異世界から来た君と恋をするまであと何分
異世界転生十分〜からお読みいただけるとお楽しみが増えるかもしれません。逆の順で読んでも、なるほど、となるかも。
私、いや俺、アイルリード·クランツベルクは子供の頃からつまんない奴だった。
歳が十三違う同腹の兄が王太子であり、俺が産まれた時、両親と兄上は喜んでくれたそうだが、臣下達は『姫ならば』と口々に言ったらしい。
まぁ言った奴らの事を俺は知らない。物心ついた頃には既に対応を済ませられていたから。
最初は何でも懸命に励んだ。物事を知るのも、魔法や剣技を身につけるのも楽しかった。
けれどそれはほんの僅かな間だった。
俺の出来が良過ぎると困る奴らが居て、そんな奴らは俺を様々な手で追い落とそうとしてきた。
命を狙われるのも、初めは自分をそこまで邪魔な人間が居るのだと子供ながらに傷付いたし。けれど幾度とそれが重なれば、それは憤りに変わった。
いつしか俺は、そういうものが面倒くさくなった。自暴自棄になり、学ぶ事も、兄上の邪魔になるのだと気付き、人と関わる事を止めた俺は、いつしか王城の古書倉庫にこもるようになった。
学ぶのとは違う、生きていく上でさして必要の無い知識が集ったこの場所は、俺にはうってつけの暇潰し。
そのうち、体の弱かった兄上の子が健康になり、王位継承権第一位は俺からそちらへ移った。
その事を兄上はよく申し訳なさそうにしていたが、それが当たり前の事で、俺は肩の荷がおりたよ、と笑って言った。
俺は自由になった。余程の事が無い限り、わきまえてさえいれば何でも出来る。
そして俺は、ある日、運命の本に出逢った。
「天空のおとしもの?」
それは、神話のスペースにあった。けれど、中身を読めばまるで誰かの日記を読んでいる様なのだ。
最初はお世辞にも上手いとは言えない文字で、読むのに難儀したが、それは段々と上達して。
その日学んだ事、それに感じた事を書き、最後は次の目標や改善点なんかを丁寧に書いてあって、真面目な人なんだろうな、と思いながらも、俺はそんな人に、何処か後ろめたい気持ちを持った。
字体から言って、女性。そして自分より年下だろう彼女は、たまに後ろ向きになりながらも、努力家で。
自分はこうして現実逃避している。本当ならば兄上を支え、この国を良い方へ向かう為に努力すべきだ。臣下がどうとか、そういうものは本来なら自分で露払いもすべきであり、その上でどう生きていくか見定めるべきだった。
「…情けないな」
けれども、一歩踏み出すのは、やはり理由が要る。兄上への忠誠心や、王族であること。そういった綺麗な事では、踏み出せない何かが。
ページをめくると、インクが所々滲んでいた。
そしてそのページには『もう頑張れない、帰りたい。……に帰りたい』と、彼女が、初めて吐き出した弱音が書いてあった。
何故だか俺は、その言葉に凄く、動揺した。
会った事もない、話した事もない。それなのに彼女が何処かに帰ってしまう。そう思っただけで、胸が痛い。
「待って」
知らず口にした言葉に、驚いた。けれど、それ以上にどうすれば彼女を引き止められるのか、そればかり思う。
その心のままに、俺は彼女の言葉を追う。
『あの人、本当に私を好きなのかな。異世界から来た私がただ物珍しいだけじゃないの?』
あの人?異世界から?色々気になる言葉ばかりなのに。
「違う!俺は、君が、君をずっと待って…」
上手く言葉を紡げない俺に、その時、ふわりと何かが俺の手に重ねられた。
『それは、ちゃんと私に言ってあげてよね』
初めて女性の声に、心を奪われた。俺が黙っていると、その気配は怒っているようだった。
『言えないの?その程度なの?貴方の気持ちは』
「そんなことはない。違う。でも、俺は、そういうのが分からない。でも、俺にとって君は、ちゃんと特別で」
『だから、その先はちゃんと私に言って。言わなくても伝わるなんて思わないこと』
その気配がふわりと俺の手の中から本をさらった。
『人の日記読むなんて悪趣味な事二度としないでよ。全く、そういうとこ本当に直してよね?』
「待ってくれ、嫌だ、帰らないで」
まるでした事もない恋をして。愛した事も無いのに、恋焦がれていると心が軋むようにみっともなく縋る俺に、彼女は嬉しそうに言った。
「分かってる。またね!」
まるで春風の様に。
この心に何かを残して、彼女も本も、残らず。
でも日毎ページをめくったあの思い出は確かに俺に息づいて。
「………うん、必ず、君を見つけるよ」
踏み出せずに居た一歩を、君が背中を押してくれたから。
そして数年後。
目に余る行動を続けた甥に、先程まで俯き、ふるえていた侯爵家の令嬢が。
息を吹き返す様に顔を上げ、ごめんなさいと謝罪しながらも何かを守ろうとする様に言い返す。
でもその手はふるえているのを隠す為に強く握られている。
私はふわりと背中を押された。ようやく見つけた。これから私が恋をし、何者にも代え難い存在になる彼女を。
一つ深呼吸をして、歩き出す。こんな時、彼女なら次、何て言うかを想像しながら。
「「馬鹿馬鹿しい」」
きちんと正解を出せた自分を何だかよくやった!って褒めてやりたいような気持ち。
思わずと言った様子で振り返り私を見上げた君に、何だか照れくさくなって、思わず笑ってしまいそうになるけれど。
ねぇ、私は君を見習って努力したんだよ。
君が恋をしてくれる様な男になりたくて。
格好悪いけれど、いつかその事を話したら、君に褒めて欲しいな、なんて場違いな事ばかり考えながら。
さぁ、馬鹿馬鹿しい事を片付けて。
この世界でたった一つの、とびっきりの恋をしようか!
読んで下さってありがとうございました!