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今日から無職

独裁者が世界を支配していても、民が幸せな場合もある。

そうでなくても、統治者がいないよりはマシかもしれない。

でも、より良くできるのならそうしたいし、不自由に抗えるのなら抗いたい。

日本は戦後の平和の中で、形は民主主義であっても、社会主義化、共産主義化していった。

それに抗う事は、民主主義のルールに沿って可能であった。

しかしこのウインバリアという世界では、それは不可能である。

統治者の独裁であり、おそらく世界は神の意のままにあるのだから。

そんな訳でまずは、権力を持つ者に対して力で抗っていかなければならない。

その強さを、俺たち『闇太ギルドメンバー』は既に持っていた。


第四大陸からダンジョン奥深くに潜って、出てきた先は広大な大地だった。

北海道を思わせるような広い大地は、何処までも続く草原に見えた。

「此処は第五大陸なのだ?」

「そうなんじゃねぇか?コンソール画面にもそう出ている」

現在地を示す画面に、ハッキリと第五大陸と書かれてあった。

「とうとうきたんですね」

「でも、わたくしたちはどうして第五大陸を目指していたのでしょうか?」

そう言われればそうだな。

俺たち異世界組には目的があるし、理由はハッキリとしている。

しかし孔聞や撫子には理由は無かったのではないだろうか。

「冒険者だからじゃねぇのか?冒険者ならより上を目指すのが当然だろ?」

「そうなのだ。それに俺はより高度な魔法を研究して、男になる魔法を見つけないとダメなのだ。その為に第五大陸にきたのだ」

「俺はそれに付き合うと決めたから、此処からも奇乃子に協力するぜ」

土筆と奇乃子はそもそもそういう理由だから、これからはその為に動く事になるのだろう。

では孔聞や撫子はどうするのだろうか。

できれば今後も行動を共にし、こいつら全員が更に強くなるように鍛えていきたい。

その中でこの世界の神の事を調べ、何故か気になる『香』の事も探したいと思う。

「自分は闇に昇る太陽のギルマスですからね。ギルドメンバーがやりたい事があるのなら、それに付き合うのもやぶさかではありません」

「わたくしはこのギルドで活動することが目的につながっています。行動を共にしますよ」

撫子がそう言うと、四人の目が俺たち異世界組に向けられた。

「私たちもぉ~、貴方がたと行動を共にするわよぉ~。何処かに本拠地を構えてぇ~、時々に協力し合うのはどうかしらぁ~?」

まだ第五大陸の事は分かっていないけれど、本拠地くらいは構えられるよね?

