戦争再会!移民がうちにやってくる?
減税をすると税収が増えるというのは当たり前の事だ。
例えば消費税の税率が十パーセントの日本だとしよう。
これを五パーセントに下げると、人々は物が買いやすくなりドンドンお金を使うようになる。
今まではお金を求めていた人々が、お金よりも物を求めるようになる訳だ。
すると日本人が提供する物やサービスの価値が上がってゆく。
更に求める人が増えれば、物やサービスも増やして行く事になる。
これが経済成長だ。
経済成長で経済規模が倍になれば、たとえ消費税の税率が半分になっても税は同じだけ入ってくる。
当然税は色々とあるので、経済成長をすれば税収全体では増える事になる。
だから減税すれば税収は増える訳だ。
逆に増税すれば、その税収だけは増えるけれど、経済が縮小して他の税収が落ちるので、未来を見れば全体的には減る事になる。
たとえ減らなかったとしても、国民の幸福度は確実に落ちる。
これは当たり前の話であり常識となっている。
しかし馬鹿な政治家や官僚は、増税しないと税収は増えないと勘違いする。
そこだけを見れば間違いではないからね。
つまり目先しか見ていないという事だ。
現実を見てみよう。
増税を続けた結果日本は衰退する方向に進んできた。
経済成長が止まり、世界一に迫る経済大国だった日本は、今では世界の三位へと落ちていた。
これは俺が死んだ時の順位であり、おそらく先にはもっと落ちている事だろう。
増税ではなく減税していたら、日本は今も世界のトップに君臨していたに違いないのだ。
何故日本だけが経済成長を止めたのか。
その理由をしっかりと考えてもらいたいね。
ギルド猫なめとの約束が成立し、俺たちはまずマップ【砂浜の海岸】から北にある【岩山の麓】に向けてトンネルを掘った。
本来兵を行き来させられない所を、通れるようにする為だ。
普通ゲームならこんな事を考える者はいないだろう。
しかし此処はゲームモデルの世界であって、ゲームとは違う。
トンネルがあれば人は通れるのだ。
狛里にやらせて数時間で開通した。
本気でやらせたら一瞬の内に山を吹き飛ばせるだろうけれど、当然そんな事はさせられない。
そのトンネルを俺が最終的にチェックして、崩れないように補強しておく。
それを昨日の内にやっておいた。
それで今日は、そのトンネルを通って【岩山の麓】にある岩山砦を攻略する。
此処はかなりの要塞砦で、海老嶋もそう簡単には攻められない場所だった。
それに海老嶋は俺たち等々力を閉じ込めて安心しているようで、直ぐに此処を落とそうとはしていない。
だから俺たちが先に此処を落としてしまうのだ。
そんな訳で早速俺たちは侵攻を開始する。
猫なめの協力もあるから、トンネルを通って兵さえ送れれば簡単に手に入れる事ができるはずだ。
侵攻を開始し、程なくして作戦は何事もなく成功した。
思惑通り、俺たちはその日の内に岩山砦を手に入れる事ができたのだ。
これで海老嶋に閉じ込められていた俺たちは、再び国盗りゲームに参加できるようになった訳だね。
「海老嶋で参戦している冒険者はきっと悔しがるのだ!」
「それに今日は楽しかったの‥‥誰も殺さずに済んだの‥‥」
「狛里が此処まで強いのには驚きました。女神さまが勝利確実と言った意味が分かりましたよ」
いや孔聞よ。
今日の狛里は最も弱い狛里なんだよ。
活き活きと戦っていたし、そういう意味では最強かもしれないけれどね。
今日は狛里も戦闘に参加していた。
一応セーラースカーフの効果も試したかったからね。
特に本人がさ。
新しい玩具を手に入れたら、それを使って遊びたくなるのは仕方のない事だ。
今日だけは戦闘参加させていた。
でも想香を一人にするのも寂しがるし、次からはまた本拠地に戻ってもらうか。
いや、むしろ王都なんてまともに攻め込まれる心配も無いし、王や王子も連れてこの砦に来てもらえばいいだろう。
今やうちの王様は割と国民に人気があるからな。
奪った町にも行ってくれれば、民も歓迎してくれるに違いない。
