第2話 1章 〜変わらぬ日々〜
爽やかな風が吹き、校庭から聞こえてくる生徒の声が心地良い。日差しは暖かく、肌寒さをほとんど感じなくなった。俺が、未蕾学園の中等部から高等部に入学して、約一ヶ月が経ち、昼休みに四人で弁当を食べることが、すっかり日課となっている。
「やっぱり、みんなで食べるお弁当は美味しいよね!」
周囲まで明るくするような、春の日差しのような笑顔で陽架が、一番に話始める。いつもと変わらぬ風景に、なんとなく安心感を覚える。
「本当に、美味しいね」
次に、瑞葉さんが共感をする。これも、いつも通りだ。
「まぁ、悪くないんじゃない」
同意を示す里彩先輩。やはり、これも変化はない。そして、最後に――
「ああ」
俺の愛想のない返事。分かってるが、上手く感情が伝えられない。その不器用さを、頭では理解してるのに、目に見えない抵抗力で行動にできない。その無様さを、我ながら酷く滑稽に感じる。それでも、隣に居る陽架は嫌な顔一つせず、笑顔で話し続ける。
「そういえばさ、もうすぐ遠足だよね!今年は、ときめきランドっていう遊園地らしいよ!!」
「さすがは、陽架ちゃん。いつも情報が早いね」
「えへへ、それほどでもないよ」
そうか、そういえば高等部の遠足は5月だったな。今年は、陽架たちと一緒に遠足に行けることに、柄にもなく気分が高揚する。確か、中等部の遠足は一ヶ月ほどずれているから、去年はその事で陽架が目に見えるほど落ち込んでいたな。陽架は雑誌を取り出し、広げ始めた。どうやら、遊園地の特集がされているようだ。
「アタシね、みんなで遠足に行ったら、乗りたいものや食べたいものを見つけたんだ!」
そう言って、陽架が指を指す雑誌のページを4人で覗き込む。そこには、「日本で6番目に長い!日本で3番目に高い!!日本で4番目に速い!!!ムサシコースターに乗ろう」と書かれていた。何とも言えないネーミングセンスとその由来に、コースターの行き止まりを感じつつも、陽架の話を聴く。
「ここのムサシコースターはね、日本で6番目に長くて、3番目に高くて、4番目に速いんだって!絶対乗らないとだよね!!」
うん、そのままだ。陽架の説明は、雑誌の文章そのままだった。そっと里彩先輩と瑞葉さんの顔を見ると、そんな事は気にも留めて居ない様子で、雑誌を食い入るように見ていた。
「面白そうなアトラクションが他にも沢山あるんだね」
「そうだね、このコーヒーカップは星空をイメージしているみたいで、様々な星座が描かれているらしいね。子供だましにしては興味深いね」
「2人に気に入ってもらえてよかった!この遊園地はね、この占いの館も当たるって有名なんだって!」
「面白そうだね、みんなで一緒に行ってみたいね」
「絶対に行こうね!!」
陽架と瑞葉さんを中心として、遊園地の話は盛り上がり、昼休みは中盤に差し掛かっていた。適度に相槌を打ちながら、その様子を眺めていた里彩先輩が、唐突に咳払いをした。
「それ以上に、私達には考えるべき事があると思うけどね」
さっきまでの明るい雰囲気が消え、重苦しい空気が支配する。まるで俺たちの周りだけが、世界から遅れて時間が流れているように感じる。沈黙を破ったのは、陽架だった。
「悪魔の事だけど……」
……悪魔。俺の入学式の日に、学園から勝手に抜け出した陽架たちによって、解き放たれた過去の厄災。そんなマンガに出てきそうな話を信じていいのだろうか。日常は相変わらず平凡な日々が続いていて、悪魔の存在なんて微塵も感じさせない。いくら陽架といえども、この悪魔の存在については完全に信じきれていない俺がいた。そこに、少しの罪悪感を抱きつつも話の続きを促す。
「アタシたちに、悪魔を封印なんてできるのかな?」
「悪魔とは、何なのかが全く知り得ない現状では、『分からない』と言わざるを得ないね」
