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ミライの悪魔  作者: 宵暁
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第2話 3章〜近づく悪意〜

眠い。昨日の話が衝撃的で、なかなか寝付けなかった。いつもなら日付が変わる前には、必ず寝ているのだが、昨日は考え込んでしまった。それでも、無慈悲に次の日はやってくるわけで、遠足の当日になった。今日は、快晴でまさに遠足日和と言える。眠気と闘いながら身支度を済ませ、バスに乗り込んだ。陽架達とは、バスが違うため、それぞれ別れて乗ることになった。バスの中は両側に3席ずつ、学年ごと、全クラスで乗ることになる。

もうチームは決まっているため、行動しやすいよう、チームごとに分けられている。俺の席は、前の方の窓側で、茨城先生からも近い席だった。

その茨城先生はというと、もうさっそく眠っていて、生徒が全員乗ったかの確認をする様子もない。

他の生徒が続々と乗り込んできた。そして、席が全て埋まると、全員乗っただろうということで、バスが発進した。

バスは、田舎道を進み、やがて高速にのった。

高速から見える景色は山ばかりで最初とあまり変わらない。

先生もずっと変わらないと思っていたのにと、先生の方を見ると、まだ寝ていて外の景色を見ていないようだ。

しばらくすると、向こうのほうに遊園地が見えてきた。何人かの生徒もそれを指さして、話している。

今日は、みんな、遊ぶ1日だし、先生ともそこまで関わらないよな。

だったら、とりあえず先生のことは忘れて楽しもうかな。

 遊園地が見えてから、しばらくしてそこの駐車場に停まった。停まったことに先生も気づいたらしく、起き上がり、みんなを見る。

「え〜。とりあえず、お前ら適当に遊んで時間になったら帰ってこい。以上」

そう言うや、先生はすぐにバスを降りて遊園地の方へ行ってしまった。バスの運転手さんも他のクラスの人もあまりにも、あっさりとした点呼にしばらくぼーとしていた。

しかし、1人が降りると、また1人、1人と降りていき、特に問題なくそれぞれが遊園地へ向かっていった。

途中、2年生を引率していた先生から声がかかり、その先生と一緒に入口まで行くことになった。

2年ということで、陽架たちを探すと、俺の少し後方に3人が並んで歩いていた。気づくかなと思ってしばらく見ていたが、3人とも話しに夢中でこちらに気づかなかった。少し残念だけど、遊園地の中で会う約束をしてるし、まあ、いいか。

 遊園地に入った俺たちのチームは、さっそくどこに行きたいか話し合うことになった。女子3人はバスの中で話していたようだが、こちらにはまだ共有されていない。

「私たちは、行きたい所いくつか考えてるけど、青嗣くん達の方は行きたい所ある?」

最初に返したのは、隆だった。

「そうだな〜。お化け屋敷とかは?ここのやつ、結構有名らしいよ」

「ああ、良いね。今日は暑いし。満くんと青嗣くんは?」

「僕はコーヒーカップとかかな。乗ったことないし、人数がいるから早く回せそう」

満は恐ろしく早いコーヒーカップを体験してみたいらしい。大人しそうだが、案外そういうことが好きらしい。

俺の方は、正直あまり考えていなかったが、ここは無難に。

「俺はジェットコースターとかかな」

俺たちの返答を聞いて、女子たちはなるほどと言った。

「私たちの一番行きたい所は、ジェットコースターで、後は他の人が行きたい所に行こうかって話してて。だから、まずは、ジェットコースターに行かない?」

「「「いいよ」」」

全会一致となり、俺たちはさっそくジェットコースターに行くことになった。

 ジェットコースターのある場所に向かうと、平日ということもあって比較的空いていた。それでも、20分待ちというのは、流石は人気アトラクションと言えるだろう。ついさっき最後尾に並んだはずが、班のメンバーと他愛もない話をしていると、あっという間に乗り場に着いた。ジェットコースターは、2人ずつ座るため、いつもの癖で何となく隆と最前列に乗り込んでしまった。乗り込んだ後に、思い出して満を振り返る。満は、どうすればいいのか分からないようで、オロオロしていた。やっちまった。急いで席を譲ろうとすると、意外な人物が助け舟を出していた。

