第1話 3章~終わりの音~
茜色に染まる道に、3つの影が並んで伸びている。右側の背の高い影は里彩、さっきから何かを考えているみたい。顎に手をあてながら、眉間にしわを寄せて怖い顔をしている。・・・・・・うん、今は話しかけちゃいけない時だ。ほら、アタシだって空気くらい読めるんだから。左側のアタシよりも少しだけ低い影が瑞葉で、真ん中の影がアタシの影。なんだか、足も指も長くなっていて、巨人が歩いているようで歩幅が大きくなっていく。すると、左隣から笑い声が聞こえてきた。
「どうしたの?陽架ちゃん、とっても嬉しそうだね」
瑞葉に顔を覗き込まれて、浮かれていたことに気付く。
「アタシ、そんなに嬉しそうだった?」
「うん、とっても」
うーん、そんなに嬉しそうだったかな?ニコニコとしながらそう言う瑞葉を不思議に思いながら見つめる。
「こんな状況で、浮かれていられるのは羨ましい限りだよ」
先程まで難しい顔をして、何かを考え込んでいたはずの里彩が呆れたような、でも楽しそうな何とも言えない表情でこちらを見ていた。
うっ、そんな風に言わなくてもいいじゃん。だって、嬉しいんだもん。
「だって、夢みたいなんだもん!」
つい声が大きくなっちゃった。
「「夢?」」
里彩と瑞葉の声が重なる。2人の声のハーモニーが心地良いな、そう思うほどにアタシは2人が大好きみたい。
「うん!だって、学園の外にはなかなか出してもらえないし、夕陽が舞台のスポットライトみたいで素敵だし、それに照らされた世界が別の世界みたいでワクワクしちゃう!それに、色々と大変な事はあったけど、大好きな2人と夕焼けの中を歩いてるのって、何だか青春!高校生って感じがする!」
「君ってやつは、本当に」
そう言って、そっぽを向く里彩と嬉しそうに目を細める瑞葉。里彩がまた不機嫌になっちゃった!どうしよう、またアタシ何か変なこと言っちゃったのかな。不安になって、里彩の方を向き尋ねる。
「ねぇ、アタシ何か変なこと言っちゃった?何で、そっぽ向くの!里彩!」
「もう、煩い!能天気さに呆れてるだけよ。楽しいんだったら、私の方なんか見てないで、ずっと笑ってれば良いじゃない!」
里彩の声に余裕がない感じがする。先程までの落ち着きのあるものではなく、声が上擦っているような感じだ。
「大丈夫だよ、陽架ちゃん。里彩ちゃんは照れてるだけだからね。」
「瑞葉君!」
え?瑞葉の言葉が、アタシが思っていたものと全く違っていた。そのせいか、言葉を理解するのに時間が掛かる。里彩が瑞葉を恨めしそうな表情で見ている。でも、さっきよりも、もっと怖い表情になっているような・・・・・。
「瑞葉、本当に?」
「わたしは、そうだと思うよ。里彩ちゃんの耳が、夕陽に照らされている中でも分かるくらいに真っ赤に染まっているから。」
「本当に⁉」
瑞葉に言われて、里彩の方を見る。顔を背けちゃってるから、しっかりと確認する事は出来ないけど、艶のある黒髪から覗いている耳は、いつもの色白の肌が赤く染まっている。夕陽のせいかと思ってたけど、良く見ると色味が違うことに気付く。さすが、繊細な絵を描くと評判の画家!アタシが見たって、よーく見ないと分からないのに一瞬で見分けちゃうんだもん。目が良いってすごいな〜。でも、里彩が怒ってなくて良かった!
「アタシね、2人と友だちになれて本当に幸せ‼」
2人の腕をギュッと抱きしめて、幸せを噛みしめる。大好きな2人と夕焼けに染まった道を並んで歩いて、とっても楽しい。でも、ちょっとだけ物足りなさを感じちゃうな・・・・・・。
「そんな事言って、本当は私達よりも一緒に居たい人が居るんじゃない」
里彩の言葉にドキッと心臓が飛び出そうになる。なんでバレてるんだろう!
「そ、そんなことないよ!ただ、いつも4人で並んで歩いてたから、ちょっとだけ寂しいな~なんて思っただけで・・・・・・。」
「ほぉ、そうかい、そうかい。てっきり、私達では役不足だったと思ったよ。ねぇ、瑞葉君。」
「そうだねぇ、里彩ちゃん。わたし達じゃ、彼の代わりは務まらないよね」
「瑞葉までー!もう!からかわないでよ!なんか今日は2人とも意地悪じゃない⁉」
いつも、からかってくる里彩はともかく、瑞葉まで!