これまでの流れだと、なんとなくそれができないような気もしなくはないけれどさ。

「悪い奴を倒すのが目的なのだ?ならばその相手が見つかったら協力するのだ。俺の力は必要なさそうだけど、なのだ」

「いや、もしかしたら奇乃子にも協力してもらえれば助かるかもしれない。その時は頼むよ」

「分かったのだ。此処まで来られたのは策也たちのおかげなのだ。俺の力が必要なら協力するのだ」

「まっ、俺の力が必要になるとは思えねぇけどな」

「自分の力が必要になる可能性は十分にあるはずです。つまりその時は協力しますよ」

「そうすると私もそうなりますね。いい男を見つける為ですから」

なんだかんだ闇太ギルドメンバーは、一つにまとまってきているか。

「僕の力が必要なら言ってください」

「誰であってもぶっ飛ばせるの‥‥」

狛里よ、なんでもかんでもぶっ飛ばせば解決するもんじゃないんだぞ。

よくこれで優しい心を持ち合わせているものだ。

悪い奴には容赦はしないって事なんだけどさ。

そんな訳で、何にしても俺たちは、この第五大陸でも共に闇太ギルドメンバーとして活動していく事を決めた。


さてしかし、町まで来て瞬間移動場所としての登録を済ませた所で、何故か冒険者ギルドから孔聞の所へメッセージが届いた。

『第五大陸にたどり着いた「闇に昇る太陽ギルド」の諸君、全員で一度冒険者ギルドに来てほしい。この大陸でのルールと、今後の事に付いて話がある』

「冒険者ギルドの‥‥、マスター『霧雨さつき(きりさめさつき)』という人物からのようです」

霧雨さつき、か‥‥。

何処かで聞いた事がある名前だ。

おそらくゲームをやっていた頃のものだと思うけれど、すぐには思い出せなかった。

「知らない人なのだ。でも冒険者ギルドのマスターに呼ばれたら、行かない訳にはいかないのだ」

そりゃそうか。

みんな冒険者ギルドで冒険者登録している訳だし、こうやってメッセージのやり取りなどあらゆる事は冒険者カードで可能となっている。

指示には従う必要があるのだ。

それに、第五大陸の冒険者ギルドでは聞きたい事もあった。

第四大陸で冒険者や町の人たちを、イベントボスクラスのモンスターに襲わせた事について。

返事はなんとなく想像が付くけれど、一応聞いておかないとさ。

そんな訳で俺たちは、すぐに冒険者ギルドへと向かった。

幸い霧雨さつきがいるギルドは、俺たちがやってきた町にあった。

ダンジョン出口から一番近い町だしね。

すぐに目的地は見えてきた。

冒険者ギルドの建物に入ってみると、俺たちは注目の的だった。

但し俺たちを見る目は、どれも不快に感じるものばかりだ。

バカにしたような、蔑んだ目をしている。

わずかに聞こえてくる会話から、俺の耳ならその理由が聞き取れた。

どうやら久しぶりに第五大陸にやってきた俺たちは、ここでは下っ端の冒険者という事になるらしい。

それで今まで最下層にいた冒険者たちが、小間使い役から開放されるというような話だった。

でも、どう見てもお前たちじゃ奇乃子たちにはかなわないぞ。

下剋上もすぐだろうな。

そんな事を思っていると、いつの間にか俺たちはギルドの応接室へと通されていた。

相変わらず何処も似たような作りだ。

俺は自前の椅子を取り出し、いつも通りテーブルを挟んでギルマスの正面に座った。

少し何か言いたそうなギルマスだったけれど、特に何も言わなかった。

「俺がこの冒険者ギルド、いや、この世界全ての冒険者ギルドの頂点に君臨するギルマスマスター霧雨さつきだ」

俺はその男の顔を見て思い出した。

さつきというから女性かと思っていたよ。

たから思い出せなかったけれど、こいつはゲームの頃にトップだったギルドのマスターをやっていた奴だ。

当然本人ではないと思われる。

あくまで彼を参考に作られた人物だと思うけれど、ゲームの頃に有名だった奴はこの世界にはいるのね。

「それで話って何かしらぁ~?」

天冉の問に、霧雨は一つ息を吐いてから言い放った。

「勘違いされても困るからな。この第五大陸でのお前たちの立場を伝えておく。お前たちは冒険者ギルドの言う事には絶対に従わなければならない、この大陸では最下級の冒険者だ」

霧雨は自分の魔力を、全てこちらが感じ取れるように開放していた。

つまり脅している訳だね。

まあギルマスというだけあって、魔力は黒川よりも大きい。

これを見せられたら、多くの冒険者はビビるんだろうな。

だけどさ、うちの面子でビビるような奴はいないだろう。

狛里の魔力の一端を嫌というほど見ているだろうから。

「こいつはやべぇ魔力だな‥‥」

「ええ。でも自分、ビビってなんていませんよ。つまりどうってことないのです」

メチャメチャビビっていました。

でもこういう事が言えるだけマシだよ。

本当にビビっていたら何も言えない。

「強がりか」

強がれているんだよ。

「ギルドの言う事に従えなかったらどうなるのかしらぁ~?」

「ギルドに逆らうつもりなのか?」

「質問してるのはこちらよぉ~?質問に質問で返すなんてぇ~、あなた頭が悪そうねぇ~」

おい天冉。

ムカつく奴ではあるけれど、キレたらダメだぞ。

天冉と霧雨は睨みあった。

しかしすぐに霧雨が折れた。

天冉の目には霧雨も負けたと‥‥。

「従わない場合は、冒険者の除名と、この世界で冒険者ギルドを敵に回して生きていく事になる。それがどういう事か分かるよな?」

「分からないわぁ~。説明してくださるぅ~?」

天冉の心は既にキレているな。

一応この世界のギルマス相手なんだから、自重してくれ。

「説明せんとわからんのか。冒険者カードが使えなくなり、そして近い内に死ぬ事になるだろう。今は死んでも教会で復活できるが、冒険者を辞めればただの人となる。この世界での特権が失くなるって事だ」

