繰り返しの世界・ウインバリア
戦争なんて反対だ。
戦わずに話し合いで解決しよう。
できるものならそうしたい。
でも大切な何かを守る為、大切な誰かを助ける為に、手段がそれしかない事もある。
戦争は外交手段の一つでしかないけれど、無くす事はできない。
だから戦争にはルールがあるのだ。
もしも戦争をしてはいけなくて、誰も戦争をしないのならルールは必要ない。
戦争をする国があるからルールを作らざるを得ない。
結局の所、どれだけ戦争を否定していたとしても、相手が戦いを挑んでくる事はあるって話。
俺と狛里は第四大陸の上空から、或いは瞬間移動魔法を使って孔聞を探していた。
しかし一向に見つからない。
昨晩妖凛に全ての町と村を訪れてもらったけれど、その時も孔聞の気配は感じられなかったそうだ。
「もしかしたらこの第四大陸にはいないのかもな?」
「おそらくそうなの‥‥第三大陸に戻っているのかもしれないの‥‥」
何処かに何か忘れ物をしていたら、取りに帰る事もあるだろう。
或いは百万診にお礼を言いに行ったのかもしれない。
とはいえ百万診はもういなくて、探し回っている可能性もある。
「第三大陸に行ってみるか?」
「分かったの‥‥」
そんな訳で俺は狛里を連れて、等々力の首都へと瞬間移動した。
クエストが終わった後はどうなっているのか気になっていたけれど、見る限り大きく変わった所はなかった。
いやちょっと待て。
そう言えばバグ世界に捕虜を収監したままだったな。
捕らえた獣族兵の多くは味方にしたけれど、人族の兵は俺たちに味方できない者も多くいたのだ。
「ヤバい狛里。バグ世界に捕虜を収監したまま忘れてたよ。ちょっと逃がしてやってくる」
「それは酷いの‥‥。でも一日で気がついて良かったの‥‥」
一応食料なんかは確保してあるし、死んでいるって事はないと思う。
ただ一月くらい忘れていても問題はなかっただろうけれど、そのままアルカディアに帰還していたら全員死んでいたに違いない。
俺は等々力王都のあるマップ【海岸線の草原】に降り立った。
「確かこの辺りに、山の砦側とを繋げる通路があるはずだ」
俺はそう言いながら、目の前に深淵の闇を開けた。
先に狛里が飛び込み、俺は後から入って闇を閉じた。
「ビンゴだな」
「早くみんな逃がしてあげるの‥‥」
そう言って狛里は収監場所へと走り出した。
俺も狛里を追って後に続く。
直ぐに目的地には到着した。
しかし驚く事に、そこには人の姿がない。
「どういう事だ?」
「此処にいたはずなの‥‥。みんな自力で逃げたの‥‥」
そんな事はありえない。
この場所はおそらく、この世界にあってはならないバグなのだ。
逃げたのではないとすると、おそらく消えた?
だいたい同じクエストを延々と繰り返すってのがよく分からなかったけれど、もしかしたら冒険者以外の時間は巻き戻されるのかもしれない。
ちょっと気にはなるけれど、今はそれを調べている時ではないか。
百万診を宿す天冉に聞けば直ぐに分かるだろうし、今は孔聞を探す方が先だな。
「孔聞を探しに行こう」
「うん、そうするの‥‥」
さてしかし此処から戻ると山の砦の中なんだよね。
俺たちは少し通路を戻ってから元の世界へと戻った。
その後第三大陸を飛び回った。
半崩壊したような町も綺麗に元通りになっていた。
復興した訳じゃないよな。
やはり時が戻っていると言った方がしっくりと来る。
エンドレス戦国時代と言った所か。
そんな所にずっといたら、冒険者も頭がおかしくなりそうだ。
尤もそれに気がつかない場合もありそうだけれどね。
何にしても、ゲームモデルの世界は思った以上にハードな気がした。
「この第三大陸にもいない気がする」
「私も気配は感じられないの‥‥」
第三大陸はクエスト参加で、全ての町や村を廻ってはいない。
だから少し時間がかった。
探索魔法は十キロくらいは探せるので、マップ中心部を飛んで行けばだいたい見つけられるはずなのに。
地下深くにいたら見つけられないけれど、そんな場所は今の所知らないしな。
天冉からテレパシー通信が入る。
『まだ見つからないのぉ~?』
既に朝から探し始めておやつの時間だ。
狛里もお腹を空かせ、携帯食を食べながらの探索になっていた。
『第四大陸と第三大陸にはいなかった。これから第二大陸か第一大陸に行くつもりだ』
『そんな事になっているのねぇ~。だったら焦る必要はなさそうねぇ~。孔聞ちんに何かがあるとしたら、第四大陸でしょうからぁ~』
言われてみればそうだな。
他の大陸で何をしているのか分からないけれど、助けが必要だとしたら第四大陸って事になる。
『今の想香なら俺と同じ探索魔法が使える。想香には一応第四大陸をもう一度見て廻ってもらっていいか?』
『分かったわぁ~。そうしましょう~』
全く孔聞の奴、何処に行ったんだ?
