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ミライの悪魔  作者: 宵暁
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第2話 5章〜また続く日々〜

俺は、茨城隆雄。

なんだか、ここ数日の記憶がない…と言いたいが、

きちんと覚えていてしまっている。

体育館で変な奴と会ってから、言動が全く変わってしまった。変わっていた最中は、あの態度に心の中で反抗していたという事はなく、ああいった行動も望んでしていた。

「は〜〜」

今日は、学校が休みで良かった。どんな顔して生徒と先生たちに会えばいいのか分からない。

「コンコンコン」

扉を叩く音がした。

誰だろう、この時間に。

「はーい」

扉を叩くと、すぐに先生が出てきた。

「青嗣!何か用があったのか…。いや、もしかして、今までの俺の態度についてか。」

「すまん!どうかしていたとしか思えないんだが、あの時はあれがしたくてした。

俺は、本当は酷いやつだったんだ。」

「いやっ。先生、立って下さい。攻めに来たわけじゃありませんし、あれは悪魔が悪かったんですよ」

「悪魔?なんだそれは」

「あー。えっと、人間を惑わす悪い存在というか…」

「よく分からんが、それに惑わされた俺に責任があるだろう」

「そんな事ないですって。それより、先生、解任されるかもしれないんですよ!」

「解任…。まあ、そりゃ顧問は続けられないよな」

「それもありますが、担任自体もですよ!」

「なにー!!それは困る!」

「ですよね。だから、これからどうしようという話をしてきたんです。」

「そうだな…。取り敢えず、部活とクラスのみんなに謝ろう。ケジメをつけてからじゃないといけない」

「じゃあ、今から午前練があるので、先輩たちにはそこで会えると思います」

「よし、行こう!」

          *


グラウンドに行くと、まだ誰も居なかった。

「少し早い時間だったんで、まだ居ないみたいですね」

そう言って、後ろを振り返ると、先生は居なかった。

「あれっ、先生、どこですか」

周りを見渡すが、見つからない。もしかして、謝るのが恥ずかしくなって、戻ったのか。

いや、先生は言ったことは曲げないタイプだしな。

「ドスン、ドスン」

何か、重い足音がした。

振り返ると、先生がサッカーコートを2つ持ってきていた。

「えっ、先生、危ないですよ。」

「これくらい、大丈夫だ!それに、皆んなに迷惑かけたしな!」

「先生…」

その時、後ろの方から先生を呼ぶ声がした。

振り返ると、先輩達がいた。先輩達は、続く言葉が出ないようで立ち尽くしている。

「みんな!」

先生が走り出した。と思ったら、走った勢いに任せて、土下座をした。

「本当に、すまなかった。俺は最低な奴だ!