そういえばそんな設定だったな。

冒険者だけが不死を得る世界。

その辺りは冒険者ギルドの力によるものという事か。

「それじゃぁ~もう一つ質問ねぇ~。第四大陸で町や冒険者を襲った人たちは、『第五大陸の冒険者ギルドの命令だ』って言うのよぉ~。本当なのかしらぁ~?」

「ああ」

あっさりと認めやがった。

「どうしてなのぉ~?」

「人が増えれば良いことなんてないだろ?だから適度に調整しているだけだ」

悪い事をしているって気持ちはなさそうだな。

それが当たり前のように。

やはりこの世界は狂っているよ。

そしてそれを行っているのは冒険者ギルドであり、霧雨って事か。

尤も転生前の世界でも、増えすぎた人口を減らそうとする権力者がいなかった訳ではないけれどね。

「分かったわぁ~。それじゃ~私たちわぁ~、冒険者を辞める事にするわねぇ~」

「何?俺の説明を聞いていなかったのか?」

「十分に聞いてからの判断よぉ~。みんなぁ~、それで良いわよねぇ~?」

「うん、構わないの‥‥」

「悪い人の命令は聞けないのです」

「俺も大丈夫なのだ!悪い事はしないのだ」

「そ、そうだな‥‥」

「自分は‥‥。正しき事の為に生きるのです。つまり同意します」

「ならば私もそうするしかありませんね。正直不安ではありますが‥‥。とっても不安です」

一部迷う所がある者もいるようだけれど、なーに問題はないだろう。

この世界なら、不老不死なんて俺の能力でなんとでもなるからな。

「そうか。残念だ。では直ちに冒険者カードを返してもらおう。そして今後、冒険者を名乗る事は許されない。闇に昇る太陽ギルドも解散し、今後結成することも禁じられる」

「そう。もしも結成して名乗ったらぁ~、冒険者ギルドが敵となって襲ってくる訳ねぇ~」

「分かっているじゃないか」

これはおそらく、もうこの第五大陸で俺たちが生きる術は無いという事かもしれない。

いや、普通にサバイバル生活をして生きていく事はできるだろう。

でもきっと、町に入る事も許されないのではないだろうか。

この世界の事、ここまで全然詳しく見て回ってないからな。

憶測でしか判断できないよ。

それでも大きくはハズレていないと思う。

俺たちは冒険者カードを霧雨に渡した。

するとすぐ追い出されるように、冒険者ギルドからも、そして町からも出ていく事となった。

一度町には入っているので、第五大陸のこの場所へは瞬間移動する事ができる。

でも此処から町には入れなくなったようだった。

どんな原理か分からないけれど、冒険者カードを持たない者は町に入れない。

その力、魔物に対して使えば良いんじゃないのか?

そんな事を思った。

「冒険者を辞めた訳だが、どうするんだ?町にも入れないんじゃ、奇乃子の魔法研究もできねぇんじゃねぇのか?」

「町の外でもぉ~、此処は第五大陸なのよぉ~。もしも誰かに教えを請う必要があるのならぁ~、町の外でも大丈夫よぉ~」

「その通りなのだ。それにおそらくだけど、この大陸には手がかりがあるはずなのだ。隅々まで探索するのだ」

「しかし‥‥。不死ではなくなったのが不安ですね。つまり今までのように無闇には冒険者‥‥とは名乗れませんが、それはできなくなりました」

「あ、それなんだけれど、俺はみんなを不老不死にしてやる事ができる。必要ならそうしてやるが?」

別にいいよな。

そもそもこの世界は死ねない世界な訳だし。

魂のリセットなんかは行われる可能性がある訳だけれど。

ほとんど今までと変わりがないからな。

「そんな事もできんのかよ」

「まあな。但し今までとは少し違う所がある。体が完全に消滅するような死の場合、蘇生しなければ魂だけが生きたままこの世界を彷徨(さまよ)う事になる。俺たちがいるならすぐに蘇生が可能だけれど、いない時は体が消滅するような事だけは避ける必要が出てくるな」

