表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ミライの悪魔  作者: 宵暁
8/12

第2話 2章〜 不穏な影〜

先生が言い合っている姿を見てから、約1週間が過ぎた。遠足が日に日に近づいていることで、校内の雰囲気は一層色めき立っていた。だから、陽架も同様に舞い上がっているのかと思ったのに、何なんだこの重苦しい空気は……。いつものように、弁当を4人で食べているのだが、その空気が重い。誰一人として口を開こうとせず、ただ黙々と箸を動かしている。今まで一度もこんなことは無かった。明らかな異変に、箸が止まってしまっていた。これは、聞いても良いものなんだろうか。それとも、聞いてはいけないものなのか。しばらくの間、悩んだ末に意を決して、口を開いた。

「……何かあったのか?」

声を掛けると、ハッとしたように陽架が目を見開いて箸を止めた。陽架は、ゆっくりと俺の方を向き、顔を曇らせた。

「ごめんね、暗かったね。大丈夫だよ!今日は占いで12位だったんだ~」

嘘だ。陽架が嘘をついている確信があった。なぜ嘘をつく必要があるんだよ。

「嘘だろ。何があったんだよ」

「……うん。ちょっとクラスで上手くいかなかったんだよね」

追求をすると、陽架は濁しながらも白状した。あの陽架が、同級生と上手くいかないなんて珍しいな。話を聴いていると、どうやら遠足の班決めで揉めているようだった。女子の班決めでは、よくある事らしい。確かに、女子の班決めは、異様に長い。酷い時は、泣いている奴もいたな。女子の班決めの大変さに同情をする。

「それに、隆雄先生、学校に来てないみたいなんだよね」

言われてみれば、最近は茨城先生の姿をあまり見かけない気がする。俺は、茨城先生の授業がないから実感が無かった。部活では別の顧問が、監督に来ていたこともあり、気にしていなかった。まあ、茨城先生なら大丈夫だろう。何か別の事で、学校に来ていないだけだろう。あの熱血さがあるなら、へこたれる事も、悩む事もないんだろうな、と楽観的に考える。

「まあ、茨城先生なら心配ないんじゃないか?」

「……うん。そうかも、ちょっと心配しすぎだったかな?アタシらしくないね!」

陽架にいつもの笑顔が戻った気がして、安心した。そして、いつも通りの昼休みに戻り、穏やかな時間が過ぎていった。

俺が放課後、部活へ行くとなんだかいつもと違う雰囲気だった。3年生組が集まって話し合っていて、その周りで他の学年が手持ち無沙汰にうらうらしていた。

「おい、どうなってるんだ。先生は?」

近くにいた同級生に話を聞く。

「いや、それがさ、先生まだ来てないんだって。もうすぐ時間始まる時間なのに」

茨城先生はいつもみんなより1時間以上は早く来て準備して、来た皆んなに暑苦しいくらいの挨拶をしていたのに。一体どうしたんだ。

「1年、2年、今日はとりあえず俺らが先生の代わりにメニューを考えるから、それに従ってくれ。準備も学年ごとに指示するから、テキパキ動くように。」

3年の部長が指示をして、みんな準備を始めた。俺もとりあえず手伝うことにして、先輩たちのメニューをこなして、一日が終わった。結局先生は来ず、それに何人かは先生のやる気がないとか言って怒っていた。でも、あのやる気の塊だった先生が理由も告げずに来ないなんて、どこか引っかかるものがあった。

次の日、茨城先生を探すことにしてみた。あの先生がやる気が無くなったというのは想像がつかないし、直接話してみることで何か分かるかもしれないと思ったからだ。

他の先生たちに居場所を聞くが、誰も分からないらしい。担当している教科のクラスにもあまり行ってないから、本当にどこに居るのかと、困っているようだった。

先生の不真面目さは、どうやらここ数日で突然現れた。そして、人とあまり関わりたがらないらしい。ということは、人気のない場所に居るのではと、校舎裏の方を探せば、地面に座ってタバコをふかしていた。しかも、タバコから落ちた灰をそのまま地面に捨てている。