というのも、王が俺たちの言いなりになった後、俺は早速領内の減税を敢行した。
すると民は大喜びで、他の領からも移民が増えているとか。
この世界は、地球、或いは日本と比べて国民意識が低いから、住みやすい場所があればすぐにそちらに移動する人も多いんだよね。
だから減税の効果は直ぐに表れ始めていた。
これも独裁国家のお陰か。
独裁国家と言えば、民主主義国家と比べて『悪い』という印象がある。
それは決して間違ってはいない。
けれど利点がまるで無い訳でもない。
少し独裁国家と民主主義国家の話でもしようか。
独裁国家というのは、王様のような独裁者が統治する国だ。
メリットがあるとすれば、即断即決が可能で、独裁者が有能であれば国民は幸せになれるという所か。
今回は俺たちに権限が移り、直ぐに良い政策が実行できたのが良かった訳だ。
しかし逆に、無能な独裁者に統治されたら洒落にならない。
国家は直ぐに滅んでしまう可能性もある。
まあだから独裁国家ってのは長くは続かない訳だね。
民主主義国家よりも早く滅ぶってのは大きなデメリットなのだろう。
つまり民主主義国家と比べて独裁国家は駄目な訳だ。
民主主義国家は独裁国家と比べて、悪くても最悪にはならないってのがメリットかな。
国民の意思が反映されて、それが実行されるまでに時間は掛かるけれどね。
デメリットもあるけれど、最悪を回避できるのは大きい。
それに何をするにもちゃんと相談して決めるから、より失敗が少なくなる。
民主主義国家にも色々あって、日本はその中ではより慎重な『間接民主主義』の国家だ。
国民が選挙で選ぶのは、個人でもあるけれど主に政党となる。
つまりそれは『政党政治』と云われるもの。
最も支持された政党の政治家が政府の代表である総理大臣を決めるから、国民が直接大統領を決めるような国よりも失敗が少ない。
国民は政治の素人であるし、メディアの情報操作に直ぐに騙されてしまうからね。
ちゃんと考えられる人に任せれば、失敗は減らせる。
それでもなかなか上手く行かないのは、人間のやる事だから仕方がないよね。
とにかくこの世界は悪い独裁国家ばかりだからこそ、俺たちが付け入る隙があって上手く行ったって事になる訳だ。
そんな状況もあり、俺たちの快進撃はスタートした。
次の日には三エリア、その次の日には五エリアと、ドンドン山ノ内の領土を奪っていった。
当然猫なめギルドのメンバーが協力していくれているお陰なのだけれど、町の民までもが俺たち等々力の統治下に入る事を望んで協力してくれるようになっていた。
民を味方に付けられるというのは大きい。
戦争とは本来数の争いだ。
だから殺し合いをやめて多数決で決める民主主義が成立している。
数が力だと誰もが認めているから従うのだ。
民がこちらの味方に付くって事は、それだけの兵を得たも同然。
減税効果がまさか此処まで力になるとは思っていなかったよ。
そこからも快進撃は続き、気がつけば山ノ内の領土は全て等々力が奪い尽くしていた。
「私をどうするつもりだ?拷問か?ならばいっそ殺してくれ!」
山ノ内の王様を捕らえたは良いけれど、正直対処に困るよね。
普通は王を捕らえるなんてまずあり得ない。
殺すのだって大変で、一回のクエストで王が一人でも殺される可能性は五十パーセントくらいなのだそうだ。
それ以外は領土を全て奪った所で自殺してくれる仕様というか、そのような慣例のある世界で王様は自ら死んでくれる。
なのに久々に戦闘に参加した狛里が、自殺させずに捕まえてしまった。
今まで捕らえた事のある冒険者は結局死刑にしたと聞くけれど、狛里がそれを許す訳ないよなぁ。
「王様は特に私たちや民に悪い事はしてないの‥‥でも言う事を聞いてくれないと困るの‥‥これからは言う事を聞いてくれるの?‥‥」
「はい何でも聞きます。言う通りにします!」
「だったらここで領主をするの‥‥。ちゃんと減税して民の為の町にするの‥‥」
「分かりました。おっしゃる通りにします!」
なんだかよく分からないけれど、王様はここの領主をする事になったみたいだ。