里彩先輩は、冷静かつ現状に沿っているが、不確かな存在を肯定するように話した。そんなアンバランスな口振りから、悪魔の存在が全く否定できないことをなんとなく理解する。こんな不思議な話を真剣に話し合うなんて、夢を見ているのではないかと思い、こっそりと体をつねってみた。痛い。やはり、現実だった。そんな馬鹿な事をしているうちに話は進んでいった。
「でも、わたしたちは学園から出ることはできないし、悪魔を捜す方法も知らないから、思っているよりも、ずっと難しい事かもしれないね」
そりゃそうだ。祠を壊した罰にしたって、一介の高校生にそんなこと、できるわけないだろ。まあ、この学園に入学できている時点で、一介の高校生とは言えないかもしれないけど。
「やっぱり、騙されたんじゃないのか?」
「そんなことないよ!だって、嘘ついているように見えなかったもん!」
陽架が、身を乗り出して否定をする。
「嘘だった可能性も否定できないが、限りなく低いだろうね。古文書や宝玉を身元もはっきりとしない小娘3人に預けるなんてこと簡単にはしないだろうしね」
里彩先輩の言葉に、それもそうか、と納得する。あんな価値のありそうなもんを、ほいほい赤の他人に渡さねぇか。
「嘘である可能性は低いとしても、悪魔がいつ現れるかも、この学園内で現れるのかも分からない。そんな状態じゃ、確かに手も足も出ないし、現状では考えるだけ無駄なのかもしれないね。談笑を邪魔して悪かったね、雰囲気も壊してしまったみたいだし……」
「そんなことないよ。わたしたちが必ず考えないといけない問題だし、里彩ちゃんばかりに考えさせちゃって、ごめんね」
「そうそう。いっつも、ありがとう!やっぱり里彩は頼りになるね!」
2人がそう言うと、里彩先輩はそっぽを向いてしまう。そんなに嫌だったのだろうか……。それにしては、陽架と瑞葉さんは笑っているし、女子のコミュニケーションは難しいと改めて感じる。
「青嗣、今日の部活は何時くらいに終わりそうなの?」
「部活は……ごめん、今日は伸びるだろうから、先に帰ってくれ。」
そう言うと、陽架の顔がみるみるうちに曇っていく。ああ、そんな顔をしないでくれ、お前と帰りたくないわけじゃないんだ。
「伸びるっていうことは、今日は茨城先生が最後まで居るのかな?」
微妙な空気になってしまい、何と言えばいいのか迷っていると、空気を読んだ瑞葉さんが助け舟を出してくれた。
「うっす」
「なんだ、そうだったんだ。大丈夫だよ!アタシたち宿題やって待ってるから、今日も一緒に帰ろう!!」
笑顔になった陽架を見て、安堵する。傷つけずに済んだことで、肩の力が抜ける。「不器用だ」、「怖そう」と言われることが多いせいか、自分の言動に不安になる。
「ちょっと待って、『アタシたち』ってことは、私も含まれているのかい?私は一言も待つなんて言ってないんだけど?」
里彩先輩の言葉に、一瞬きょとんとする陽架。
「だって、里彩は絶対に待ってくれるもん」
おい、どこからその自信が出てくるんだ。里彩先輩は優秀な先輩だし、やるべき事も多いだろう。それに、まず寮が違う。
「陽架、あんまり――」
「全く、しょうがないな」
え。陽架を窘めようとしたが、それは里彩先輩によって止められた。里彩先輩の承諾に、満面の笑みを浮かべている陽架。改めて彼女の不思議な力に感服する。そうだ、いつもそうやって周囲を明るく照らすような笑顔で解決してしまう。彼女のそれは、天性のモノなのだろう。そう思うと、悪魔の件についても不安が薄れていく。ただ、本当に今日は部活が何時に終わるのか分からないんだよな。
「本当にいいのか?何時になるかは、先生次第になるぞ?」
「全然、大丈夫!2人が一緒に待ってくれるもん!」