第四大陸で自分のギルドを取り戻すんじゃなかったのか?
「孔聞ちゃんがギルドを取り戻すのは第四大陸なの‥‥。だったら今は準備をしているの‥‥」
狛里は俺と天冉のテレパシー通信を聞いていたか。
「確かに。これから大事な何かに向かうなら、その前に準備が必要だよな。となると‥‥」
「課金の泉なの‥‥」
「それだ!」
孔聞は元々修道僧だった。
でもみんなを第四大陸に上げる為に司祭になったんだよな。
それで再び自分のギルド『闇に昇る太陽』を取り戻すとしたら、みんなを納得させられるギルマスとしての強さが求められるかもしれない。
修道僧に戻ってからと考えてもおかしくはないだろう。
「直ぐに課金の泉に行くの‥‥」
「オッケー!」
俺は瞬間移動魔法で泉の村まで飛んだ。
そこから走って直ぐに課金の泉には到着した。
するとそこには、膝をついて項垂れる孔聞の姿があった。
どうやら上手く行かなかったようだな。
おそらく自分にあった職になれるようにはなっている。
でもレア職になれるかは運だ。
修道僧はそれほどレアな職業ではないけれど、一応上位職だからなぁ。
出なかったとしても不思議ではない。
俺は黙って近づいていった。
まだ小さな妖精のようなのがそこにいて、プラカードを持っていた。
どんな職が出たんだ?
「格闘司教って出てるの‥‥」
そう言った狛里の声に、孔聞は気がついて振り返った。
「貴方たち‥‥。国盗りクエストをクリアした報酬、全て使ってしまいましたよ。修道僧に戻る為に何度もやってみましたが、最後も結果はハズレでした‥‥」
ガチャってついつい回してしまい、気がついたら全てのお金を使っちゃったりしているんだよな。
でもハズレ?
「ちょっと待て。それハズレじゃないだろ?格闘司教って言ったら、修道僧よりも二つほど上位職だろ?つかその方向で言えば最上位職じゃないか」
「えっ?」
「えっ?違うの?」
「えっ?そうなんですか?」
いや俺に聞かれても、こっちが不安になるわ。
孔聞の方がこの世界の事を知ってるはずだよな。
「とにかくそれでオッケーしてみな。駄目だったら金くらい出してやるし」
「分かりました。とにかくオッケーしてみます。転職をお願いします」
「畏まりました。では、今日から貴方は格闘司教です」
孔聞がオッケーを告げると、直ぐに体が七色に光り輝いた。
そして間もなくその光は収まっていった。
孔聞は直ぐにコンソール画面を開いて確認していた。
「修道僧の頃のレベルには戻っていません‥‥」
「そりゃ修道僧の上位職だからな。でも強さは今の方が格段に上がっていると思うぞ」
「そうなんだ」
こいつギルマスだったんだよな。
よくコレでみんなが付いて来た‥‥だから付いて来なかったのか。
まあギルマスの適正なんてそれだけでは測れないけれど、コレでマウントを取られたらギルメンも嫌になるかもしれない。
「それで策也と狛里はどうして此処へ?ああ、転職しに来たんですね。此処は課金の泉ですから、金があればそうするのも当然と言えば当然です」
「違うの‥‥孔聞ちゃんを探しにきたの‥‥」
「えっ?自分をですか?」
「自分のギルドを取り戻すんだろ?俺たちはある意味その為に孔聞と一緒にきたんだ。最後まで見届けるくらいはさせてくれ」
奇乃子が手伝うと言って一度断られているしな。
あくまで見届けるという事でなら、付いて行っても良いだろう?