「満君、香織と一緒に座れば?」

「え、あぁ。ありがとう、ございます」

林が、助けるなんて思わなかった。福永にくっついているだけかと思っていたから、指示を出した事が意外だった。まあ、早く乗りたかっただけかもしれないが……。林のおかげもあって、大事にならずに全員が乗り込むことができた。注意事項のアナウンスが、大音量で流れ、ジェットコースターが動き出した。隣に居る隆の顔を見ると、その表情には期待を滲ませていた。思考を切り替えて、今は目の前のコースターを楽しもう。動き出したジェットコースターは、風を切る爽快さと浮遊感によるスリルが、心地良い。頭を空っぽにできることが、よりストレスの発散になる。そして、コースターは元の乗り場に戻ってきた。ジェットコースターを乗り終えた俺達は、近くにあるベンチで次の目的地を決めることになった。女子は、乗りたかったジェットコースターに乗れたから次は、どこでも良いらしく、隆の行きたがっていたお化け屋敷に向かうことになった。

お化け屋敷に行くと、思ったよりも人が並んでいなかった。

「これなら、すぐ入れそうだな」

「そうだな。1グループ3人みたいだから、愛実ちゃんたちと俺たちで入るか」

隆の提案に頷き、先に福永たちが入って、後から俺たちが入った。

お化け屋敷の中は、かなりリアルに作られていた。

じゃり道が奥まで続いてるが、周りに生えている植物は本物らしくどこからか風も吹き、水の流れる音もするので、本当に夜の道を歩いているみたいだった。

「結構リアルだ…な」

と言い終わる前に、目の前に貞子が倒れていた。

これは、動き出すやつだろうか。

2人を見ると、同じことを考えているらしかった。

3人とも、これは絶対に動くやつだと考えていた。

しかし、3人とも声を発さず、ゆっくり通り抜けようと試みた。

俺が先頭に立ち、その後、満、隆と続いて、貞子の横を通る。俺が貞子の手の近くを通った時、貞子がものすごい速さで動き出し、隆の足を狙ってきた。

「うわぁぁぁぁぁぁぁ」

最初に叫んだのは、隆だった。次に、俺と満も叫び、我先にととにかく走った。

貞子が追いかけているかどうか、振り抜いて確かめたい気もしたが、振り抜けばスピードが少し落ちるし、怖いし、とにかく走った。

しばらく走って、貞子の気配がなくなったところで振り返ると、隆と満の姿はなかった。

まさか、貞子に…。

そう思ったが、遅れて2人が息を切らしながら、走ってきた。

「おい、青嗣。速いって。はぁ、はぁ」

「ごめん、ごめん。ちょっとびっくりして」

「はぁ、隆も青嗣も怖がってすぐ、走ってくんだもん、全然ゆっくり楽しめなかった」

満は、お化け屋敷系は結構大丈夫なタイプだったみたいだ。

「ああ、俺たち全速力だったもんな。もう出口近いんじゃないか」

そういって、隆は前の扉を指差した。

本当だ。意外とこのお化け屋敷は短かったらしい。

そう思い、ドアに手をかけようとした時

「あれ、青嗣くんじゃん。いつの間に前にいたの」

そう言ってきたのは、俺たちより前に入った福永たちだった。

「あれ、福永たちは俺たちより前に入ったよな」

「そうよね。変ね」

皆で不思議がっていると、満が手を上げた。

「ちょっといい?多分だけど、俺たちが走ってきた道は正規のルートじゃなくて、道を突っ切ってきたのかも」

「そういえば、あまり雰囲気がない道が多かった気がする」

隆の言葉に、きた道を思い出すと、確かにただ暗かったという印象しかない。最初の雰囲気のある道とは少し違っていた。

「はは。隆くんたち、めっちゃビビってんじゃん。しかも、なんか叫び声が聞こえたんだけど、貞子のとこでしょ。私もビビった」

「だよな。でもこんなに怖かったの初めてだった。」

「そうね。次は占いに行かない?来てからずっと歩き続きだったから、休みがてらさ」

福永の提案に、俺たちは頷き、次の目的地は占いの館となった。

占いの館は、サーカスのテントみたいな所だと想像していたが、綺麗なカフェのような外観だった。

中に入ると、男女別に個室に案内された。

3人がゆったり座れるコの字型で、メニューも用意されていた。

それぞれが飲み物を頼み、しばらく待っていると、とても普通の見た目の占い師がやってきた。

ローブを着てると思っていたが、ここは占いの館ぽくない所なのかもしれない。

占いはあまりやったことがないので、なにがお薦めか聞いてみる。

「お薦めですか。うーん。では、将来を占ってみるというのはどうでしょう。そこから、細かい運勢が気になっていくかもしれません」

占い師の言葉に、満は頷いた。

「なるほど。良いんじゃないか。じゃあ、俺から順番にお願いします」