全く狛里は、自覚なく脅して相手にとっても良い結果で終わらせるとか。
やっぱりこいつはチートだよ。
そんな訳で山ノ内の残党や親族・支持者を敵にする事なく、俺たちは完璧に山ノ内を取り込む事に成功した。
実際山ノ内の元王も元王子も、みんな強いから駒として優秀なんだよね。
将棋で王将を手持ちの駒として使えるようなものだ。
俺たちの勢力は気がつけば上位三国に入るくらいに大きくなっていた。
領土的にはまだまだ六番目くらいだけれど、民の支持もあって経済力はトップレベルになっているからなぁ。
ちなみに日本の領土は領海を含めれば世界の六番目と割と大きいんだよ。
小国日本ってのは印象操作で、大国なのは間違いないんだよね。
豆知識でした。
山ノ内の領土を全て手に入れた俺たちは、ここで一旦祝勝会を開催していた。
「いやぁ~まさかこんなに早く全領土を譲れるとはなぁ~ははははは」
「猫なめのみんなが協力してくれたお陰なのだー!ありがとうなのだ!」
「これからは王様も協力してくれるの‥‥王様が二人もいるの‥‥」
「いやその通りですー。山ノ内王、これからよろしく頼みますよーぉ」
「いやいや私の方が立場は下です。これからは命令してください」
なんか変な感じになってるな。
王様と元王様が一番下っ端みたいになっている飲み会とか。
会社の飲み会じゃ考えられないぞ?
日本じゃ暴力で屈服させるなんてのは、中学生高校生くらいまでだもんな。
それ以上は権力が全てになってくる。
法律で暴力が禁止されているから。
「それにしても王様も元王様も強いし今も高い地位にあるのに、どうして此処までへりくだる必要があるのでしょうか?気になります!」
「そうだな。悪い事をしてきたと自覚しているからじゃないか?」
自分が威張り散らして悪い事をしてきた者は、立場が逆になればそうされると思い込む。
悪い権力者にありがちな話だな。
だから権力者である時でも、他人を自分に当てはめて批判する。
こいつは自分と同じように悪い事を考えているはずだ。
きっと悪い事をしているはずだと決めつけるんだよ。
「所で想香、お前あまり食べなくなったか?」
いや今も結構普通よりは食べているんだけれど、今日はなんだか食べる量が少ない気がする。
「姫ちゃんが戻ってきてから、ぽっかりと開いていた何かが埋まった気がするのです。だからお腹もあまり空かなくなったのです」
「そうなのか」
お腹が空かなくなってもこの量を食べるなら、それはそれでヤバい気もするんだけどな。
「孔聞様~♪これからが本番よぉ~。今夜は二人で作戦会議しましょう~」
「女神さま。お酒の飲み過ぎです。これ以上は飲まない方がいいですよ」
百万診は相変わらず孔聞に絡んでいた。
しかしこの二人のコンビもおかしな感じだよな。
孔聞は一応百万診の事をリスペクトしてはいるけれど、好意を素直には受け取れない感じだし。
百万診は孔聞の何処を気に入っているのか分からないけれど、ストーカー並みに行き過ぎた好意を抱いている。
詮索するつもりはないけれど、どうしたらこういう関係になるのか気にはなるな。
「その武器は何処で手に入れたの?第三大陸で手に入れられるような武器じゃないよね?」
「ん?コレか?これはおそらく第五大陸からきた冒険者に売ってもらったものだ。俺が戦えるのもコレのお陰だな」
雄猫とボスは最近ちょっとライバル関係のような、良い意味で仲良くなっていた。
魔力レベルではまだまだ雄猫の方が上だけれど、戦えば割といい勝負になるだろう。
ボスの方が上位職だしな。
お互い勝ってる所と負けている所があると、認め合い良いライバルになれるようだ。
いつの間にか猫なめのギルメンとも仲良くなっている。
こうして一緒に勝利を祝えるわけだからね。
大勢の仲間と酒を酌み交わせる。
もしかしたらこういうのが人の幸せの一つの形かもしれないと思うよ。
さてしかし、俺たちは今戦争中なのだ。
当然祝勝会の途中だからと言って、敵が遠慮してくれる訳もなく。
「報告です!岩山砦に近づく集団があるとの事!ハッキリと分かり次第連絡します!」
何処の勢力だ?