でも、みんなともう一度、部活がしたいんだ。

どうか、もう一度みんなと部活をさせてくれないか」

暫く沈黙が続いた。

先生の勢いに押されたのだろうか。

しかし、1人が動き出し、先生の肩に手を置いた。

「先生、先生がおかしくなっていたのは分かってました。いつもの先生と違いすぎますから。

先生の事で、抗議に行っちゃいましたけど、先生が戻って来てくれたなら、もう何も言いません。

一緒にこれからも頑張りましょう」

他の先輩達も頷きあい、一件落着したように見える。

「あの、先輩、先生の顧問のお話進められてるんじゃ」

「「あー!」」

両者とも大きな声を上げて、一斉に走り出した。

「えっ!」

こっちの方が驚いてしまった。

着いていくと、職員室に入っていく所だった。

しかも、2-Aの生徒達もいた。

どうやら、先輩達と生徒達は、校長先生に会いに来たようで、みんなで詰め寄っていた。

「校長先生、茨城先生の担任と顧問の解任のお話考え直してください」

「そうです!茨城先生は確かにあの時は相応しくなかったけど、今は普通に戻っています。なので、先生にもう一度チャンスを与えてください」

「うむ。分かった。

皆がそこまで言うのなら、茨城先生の今回の事は不問にしよう」

思わぬあっさりとした回答に皆、一度動きを止めたが、その直後、歓声が起こった。

「やった!良かったです。先生」

先輩たちが、茨城先生の周りに集まり、安堵の声をあげていた。

少し拍子抜けしたが、先生が元に戻ってくれて良かった。それに、先生がいなくなった事で先生の良さに先輩達も気づいたみたいだ。

悪魔も悪い事だけするわけじゃないんだな。


 当たり前の日々はあっという間に戻ってくる。まるで、夢のような出来事は俺達4人と先生しか覚えていなかった。『当たり前』は、すぐに戻っても傷跡は残るものだろう。転んだ時の怪我と似ている。転んだ痛みはすぐに消えるが、傷跡の回復には時間が掛かるものだ。そうだ、それと同じなのだ。俺達は、今まさに傷跡を見つめている。文房具や備品が散乱していて、荒れに荒れた陽架達の教室と誰一人として席についていない空っぽの机を俺達4人は、呆然と眺めていた。

「な、なんなんだ。この教室は……」

先生の口から零れた質問に、俺達は誰も答えることはできなかった。気まずさと無言が続いた。その時間を終わらせたのは、やはり彼女だった。

「お掃除、頑張ろー!ファイト、オー!!」

「陽架ちゃんの言う通りだね、頑張らなきゃね」

「何もせず、無意味に時間を浪費するよりは、有意義だろうしね」

里彩先輩、瑞葉さんが、陽架に続いて教室に入っていき、片付け始めた。俺もそれに続き、倒れた机や椅子を教室の端に寄せていく。

「先生もだよ!」

教室の荒れぶりに、未だに動けずにいる先生を陽架が呼びかける。その声に我に返ったようで、いそいそと教室に入り、掃除を始める。この状態の教室の原状復帰は、時間が掛かりそうだな……。そう思い、陽架の表情をちらりと見てしまう。陽架の表情に、ネガティブな感情は、どこにも無かった。むしろ、蜂蜜色の目の輝きは増して、いつも以上に目が離せなかった。諦めることなく、希望を信じ続け、振り返ることなく、前だけを見て進み続けるお前は、俺には魅力的すぎるんだ。愛おしさが、胸いっぱいに広がり、今すぐ走り出したい衝動に駆られる。その衝動を、掃除をする原動力に切り替えられるように自制心を働かせる。そこから、俺は無我夢中で掃除に励んだのだった。


 終わった。

ようやく教室が片付け終わった。どれくらいの時間を使って片付けたのかと時計を見ずにはいられない。ちょうど昼の12時だった。早朝から片付け始めたおかげで、この時間で終わることができた。さっきまで、片付け終わったことに喜んでいた陽架をもう一度見ると、今度は浮かない顔をしていた。

「陽架、どうした?」

「あ、うん。終わったばっかりなのにごめん。なんだか、やっぱり寂しくて……。」

確かにそうだ。綺麗に片付いたことで、生徒が居ないことが浮き彫りになり、昼間の教室の風景とは言い難い。

「すまない、オレのせいだよな……」

大きな声の先生が、珍しく小さな声で力なく話す様子に、同情が押し寄せてくる。

「みんなを呼びに行こうよ!」

陽架の提案に、先生の表情が明るくなった。陽架は、一人一人の顔を見て、賛成か否かを確認していく。瑞葉さんも大きく頷き、賛成をしてくれている。もちろん、俺も賛成だ。里彩先輩も、ため息を吐きながら賛成をしてくれた。それから俺達は、2-Aのメンバーを探し始めた。始めは順調に進んだ。クラスに戻りたいと思っていた生徒も多かったことで、快諾とまではいかずとも、頷いてくれる人が大半だったのだ。そして、残りは1人。自室に居なかったから、広い校内を探して歩いていると、校舎の影に男子生徒4人が居るのが見えた。一人は座り込んでいて、他の三人がその周りを囲んでおり、明らかに様子がおかしかった。