「なぜか、なんて君が一番よく理解していると思うけれども?」
うっ!それは、そうだけど!今日の事は、ほとんどアタシのせいだけど・・・・・・。そうこうしているうちに、見慣れた門が見えてきた。ああ、終わってしまうと嘆く声が頭に響く。楽しかった一日が、冒険をした時のようなドキドキ感が、静まっていくのが分かる。文化祭が終わった後の何とも言えない寂しさが、心の中を駆け巡る。一歩、一歩と近付いて行く。でも、いつもとちょっと違う風景に寂しさをすっかり忘れてしまった。校門の前には、人がたくさん集まって、賑わっていた。そのの一箇所に行列ができていて、その先頭を見ると『入学式』と書かれた看板の前で写真を撮っている人が居た。そっか、当たり前だけど入学式はもう終わったんだ。それなら、もしかしたら!
人だかりの中に見慣れた姿を見つけた。沢山の人の中に居ても、すぐに見つけてしまう。ううん、探してしまう。光が身体から溢れだしているように輝いているから、すぐに見つけられちゃうんだ。アタシの一番大切な人。きっと、このまま一生隣に居るんだろうと何度も、何度も思ったんだよ。
「青嗣!」
彼の名前を呼び、疲れていて歩くのがやっとだったはずの足が、疲れなど始めから無かったかのように走り出す。アタシの呼びかけに、目を見開いて振り返る青嗣。えへへ、驚いてる!思わぬところで、サプライズ大成功って感じかな。
「陽架、先輩達も・・・・・・どうして⁉」
戸惑っている青嗣が、当然の疑問を口にする。そりゃあ、学園の中に居るはずの人たちが、入学式の人混みに紛れて外から入ろうとしていれば驚くよね。あ、青嗣の目がまん丸だ!青嗣は前髪が短いから、表情がわかりやすいんだよね。あれ?また日焼けしたかな?
「――――い!おい、陽架!」
「へ?」
ヤバ!青嗣のこと考えてて、呼ばれてることに全然気付いてなかった!
「だから、なんで 学園の外に居るんだよ」
「えーっとね、今日のことを話すと、とっても長くなっちゃうんだけどね。うーん、どこから話したらいいんだろう。」
「はぁ、また何かやったのか・・・・・・。」
もう何よ、そのため息!アタシがいつも、いつも何か問題起こしてるみたいじゃん!た、確かに今日のはアタシが、悪かったかもしれないけどさ・・・・・・。青嗣が呆れて、ため息を吐いていると、後ろから歩いて来た里彩と瑞葉が追い付いた。
「里彩先輩に瑞葉さんまで、本当に何やったんだよ。」
青嗣のため息が一層深くなり、眉間を揉み始めた。
「それについては、私から説明するよ。陽架だと役不足だろうからね。」
「うっす、お願いします。」
2人のやりとりにモヤモヤとしたもの感じたけど、本当に説明が得意じゃないから、何も言えないから静かにしてよっと。
「青嗣!何やってるのよ、順番が来てるんだから早くしなさい!」
女の人の声が響く。声の方向を向くと、入学式の看板の前に立っているスーツ姿の女性と、学ランをカッチリと着込んだ少年、紺色のワンピースを着た少女の三人がこちらに手を振っていた。あれは、もしかして!