そう言って、ピースをする陽架に、俺はぎこちない笑顔を向けているのだろう。陽架の天真爛漫さに救われていると改めて実感した。そうして、穏やかな昼休みを過ごしていると、その穏やかさに水を差す怒声が響いた。
「先生、いい加減にしてください!!!」
話をする生徒の声で、賑やかだった屋上が静まり、全員が怒声の原因を探ろうと、フェンスから覗き込んでいる。校庭から聞こえた。俺たちもフェンスから校庭を覗き込み、怒声の主を探す。そこには、男2人が体育倉庫前で言い争っている姿があった。噂をすれば何とやらとは、このことか。そのうちの一方は、先ほど話をしていた人物だった。
「隆雄先生だ」
隣で一緒になって様子を見ている陽架が呟いた。
―――茨城隆雄。未蕾学園、高等部の教員で、生活指導も行っている。悪い先生ではないのだが、その熱血さと根性論が現代の生徒や先生達と相性が悪く、嫌厭されてしまっている。本人は、良かれと思って行動しているから始末が悪いと他の先生が話しているのを聴いた事もあった。そして、何を隠そう、俺の部活の顧問であり、陽架達のクラスの担任でもある。どうやら、また何かのトラブルを起こしてしまったらしい。ここからでは、2人から距離があるため、何を話しているか聞こえない。怒声を発したもう一人の男は、幾分か落ち着きを取り戻したらしい。声が聞こえない事と原因が茨城先生であった事で、興味を失った生徒が各々の昼休みに戻っていく。俺たちは、フェンスに体重を預けながら、遠くの先生達の様子を見続ける。
「隆雄先生、大丈夫かな……」
陽架が、いつにない不安そうな表情をしている。やっぱりクラスでも何かあったのかもしれない。先生のあの様子だとトラブルが起きない方が、ありえない話かもしれないが……。
「茨城先生は、クラスでもあの調子なのか?」
「うん……」
俺の問いかけに、俯きがちに陽架は答えた。
「そこまで大した事じゃないんだけど、やっぱり先生の事、クラスの子たちは嫌いみたいなんだ」
俺は数度軽く頷き、続きを促す。
「それでね、何人かの人たちが、ホームルーム中に先生と言い合いになって、教室を出てっちゃったんだ。その後、先生が廊下でため息吐いてるとこ見かけちゃったんだよね。いつもの先生だったら、ため息なんて吐かないし、『ファイト!!』って元気を出すはずなのに、その時は、トボトボ歩いてたんだ」
確かに、陽架の言いたいことは分かる。でも、人間誰しも常に明るいなんて事はないだろう。それは、茨城先生だって例外ではないだろう。
「生徒と上手くいかなかったんだから、落ち込むこともあるんじゃないか?」
「そうかもだけど……」
「部活だと生徒との衝突はあっても、そこまで落ち込んでいる様子はなかった気がするし、そこまで気にする必要はないだろう」
「そうかな……そうかもね、ありがとう!」
「あんま気に病むなよ」
「うん!」
陽架が笑顔になったことで、笑みが零れる。すると、わざとらしい咳払いが聞こえた。
「はいはい、ごちそうさま。2人だけの世界に入るんだったら他所でやってくれない?」
「2人は本当に仲いいね」
ジト目でこちらを見る里彩先輩とニコニコとした笑顔を浮かべる瑞葉さんがいた。やべっ先輩達の事、すっかり忘れてた。陽架も同じらしく、顔を真っ赤にして謝っていた。すると、チャイムが鳴り響き、昼休みの終わりを知らせた。周囲にいた生徒たちは、そそくさと片付けを済ませ、教室に戻っていく。俺達も教室に戻るため、片付けをしようと動く。フェンスから離れる前に、もう一度校庭を眺めたが、先生たちの姿は無くなっていた。先生達は、授業の準備があるから当たり前か。
「青嗣!早く片付けないと!」
陽架に呼ばれ、急いで片付けを済ませに行く。屋上には、俺達しか残っていなかった。そして、俺達は屋上を出て各々の教室に戻った。
放課後は、いつも真っ先に着替えてグラウンドに向かう。
「おはようございます」