占い師は頷き、タロットを広げ始めた。そして、何枚かペラペラとめくった後に、満を見た。

「そうですね。あなたは将来、誰かを物理的に助けるような仕事についています」

「物理的? 具体的には何ですか」

「そうですね…。どの仕事とは言えないです。満さんの選択によって未来は少しずつ変わりますから。しかし、選ぶ仕事の傾向としてはさっき言ったことが当てはまります」

「なるほど。じゃあ、隆はどうなんだろう。僕は仕事のことで出たけど他のものかもしれない」

「分かりました」

また、ペラペラとめくり、そして一枚のカードを取り出し、隆を見て占い師は答えた。

「隆さんは、将来を見てもあまり変わっていないです。とても友人を大切にされているので、変わらず人を惹きつけています」

「そうですか!いやー、惹きつけちゃってるか。じゃあ、青嗣はどうなんでしょう。将来一緒になる子はいるけど」

それは、俺も少し気になっていた。将来、陽架とはどうなっているのか。占い師はまたペラペラとカードをめくり、結論がでたみたいだが、一瞬言いにくそうな顔をした。

「分かりました。青嗣さんには、今彼女さんがいるんですね。将来もその子のことを変わらず愛していますし、大事に思っています。ただ、その子とは、しばらく離れて暮らす必要があるみたいで、長期間一緒にいない時間があります」

「長期間ですか。どれくらいですか」

「そうですね…。数年単位です」

「結構ありますね。ありがとうございます」

その後も色々と占ってもらったが、最初の陽架との将来の話がどこか心に引っ掛かり続けた。

占いは、30分ほどで終わり、外に出ると、福永たちも出てきた所だった。

「ここの占いは結構楽しかった!3人はどうだった?」

「うん、確かに楽しめたよ。予想外のことも多かった」

占いの結果について話していると、隣に居た隆が、俺の腕を突いてきた。隆の顔を見ると、気色悪いくらいニヤニヤしながら俺の後ろを指差していた。隆の指差してる方向を見るために、振り返ろうとすると、今まさに会いたかった人の声が聞こえた。


「あ、青嗣だ!」

駆け寄ってくる陽架を、衝動のままに抱きしめる。離れ離れになることが無性に恐ろしい。占いの結果に、ここまで左右されている自分が恥ずかしくなる。無意識の内に力が強くなってしまっていたようで、陽架が心配そうに俺を見つめていた。

「どうしたの?なんか変だよ、何かあった?」

「いや、なんでもねぇ。痛かったよな、ごめん」

陽架を離すと、隆が盛大なため息を吐いた。

「おいおい、青嗣君。公衆の面前でなんて事してくれてるんだよ」

「なっ」

言い返そうとしたが、隆の言葉で我に返り周囲を見渡すと口を閉ざさざるを得なかった。里彩先輩や福永達、陽架と同じ班の先輩達は呆れていて、瑞葉さんだけは微笑ましそうにニコニコと見ている。恥ずかしさが急激に押し寄せてきて、顔に熱が集中する。赤くなっているかもしれない顔を隠すために下を向き、拳を握り締めることしかできない。

「せっかく会えたんだから、一緒に回ろうよ!絶対にみんなで回った方が楽しいしね」

陽架の提案に、場の空気が、活気づいたことが分かる。そりゃそうだろう、陽架と里彩先輩という、学園内で上位3位以内に入る人気者二人と遊園地を一緒に回ることができる機会なんて、そう簡単には手に入れられないだろうからな。さっきは、散々バカにしてやがったくせに……感謝しろよな。

「じゃあ、早速出発しようよ!」

「ちょっと待って。目的地も決めずに、どこに行くつもり?」

走り出そうとした陽架の首根っこを、里彩先輩がガシッと掴み、引き戻した。連れ戻された陽架は、『そうだった』と笑っている。

「よし!目的地を決めよう!ここはやっぱり、先輩として後輩ファーストしないとね!」

『どこがいい?』と目を輝かせて俺達を見てくる陽架は、先輩であることが相当嬉しいらしい。

「少しお腹空いちゃって、ここの映えるって評判のサンデーを食べに行きたいです」

「あ、私も」

「ウチも~」

1年の女子三人は、食いに行きたいらしい。陽架の顔を見ると、少し焦ったような表情をしていた。はぁ、どうやらまだ遊びたいらしい。仕方ない、言ってやるか。

「俺は、もう少し遊びたいっす」

「お。流石、親友!俺も遊びたいと思ってたんだよ」

隆が賛同してくれたことで、意見が言いやすくなった。流石、親友。

「いいじゃん、オレ達もどっか遊びに行きたいと思ってたところなんだよ」

「コーヒーカップとか面白そうじゃね?」

陽架達と同じ班の先輩達も賛同してくれた。優勢になったことに、心の中でガッツポーズをする。これでいいか、と陽架を見るとまた焦っている様子があり、今度は何を心配しているんだと考えていると瑞葉さんが珍しく意見を言った。

