第2話 4章〜決戦 青嗣VS茨城〜
歩き出したは良いものも、どこに向かえば良いのか分からない。周りも鏡ばかりで、後退しているのか前進しているのかも分からなくなってきた。
「おーい。茨城せんせー!いるか?」
取り敢えず、声をかけてみるが、言わずもがな返事がない。
また歩き出して、しばらくすると、突然開けた空間に出た。周りに何かないか手を回すが、何もかすらない。
「ブロロロロロ!」
突然、後方でエンジン音がした。しかも、後ろから強い光で体を照らされた。嫌な予感がして、すぐに後ろを振り返る。
すると、真っ赤なスポーツカーが真っ直ぐこちらに向かってきた。
「待って。その場を動かないで!ここは通常の空間じゃない」
急いで叫んだが、3人からの返事はない。どうやら遅かったようだ。当然、トランシーバーも通じなかった。進みながら、考えようと、足を踏み出す。
すると、突然歩いていた床がなくなって、体が下へ吸い込まれた。何か掴もうとするが、鏡ばかりで掴むものがなく、あえなく落ちてしまった。
しかし、深さはあまりなかった。落ちてすぐに、何かに座ったからだ。薄暗くてよく見えないが、これは、ジェットコースター…か。どういうことだ。しかも、いつのまにか、コの字型の安全バーが下がっていた。そして、目の前には画面が現れた。
そこには、こう書かれていた。
「ごきげんよう。十神。
お前には、シューティングゲームをやってもらう。的がこれから3つ出てくる。お前がこれを全て射抜ければ、お前の勝ちだ。外に返してやる」
右の席を見ると、シューティングに使うのであろう、おもちゃの銃が置いてあった。
「これを使えばいいのか。しかも、成功すれば外に出すと…」
ここは、先生いや悪魔の空間か。なぜ、ゲームを仕掛けてくるんだ。すぐに、何かすれば早いのに。遊んでいるのか、それとも、何か条件があるのか。
とりあえず今は、ゲームに集中するか。
ジェットコースターが、動き出し、徐々に坂を登っていく。坂の頂上は、かなりの高さがあり、そこから一気に下降する形になっていた。的は、今のところ見えないが、降りる途中から始まっているのかもしれない。
「ガタゴト、ガタゴト」
いよいよ、坂を登り始めた。銃を握って周囲に気を配る。すると、一つ目であろう的が、下りのレーンの一番下に取り付けてあった。あれなら、落ちてる時に狙えるかもしれない。
銃を構えて、ジェットコースターが落ちるのを待つ。
ガタゴト、ガタゴトとゆっくりと降っていき、一気に落ちた。風圧に押されながらも、的から目を離さず、ぎりぎりまで狙いを定め、一番近い地点で打った。そのとき…。
「ピコーン!!」
大きな音が鳴り、紙吹雪が舞う。どうやら、当たったようだ。案外かわいい音だな。
的は、あと2つだが、流れに乗ったジェットコースターは速く、クネクネとしたカーブが幾つもあり、中々次の的が分からない。
しかし、左に大きく回った次のレーンには、左右に大量の的が現れた。これは、本物を探せという事だろう。的は、それぞれ微妙に絵柄が違っていた。
最初に抜いた的は、真ん中が赤丸で、外側に向かって二重の赤い輪が等間隔に書かれていた。
並ぶ的を見ると、青色だったり、間隔が狭かったり、様々だ。いや、バラバラに置いてるわけじゃない。間隔がが狭まったら、次は広がった的が必ずきており.規則性がある。そうであれば、色は、青、緑、黄、赤、紫の順で並んでおり、間隔も真ん中の丸から一番初めの外側の輪との間隔が狭く次に広くなっており、外側も同様だ。
この規則性を考えれば、正解の的は、これだ!
どんどんと的が間近に迫り、パチンコの紐を引く時間も惜しい。だが、できる限り目一杯引いて、狙いを定め、打った!
「ドーン!」
球は的の外側ぎりぎりを打ち抜いた。ひやりとしたが、的に当てるという条件には合っているだろう。それにゆっくりしている暇はない。レーンは残り少なく、すぐに次の的がくるだろう。
しかし、次のレーンは全て見えるが、肝心の的が見当たらない。
どこにあるんだ。特徴的なものといえば、すぐ目の前にある360度回転のレーンくらいだ。
前2つから難易度が高くなってきている事は分かる。意外な場所に隠したのだろう。
意外な場所…。一回転させる目の前のレーン…。
そうか。ジェットコースターの中だ!