先生と仲間に挨拶して、自分も手伝いにまわる。準備ができたら、先生から全体のメニューを渡される。まずはストレッチ、そして軽く走ってタイムを計る。
「青嗣、いいタイムだ。このままの調子でいこう」
先生は、満面の笑顔で言ってきた。先生はいつも元気で、声が大きいけど、俺たちのことをよく見てくれている。陽架はああ言ってたけど、俺は信頼できる先生だと思う。
「今日も部活、長引いたな」
「こっちは、部活だけじゃねぇことわかってんのかよ」
終礼を終えて、更衣室に入ると先輩達の愚痴合戦が始まった。聞いていて良い気分はしないから、さっさと帰ろう。そうだな、陽架が待ってくれていることだし、巻き込まれる前に帰ろう。荷物をしまうのは更衣室を出てからにしよう。そう決意し、急いで着替えて、バッグを鷲掴み、逃げるように立ち去る。蒸し暑かった更衣室を出ると、汗をかいた肌に風があたり心地良い。もう既に、太陽は沈み、辺りは暗闇に包まれていた。昼間とは打って変わってとても静かで、世界には、自分一人なのではないかという錯覚が起きる。グラウンドにある時計を見やると、8時半となっており、最終下校時刻は、とうに過ぎていた。本来であれば、部活は午後6時までのはずだから先輩達の言い分も分からなくはないか……。それでも、言いたい事があれば面と向かって言えばいいんだ。陰でコソコソと悪口を言うなんてのは許せねぇ。そんな事を考えながら歩き、気付けば昇降口に辿り着いていた。上履きに履き替えるために、自分のクラスの下駄箱に向かおうとすると大きな声で名前を呼ばれた。夜の校舎だと声がやけに響いて聞こえる気がするな。
「青嗣!おつかれさま!!」
陽架が大きく手を振りながら、小走りでこちらへ来た。その後ろから里彩先輩と瑞葉さんも話しながら歩いて来た。瑞葉さんが甘いのはいつもの事だが、里彩先輩もなんだかんだ言って陽架には甘いんだよな……。恋人の無自覚の人たらしぶりに感服する。
「遅くなって悪い……」
「全然、大丈夫だよ!じゃあ、帰ろっか」
陽架に返事をして、恥ずかしくなり、小さく感謝を伝える。ニコッと笑顔で返してくれる陽架に、安心感を与えられる。他愛もない話をしながら帰り道を4人で並んで歩く。まあ、今日の話題の中心は、昼と同様に遠足についてだけどな。学園内は広く、黒薔薇寮と白薔薇寮は、共に校舎から歩いて15分程かかる。各寮は、別の場所に配置されているから、校舎で別れる生徒が多い。だが、陽架が『皆で一緒に帰りたい』と言ったことで、俺達は、里彩先輩を黒薔薇寮に送ってから、白薔薇寮に3人で帰ることが定着していた。里彩先輩は、寮まで送る必要はないって言っていたが、瑞葉さんも皆で帰ることに賛成をしたことで、折れたらしい。瑞葉さん曰く、里彩先輩は満更でもないらしい。
「里彩、また明日ね!」
仲の良い人と歩く道のりは、あっという間で、もう黒薔薇寮に着いていたらしい。里彩先輩が、寮に入っていくのを3人で見届けた後に、俺達も自分の寮へと向かう。それにしても、いつ来ても黒薔薇寮には、人の気配が感じられないんだよな。部屋の窓から光が漏れてるから居るには居るんだろうけど……。2つの寮は、同じ学園の寮だと思えない程、雰囲気が違う。白薔薇寮は、生徒の姿もよく見られ、会話をする声もちらほらと聞こえ、人が居る様子が伝わってくるが、黒薔薇寮は、何というか、静かで、厳粛な雰囲気が漂っていて人の気配が感じられない。2つの寮は、室内の作りも、ルールも全く違うから、雰囲気が変わってくるのも当たり前か。寮の規則は、基本的にその代の寮長が決める。白薔薇寮の現寮長は、比較的緩い。だからこそ、ルールも緩めで寮の雰囲気も、まあ騒がしいんだろう。それに2つの寮は、何となく寮生の雰囲気も違う。白寮生は、黒寮よりも人数が多いこともあって、色んな奴がいるものの、外交的な奴が多い気がするが、黒寮生は、一人一人の才能の追求度が高い故に、個人主義的だ。