「わたしは、ミラーハウスとかも見てみたいな」

「アタシも!!」

なるほど。ミラーハウスに行きたかったのか……先輩面しようとして、行き先の選択権を渡したものの、自分の行きたい場所が出てこないことに焦っていたのだ。その様子も可愛いと思う俺は、重症なんだろうな。それにしても、行きたい場所が見事に分かれたな。

「せっかく合流したところ悪いけど、目的地によってチームを分ければいいんじゃない?」

「確かにそうすれば、皆行きたい場所に行けるしいいかもしれないね」

「じゃあ、コーヒーカップに乗りたい人!」

陽架の問いかけに、2年の男子三人と隆が手を挙げた。

「何か食べたい人!」

1年女子三人と満が手を挙げる。

「最後に!ミラーハウスの人!!」

手を挙げたのは、陽架と瑞葉さん、里彩先輩、俺だった。

「この3チームで行動して、各チーム目的が済んだら、ここに戻ってくるように。以上」

里彩先輩は、そう言うと地図を見ながら歩き始めた。置いて行かれまいとして、その後を三人で急いで追いかける。他の人達は、何が起きたのか分かっていないように、呆然とこちらを眺めていた。結局、いつものメンバーに落ち着いてしまったな。なんだかんだ言って、このメンバーでいる方が、気楽で良いから好都合だった。きっと、里彩先輩もそうなんだろうと勝手に解釈した。

「よし!じゃあさっそくミラーハウスに行くぞ!」

陽架は、いつもそうだが、今日は遊園地とあって、テンションがいつもの倍は高くなっている。楽しんでいるならいいが、何か起こしそうな気がしてならない。

しばらく歩くと、すぐにミラーハウスが見えてきた。思ったより大きい建物で、うちの寮ぐらいありそうだった。

「これは、かなり大掛かりだな。陽架は迷いそうだ」

「大丈夫よ、迷路じゃないんだから。それに3人もいるからね」

まあ、確かにミラーハウスで出て来られなくなった人はあまりいないと思う。

入り口が近づいてきた所で、何やら様子がおかしいことに気づいた。入り口の近くのお客様が次々と帰らされている。俺たちが近づいた時には、残っていた1組が帰った所だった。

「あの、ミラーハウスは入れないんですか?」

「はい、申し訳ありません。只今、中で1人のお客様が行方不明になっておりまして。至急探している最中なのです」

まさか、陽架以外に迷う人がいるとは。

里彩先輩が、スタッフに話しかけた。

「すみません。行方不明というのは。この狭い中でなるとは思えないのですが」

「はい、私たちも初めてのことです。ですが、スタッフ総出で探してもどこにも見つからないのです。でも、出口は一つだけですし、そのお客様は出ていないようなんです」

「もしかして、迷ったのはこの人ですか?」

里彩先輩は、スタッフにクラスの集合写真の中の茨城先生を見せた。

「あっ。はい、そうです。生徒さんですか?」

「はい。良ければ、我々も探すのをお手伝いします。先生のことはよく知っていますし。人手も多い方が良いでしょう」

「そうですね…。では、お願いしてもよろしいでしょうか。見つけて下されば、このトランシーバーで知らせて下さい」

里彩先輩は、頷いて、トランシーバーを受け取った。俺たちは、茨城先生を探しに中に足を踏み入れた。ミラーハウスの中は、薄暗く、何とも言えない不気味な雰囲気が漂っていた。ミラーハウスという名の通り、至る所に鏡が置かれていて、様々な角度から俺達が映し出されていた。少し進むと、いくつかの道に別れていた。どの道も鏡が延々と続いていて、本当に道があるのかが分からなくなる。それだけじゃなく、どの道も奥に行くにつれ暗くなっているように見え、不気味さが一層増していた。その雰囲気に圧倒されていると、陽架が口を開いた。