「お前ら、何してるんだ!」

先生が、男子生徒の中に入っていく。座り込んでいる男子生徒の顔を覗いた先生の動きがあからさまに止まった。

「お前は、この間の……」

「先生……。もう、ほっといてくれって言ったじゃないかよ」

どうやら、その男子生徒は以前も助けようとした生徒だったようだ。

駄目だ、このままじゃ!走り出そうとした途端、陽架が俺の服を掴み、制止した。何でだよ、何で止めるんだよ。このままじゃ先生が、抗議しようとして陽架を振り向いた。陽架のもどかしさが滲んだ表情に、頭が冷静になっていく。

「大丈夫だよ、青嗣。先生ならきっと大丈夫」

陽架の言葉にそっと頷き、先生の行動を見守る。

「すまなかった」

驚いた。先生は、深々と男子生徒に謝罪をしていた。今までの先生からすれば考えられない行動であっただろう。その場に居る誰もが、驚きの表情を隠すことなく、先生を見つめていた。

「すまなかった。オレは、自分の正しさだけに突き動かされ、お前に自分が良しとする方法を押し付けた。これは、お前の声を聴くことを怠った、俺の怠惰さの不始末だ」

この時、俺は、人間の姿を見たんだ。失敗を繰り返しながらも学習し、成長し続ける姿を。その人間らしさは、人によっては、泥臭くて、滑稽に見えてしまうだろう。でも、俺にはとても眩しく見えたんだ。進化し続ける人間の生き方は、こう在るべきなのだろうと感じた。

「おい!ごちゃごちゃ、うるせぇな!用が済んだなら、さっさとどきやがれ!!」

水を差すような怒鳴り声が、耳をつんざく。うるせぇ……。そいつらへの嫌悪感から、鋭い視線を送る。俺が、一言くらい言ってやる。そう思い、口を開こうとすると先生の声が、俺の言葉を遮った。

「煩いのは、お前たちだ!」

態度の悪い奴らを、今までの先生から出た表情だとは信じられない剣幕で怒鳴りつけた。その剣幕にビビったのか、そそくさとその場から逃げていった。けっ、小心者め。先生は、再び男子生徒に向き直ると、唐突に問いを投げかけた。

「お前はどうしたい」

「は?」

「佐藤、お前が望むならオレはお前を全力で助け、お前の辿り着きたい場所に辿り着くようにサポートすると約束する。だが、お前が現状のままで良いと言うのなら手も口も出さない」

「先生、僕の名前、覚えて……」

「当たり前だろう。自分のクラスの生徒の名前を覚えていない教師が、どこにいるんだよ。そんな奴は、教師失格だな!」

豪快に笑う先生にとって、それは当たり前なのだろうか?という疑問が湧く。確か、先生は生徒の顔と名前を正確に覚えていたはず。普段の先生の言動から、それは分かるはずだ。生徒の名前と顔を正確に覚えている教師が、何人いるのだろうか?

「そこでオレは、お前に問う。お前はどうしたい?お前の辿り着きたい場所はどこだ?」

「……僕は、強くなりたい!あんな奴らに負けないようになりたい!!」

「分かった。その言葉を忘れるなよ?お前が、その言葉を胸に刻んでいる限り、オレは全力で共に走り続けてやる!教師ってのは、お前たち生徒の辿り着きたい姿まで、送り届けることが仕事なんだからな」

「はい!」

男子生徒の表情からは、翳りが消え、明るくなっていた。その男子生徒が、共に教室に戻ると言ってくれた。俺は、茨城先生に出会えたことを本当に幸運だと感じたよ。


クラス全員を集めることができたのは、夕方になってからだった。赤く染まった教室は、クラスのギクシャクとした雰囲気を表しているようだった。居心地の悪い沈黙が永遠のように感じる。普段、会話をするような間柄の人たちでさえ、互いの顔を一瞬見るのみで、気まずさが強いのだろう。この空気感の中で、大丈夫なのだろうか……。教壇に立った先生が、口を開く。

「みんな、すまなかった」

クラス全員の視線が、先生に向く。

「オレは、自分の事ばかりで、お前たちの本当の姿を見ようとしていなかった。一人で突っ走って、お前たちに沢山迷惑をかけてしまった。こんな俺は、教師失格だと言わざるを得ないだろう……。オレは、責任をとって教師を辞めようと考えている。だから、この謝罪だけはお前たちに受け取ってもらいたい」

そう言った後、先生は深々と頭を下げた。なんだよそれ、何が責任を取るんだよ。そんなの逃げてるだけじゃないのかよ!