「茨城先生」

俺が声を掛けても、こちらを振り返らず、ただタバコを吸い続けている。

「先生、お話があります」

先生の前に出て、直接目を見て言う。

「・・・・・・・・」

先生はなおも黙り続けている。

「先生、先生は確かに熱血すぎる所があって、嫌っている人も多いけど、俺は好きですよ。真っ直ぐな感じとか。あとは…。とにかく、先生に悩みがあるなら言ってください。一緒に考えましょ」

「・・・あのさ、お前がなんで来たのか分かんないけど、別にオレ、おかしくなってないから。というか、暑苦しすぎて笑っちゃうよ、お前の言葉。」

先生は、ケラケラ笑って、俺をみていた。でも、その目は決して笑っていなくて、なんだか混沌として絵の具を全部混ぜたみたいな、全てをあきらめたような目をしている。

本当に先生か?別の誰かみたいだぞ

不真面目という言葉だけでは説明がつかないほど、先生は俺の知る人とは違う人に感じた。

「先生、あなたは誰なんですか。見た目は先生だけど何か違う気がします。数日前に何があったんですか」

先生は、気怠そうに俺を見ながら答えた。

「オレは、先生だよ、先生。変わったってよく言われるけどさ、前からこうなんだよ。良い顔してるのがもうバカらしくなったの。だから、もう気にするな」

そう言うと、茨城先生は立ち上がって校舎の方へ向かって行った。

前からそうだった…。いやでも以前の先生が演技をしていたとは思えない。やっぱり何かある。里彩先輩の言っていた悪魔と何か関係があるかもしれない。今度聞いてみよう。

そのまま取り敢えず、教室に戻ったが、やはり先生のことがどうにも気になった。

放課後になり、部活へ向かっていると、茨城先生と3年の先輩たちが何やら廊下で話し込んでいた。よく近づいて見てみると、先生を先輩たちが問い詰めている雰囲気だった。

「先生、どうしちゃったんですか!部活には全然来ないし、なにか不満があるんですか。あるなら言って下さい」

「不満ね〜。別にないかな。お前らのことはどうでも良いし。というか、部活も学校も全部どうでも良いよ、もう興味もないから。構わないで。」

先生は邪魔くさそうに、手を払いながら答えて、去って行った。

「鈴木先輩、先生どうでしたか」

鈴木先輩は、先生の方を見ていたが、ため息をついて口を開いた。

「どうもこうもないよ…。少し話がしたいと思ったから呼び止めたんだけど、先生が全く話をする気がなくて。こっちが一方的に話したみたいになったよ」

他の先輩たちも鈴木先輩に同意するかたちで続けた。

「ああ、それにお前たちがなんとかすれば良いだろって言われた。確かに先生に頼りすぎてた所もあったけど、顧問としての仕事も全くやってないのによく言うよって感じだよ」

顧問としての仕事もやってないのか。先生は本当にどうでも良くなってしまったんだ。

「でも、先生、以前はすごく熱心だったじゃないですが、何かあったんじゃないですか」

「ああ、俺たちもそれを聞こうと思ってたんだけど、悩みがあるようには見えなくて、本当にやる気がなくなったのかもしれない」

「そうですか…。今日は委員会の仕事で遅れますけど、何か手伝えることありますか?」

「ありがとう、青嗣。なにかあったら、頼むよ」

「はい。では、失礼します」

俺の挨拶に先輩も返し、グラウンドの方へ向かった。その背中は、どこか寂しそうだった。    

保健室に入ったが、保健室の先生は不在だった。まあ、いなくても出来るからさっさと終わらせよう。今日は、シーツ交換の日だ。

まず、ベッドは一つカーテンが掛かってるから、誰か寝てるな。他のものから片付けよう。 

俺は、いつもの要領でどんどんとシーツを取って洗濯かごに入れていく。

集め終わったものは下の階にある洗濯室と繋がっている穴に入れて、新しいシーツをまたかけ直す。

「これで終わりだな。早く練習、戻ろ」

「グゴゴゴ、ガーーー」

そう思い、出口に向かう途中で使われているベッドの方からでかいイビキが聞こえてきた。

こいつ、無呼吸症候群なんじゃねえか。

ベッドの方を見ていると、足がベッドから落ちてはみ出していた。しかも、靴履いてる。年季が入っててくたびれたスニーカーだ。サイズも大きく、寝ているのは男子か。

でも、あの靴、どこかで見たことがあるな。

あれは……茨城先生のだ!