これを聞いて、このリスクを本当の意味で理解できるかな。

最悪生き地獄を味わわなければならない。

「俺は不老不死にはならないのだ。でないと男になれない気がするのだ」

ほう、そういう理由でね。

「奇乃子がならねぇなら、俺も今のままでいいぜ。俺は男だからな」

流石は土筆だ。

男だな。

「自分も問題ないです。つまり死ぬ気はないのです」

孔聞もそうするとは思っていなかった。

まあ土筆に負けたくないからだろう。

となると撫子も‥‥。

「わたくしは‥‥。不安なのでお願いします。ええ、わたくしは死にたくありませんし、美しく若いままでいたいですから」

うん‥‥、素直だよね。

尤も、俺は誰も死なせるつもりはないよ。

別行動する時は、常に一寸神で見守るか。

「じゃあ撫子だけだな」

「よろしくおねがいします」

俺は返事を聞いてから、撫子を不老不死にする為の魔法をかけた。

光が撫子を包み、そしてゆっくりと消えていく。

「これで撫子は不老不死だ。食事をしなくても生きていく事はできるぞ。但し死ねない事が地獄と思う事もあるかもしれない。もしも解除を望む時が来たら言ってくれ。俺たちがこの世界にいる間なら解除もできるから」

「分かりました」

結局、神候補の可能性が無い者だけ不老不死か。

「不老不死になっていない人も安心してください。蘇生は可能ですから、僕がいる時なら必ず蘇生します」

「ああ、頼むぜ」

「その時はよろしくなのだ」

「はい」

別に死にたい訳じゃない。

死が怖くない訳でもない。

だから蘇生は素直に期待するか。

なんだかんだ俺たちは信頼されているという事かもしれないな。

「何か?」

「いや」

撫子も信頼してくれているよね?