「いくつかルートがあるみたいだけど、どうすればいいんだろう?」

「陽架の方向音痴っぷりが不安だし、トランシーバーは1台、異常事態には、団体行動が基本だけど、アトラクション封鎖時間を長引かせる事も避けたい……。致し方ない、別れて探索しよう。この程度の空間の広さや鏡の厚さなら声も容易に届くだろうから、誰かが先生を発見次第、全員に伝えるようにするのが良いかな。私が、トランシーバーを持っているから、誰かの報告を受け次第、外にいるスタッフに伝達する。陽架は、迷ったら、その場から動かず大きな声で誰かを呼んでくれれば良いよ。近い誰かが迎えに行くだろうからね。」

里彩先輩は、口元に拳を持って行き、考える素振りを見せた後、結論を告げた。里彩先輩の指示通りに、それぞれが道を選び、前に立った。

「さっさと連れ帰って、面倒事は早急に終わらせよう」

「さすがだね。里彩ちゃんは怖くないの?」

端のルートを選んだ瑞葉さんが、里彩先輩の堂々とした雰囲気を見て問いかけた。

「遊園地のミラーハウスなんてたかが知れているからね。そういう事だから、私は先に行かせてもらうね」

そう言って、里彩先輩は颯爽と先の見えない道を進んでいった。その様子を見送った瑞葉さんも、俺と陽架の方に一度向き直り、穏やかな笑顔を見せた。

「里彩ちゃんの格好良い姿見てたら元気出ちゃったね。わたしも頑張ってみるね、2人も気を付けて進んでね」

「うん!アタシもちょっと怖いけど、頑張るよ!」

今生の別れのような、戦地へ赴く仲間を見送っているような雰囲気を出しているが、里彩先輩の言った通り、ただの遊園地のミラーハウスで人探しをするだけなんだよなと我に返る。危ねぇところだった、雰囲気に飲まれそうになった自分が恥ずかしくなる。2人が、ドラマチックな別れを終わらせ、各々のルートを進み始めた。反射によって映されていた陽架の姿が、見えなくなったのを見届けた。

「よし、俺も行くか」

進む決意をあえて声に出し、気を引き締め、鏡だらけの道に足を踏み入れた。

子ども向けだと思って完全になめていた。外観がこぢんまりとしてたから、中はそんなに広くないだろうと読んでいたのに、なかなか先生を見つけることができない。それは、ミラーハウスの中が、思っていた以上に広いのか、鏡のせいで歩みが遅いのかは分からないが……。なにより鏡だらけの道は、歩きづらい。道があるように見えるのに、鏡に映っているだけだったり、行き止まりだと思っていたら、先に進める道があったりと、感覚がおかしくなってくる。もう俺が、前に進んでいるのか、後ろに戻っているのかすら分からない。鏡に映る奥になるにつれて、真っ黒になる道を見ていると無性に孤独感に襲われる。それでも前に進めるのは、周囲の音が良く聞こえて一人じゃないことが分かるからかもしれない。さっきから、ドンという鈍い音が響いた後に陽架の『痛い』という悲鳴が聞こえてくる。目の前の鏡に気付かず、突き進んだのだろう。他にも、瑞葉さんの心配する声や、里彩先輩のアドバイスが聞こえている。鏡のせいで、失いかけていた気力を取り戻すために、自分の頬を軽く叩き、気を引き締めた。よし、もう一息頑張るか。それからは、がむしゃらに進んでいたような気がする。だからなのか、周りの音が、遠くで聞こえるように感じる。ふと、集中力が切れ、誰かが先生を見つけたかもしれないと淡い期待を抱き、声を掛けようとすると、俺ではない声が聞こえた。

「待って。その場を動かないで!ここは通常の空間じゃない」

里彩先輩の声がかすかに聞こえた。さっきまで、はっきりと聞こえていた声が聞こえなくなったのは、俺が集中しすぎて聞こえていなかった訳でも、誰も話していなかった訳では無かったのか。でも、普通の空間じゃないってどういう事だよ。確認をするために、鏡に触れてみたり、周囲を見回したりする。すると、いつの間にか地面も天井も鏡になっていて、ますます方向感覚を奪われる。ふと、不安になり後ろを振り返ると、進んできたはずの道が鏡で塞がれていた。こんな現実離れしたアトラクションがあってたまるかよ。もしかしたら、これが陽架達の言っていた悪魔空間というやつかもしれない。そして、先程かすかに聞こえた里彩先輩の叫びを最後に、誰の声も聞こえなくなった。戻る道も絶たれ、仲間との連絡手段もない以上、進むしかないか。そう判断し、一抹の不安を抱えながらも、歩みを進めた。

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