先生、部活サボってこっちに来てたのか。

でも、靴履いて寝るのは良くないよな。

ちょっと脱がして帰るか。カーテンを少し開ける。呑気に寝ているんだろうと思って、覗くと、予想に反してすごく苦しそうな表情をしていた。

「先生!先生!」

あまりにも苦しそうだったので、揺り動かして起こす。

先生は、すぐに目を覚ましたが、とても驚いた表情をして、自分を茫然と見つめていた。

「お前、青嗣か…。……。はぁ」

先生は、冷や汗を拭いながら、段々と落ち着きを取り戻した。そして、何か言おうとしていたが、ため息をついて、保健室を出て行ってしまった。

「ごめんね、今日も一緒には帰れなそうだから別々でもいい?」

「……なんで?」

「……。」

陽架は俯いたまま黙っている。5時間目と6時間目の間に、珍しく陽架が俺のクラスに来た。話があると言われて、陽架の元まで行けば、話をされたのは短気になっていることは、わかってる。それでも、理由も告げられず毎日のように一緒に帰りたくないと言われれば、苛立つのも仕方ないと許してほしい。陽架が、拳を握り締めて俯いている姿を見ると、問い詰めてしまった事に罪悪感が募る。何が、原因なんだ。教えてくれよ。言ってくれなきゃ、分からないだろ!ああ、でもお前のその顔は、やはり見たくない。

「分かった。悪かったよ、その、問い詰めたりして……」

「ううん、青嗣は悪くないよ。ありがとう」

そう言って、走り去っていく陽架の背中をぼんやりと眺める。俺は無力だ。恋人ひとり、笑顔に出来ないことが情けない。己の無力を痛感するとは、このことか。気付けば、拳を固く握り締めていた。手を開くと、爪の痕がくっきりと残っていた。その場から、動けないでいるとチャイムが鳴り、短い休み時間の終わりを知らせた。

 6時間目の授業には、全く身が入らなかった。ホームルームも終わり、放課後になっても、まだ考えていた。陽架の様子は、決して普通ではなかった。それに、陽架だけじゃない。最近は、里彩先輩も瑞葉さんも様子が変だった。やはり、自分の目で確かめない事には、納得できない。決心すると、荷物を持つのも忘れ、急いで陽架の教室に向かう。

陽架の教室に向かうと明らかに雰囲気が異様だった。誰も居なかった。放課後になって間もないこの時間は、残って友達と話している生徒も少なくないはずだ。それなのに、この教室は、静寂に包まれていた。急いで教室内に飛び込むと、変わり果てた教室と箒を手にしている見知った3人が居た。

「なんだよ、これ……」

教室は酷い有様だった。誰のか分からないが、教科書やノートが散乱しているだけでなく、食い物の空の袋やプラスチックのケースなどのゴミも床や教卓の上に置かれていた。倒されている机や椅子もあり、黒板は落書きで埋め尽くされていた。壁の掲示物も破かれた跡が残っていた。

「なんで、俺に何も言ってくれなかったんだよ……」

目の前の光景の凄惨さもそうだが、それ以上に陽架が相談をしてくれなかったことが、頼ってもらえる男になれなかったことが悔しくて仕方がなかった。己への怒りを込めて、拳を固く握りしめる。すると、その手を柔らかく温かい手が、そっと包んだ。

「ごめん、青嗣。何も言わなくてごめんね。でも、心配かけたくなかったんだ……」

「いや、俺も悪かった。気付けなくてごめん」

「ううん、心配してくれてありがとう」

「ああ。……それで、この状況は?」

「これはね……」

状況の説明を仰ぐと、陽架がクラスを見回して、俯き黙り込んでしまった。

「陽架、無理しなくていい。私が話す」

陽架を守るように里彩先輩が、一歩前に出た。

「八雲、今回の件は陽架に非は無い。むしろ被害者だと言える」

里彩先輩は、箒で床のゴミを集めながら話し始めた。それに倣って、陽架と瑞葉さんも掃除を再開し始める。俺も黒板の落書きを消しながら話を聴く。

「簡潔に言うと学級崩壊ってやつだよ。内容は、生徒の登校拒否、いじめのヒートアップ、各生徒の当番業務の放棄が主。要因は、担任の職務放棄。その尻拭いをさせられているってわけ。以上」