「それじゃぁ~、まずは何処かに本拠地を構えましょうかぁ~」

「うん‥‥とりあえずゆっくりしたいの‥‥」

「そうですね。策也タマ、大きなお風呂のある拠点を建ててほしいのです」

「あいあい」

結局拠点を建てたり雑用をするのは俺なんだよね。

想香だって俺とほとんど同じ事ができるはずなんだけどな。

冥凛を宿した事でアメーバ状にもなれるようになったし、一寸神や神眼以外はほぼ共有できているし。

とにかく冒険者ギルドからも町からも追い出された俺たちは、唯一瞬間移動魔法登録が叶った町に近い森の中に拠点を構える事にした。


第五大陸にやってきて三日が過ぎた。

拠点は八人が住めるだけの小さなものにして、砦は防壁で大きく囲っていた。

冒険者ギルドを敵にするってのはなんとなく決定事項な気がするし、俺には少し考えがあったからね。

町に入れないなら、自分たちで町を作ったらどうかと。

向こうからこちらにやってくる分には禁止はされないだろうし、魔法研究の町にすれば奇乃子も情報を得やすくなる。

簡単に人を集められるとも思えないけれど、メリットがあれば徐々になんとかなるはずだ。

商人ギルドはないから、儲けた金から一部を取られる事もないしね。

冒険者ギルドの代わりに、商人ギルドも兼ねた『のまどギルド』を作ろう。

本質は役所のような所だ。

資金は国盗りクエストの時に確保しておいたものがある。

小さな町の運営なら百年でもやりくりできるだろう。

第五大陸の冒険者ギルドを良く思ってない冒険者は沢山いるに違いないのだ。

これだけ用意すれば、きっとなんとかなる。

俺は冒険者ギルドカードの代わりになるものも作り上げていた。

あるものは簡単に作れたりするんだよな。

俺、神だし。

防壁の内側には、どんどん建物を建ててゆく。

この世界にある標準的なものではなく、北都村のようなメタバース世界に似た感じ。

そんなに大きな町にするつもりはない。

ただ人々が幸せに暮らせるような、そんな町を作り上げていくのだ。

建物は、この町で暮らしてくれる人たちに無償で提供する。

のまどギルドの利用料もない。

そこであらゆるサポートを行い、この町に住む者全てがのまど民となるのだ。

ちなみに『のまど』っていうのは、遊牧民とか放浪者とか、自由人みたいな意味ね。

俺は繁栄の神でもあるけれど、繁栄の為には自由な経済活動は必須だから『のまど神』にもなる。

そんな感じで、まずは俺たちの町運営が開始された。

総責任者は天冉に任せ、のまどギルドは撫子に任せる。

受付は狛里。

想香は一応町の防衛隊隊長だ。

守る兵はいないけれど、モンスターを使役したり、邪神や天使を召喚する事だってできる。

冒険者が襲ってこない限りは楽に守れるだろう。

町は防壁より結界で守られているしね。

奇乃子は魔道具屋をしながら、普段は魔法研究だ。

そして土筆と孔聞には、一寸神を付けてこの第五大陸の探索や素材集めを任せていた。


そんな感じで始動してから、更に三日が過ぎた。

土筆と孔聞には出会う者たちに『にっこりタウン』の情報を広めてもらっていたけれど、町にやってくる者は皆無だった。

『にっこりタウン』って名前は作ろうとしている町の名前ね。

人々が笑顔で暮らせる町なら、なんとなくわかりやすい名前が良いと思ったんだよ。

この世界には不似合いだけれど、そうするのが良いとも思ったからさ。

そんな訳で俺たちは、集まる者もいない町で今日もにっこりとしていた。

するとそんな場所へ、人が一人歩いて向かって来ていた。

それは俺と想香が防壁の上で軽くプロレスを楽しんでいる時だった。

「ギブギブなのです。というか誰かがこちらに向かって歩いてきていますよ」

「そんな事を言って、騙して卍固めから抜け出そうとしているな?」

「違うのです!本当なのです」

想香の言葉に一応遠くを見てみると、確かに一人の男がこちらに向かった歩いてきていた。

気配はほとんど無かった。

この距離だと視認しなければ分からない。

かなりの使い手に感じた。

俺は想香にキメていた卍固めを解いて、改めてそちらを見た。

千里眼が使えない世界は面倒だなぁ。

俺たちはしばらく、じっと歩いてくる者を見つめ続けた。

背丈から男だとは思っていたけれど、それは間違いなさそうだ。

そしてその風貌、何処かで見た事があった。

「あいつ、あの時土筆にトンファーを売った奴だ‥‥」

間違いない。

「知っている人なのです?」

「ああ。土筆のマーストンファーを売ってくれた人だ。第五大陸の住人だとは思っていたけれど、やはりそうか」

「でもその割に装備はらしくないですね」

想香に言われて気がついた。

確かに見た目は、第五大陸にいる冒険者っぽくはなかった。

全く意識していなかったけれど、思い返せば大陸を進むに連れて冒険者の装備は良くなっていたよな。

しかしその男の装備は、いかにも冒険者と言った感じで、せいぜい第二大陸で揃えたようなものばかり。

強さや持ってる雰囲気は第五大陸の冒険者レベル、或いはそれ以上なのだけれど、見た目だけなら第二大陸の冒険者といった感じだった。

まあとは言え土筆も似たような感じだし、それだけで判断はできないんだけれどね。

近くまで来た所で、俺と想香は防壁から飛び降りて声をかけた。

「貴方は第一大陸でトンファーを売っていた冒険者だね?」

「ん?やはりあの時のあんたか。近い内に第五大陸までやってくると思っていたぞ。そして冒険者を辞めるともな」

「マジか?」

「嘘だ」

「‥‥」

どう反応するのが正解なんだこれ?