孔聞は少し驚いた表情をしていた。
しかし直ぐにいつもの冷めた感じの表情へと戻した。
「良いでしょう。仕方がないですね。でもその時は自分の指示に従ってもらいますよ?」
「それは天冉っていう新しい俺たちのリーダーに言ってくれ」
「えっ?あの異世界から召喚するとかなんとか言っていた友達ですか?」
「そうだ。おそらく今まで会った誰よりも恐ろしい奴だから、変な事は言わない方がいいぞ?」
「‥‥」
俺たちも不用意には逆らえないのだ。
孔聞、諦めてくれ。
とにかく孔聞の了承も得て?俺たちは共に第四大陸へと戻るのだった。
移動用の家に一度戻った俺たちは、みんなで食事をした。
そこでは当然天冉と孔聞のバトルが始まる。
「貴方が百万診ちんの愛人ねぇ~」
「いえ、違い‥‥」
「話は聞いてるわよぉ~。私が力になるから、大船に乗った気持ちでいてねぇ~」
「いや、えっと‥‥、はい。よろしくお願いします」
孔聞、頑張った。
お前がなんとかしようとした勇姿だけは忘れないよ。
天冉のあの見えない眼には逆らえないよなぁ。
そんな訳で、萬屋ぼったくりの立ち位置は決まった。
年齢的には孔聞の方が三つも上なんだけれど、やはり天冉には敵わない。
年齢だけを言えば、俺は実質六十八歳だし、想香も一部それと同い年の記憶を持っている。
それでも天冉には敵わないのだから、この結果も当然と言えば当然だ。
「それで孔聞ちんは、ギルドメンバーと会ってどうするつもりなのかしらぁ~」
「えっと。話し合いでギルマスのポジションを返して貰えれば良いのですが、おそらくそうも行かないでしょう。今のギルマスと決闘という事になるかと思います」
決闘か。
だから職業を戻しておきたかったのか。
「それで勝算わぁ~?」
「自分の方が強い、と言いたい所ですが、彼は一年前にはこの第四大陸に来て強くなっています。一年前なら自分の方が強かったのですけれどね」
ん~‥‥強がりを言っている気もするな。
つまり元々五分くらいだったと見ていいだろう。
今回上位職に転職できたとは言え、一年先に上がってきている者と比べたら、おそらくはかなり負けていると見るべきか。
「それじゃぁ~、これからギルドを取り返しに行っても、決闘になったら勝てないのよねぇ~?」
「えっと‥‥。そうですね。本当は国盗りクエストの賞金で良いアイテムを揃えようかと思っていたのですが‥‥」
それはさっき課金しすぎて散財してしまったと。
「だったら奇乃子、お前が作ってやればどうだ?」
「えっ?俺が作るのだ?」
俺は奇乃子が、空いた時間があれば魔法と魔導具の研究をしていたのを知っている。
そしてかなりレベルを上げている事もな。
「お前は一流の錬金術師じゃないか。ならば孔聞にピッタリな最強の武器が作れるだろ?」
天冉なら俺に作れと言いそうだしな。
先に奇乃子に押し付けておくぜ。
「そうなの奇乃子ちん?」
「いやぁ~、最強かどうかはなんとも言えないのだ。でもきっと強い武器は作れてしまうのだ」
ヨイショされると奇乃子は弱い。
そして調子に乗るタイプだろう。
実力も最強とは言えないけれど、孔聞の力を百パーセント以上にするだけの魔道具は作れる。
「それは今日中に作る事は可能かしら?」
「素材があればなんとかするのだ」
「策也ちん?」
「大丈夫だよ。それに無ければ、狛里にイスカンデルから調達してきてもらえばいい」
ただイスカンデルでは、ダイヤモンドミスリルが存在しないし、生きた宝石を手に入れるのも大変なんだけどさ。
つまり陽蝕か猫蓮に貰ってくるって話ね。
「という訳でぇ~、奇乃子ちんはこれから孔聞ちんと相談して、最強の魔道具作りを頑張ってねぇ~」
「分かったのだ!それじゃ孔聞も来るのだ」
「え、ええ」
奇乃子は魔道具作りを了解して、孔聞を連れて鍛冶場へと歩いていった。
この移動用の家には、俺が色々とできるように一通りは揃っているんだよね。
「それじゃその間、俺はこの第四大陸の情報を集めに行って来ていいか?孔聞の事が終わったらこの大陸を攻略しねぇと駄目だからな」
ボスはそう言って立ち上がった。
「そうねぇ~。それじゃ土筆ちんには情報収集をお願いするわぁ~。明日の昼には万全の体勢で出られるようにしておいてねぇ~」
「分かったよ」
ボスは直ぐに家を出ていった。
「だったら想香には素材集めをしてもらっていいか?ダイヤモンドミスリルとかオリハルコンとかもっとあった方が良いかもしれないし」
「そうねぇ~。特に他にやることも無いし、みんなで行ってもいいのよぉ~?」
「いや、俺は天冉の中の百万診と少し話したい事もあってな。駄目か?」
「だったら私も素材集めに行くの‥‥」