「悪い、母さん。」
やっぱり!青嗣のお母さんだったんだ!・・・・・・ということは、隣に居る女の子と男の子は、青嗣の妹の美香ちゃんと弟の剛君だ!青嗣が三人に駆け寄って行く姿を眺める。話している姿は、いつもよりも表情が柔らかい気がするなぁ。やっぱり、家族の前だとリラックスできるものなのかな?青嗣の笑顔の柔らかさに自然と笑みが零れる。里彩と瑞葉と一緒に眺めていると、青嗣のお母さんがアタシ達の方を振り返る。
「ほら、そこのお嬢さん達も来て、来て。青嗣のお友達なんでしょう?一緒に写真を撮るから、並んで、並んで!」
青嗣のお母さんが、アタシ達に向かって手招きをする。
え⁉アタシ達も一緒に写ってもいいの⁉反射的に、里彩と瑞葉の顔を見ると2人とも目を丸くして、固まっている。戸惑っている瑞葉と里彩の手を取って、入学式の看板の前まで走り出す。
「はい、みんな寄って、寄って!」
青嗣のお母さんの声掛けに従って、みんなが動く。入学式の看板が見えるように、横に立ちながら青嗣を取り囲む。青嗣のお母さんの掛け声で、みんながポーズをとる。アタシたちは、写真を撮り終わると、校門の脇に移動した。
「みんな、良い笑顔だったわよ。ありがとうね。・・・・・・ちょっと青嗣、お母さんこんな可愛い子たちの話聴いてないんだけど!」
「あ”あ”あ”、わかったから、ちょっと黙っててくれよ!」
青嗣とお母さんのやり取りを見ていると、なんだか心がポカポカとしてくる。なんかこう、幸せの音っていうのかな?柔らかくて、弾むようなメロディーが聞こえてくるような気がするんだよね。
「あー、えー・・・・・・この3人は、中学の頃からお世話になってる先輩で、こっちは俺の母さんと兄弟。」
しばらく、難しい顔をした後に青嗣が紹介をし始める。頑張って、挨拶しなきゃ!青嗣のお母さんに良く思われたくて、肩に力が入っちゃうなぁ。
「未蕾学園高等部2年A組、妻夫木陽架です!よろしくお願いします!!」
「あらあら、ご丁寧にありがとう。私は、青嗣の母の八雲美和子です。よろしくね。」
美和子さんっていうんだ!綺麗で、柔らかな雰囲気があるけど、かっこよくて頼りたくなる感じがするなぁ。お母さんって美和子さんみたいな人のことなのかな・・・・・・。
「こちらこそ、よろしくお願いします!!!」
勢い余って、大きく頭を下げちゃった!
「おい、陽架。そんなに力まなくていい。」
「えへへ、ありがとう。青嗣」
青嗣が、肩を支えて起こしてくれる。青嗣のこういう小さな優しさが、かっこいいし、大好きなんだよね!お礼を伝えると、青嗣はムッとした顔をして、そっぽを向いてしまった。な、なんでよ!そうこうしていると、隣で笑っていた瑞葉が、自己紹介を再開した。
「初めまして。わたしは、未蕾学園高等部2年の雪平瑞葉です。」
「同じく、高等部2年、十神里彩です。」
2人の挨拶を見ていると、自己紹介って性格が出るんだなぁと思う。瑞葉は、いつもの柔らかい笑顔でゆったりとしたリズムだけど、里彩はスタッカートのように、タンタンって感じで短いけどリズミカルな感じなんだよね!それを聞いていた美和子さんを見ると、笑顔だった。本当に嬉しそうな顔だった。お母さんの居ないアタシには分からないけど、これが子どもを想う母の愛なのかな?すっごく、温かいな。少し羨ましくなってしまう気持ちに蓋をしないと。少しの会話を終えると、美和子さんが青嗣の兄弟の背中を押す。
「八雲剛、中3です。・・・・・・よろしくお願いします。」
「青嗣の妹の八雲美香です。小学6年生です。いつも、お兄がお世話になってます。」
な、なんと、しっかりとした2人なんだ!美和子さんが背中を押したのを合図に、2人が自己紹介をしてくれる。剛君は、青嗣よりも少し背が小さいけど、体は分厚くて、ガタイが良い。制服の上からでも分かるほど、筋肉がついていて、何かしらのスポーツをしているのだと分かる。でも、青嗣とは絶対違うスポーツだと思う!青嗣と同じように、日に焼けているから、外でするスポーツなんだろうなぁ。美香ちゃんは、2人とは違って、色白のしっかり者の妹って感じ!そういえば、青嗣って家ではどういう風に過ごしてるんだろう?