いきなり面倒くさそうだぞ。

「冗談は置いといて、あんたか?此処に町を作ろうなどど考えたのは?」

冗談だったのかよ。

いや、この人ならあながち嘘ではないかもしれない。

奇乃子よりも大きな魔力を持っていそうだしな。

「まあそうだな。冒険者を辞めたら町で暮らせない世界みたいだからな。だったら自分で作ればいいかと‥‥」

「第四大陸以下なら普通に町に入れるぞ?」

「‥‥」

知らなかった。

そういうのちゃんと教えてよね。

不親切なギルマスだよ。

でもあいつ、本音を言えば俺たち皆殺しが希望そうだもんなぁ。

教えちゃくれないか。

「そうは言っても、あんたたちは町では暮らさないか。満足できないから第五大陸まできたんだろ?」

ん~‥‥、満足とかそういうんじゃないんだけどな。

でも実際、この世界の人間だったとしても、俺はきっと第五大陸を目指したような気がする。

普通の幸せで良いなら、第二大陸は最高の場所だった。

そういえば本拠地を第二大陸にって、勧めてくれた人もいたよな。

なるほどあそこが一番良かったのか。

第三大陸は常に戦中だし、第四大陸はいつ人数調整の為のモンスターが現れるかもしれない。

そしてこの第五大陸では、冒険者に自由はない。

だから俺たちは冒険者を辞めた。

「まあそうなのかな。それで貴方は俺たちに用があって此処に来たんだよな?」

「そうだな。こんな事をしていたら、冒険者ギルドを敵に回してすぐに消されるんじゃないかと思ってな。心配で来てみた訳だが‥‥」

「心配には及ばないと分かったのか?」

心配している風ではないし、そもそもそんな目的で来た訳じゃないだろう。

「ふむ。実は仲間にしようと来てみた訳だが‥‥。逆の方が面白そうだな。皆の意見を聞いてみないとハッキリとは言えないが」

「逆?俺たちの仲間になるって事?」

「双方が納得すればだけどな」

おそらくこいつにも脱冒険者の仲間がいる。

そしてそれはそれなりの数だな。

冒険者ギルドに従えない人は、そりゃ相応にいるはずだ。

俺たちが受け入れられなかったように。

そしてそういう者たちが手を取り合ってこの世界で生きているとしたら、おそらく生きる事以外にも目的ができているはずだ。

「貴方たちも冒険者ギルドをなんとかしたいと思っているのか?」

「俺は現実的ではないと考えていたが、此処に来て今考えが変わった所だ。この防壁、そして見える町の景色。あんたたちが冒険者ギルドを辞めてから、まだ一週間も経っていないはずだが?」

なるほどね。

これだけ作るとなると、それなりに時間も掛かるだろう。

俺も神になるまでは、最速でも一件屋敷を建てるだけで数時間必要だったからなぁ。

それに今は想香にも手伝ってもらえるし、完全に非常識なチートだから。

「そうだな。ただ俺たちは冒険者ギルドを変えたいとは思っているけれど、できれば直接対決は避けようとしているんだけどさ」

「此処までやって、流石に見逃してはもらえないだろう。世界は冒険者ギルドだけじゃないが、権力者が仕切っているからな」

勝手にこんな所に町を作った罰でも受けるって事だろうか。

全ての土地は誰かのもの。

そんな世界で暮らしていた事はあったけれど、自分が虐げられる側になった時にその理不尽さを感じてしまうよ。

だけどこの世界は民主主義でもないし、不自由を強いられるのだから普通は抗うよね。

「つまり俺たちの戦争に協力してくれると?」

「俺たちの代表者を連れて改めて此処にくる。お互いが納得できる話ができれば、その時は共に冒険者ギルドを打倒しようじゃないか」

冒険者ギルドの打倒か。

まあ話し合ってからって事なら、とりあえずはオッケーかな。

「策也タマ、冒険者ギルドは本当に僕たちを殺そうと襲ってくるのでしょうか?」

まだ何も始まっていない。

何も起こっていない。

そう決めつけるのも確かに早い。

でもきっと此処は戦う必要がある気がするんだよ。

「多分な。ただ暗殺だろうと戦争だろうと、理由は必要だし勝つ為の準備はしてくるだろう。すぐでは無いと思うけどね」

「僕たち悪い事はしていないのです」

正しい方が常に報われる訳じゃないし、悪い事をしなければ殺されない訳でもない。

「分かった。俺たちはしばらく此処にいるし、誰も防壁門の番がいなければ、勝手に入って『のまどギルド』って建物を探してくれ。そこには必ず誰かがいるから」

「うむ。承知した。俺はもう一人、代表者を連れてくるだけだ。おっとまだ名乗っていなかったな。俺は芳野左之助だ」

「俺は此花策也」

「僕は兎束想香なのです」

「おそらく今日中には来られる。待っていてくれ」

「了解」

俺が軽く手を振るのを見る間もなく、左之助は振り返り猛スピードで走っていった。

来る時はゆっくり歩いていたのに、帰りは走るんだな。

つか瞬間移動魔法くらい使えるだろ。

そんな事を考えている間に、左之助の姿はもう見えなくなっていた。

おそらく魔力は黒川と同じくらいだな。

味方になってくれるなら頼もしいぞ。

そういえば左之助とは第一大陸で会ってる訳で、もしかしたら神候補の可能性も‥‥。

少しの期待と少しの煩わしさが、俺を侵食していくようだった。

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