と言っても此処に侵攻できるのは海老嶋だけだよな。
今なら岩山砦が落とせるとでも思ったのだろうか。
等々力にとって要の場所だから、冒険者がいなくてもそう簡単には落とせないよ。
「策也ちゃん、行かなくても大丈夫なの?‥‥」
「あの砦は完全に要塞化してあるからなぁ。大陸一安全な砦と言っても過言ではない。ヤバかったら直ぐに行ける距離だし、もう少しハッキリとした情報を待つよ」
「最悪設置型爆破魔法もあるのですよね?人がゲロのようになるのです」
想香も少し下品な事を言うようになってきているよな。
これは少女隊と頻繁に会っているせいだろう。
自分で闇の家に行けるようになって、会う機会が増えたのは良くなかったか?
「あの砦はそう簡単に落ちねぇぞ?攻めて来る奴は馬鹿だな!ガハハハハ!」
「岩山砦は要塞ですからね。つまり要塞なんですよ」
「流石は孔聞様。分かりやすいです」
「そのまま繰り返してるだけじゃねぇか‥‥」
「それを言っちゃ駄目なのだ。みんな触れないようにしてるのだ」
「皆さん余裕だね。私もこのメンバーだと、どうしても余裕を持ってしまうよ」
‥‥。
それにしてもみんな落ち着いたもんだな。
俺たちが信頼されているのは良い事だけれど、ミスができないのはプレッシャーになるぜ。
尤も、本気になれば全国統一ですら一瞬なんだけれどさ。
「追加の情報が入りました!」
やっぱり海老嶋軍なのかな。
「えっと‥‥。やってきたのは、沢山の一般人だそうです。農民や商人・職人たち五千人です」
なんですとー!
いや確かにちょくちょく移民が等々力に入ってきているのは知っているよ。
そりゃ税が安い所で暮らしたいとか、治安が良い所で暮らしたいとか。
当たり前の感情だからね。
だから金があって、自ら新天地で衣食住と職を確保できる人が来るのは分かる。
でもこれだけの数となると、生活すらままならなくなった人たちが助けを求めて来た可能性があるな。
そういう人たちってのは、能力が低い人の可能性が高い。
自分が産まれ育った場所ですら、生活に困る訳だから。
転生前の世界・ドイツでのデータだけれど、他に行っても移民の半分は無職だって公表していたよなぁ。
そうなるとそこにいる人で、無職の人を支えなければならなくなる。
最悪犯罪に向かう人も割と多い。
国民に負担はかけられない。
なんとか職を与えてでも、自分の力で生きていってもらわないと。
戦争復興関係の仕事なら沢山あるか。
多めの給料を出して仕事に満足してもらわないと駄目だろう。
狛里が集めたお金、とっといて良かったよ。
国庫からだと足りないかもしれないから。
「軍師殿!どうしますか?」
報告係である猫なめのギルメンが聞いてきた。
「僕にはちょっと分かりません!策也タマに任せるので良きに計らってください」
「はいはい。じゃあ想香も行くぞ。歩兵隊の隊長が話しても、まともに対応してもらってないと思われるかもしれないからな」
「オッケーボス!」
「狛里は王様とか此処をよろしくな」
「分かったの‥‥。料理と酒は残さず平らげるの‥‥」
流石にそれは無理だろ‥‥。
これでもかってくらい料理が出てきているし、想香が抜ける訳だからな。
「無理はするなよ」
俺はそう言って祝勝会の会場を出た。
そして直ぐに空へと上がって岩山砦へと飛んだ。
岩山砦の一般人エリアは、既に五千人の人々で溢れていた。
そもそも砦は人が住むのを前提に作られてはいないからね。
少しの人と、旅人や商人が数日滞在するだけを考えられた小さなエリア。
そこに五千人は流石に多かった。
俺は上空からその人々を見て、問題が無いか確認していた。
「魔力が強そうな奴は一人だけか」
そしてそいつがこの集団を取り仕切っているように見える。