里彩先輩の簡潔すぎる説明に、圧倒される。すると、瑞葉さんが内容を補足してくれる。

「最近、先生の様子がおかしくて、クラス内で色々なトラブルが起きたのよ。先生が来ない事をいいことに、みんなも好きなように振る舞い始めちゃったみたいなの」

「そうだったんですか……。説明、ありがとうございます」

先生の影響で、陽架達のクラスがここまで酷い有様になるなんて想像もしていなかった。未然に防ぐ事ができなかった自分に腹が立ってくる。説明を受けた後は、4人で会話も無いままで、掃除をした。そして、掃除を終えた俺達は、茨城先生を探す事にした。だが、居場所が分からない。居そうな場所を手当たり次第に探す事になった。前に見かけた、校舎裏に居るかもしれないと、まずはそこを探す事にした。なかなか見つからないかもしれないと長期戦を覚悟していたが、茨城先生はそこに居た。だが、普段の先生からは、想像もできない程、衣服が乱れていた。地面に寝っ転がって、タバコを吸っていた。先生の周りには、沢山の吸い殻が落ちていたことから、長時間そうしていることが分かった。その様子を見て、居ても立っても居られなくなった陽架が声を掛ける。

「茨城先生!クラスに戻ってきてください、みんな先生を待ってるんです!!」

「人がせっかく、くつろいでいるってのに、うっせーな。」

陽架の声を聞いた茨城先生は、顔をしかめて俺達を睨んだ。陽架は一瞬、肩を揺らしたがもう一度声を掛けた。

「隆雄先生が居ないとクラスが滅茶苦茶なんです!先生は、やりすぎちゃう事もあったかもしれないけど、でも先生が頑張ってたことは、みんなにもちゃんと伝わってたんだよ!!」

「オレは、そういう感情論みたいなのが、大嫌いなんだよ。努力とか感情とか、くだらねぇモンに振り回されて、無駄な労力使って、それで得られるモンもたかが知れてる」

「そんな事無いです!確かに目には見えないかもしれないけど、」

「キンキン、キンキン甲高い声でうるせぇ。さっさと、失せろ」

「でも!」

「陽架、もういい。相手にするだけ無駄よ」

食い下がる陽架の言葉を里彩先輩が遮り、宥める。里彩先輩は、このやり取りを時間の無駄だと判断したようだ。確かに、このまま説得を続けたとしても、堂々巡りになってしまうだろう。そして、俺達は茨城先生に背を向けてしまった。先生に追い返された俺達は、誰一人話さないまま、寮まで帰った。 

 次の日、教室に行くと、同じ部活の友人が何やら焦った顔をして話しかけてきた。

「どうしたんだよ。何かあったか」

「いや、これ噂なんだけど、茨城先生、遠足の後に、持ってるクラスの担任を下ろされるかもしれないんだって」

「えっ!それ誰に聞いたんだ」

「いやな、今日、職員室に先生が来てるからどうか見に行ったら、先生たちがそう話してたんだよ。でも、茨城先生、最近はほんとに不真面目になっちゃって学校の仕事もしてないみたいだったし、そうなるかもって思ってたよ」

確かに、今までの先生の行動からその可能性は十分にあった。しかも、この学校は保護者から多額の支援を受けているから、問題のある先生は簡単に処分されやすい。

放課後、陽架たちに聞いてみよう。HRが終わり、足早に陽架たちのクラスへ向かう。

教室に着くと、3人で机を囲んで話していた。

「陽架、何かあったのか」

「青嗣、茨城先生、担任外されるらしいだって」

「俺も友達から聞いたけど、それって本当?」

俺の問いに、里彩先輩が答えた。

「ああ、本当だ。今日、教頭の授業が始まる前に発表した」

「そうですか、みんな残念がったんじゃないか」

「いや…。先生は暑苦しがられてた部分もあったから、喜んでいる奴もいた…」

「そうですか…」

「あと、教頭から解雇も検討されていると聞いた」

「解雇…。そんなに問題視されてるんですか」

「ああ、多分このままだと、本当にそうなるだろうな」

里彩先輩たちは、そのことで話し合っていたんだ。でも、みんなの表情を見るに良い解決方法は浮かばなかったらしい。問題の先生が変わらない限り、俺たちではどうすることもできない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