第1話 2章~鳴り響く~
「それは、必要な死なのでは?」
え?里彩の言葉には、音には、一切の迷いがなかった。だからこそ、その言葉を飲み込むまでに時間が掛かってしまったのだ。『必要な死』って、どういうこと?だって、死んでいい、いなくなって良い人なんて、この世に一人もいないはずでしょ?
「里彩!なんで!なんで、そんな酷いこと言うの⁉」
大きな声で聞いてしまった。アタシの言葉に、切れ長の瞳は動揺することなく、アタシを見つめている。
「酷い?何が酷いって?最小の犠牲者で、最大の利益を追求することの何が酷いのかな?大きな犠牲を出してから、方針を転換するなんてのは、愚の骨頂だ。始めから最小の犠牲かつ、成功率の高い戦略を採用するのは合理的なもののはずだ。誰もが幸せな結末なんて、そんなものは御伽話の中の幻想にしか過ぎないんだよ。誰かの幸せは、誰かの不幸の上に成り立つんだ。陽架君、君にもわかるように説明しよう。100m走を行った時に、1位が居れば最下位が居る。逆説的に言えば、最下位が居るからこそ、1位が存在する。勝者と敗者は、片方が存在するためにはもう片方が必要不可欠なんだよ。それと一緒なんだよ。」
「それでも!」
それでも、そんなの絶対に嫌だ!諦めてしまったら、きっと後悔しちゃう!そんなの受け入れられないよ!どうしても、里彩の意見を受け入れられなくて、里彩の顔をじっと見つめる。絶対に逸らしちゃダメだ、アタシ!これだけは譲れない!しばらく睨み合いが続いていたけど、里彩がため息を吐いてこの戦いが終わった。
「わかったよ、可能な限り人命を優先しよう。ただし、幾つか条件は付けさせてもらうよ」
「ありがとう!」
「はぁ、陽架はともかく、瑞葉までそんな顔されたら私が間違っている見たいじゃない」
「ありがとう、里彩ちゃん。わかっているから、大丈夫だよ。里彩ちゃんが、本当はわたしたちの命を最優先に考えてくれた結果だってことは。」
え?そうだったの⁉言われてみれば、里彩が何も意味も無く犠牲にするなんて有り得ないかも。
「違う!私は、あくまで合理的かつ成功率の高いものを言っただけで、断じて自分の命惜しさに言ったわけじゃないよ!」
でも、あんなに怒ってるってことは、違うのかな?う〜ん、里彩って素直じゃない所もあるからなぁ。難しいよ!
「里彩ちゃん、条件の内容って・・・・・・」
「ああ、なに簡単な事だよ。私達が命を落とすことがあれば、悪魔の回収は不可能になる。だからこそ、敗北・命の危機があれば速やかに実行している作戦を中止し、悪魔の消滅を目標に設定すること。」
「は〜い。でも、本当にどうしたら良いんだろう?」
沈黙が続く。焦りと不安が混ざりあった嫌な鼓動の音が、体の内側から響いている。里彩は、考える時間が欲しいと言ったきり黙り込んでしまった。沈黙を破ったのは、意外にも瑞葉であった。
「あ、あの、悪魔空間の中だと悪魔と契約者では、どちらの意思の方が強いのか、分かりますか?」
「悪魔と契約者は、悪魔空間において対等の存在となる。否、むしろ心象世界を反映させている分、契約者の影響が強く出るであろうな」
瑞葉の問いに神主が答えた瞬間、里彩が何かに気付いたように顔を上げた。
「契約者に負けを認めさせれば良い、ということか・・・・・・」
「ああ、そうじゃ。契約者に負けを認めさせたことは、悪魔に敗北を認めさせたと同義だからな。」
「え?どういうこと⁉」
みんな頷いて、明るい顔してるけど、話についていけなくて、まったく分からないよ!
「始めから悪魔と勝負なんてする必要は無かったんだよ。悪魔と契約者は、利害を共にしなければならない。つまりは、運命共同体ということになる。故に、悪魔に敗北を認めさせたければ、その方法は二つ考えられる。一つ目は、悪魔自身に敗北を認めさせる。二つ目は、運命共同体である契約者に敗北を認めさせることだ。悪魔と契約者を共同体、一人の人間として考えてみてほしい。2人の考え方や感情があることは、解離性同一性障害の患者を思い浮かべてごらん。例え、違う考え方が個体の中に存在していたとしても、選択をし表出するのは、その時の人格となる一方の選択だけ。つまり、私達は、悪魔と契約者のどちらか一方と勝負を行い、勝利すれば良いのであれば、人間であり『敗北』という概念を持っている契約者に敗北を認めさせれば良いという事になる。契約者は、所詮人間だ。それに、悪魔との契約をする程の奴なんだから、自尊心を少し煽ってやれば簡単に勝負には乗ってくるだろうね。」
場の雰囲気が、一気に明るくなる。なんだ、知ってるんだったら、もったいぶらずに早く教えてくれれば良かったのに!・・・・・・あれ?ちょっと待って!悪魔の倒し方はわかったけど、悪魔を倒した後ってどうすればいいのかな?だって、封印されてた祠は・・・・・・。
「悪魔が封印されてたのって祠なんだよね?という事は、祠がないと悪魔は封印できないんじゃないんですか?」
疑問に思い尋ねると、神主は呆れた様子で答える。
「何を言っておる。あの祠は呪物を安置しているただの入れ物にすぎぬ」
「つまりは、封印する物が他にあるということですね。もちろん、見せていただけますよね」
「聡い小娘じゃのう。ほれ、これが悪魔を封印していたものだ」
神主はそう言うと、懐から包みを取り出した。包みを開くとそこには、すっごく古そうな木で出来た箱があった。神主は、壊れないようにと繊細な手つきで木箱の蓋を開けた。その中には、布が綺麗に敷かれていて、七つの窪みがあり、窪みにぴったりと嵌っているのは、ガラス玉のようなものだった。光に照らされてキラキラしていた。
「これは、ビー玉?」
「この罰当たりが!無礼にも程があろう!」
びっくりした!思ったことを言ったら神主に怒鳴られてしまった。だって!大きさといい、見た目といい、完全にビー玉じゃん!