「あの、美和子さん!青嗣って――」
「それでは、閉門させていただきます。本日は入学式に参列していただき、誠にありがとうございました。」
アタシの声を遮って、警備のおじさん達の声が、新入生に家族とお別れする時間が来たことを告げる。もうお別れの時間なの⁉早いよ!いっっっつも、楽しい時間は本当にあっという間に終わっちゃう。
「じゃあね、青嗣。体調管理を怠るんじゃないわよ!」
美和子さんは、しんみりとしてしまった空気を振り払うように、大きな声を出しながら、青嗣の背中を叩く。
「わかってるよ、母さん。」
嬉しそうに、目を細めながら青嗣は返事をする。
「ほら、あんたたちもお別れしなさい」
美和子さんが、美香ちゃんと剛君の背中を押し、前に出させる。
「兄ちゃん、しっかりやれよ」
剛君は照れくさそうに言うと、すぐにそっぽを向いてしまった。何だか、中学生の頃の青嗣に似ていて、笑みが零れてしまう。かわいいなぁ〜。
「・・・・・・お兄、頑張ってね。休みには帰ってきてね。」
先程まで、元気に話していた美香ちゃんが、黙って下を向いていて、大丈夫かなと思ったけど、青嗣に別れの挨拶をしっかりとしていた。その姿がいじらしくて抱きしめてしまった。
「うちの子になろう!美香ちゃん!」
「ば、ばか!何言ってんだよ!」
抱きしめられた美香ちゃんは、とっても驚いた顔をして固まっていて、それが更に可愛くて、本当に妹になってほしい!それを正直に言っただけなのに、青嗣は真っ赤な顔で怒っていて、妹を取られるのが本当に嫌なんだ。それにしても、バカって言うことないのに!
「2人とも、ありがとな。」
2人に感謝を伝えながら、頭を撫でる青嗣は"お兄ちゃん"って感じがして、ちょっとかっこよく見えた。
「皆さんも、お元気で過ごしてくださいね。これからも、青嗣と仲良くしてやってください。頑固で可愛げのない子ですが、どうぞよろしくお願いします。」
「そ、そんな!アタシたちこそ、よろしくお願いします!」
まさかアタシたちにまで挨拶してくれると思わなかったから、変な挨拶になっちゃったよ!
「いえいえ、こちらこそ青嗣君にはいつも助けてもらっているんですよ。わたしたちの方こそ、これからも仲良くしてくれると嬉しいです。」
「そうですね、いつも陽架がお世話になっていますからね。」
里彩の言葉に反論したいけど、本当にいつも助けてくれるから何も言えないんだよなぁ。瑞葉と里彩の言葉に笑顔を返す美和子さん。
「今日の写真は、今度青嗣に送るから、皆さんは青嗣から貰ってくださいね。」
そう言うと、アタシたちに背を向けて歩き出す。いつの間にか夕陽は沈んでいて、街灯の灯っている道を三人が歩いていく。アタシたちは、美和子さんと美香ちゃん、剛君が見えなくなるまで見送っていた。チラッと盗み見た青嗣の目は、寂しげに揺れていた。その目を見ていられなくて、アタシの方を見てほしくて、青嗣の手を力強く握る。
「帰ろっか」
アタシがそう言うと、青嗣は頷いて、手をつないでくれた。里彩と瑞葉の後について、一緒に体育館へ向かう。
「青嗣、また来年になったら美和子さんたちと一緒に会おうね」
「ああ、そうだな。次は遅れるなよ」
青嗣は、そう言いながら、どうせ遅れるんだろうっていう目をしていた。失礼だな!絶対遅れないよ。すると、瑞葉が話しかけてきた。
「そういえば、陽架ちゃんは初対面なのに、八雲くんのお母さんとずいぶん親しそうだったね。」
「うん。だって、青嗣のお母さんだからね」
「ふふふ。そっか」
瑞葉は、なぜか生暖かい目をして青嗣を見て、笑っていた。青嗣の方は見ようとしたけど、なぜか顔を背けてしまっていた。
「そう言えば、結局、陽架と里彩先輩たちはどこに行ってたんだ?」
やっぱり、青嗣は気にしていたようだった。さっきは、お母さん達がいて聞けなかったのだろう。どうしようかと思っていると、里彩が返事をした。
「ああ、実は……陽架が悪魔を解き放ったんだ」
「え?」
青嗣は訳がわからないという顔をした。やっぱり、そうなるよねと、私からも説明を加える。
