も俺と同じ考えか。

俺は天冉の見えない目とアイコンタクトを取って、町に向かう事を決定した。

「お、俺は香の所に行くぜ。俺なら香に会っても問題無いよな?」

黒川は尚成を窺った。

「うん。構わないでしょ。香も決して黒川が嫌いな訳じゃないからね」

えっ?そうなの?

俺、なんとなく思い出してきていたんだよな。

香が死んだのは、黒川のせいだとばかり思っていた。

少なくとも黒川が関係していたはずだ。

だけどそれは、決して黒川が嫌だったからではなかったという事か。

男女の想いって、本当に難しいよ。

天冉は俺を窺ってから、みんなに声を掛けた。

「それじゃぁ~、町に行くわよぉ~!まずは美味しい物を食べましょう~」

天冉の言葉に、狛里と想香はノリノリで手を突き上げた。

「おー!」

「サダハルなのです!」

寒いな。

つかそのネタ、前に少女隊が使用済みだぞ。

想香はやはりみゆきなんだな。

「おかえちぜん!」

深雪お前もか!

やはり同一人物なんだよな。

俺は生暖かい目で二人を眺めながら、一番後ろから天冉についていった。

俺以外にも、そんな二人を見つめる視線があった事は、なんとなく気がついていた。


町はすぐに見えてきた。

森を抜けた先、眼下に見える景色に、俺は驚くしかなかった。

いや、驚いていたのは俺だけではなかったけれど、違う意味で驚いたよ。

町は未来都市と言った感じだけれど、どこか古い感じもする。

なんだろうかこの違和感は。

俺は冒険者ギルドタウンを出る前に、気になる資料を見せてもらっていた。

天界の情報について書かれたものがあったからだ。

それによれば、天界には一つの町しかなく、それを作ったのは世界の神らしい。

だらかどんな町を作ったのか気にはなっていた訳だけれど‥‥。

「この町を神が作っただと?間違いなく日本人転生者じゃないだろうか‥‥」

「そうなの?なんだか懐かしい感じがするのよねぇ‥‥」

深雪もこの町には何かを感じている。

どう説明したらいいだろうか。

未来都市ではあるのだけれど、魔法のある世界だからこそ実現できているというか。

それでいてそうではなく、昭和な景色も見て取れる。

空を自動車が飛び、斬新な形をした高層ビルが立ち並ぶ。

かと思えば、町外れには木造の平屋が軒を連ねていた。

和洋折衷というけれど、これは新旧折衷‥‥。

いや、夢と現実がただそこにあるだけの、夢現混在(むげんこんざい)って所か。

そうだ。

この町は、戦後昭和の人々が夢見た未来の世界。

そこに古き良き昭和が残っている。

俺たちは何かに誘われるがまま、いつの間にか町を歩いていた。

最初は木造の平屋が軒を連ねている。

一見京都の町並みを思わせるけれど、そこまで古さは感じない。

駄菓子屋のような店が目に入った。

まさかファンタジー世界にこんな所があるとはね。

俺の年代から見れば、確かにここは天界と呼ぶにふさわしいのかもしれない。

とにかく懐かしい。

子供の頃にタイムスリップしたような気持ちだった。

しかし次の瞬間、その懐かしさは別のものへと変わった。

懐かしさはあるけれど、実際に体験した懐かしさではない。

白黒テレビで放送されていたアニメの中の世界のようだ。

とにかく無機質で、人の住む場所には感じられない。

あれ?そう言えば、ここまで人に会っただろうか。

見ると確かに人は歩いているし、飛び交う自動車にも人は乗っている。

でも、とても存在が希薄に感じる。

俺たちを気にする人たちはいない。

東京で暮らしていた時、渋谷なんかだと人が多すぎて、他の人を気にする人なんてほとんどいなかった。

自分が存在していないような、そんな感覚を覚える事もあったかもしれない。

ここはそれ以上に、自分の存在を否定されているようだった。

「なんだか変なの‥‥」

「みんな僕たちが見えていないようなのです」

「話しかけてみたらどうでぇ?」

「なんだか話しかけづらいのだ。店の人なら話せそうなのだ」

「だったら何処かで落ち着きましょうかぁ~。食事が美味しいって話だったわよねぇ~」

みんなこの町がおかしいと感じている。

その謎は、店に入ってすぐに分かる事となった。

天冉が選んだ店は、少し戻った所にあった普通の軽食堂だ。

じいちゃんばあちゃんが経営していそうな、そんな感じの店だね。

そんなイメージを持って入ったら、中で待っていたのは若い夫婦のような男女だった。

「いらっしゃいませ」