「じゃあ狛里ちんと想香ちんは素材集め。私と策也ちんでお話って事ねぇ~。そうしましょう~」
「オッケーボス!」
ボスは俺だけじゃないのかよ。
ボスも天冉もボスじゃもう訳が分からないな。
こうして今日の予定が決まり、狛里と想香は出ていった。
そして俺は天冉と、ゆっくりと話す機会を得た。
天冉っていうか、主に百万診となんだけれどね。
俺は天冉にバグ世界の捕虜がいなくなった話をした後、この世界の事を百万診に尋ねてみた。
予想通りというか、少し想像を超えるような話を聞く事ができた。
このウインバリアという世界は、第三大陸に限らず『時間』『事象』『人生』『日常』のあらゆる視点において繰り返しが行われているらしい。
永遠の幸せを続けるのが、おそらくこの世界の趣旨なのだそうだ。
冒険者だけが人生を生き、そして幸せに満足した所で他の者たちと同じになる。
ある者は一定周期で同じ事を繰り返し、ある者は同じような人生を何度もやり直す。
兵士なんかは死んでは生まれてを繰り返し、世界を支える人々は不老不死のような形で役割を全うしていた。
「この世界の神を討伐する理由は、表向きは『魔王やドラゴンに民を襲わせるから』という風になっているのよねぇ~。でも本当は『人を本当の意味で死なせないから』じゃないかしらぁ~?」
「そんな世界もあるのか」
『人を無闇に殺すから』という理由で討伐される神はあると聞く。
それとは逆の世界もあるとはね。
輪廻転生ではなく、人間を続ける。
死なないのもある意味罰だと云われているからなぁ。
等々力の王も、山ノ内の王も、海老嶋の王も、また再び国盗りゲームを始める事になる。
正直嫌になってくるだろう。
仮に記憶がリセットされるにしても、魂にはきっと何かが残る。
どうしてこの世界の神はそんな風にしたのだろうか。
いや、この世界を創った神こそがそうしたのだろう。
その神は今何処で何をしている?
みゆきは俺と人生をやり直す為に、神となってアルカディアを創ったと言っていい。
そしてその為に自分の創った世界の住人となった。
もしかしたらウインバリアを創った神は、この世界で永遠の幸せを手に入れようとしたのだろうか。
みゆきと共に永遠の幸せを得ようとした俺なら、その気持は分かるんだよね。
でも、この世界じゃそれは得られない気がする。
決まっているこの世界じゃ飽きるからさ。
ならばこの神の討伐。
或いはその神が求めたものかもしれないとも思えた。
「今更だけどぉ~、私って変な世界に来ちゃったのかもねぇ~」
「不老不死になる為に、永遠が問題とされる世界にやってくるか。まあでも俺たちは、百年以内にはアルカディアに戻る事になるから問題はない」
でもアルカディアに戻って、俺はみゆきと永遠の幸せを味わう事はできるのかねぇ。
最初にそれを求めていたとはいえ、今はもしかしたら神の仕事があって良かったと思う所もある。
そしていずれは天界の神となるのだ。
だから前に進める。
その前にこの繰り返しの世界から、俺たちが抜け出せるのかって問題も起こり得るかもな。
あのアニメでは何万回と繰り返していた訳だし。
冒険者でいる限りは大丈夫か。
この世界でホントの事も、きっと嘘に変えられる。
「でもぉ~、個人の幸せなんてその人にしか分からないわよねぇ~」
「然り、だな。こんな世界でも、幸せを繰り返しているのが幸せかもしれないし」
他人の気持ちを俺が勝手に決める必要はないな。
ただこの世界の神には問題があると天界の神が判断した訳だ。
理由がどうあれ仕事はやるしかないのだよ。
話は聞いたけれど、結局俺の行動に変わりはない。
こんな所が完全に日本人だよな。
その仕事がたとえ法に触れようとも、やらざるを得なかった頃が懐かしいよ。
そしてその頃から何も変わっていない、か‥‥。
夜には妖女隊が色々な素材を持って帰ってきた。
結局妖女隊なんて呼んでいたのは最初だけだったよな。
この二人がペアってのは、どうもしっくりこないんだよね。
俺と一心同体になっているのは想香だけだし。
そんな話はどうでもいいか。
それで流石にこの二人がマジで素材集めをすれば、いくらでも良い物は集まるんだよね。
少女隊は偏る所もあったけれど、この二人だと色々な物が集まっている印象だ。
俺は二人を労った後、特に天冉から聞いたこの世界の話はしなかった。
少なくとも狛里には、話さない方が良いと思ったから。
狛里には思うがままにいてほしい。
それが正しくはなかったとしても、きっと間違いではないだろうからさ。
間違いが必要な時は俺が代わりにやれば済む話だ。
そんな事を思いながらこの日の夜は更けてゆくのだった。