「ええっと、うんとね、祠を壊しちゃって、そしたら神主が出てきて…」
青嗣は何いってんだこいつみたいな顔をしている。私もまだちゃんと飲み込めてないからうまく説明できない。
「はぁ。陽架、私から説明するよ。八雲、実はね……」
見かねて、里彩が代わりに説明してくれた。神主のおじさんから説明は聞いたけど、呑み込めていない部分も多くあったから、私も改めて説明を聞いて、なるほどなと思った。
「つまり、悪魔をなんとかするためにはまた封印していくしかないってことだ」
里彩がそう締めくくる。なるほど、神主もこうやって言ってくれればいいのに、話が長いんだから。
「なるほど。一応、理解はしました。まあ、里彩先輩がいるから、詐欺とかではないんでしょうけど。陽架、絶対勝手に一人で突っ走るなよ。里彩先輩や瑞葉さんの言うことをしっかり聞くんだぞ」
私はどこまで信用がないんだ!そして、里彩と瑞葉もそれに頷いてるし。
「私だって、里彩と瑞葉の役に立つよ!」
そう言うと、青嗣は頭の後ろをかきながら、少し口をもごもごしている。
「まあ、陽架が一生懸命なのは知ってるけど、時々暴走するからな。でも、陽架ならきっと大丈夫だって信じてるよ。」
「もちろんだよ!」
ちょうどそう言った時、目当ての体育館のすぐ前についていた。体育館といっても、高校にあるのは、中学のやつと違って、ヨーロッパの古い建築物みたいなアンティーク風の建物だ。この学園でかなり古くに建てられたってのもあるけど、毎年入学式の夜には、パーティーが開かれるから豪華な感じなのかもしれないけど。
中に入ると、一番に「入学おめでとう」という文字がでかでかと書かれた横断幕が目に入った。そして、これだけでなく、周りはすべて風船や輪飾りでカラフルに飾り付けられていた。その気合の入れようには毎年感心する。
「去年もそうだったけど、生徒会の人たちは毎年よくこれだけ準備できるよね!」
「そうだな。特に今年は十神先輩が生徒会長だったから、他の生徒会員もやけに張り切ってたよな」
このパーティーはただ入学を祝うだけじゃなくて、その年の生徒会長のすごさをアピールする場でもあるらしい。でも、それよりも。
「パーティーの料理って毎年、すごい豪華なんだよね。それが一番楽しみだな」
そうなのだ。料理はブッフェ形式で食べ放題。しかも、卒業生の人がよく際入れに高級品だったり珍味を差し入れてくれるから早く料理を確保したい。
「陽架ちゃん。いつも食い気の方が勝ってるね。ええと、今回のブッフェででる料理はこれだね」
瑞葉が会場の地図を見せてくれた。この地図はどこに何の料理が用意されるか書かれているんだけど、瑞葉ともうすでに食べたい料理にはチェックを入れてある。
「そうだな〜。とりあえず、まずは人気のローストビーフから行ってみよう!」
そうして、目的の場所に着くと、もうすでに人がごった返していた。まだ、残っているか心配だ。
人をかき分け、ようやく目当てのローストビーフの前にやってこれた。さっそく、一枚取って食べる。
うまい!もうこれしか、感想が出てこない!やっぱり、学園の料理は一流だと改めて思う。
そうして、ローストビーフを堪能していると、瑞葉と里彩が追いついてきた。
「陽架ちゃん。よくあんな人混みだったのに、そんなに早く辿り着けたね」
「陽架は、食べ物が絡んだ時はすごい速さで取りに行くからな。青嗣なんか、まだ後ろの方だぞ。いや、それより陽架。今は悪魔について今後どうするか話し合わないといけない」
悪魔か……。確かにそれはそうだけど。
「でも、里彩。悪魔たちだって、外に出たばっかりだから、実際に動くのはもう少し経ってからじゃない?今日はパーティーを楽しもうよ!」
そう言って、里彩の顔を見るが、そんな悠長なこと言ってられないと目が語っていた。でも、悪魔の話をしてたら、せっかくの料理を食べ損ねるかもしれない。ここは、譲れない!
そう思って里彩を改めてみると、私の考えが分かったのか、目を細めて無言の圧力を送ってきた。まさに、猫に睨まれたネズミ状態!