「じゃあ、また明日ね!」
陽架が手を振りながら言い、その後ろで瑞葉さんが手を振っている。それに、軽く手を上げ答えると2人は自身の部屋へと帰っていった。俺も部屋に戻るか。腹減ったし。足早に自室に戻ると、荷物を雑に放って食堂へと急いだ。
朝のホームルームが終わり、一時間目までの休憩時間になると生徒の話題は、約3週間後に控えている遠足の事で持ち切りだった。あちこちから、誰と同じ班になるのか、何に乗るのか、何を食うのか、など楽しそうな会議の声が聞こえてくる。舞い上がっているクラスメイトに、こんなことを真剣に話し合っている様子が妙に面白く、笑いが零れる。……かくいう俺も、陽架と遊園地に行くなんて初めてで、大分舞い上がっている。
「ねえ、今日の朝、貼りだしてあった学内新聞って見た?」
「十神先輩が載ってた記事でしょ、見た、見た!あれ、ヤバくない⁉」
「えー、何それ。まだ見てないんだけど!」
「陽架先輩も載ってたよね!」
大きな足音を立てて入ってきたクラスの女子が騒ぎ始めたのは、遠足についてではなく学内新聞についてだった。未蕾学園の学内新聞は、中等部と高等部の生徒から成る広報委員会による取り組みの一つで始まった物だが、ゴシップ記事に近い気がする。ただ、信憑性は高いようで多くの生徒が注目をしている。広報委員会によると、大衆の興味・関心のある情報を入念な調査によって提供をしているに過ぎないのだそうだ。俺は、イマイチこの言い分が理解できないでいる。人混みに行くのも好きじゃないから、掲示されているものを見に行くことは、そうそうしないが、寮で同室の奴が好きで話をよく聞くんだよな。あいつは、入学してから全ての新聞を集めているそうだ。人の趣味は、よくわからねぇ。だが、知り合いの名前が出ると聴きたくなるのが、人の性だろう。
「学園屈指の人気を誇る、陽架先輩と里彩先輩に独占インタビューだって」
「2人のプロフィール大公開だって!ヤバくない!!」
「ウチにも見せてよ!」
2人の食の好みや趣味、1日の過ごし方など、様々な個人情報が発表されているようだった。本人たちに許可は取ってるのかよ……。2人の記事は定期的に掲載されており、掲載された日には、新聞を手に入れるために生徒達が押し寄せるそうだ。
「本当に陽架先輩って可愛すぎる」
「それな、愛されキャラだよね」
「髪もふわっとしてて、あのまん丸の大きい目で見つめられたら卒倒しちゃう!」
「オシャレで、トレンドにも敏感みたいだしね!それなのに気取った様子は全くなくて、超フレンドリーなんて最高すぎる!」
「私は、十神先輩推しだな〜。あの切れ長の凛々しい目とツヤツヤの黒髪が美しすぎる!」
「わかる!あの引き込まれそうな紫の瞳は、一度見たら目を逸らせないでしょ!」
「それに、あのスタイルの良さよ!」
「2人って、この学園のクイーンとプリンセスって感じだしね」
「私もお近づきになりたいな~」
女子の会話を盗み聞きしていることに罪悪感がありながらも聴き続けてしまう自分自身に呆れる。やはり、陽架と里彩先輩の人気が高い事を改めて実感する。2人は、学園で屈指の人気を誇っている。2人とも容姿が整っている事に加え、陽架は演奏することができない楽器はないと噂される程の音楽の才能を持ち、里彩先輩は学園内で1、2位を争う成績の持ち主であり、天文学者として17歳という若さでいくつもの論文などを発表している。人気が出るのも当然だろうな。ファンクラブが何個か存在するという噂まである。
「ねぇ、2人とよく一緒にいる雪平先輩だっけ?あの人は、何なの?」
「ていうか、何であんなに凄い人たちが、あんな普通の人と一緒にいるんだろう」
「それな、謎だよね」