「アタシたち、先生に辞めてほしいなんて一言も言ってないじゃないですか!」

陽架が、先生に思いをぶつけた。

「陽架ちゃんの言う通りです。わたし達は、誰も先生が居た事に嫌悪していませんよ」

瑞葉さんも陽架に続く。

「責任を持って、最後まで面倒を見てください。それが一番の責任の取り方だと私は思いますが?」

感情論の2人の意見を、里彩先輩が客観的に支える。

「そうだよ!勝手に謝って、勝手に辞めちゃうなんて、これこそ自分勝手じゃん!アタシたちの気持ち聞いてないのに、分かるわけないよ!!」

陽架達の言葉に、クラスの雰囲気が一体化したのを感じる。このクラスの生徒は、今、誰もが先生の居場所になろうとしている。先生は、それを感じ取ったようで、柄にもなく泣きながら感謝を伝えていた。

「ありがとう、ありがとうな。こんな未熟な教師で申し訳ないが、ありがとう」

先生、これこそが先生が築き上げた信頼なんじゃないか。この絆は、生半可な努力じゃ築けないし、きっと簡単には壊れないさ。

  

 四月の下旬とはいえ、春を感じさせる温かい日差しに欠伸が出そうになる。桜の花びらはほとんど散ってしまっているが、代わりに青々とした新緑が視界を埋める。この数週間で、一年分の問題を解決したような気になる。それぐらい大変だったんだ。本当に。悪魔に取りつかれた先生の件も、解任の事も、陽架のクラスや陸上部の問題も解決し、ようやく待ちに待った日常が帰ってきた。俺達は、非日常になる前と同じように4人で揃って登校をしている最中だ。

「何だか、桜を楽しむ余裕もなかったよね~」

陽架が散った桜を見つめながら、少し寂し気な表情で呟く。

「そうだね、去年も一昨年も、みんなでお花見してたけど、今年は忙しかったものね」

「桜は来年も咲くんだから、今年くらいは別に良いんじゃないの?」

「そうだけど!!みんなで集まって遊びたいの!!!」

里彩先輩と陽架が、いつも通りに言い合いを始め、それを笑顔で見ている瑞葉さんも変わらない。いつもの光景に、大きく深呼吸をした。肺に新鮮な空気が入り込み、安心感が身体を満たす。そうこうしている内に、高等部の昇降口前に辿り着く。すると、聴くだけで元気が出るような大きく溌剌とした声が響く。

「青嗣、妻夫木、十神、雪平、おはよう!!今日も一日頑張ろうな!!!」

「うっす。おはようございます。今日もよろしくお願いします」

「先生〜。おはようございます!!」

「おはようございます~」

「おはようございます」

各々が先生に挨拶を返し、通り過ぎる。そして、挨拶を返す声は前のように俺達だけではなく、様々な場所から返ってきていた。その事実に、胸の真ん中が温かくなったような気がした。

放課後、部活に行くと、先生が準備をしていた。それだけならいつもと同じだが、今日は何人もの生徒が手伝っていた。

先生がいない練習は、なんだか物足りなくて、あの暑苦しいくらいの熱量を懐かしんだ。

みんな、そうなのだろう。いつのまにか、先生の熱を欲していたんだ。

担任をもつ生徒との仲も良くなったと陽架が言っていた。生徒の中で人気が上がったからか、同僚の先生からも以前はただうるさいだけの先生みたいに見られていたが、あの熱意も生徒への接し方の一つだと理解されたらしい。

悪魔に乗り移られていた時は、もうダメだと思ったけど、先生の根が素直だからか、悪魔の所業も可愛いものだったと思う。

このまま、悪魔達も大人しく封印され直させてくれればな…。

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