「猫なめのギルメンがその人と話しているのです。この集団の代表で間違いないでしょう」
どうやら移民に混じってスパイや兵が入ってきている可能性はなさそうだ。
中国のように、漁民に扮した人民解放軍を尖閣諸島に上陸させるような事があったら困るしな。
トロイアの木馬作戦的なね。
俺は確認を終えると砦の応接室へと移動し、砦の者に代表を此処に連れてくるように指示を出した。
応接室のソファーに座って待っていると、入口が開いて一人の男が部屋に入ってきた。
俺と想香は立ち上がり、その者を笑顔で迎え入れようとする。
しかし俺は、その者の顔を見て素直にそれができなかった。
何故なら、その者の顔に見覚えがあったから‥‥。
俺はこの世界のモデルとなったゲーム『ウインバリア』をプレイしていた頃、一応プレイヤーズギルドに所属していた。
ギルドの名前は『チリもツモれば』、略して『チリツモ』だったかな。
三十年以上も前の話だから、記憶もかなり曖昧にはなっているけれど確かそのはずだ。
そのギルドマスターだった男の名前が‥‥。
「ゲスト‥‥」
目の前にいる男の容姿は、正にゲストの容姿そのものだった。
おそらく不老不死なのだろう。
白髪で少し幼く見える顔は変わっていない。
「あれ?俺の事を知っている?」
俺が呟いた言葉に男はそう反応した。
つまりやはりゲストに間違いはなさそうだった。
「いや、何処かで聞いたんだったかな。会うのは初めてだ」
「そうか。では改めて。俺は‥‥昔ゲストと呼ばれていた事もあったが、今は『移民支援団体』のマスターをしている『ナナシ』という者だ」
ナナシか。
今はゲストと呼ばれていないって事は、ギルドは解散したか。
或いはギルマスを辞めて抜けたって事だろう。
しかしゲームの頃の人物がそのままいるのは驚きだな。
本人では無いにしても、この世界を作った人はそこまで再現している訳だ。
となるとチリツモに所属していた他のメンバーも、この世界に存在しているのかもしれない。
「俺は此花策也だ」
「僕は兎束想香なのです」
「えっと‥‥それでだ。一応王にお願いがあって来たんだが‥‥話は取り次いでもらえるのだろうか?」
まあそりゃそうだろうな。
あれだけの一般庶民を連れてくれば、嫌でも要望が分かるよ。
「問題無いのです。等々力王国の実権は全て僕にありますから」
「えっ?本当に?話を通すんじゃなくて、貴方が実権を握っていると?いや、この第三大陸でそんな事はあり得ないはずなんだが?」
そりゃ信じられないだろうな。
此処はゲームモデルの世界。
おそらくこの第三大陸では、ある程度国盗りクエストを公平に行えるようにされている節がある。
王様のレベルが冒険者よりも高いのもその一つだ。
でも俺たちはその常識を破ってバグらせているんだよ。
なんだか申し訳ない気持ちにもなるな。
テーブルトークRPGのマスターを脅して、プレイヤー無双を行っているようなものだしさ。
「想香の言っている事は本当だ。全権委任状も持っているし、何か要望があるのなら俺たちが聞く」
にわかには信じられないと言った表情だな。
俺はアイテムボックスから全権委任状を取り出して見せた。
「えっ?これは‥‥。確かに等々力の紋章が押されている。分かった。信じよう」
「納得してもらえて良かったのです」
やっぱり何かを証明する証拠ってのは必要なんだよね。
マイナンバーカードも、使い方を間違えなければきっと便利なものなんだよ。
今の日本では使われているのだろうか。
「では兎束殿と此花殿にお願いしたい。移民を希望する全ての人々を等々力で受け入れてもらいたいのだ」
そのままだな。
話としては面白くない展開だ。
ん?『移民を希望する全ての人々』だって?