「うー。分かった。でも、料理をある程度取ってから喋ろう」
「はぁ。いいよ、あそこの席で待ってるから」
里彩が指した席は、ブッフェから離れた人通りの少ない所だった。
「うん!じゃあ、すぐ行ってくるね!」
里彩たちと分かれてすぐ、早足で料理を取りに行く。料理の配置はもうすでに暗記済みだ。
早足で人の波をかき分けていく。料理の場所を覚えていたおかげで、料理はすぐに集まり、そろそろ戻ろうとする。
しかし、そこで、誰かに肩を捕まれた。
「陽架!」
「!って青嗣。どうしたの?」
「ああ。陽架がどんどん進んじまうから。」
「ごめん、ごめん」
「で、呼び止めたことだけど、今日の夜白薔薇の庭で待っててくれないか?」
「白薔薇の?いいけど、何するの」
「ああ、久しぶりにセッションをどうかなって」
「なるほど。確かに、ずっとやってなかったね。いいよ。楽しみにてる!」
青嗣は満足そうに頷き、里彩たちの方へ行こうと手を引かれた。
・・・・・・
ふう。
疲れた後のお風呂はしみるなと思いながら、今日あった出来事を思い出す。祠を壊してしまって、おじいさんに怒られて、実は悪魔が封印されているとか……。
これからどうするか、里彩たちと話し合って、結局は何か違和感がないか周りを警戒するということに落ち着いた。悪魔のことなんて、全然分かんないもんね。
お風呂から上がって、髪を乾かす。熱風に当たっていると、悪魔のことが遠いことに思えてくる。それより、今は青嗣との約束の場所に行かなくちゃ。
簡単にシャツとズボンを履いて、ベッド脇に置いたケースを取る。
「これは一番忘れちゃダメだからね」
部屋を出ると、もうすでに人気がなく、部屋の明かりもまばらだ。音を立てないように注意しながら、階段を降りて、庭に出る。
庭は、向こう側が見えないほど広く、白い薔薇で彩られている。今は夜だから、薔薇の白さもほんのりとしか分からないけど、いつ見ても綺麗に咲いている。
奥に進むと、ガゼボが見えた。そこは月明かりに照らされているおかげで、ライトアップされた舞台のようだった。そして、その劇の主人公のように青嗣が佇んでいた。
「青嗣!お待たせ」
「いや、俺も今来た所」
青嗣に近寄り、手を握ると少し冷たかった。
「それより、陽架。そんな薄着で来るな。夜は冷えるだろ」
青嗣は自分の上着を私に着せてくれる。優しい。
「寮の中だと煩くしちまうから、外にしたけど、あまり長居しないようにしよう」
青嗣はそう言って、手早くフルートを取り出した。私もベンチにケースを置いて、ヴァイオリンを取り出す。
「じゃあ、今日は何弾く?」
青嗣が尋ねる。そうだな……。
「じゃあ、きらきら星は?」
「きらきら……。また、斜め上からくるな。まあ、いい曲だけど」
じゃあ、早速やってみようと、青嗣は構えの姿勢をとる。私も準備をする。
青嗣の方に目を向けると、準備完了と目で伝えてくる。私も頷く。
何も言わずとも、弾き始め、すぐに一つの音となる。音楽を聞いているけど、気分は青嗣一緒にと波に揺られているようだ。
曲の最後まで弾くと、青嗣がフルートから口を離した。
「陽架の音はやっぱり良いな。一番好きだ」
青嗣はニコニコした顔でそんなことを言う。そういう青嗣の顔を見るのが私も好き。
「ゴーン、ゴーン、ゴーン」
24時の鐘が鳴った。
時間はあっという間に過ぎてしまう、特に楽しい時間は。
「深夜の鐘も鳴ったし、そろそろ帰るか」
青嗣にそう言われ、もっと弾きたい気持ちもあるけど、ヴァイオリンをケースに戻す。蓋を閉めて、顔を上げると、青嗣の手が目の前にあった。
「行こ」
青嗣は人目がない所だと、よく手を引きたがる。私が色々やらかすからかな。でも、この手をいつも頼りにしてる。
寮に入って、男子部屋のスペースである2階まで来ると、青嗣とはさよならだ。上は女子だけが上がれるから。
「青嗣。上着ありがとう。今日も楽しかったね!」
「ああ、あの時間は2人しか楽しめないよな」
青嗣と少し世間話をしてから、バイバイするのがいつものルーティーンだ。長くはない時間だけど、2人しか知らない秘密の時間みたいでセッションのもう一つの楽しみでもある。
「じゃあ、陽架。そろそろ寝る時間だな」
「うん。今日はありがとう!」
さよならをして、そして、思いっきり抱きつく。今日の青嗣をめいいっぱい楽しむんだ!
「じゃあ、また明日!」
青嗣とお互いに手を振り合いながら、階段を上がる。階段を上り切って、廊下を進んでいくと、青嗣も見えなくなる。少し寂しいけど、明日、会う日も楽しみになる。
自分の部屋の前まで行き、瑞葉を起こさないよう、扉をそっと開ける。瑞葉がいるベッドを見ると、起き上がる様子はない。今日は気づかなかったみたい。よく気づいて起こしちゃうことがあるから、寝て欲しかった。
抜き足差し足で、自分のベッドに近づき、そっと中に入る。耳に残る青嗣の音の余韻に浸りながら、目を閉じる。