「これは、かつて悪魔を鎮めた七人の偉人たちの遺品であるぞ!この世に二つと無い、貴重な聖遺物を童の戯具と嘲るか!」
ひぃぃぃ!怖っ!すっごい怒るじゃん!そりゃあ、アタシだってビー玉って言っちゃったのは確かに悪かったかも知れないけど、そんなに貴重な物だったなんて知らなかったんだからしょうがないじゃん!
「ご、ごめんなさい!」
謝っていると隣から聞き慣れたため息が聞こえてきた。ため息が聞こえた方を見ると、険しい表情の里彩が眉間を揉んでいた。
「申し訳ございません。それで、こちらはどのような代物で?」
「これは、美徳の宝玉と言い、先の戦乱で七人の偉人が悪魔を封印した物である。彼の御仁らは、悪魔の力が膨大であることを悟り、自らの血肉や骨を捧げ、作り上げた代物だ」
げ、なんかヤバそう。今、血肉や骨って言ったよね⁉少し、背筋が寒くなり、さっきまで綺麗に輝いて見えた物は、黒いオーラを放っているように感じた。
「対抗できる美徳の宝玉を悪魔に向けながら、古文書に書かれている呪文を唱えれば良い」
へぇ〜。けっこう簡単そう!
「だが、美徳の宝玉は崇高であるが故に使用者を選ぶのだ。まぁ、お主らを見ておると心配はなさそうだがな・・・・・・一人を除いてな。宝玉もきっとお主らを気に入るだろうさ」
アタシたちが、使う玉を選ぶんじゃないの?よくわかんないけど、まぁいっか。里彩と瑞葉が、きっとフォローしてくれるはず!
「悪魔に関するものは、これで終わりだ。後は、その古文書でも読んでおけ。陽架、お主は古文書を読んでも分からないだろうからな、里彩と瑞葉に聴け。お主が古文書に触れて、破かれたり、汚されたりしてはかなわんからな」
なんでよ!もう、里彩も瑞葉もそんなに笑わないでよ!・・・・・・まぁ、確かにアタシじゃ読んでも分からないかもしれないけどさ、わざわざ言う必要ないよね!
「お主らがいては、騒々しくて敵わん。さっさと帰れ、疫病神共」
な、な、な、なんて口の悪いおじいちゃんなの!!これには、さすがの2人も怒るだろうと左右をみると、何も気にせず、帰り支度をしている2人が居た。
「ええ、そうします。本日は、この馬鹿がご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした。」
「わたしからも、お騒がせして申し訳ございませんでした。色々と面倒を見て頂きありがとうございました。」
「うむ。ほれ陽架も、さっさ支度をしろ」
あわわわわわ、置いていかれちゃう!急いで立ち上がり、制服の乱れを直し、帰り支度を整える。3人の背中を小走りで追いかけ、本堂を出た。
神社の入り口に出ると、もう陽が沈むオレンジ色の空になっていた。
「いいか、お主ら、わしが言ったことをきちんと守って悪魔を全員捕まえるんじゃぞ。特に陽架、お前はぬけておるから、里彩の言うことをよく聞くように」
「私そんなに、信用ないですか」
「ないな」
おじいさんは、当たり前だろうという顔で答えた。まだ会ったばかりのおじいさんにこんなこと言われるなんて。いや、里彩がしっかりしすぎなのかもしれない。
「じゃあ、私たちはこれで帰ります。古文書ありがとうございました。悪魔は必ず捕まえるとお約束します」
「うむ、お前さんは大丈夫そうじゃ。それと、お前たちにこれを渡しておく」
おじいさんが持っていたのは、神社でよく見るお守りだった。でも、表には何も書かれていない。
「もし悪魔に困ったことがあれば、その中に書かれておる奴に頼れ。わしの知り合いじゃ」
「ありがとうございます。何かあれば、頼ります」
里彩は受け取ると、それをバックにしまった。
「うむ、悪魔はお前たちが思っとるより邪悪じゃ。決して、気を抜いてはいけんぞ」
そういうと、おじいさんは神社の方へ帰って行った。
「じゃあ、私たちも帰ろうか!」
「ああ、それにそろそろ門限の時間だしな」
「予定よりもだいぶ違っちゃったけど、これはこれで楽しかったね」
3人で階段を降りていく。ちらっと後ろを振り返ると、おじいさんがこちらを見ていた。相変わらず眉間に皺が寄っていたが、私たちのことをじっと見ていて、色々考えている顔をしていた。おじいさんが見え無くなるまで、おじいさんは私たちを見ていた。
多分、私たちがしっかりとやれるか不安なんだろう。でも、里彩も瑞葉もいるし、きっと大丈夫。