「ナナシが連れてきた五千人ほどの人々って事でいいんだよな?」
俺がそう聞き返すと、ナナシは少し笑顔を作った。
こいつ、移民希望者全員を受け入れさせようとしていたな。
つまりこの五千人だけじゃなくて、まだまだ移民希望の人はいるって事か。
「移民希望者は、この約四十倍になるかな?」
「よ、よ、四十倍なのですか?策也タマそれって二十万人ですよ!」
そんなに驚かなくても。
でもその方が無理だって伝わるだろう。
二十万人と言えば町一つ分の人数だ。
完全にトラブルになる。
俺は世界の皆が豊かに暮らせればいいと思っているし、共存共栄できるのならそれがいい。
理想的だとも思う。
だけど現実は無理なんだ。
やれば確実に、受け入れ側だけでなく移り住む側も不幸になる。
少なくともお互いに我慢が必要になるのだ。
理想の為に今を生きる人が我慢を強いられていては意味がない。
理想の実現は、今を生きる人々が不幸にならない範囲で目指さないと。
この世界の人々においては、国家への帰属意識も少ないし価値観も大きくは違わない。
それでも何らかの違いはあるし、人数が多ければ多いほど対立の火種になり得る。
ここに来た五千人は、見た所割と裕福な人たちに思えた。
身なりがまともだったからな。
だから今の等々力領土の色々な町に分散させれば、問題も最小限に抑えられると思う。
でもおそらく今日此処にきていない人々は、きっと貧困層だ。
それを受け入れさせるのがナナシの狙いだったんだろうなぁ。
「二十万人は流石に無理だ。食えない者を食わせるとなると民に負担が行く事になる。今日此処に来た五千人だけならなんとかしよう」
そうやってバランスが取られるのだろうか。
豊かに暮らす人々の所に貧しい人々が寄生する事で、生活レベルを引き下げる。
そうすると他国で貧しく暮らす人々は、豊かに暮らす人々との生活レベルが近くなって妬みや不満も抑えられる。
でも町を造り、町を育ててきたのは原住民なんだ。
移民にタダ乗りされ富を吸い上げられるのは理不尽だろう。
相応の何かを提供できる人以外を、移民として受け入れるのは権力者の勝手な自己満足に過ぎない。
自国民を貧しくする指導者は無能者だ。
「でも二十万人を受け入れたとなれば、王の名声は世界に広がる事になるよ?更に多くの人たちが西にある等々力を目指しやってくる事になる。王としては嬉しい事じゃないか?」
王が満足する為にそこに住む人が苦労する必要が何処にある。
「俺たちはあいにく王じゃない。そんな名声は必要ないよ」
「仕える者としては、王の名を上げるのは望む所じゃないの?」
ああなるほど。
コレもきっと俺たちが起こした、いや狛里が起こしたバグなんだ。
民の移動もこのクエストのバランサーの一つ。
上手く行っている国に負担をかけ、均衡を図っているんだろうなぁ。
「あいにく王の名声に興味はない。俺たちは民の幸せを一番に考えているんだ」
「そうなのです。うちの王様はカス王なのです。カス王に名声なんて勿体ないのです」
想香、それは本当の事過ぎるだろ。
「今までこんな事はなかった‥‥。一体何が起こっているんだ?」
悪いなナナシ、混乱させてしまって。
ゲームをバグらせたら、あらゆる所に影響が広がっていくみたいだ。
「それでどうする?この五千人だけなら受け入れる。問題があるなら引き返してもらっても構わない」
「流石に今更引き返せないよ。この五千人だけはよろしく頼む」
「分かった」
ちゃんとやって行けそうな人だけ受け入れるなら、経済にとってはプラスなんだよな。
そしてそれだけ他国にはマイナスとなる。
逆にバランスを崩す結果になってしまったな。
まあでもたかが五千人程度。
大きな影響はないだろう。
その時の俺は、割と状況を軽く考えていた。