「もしかして、雪平先輩が付き纏ってんじゃない?」
「そうかも、先輩達は優しいから断れないのかも」
「それで付け上って、勘違いしてんじゃない?」
「うわっ、先輩達が可哀想」
瑞葉さんの言われように、女子の世界のシビアさを感じる。そう見えているのか、勝手な想像で話をする輩も居るんだな。瑞葉さんには、このことは黙っておこうと強く決心をした。
「おっはよう、青ちゃーん!」
「うぉっと」
突然の背後からの衝撃に、体幹を使って何とか持ち堪える。この煩さは、隆か……。
「おい、危ねぇだろ!」
「悪い、悪い。朝からピリピリすんなって!それより良い情報持ってきてやったんだよ。だから、それでチャラな」
「はぁ。たく、つまんねぇ情報だったら承知しねぇからな」
全く反省の色が見られない隆は、鞄の中をゴソゴソと何かを探し始め、文章が書かれた紙を取り出した。
「ほら、愛しの陽架先輩が載ってたぞ」
隆から渡されたのは、広報委員会の学内新聞だった。内容を軽く読むと女子が話していたものと同じだった。
「ああ、それなら知ってる。サンキューな」
「ちぇ、知ってたのかよ」
「まぁな」
まぁ、ついさっき聞いたんだけどな。隆は、俺の期待外れな様子に興味を失ったらしく、学内新聞を鞄にしまうと荷物を自分の机に置きに行った。するとチャイムが鳴り、自由に過ごしていた生徒たちは急いで、それぞれの場所に戻っていった。
寮に帰ると、また食堂で会う約束をして急いで部屋に戻り、荷物をベッドに放り投げて、またドアを閉めた。
階段を降りていく途中で、隆と会った。普通だったら、一緒に行くところだが、隆は早歩きで俺を抜かして行った。どちらが早く着くか競歩ということか。
俺も足を早め、隆を抜きつ抜かれつつ、食堂に入った。俺たち以外はもう着いていて、列に並んでいる所だった。俺たちも最後尾に並ぶ。
並んでいる間や食事を貰って皆で食べている間、今日の部活での反省点や気づいた事などを話し合う。
自分で考えた改善点もあるが、人から聞くと違う視点を貰えて良い。
食事の後は、皆でラウンジに行き、ビリヤードやボードゲームなんかで遊ぶ。夜は外出できないから、皆自然とラウンジや部屋で過ごす。
ラウンジで寛いでいると、隣の席の男子三人組が陽架について話しているのが聞こえた。
「はぁ。やっぱり俺は陽架推しだな。正統派アイドルって感じ。俺の中で色褪せないよ」
「いや、まだ知って一年くらいだろ」
「いや、もう100年くらいたってる気分だ」
陽架は、他の人には清廉なお嬢様みたいな感じで見られているらしい。本当は、かなりのおっちょこちょいなのだが。
「妻夫木も可愛いけど、俺は十神みたいなクールビューティーが好きだな」
「君は昔から可愛い系よりもそっち系だよね」
「まあな、でもお前はどっちも好きだよな。どっちの系統とも付き合ってたじゃん」
「別に系統別に付き合ってた訳じゃないけど、人それぞれには異なる良さがあるからね」
次は、里彩先輩の話か。まあ、陽架と同じく先輩にも多くのファンがいるからな。どちらも抜群に目を引く存在だし。
「それにしても、あの2人が同じ教室にいてA組はいいよな。休み時間にしか見に行けないんだぜ」
「いうて、毎回は行ってないだろ。でも、あの2人が仲いいのはなんか意外だよな、対照的なのに。」
「違うものを持ってるからこそ、魅かれるってものじゃない?それにあの2人と一緒にいる雪平さんも違うタイプだし。面白いグループだよね。」
瑞葉さんの話もでたか。瑞葉さんは、陽架や他の人の世話をよく焼くタイプで、本人もそれを楽しんでいる所がある。陽架は自分のことでいっぱいだし、里彩先輩はあまり人に干渉しないから確かに違うタイプだな。
「というか、2人ともまだ課題終わってないでしょ。息抜きはそれぐらいにして進めよう」
俺も、そろそろ戻るか。