店員は不自然なまでの笑顔で俺たちを迎え入れてくれる。

しかしそこには人の温かみがまるでなかった。

「策也ちゃん‥‥、この人たち、人形(ゴーレム)なの‥‥」

「そうだな」

そういう事か。

おそらく先程外で見た人々は普通の人間だったと思う。

でもこの町で働くのは、魂の無いゴーレムのようだな。

俺が作っていたゴーレムにはどれも魂があったから、ほとんど普通の人とかわりがなかった。

ただのゴーレムだとここまで人とは違うのか。

この町に人の営みが感じられないのは、コレが原因なのだと思った。

人間の代わりにロボットが仕事をする未来ってのは、割と理想として語られていたよな。

こんな風になるなら、未来なんて無い方がいいのかもしれない。

俺はなんとなくそう思った。

それでもゴーレムと気づかない面々は、違和感を覚えつつも注文を済ませて席についていた。

「店の人もなんだか話づれぇな」

「とても笑顔なんですが、一瞬誰と話しているのか分からなくなりました。つまり人と話している気がしません」

「孔聞ちん当ったりぃ~。店の人はゴーレムよぉ~」

「偶には孔聞くんも的を射た事を言うのですね。でもわたくしはゴーレムと気がついていましたよ」

撫子が気がついていたのは、俺と狛里の話を聞いていたからだけどね。

つか久しぶりに撫子と行動を共にしているな。

最近別行動が多かったから。

代わりにアーニャンと左之助がお留守番だね。

ギルドの仕事で忙しいからなんだけどさ。

そんな話をしていたら、すぐに料理が運ばれてきた。

「おまたせしました」

「おお!えらくはえぇな」

「まだ五分も経ってないのだ」

「ちょっと不安になりますね。つまり不味い可能性が高いのではないでしょうか」

孔聞はそこまで言ってから口を噤んだ。

流石に店員の前で不味いってのは駄目だよね。

でも店員は気にする事もなく、ただ黙々と料理を並べ、そして去っていった。

「‥‥」

『食べてもいないのに不味いとは失礼だな!』なんて怒鳴られたいとは思わないけれど、これはこれで何処か寂しい気もする。

人間ってのは我儘で、多少そういう所があってもいいんだよな。

俺はそんな事を思いながら料理を口に運んだ。

味は‥‥、確かに美味しい。

この世界には不似合いな味だった。

「ウメェな」

「美味しいのだ。こんなのは食べた事がないのだ」

「自分は好きですよ。つまり美味しいと言っていいでしょう」

「全くですね。孔聞くんに同意したくはなかったのですが、これは同意せざるを得ません」

確かに美味しい。

懐かしささえ感じる。

だけどなんだろう。

多分これは飽きる味だ。

さっき森で食べた、よくわからない果物の方が圧倒的に美味しい。

そうか。

これは日本で食べたファストフード店の味なんだ。

異世界にもそういう印象を持つ味ってのはあるし、それがまた美味しくも感じる。

だけどこの味は違うんだよな。

なんというか、作られた味というか。

素材本来が持つ味ではない。

ここを天国と思う人はいるだろう。

多くの人はそれで満足するかもしれない。

だけど異世界を渡り歩いた俺には、とてつもなく美味しい目の前の料理が、そんなに美味しいとは感じられなかった。

狛里や想香、天冉の口からも、結局美味しいという言葉は聞かれなかった。

何かが違う、そんな感じだった。


店を出て再び町を歩いた。

未来都市のような所では、銀座を思わせるような沢山の高級店らしき店が立ち並んでいたけれど、出歩く人はそう多くはなく、何処か寂しげに感じた。

日本の未来も、もしかしたらこんな風になるのかな。

いやもう既になっているのかもしれない。

だとしら残念な気がする。

昭和の全てが良かったとは思えないけれど、人は最低限人であるべきなのだ。

なんて事を思っても、やはり嫌な事は無い方が良いし、しんどいよりも楽を求めてしまうわけだけれどさ。

そんな時、唐突に思わぬ事が起こった。

「香ちゃん!」

「深雪さん‥‥」

「あっ‥‥」

俺たちが進む道の先に、一人の女性が立っていた。

それはひと目で香と分かった。

別にゲームのアバターと同じだったからではない。

まさに本人そのままだったから。

そして町には、すぐにそれと分かる魔力が辺りに張り詰めている。

神の視線が、俺たちに向いていた。

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