一回転すれば、車両の一部が見える。
急いで、パチンコを上に向けた状態で構える。構えてすぐ、レーン内に入り始めた。
ジェットコースターが一番上を回り始めた時、スピードがゆっくりになるだろうから、そこが狙い目だ。
そんなことを考えていると、もう一番上まで来ていた。そして、ジェットコースターの一番後ろの席に的があった。
あれだ。もう時間がない。素早く紐を引っ張り、玉を弾き出す。
「カーン!」
しまった。外した。いや、まだ、間に合う。
後ろ向きに体を捻って玉を打ち出す。こちらの方が通常の状態と近く、打ちやすい。
「ドーン!」
当たった。しかも、的の真ん中。
…そう、私は気を抜いてしまった。
「ブッブー!!!」
警告音のような音がなり、私の体は席から離れ、下に落ちていった。
何故だ。
もう一度撃ち抜いた的を見る。そこで、気づいた。的の真ん中が、丸型ではなく、星型であること。
本物の的が私の席のすぐ後ろにあったことを。
しまったと思ったが、もうすでに手元にパチンコはない。遊園地が周りに広がっていたのに、外側から暗闇に包まれていく。下は真っ暗闇だ。
最後に打ち抜けなかった的に手を伸ばすが、暗闇がすぐに全てを包み込んだ。
あとは、落ちる感覚だけが残った。
みんなの声が聞こえなくなってしまってから、不安で胸の音が鳴り響いているように感じる。何度も、何度も、繰り返し名前を呼び続けても、みんなの声は返ってこない。世界に一人だけ取り残されてしまっているような、孤独を思わせるような……。引き返して、今すぐにでも、みんなに会いたい。そう思い、後ろを振り返るも、この道を歩いてきたとは思えないほど真っ暗だった。道があったとは、とても信じられなかった。ため息を零し、諦めてもう一度前を向く。すると、振り返る前は気付かなかったけれど、両開きの扉があった。出口かもしれないと淡い期待を抱いて、片側の扉の取っ手を両手で握って体重をかける。扉がゆっくりと開き、そっと中に入る。部屋の中は、広く30人ほどの人数なら、簡単に入ってしまいそう。そして、部屋の奥には2つ扉がある。デザインは同じだけれど色の違う扉になっている。出口ではなかったことに、落胆している私がいることを感じる。期待をしていた自分の愚かしさと落胆を感じてしまっていることによる罪悪感を振り払うように、歩みを進める。2つの扉の前まで進むと、背後で嫌な音を立てて入ってきた扉が閉まった。すると、どこからともなく茨城先生の声が響いた。
「ようこそ、雪平。お前にもスペシャルなゲームを用意してやったぞ。」
「ゲームですか?」
「ああ、ゲームはゲームでも、脱出ゲームだ。制限時間は30分、制限時間以内に3つのミッションをクリアし、ゴールまで辿り着けばお前の勝ちだ。では、良い旅を!」
そう告げると、茨城先生の声は聞こえなくなってしまった。その代わりに、目の前にあった2つの扉の間に文章が浮かび上がり、2つの扉にも『A』と『B』というアルファベットが描かれた。これが、先生の言っていたミッションというものなのかもしれない。
『ミッションⅠ 偉いのはどっち?』
不思議な質問だなぁ。偉いという基準が、よく分からない。抽象的な概念のように感じてしまうからこそ、なかなかに難しいよ。価値観を定めてしまう前に、選択肢を見ないといけないよね。そう思い、続きの文章を読む。
『A.働き者 B. 怠け者』
やっぱり、不思議な質問……。でも、簡単な質問で良かった。迷うことなくAの扉を選び、扉の中へと入った。入った途端、不正解を告げるブザーが鳴り響き、わたしを嘲笑うかのように『不正解』という声が響いた。嘘でしょう……。どうしよう、間違えてしまった。何が起きるのか分からない不安に、身体が思うように動かない。すると、空間が歪みはじめ、平衡感覚が言う事をきかなくなる。気持ち悪さから目を閉じ、しばらくしたらもう一度目を開き、周りを見てみる。そこは、不思議な空間が広がっていた。どちらが上で下なのか、右か左なのかも定かではないような。信じられるものが、信じてきたものが、何一つ残っていないような空間だった。とても現実の光景だとは信じられない、大小様々な階段や足場で造られた迷路のようだった。これが、先生の言っていたゲームの舞台なのかしら?もしそうであれば、みんなも変なゲームに巻き込まれてしまっているかもしれない。そう思うと、居ても立ってもいられなくなってしまう。
「陽架ちゃん!里彩ちゃん!どこにいるの!!」
聞こえていないかもしれない、届くことはないかもしれない。そう感じていても声を掛けずにはいられない。もしかしたら、そんな淡い期待を信じることを諦められず、呼びかける。それから、どれほどの時間が過ぎたのか分からないくらい、みんなを探し続けた。けれども、どれほど進んでも抜け出すことはおろか、誰一人出会うことができない。心細さや不安から、しゃがみ込み膝を抱えてしまった。その場から動けずにいると、突然大きな音が鳴り響き、この苦しい時間に終わりを告げた。
「脱出失敗!おいおい、雪平。1問も解けないなんて情けないにも程があるぞ?」
茨城先生の声が聞こえ、下を向いていた顔を無意識に上げる。本当は、何もかも悪い冗談で、元に戻してくれるのかもしれない。みんなを助けてくれるかも、そう信じて先生に助けを求める。
「はぁ、お前には本当に失望したな。ゲームをクリアするどころか、仲間ばかり探して終わらせる気がない。おまけに敵であるオレに命乞いとは……期待外れもいいところだ」
先生の声音から、怒っていることが分かり身体が硬直する。どうしよう、怒らせてしまった。その事実に、自然と俯いてしまう。俯き、動けなくなってしまっていると、唐突な浮遊感に襲われた。視界は、暗黒色に染まり、上を向けば光は遠ざかっていく。床が消え、落ちている事を、ようやく自覚する。恐れからなのか、諦めからなのか、自身の抱いている感情すら分からず、ただ目を閉じて、迫りくる終点を待つしかなかった。
「やあ、妻夫木。ご機嫌いかがかな?迷っているようだから、導いてやろう。前を見て、まっすぐ進め。いいか?まっすぐだぞ。見えた扉に入ればいい」
先生の声が急に聞こえ、言われた通りに前を見ると、さっきまでは無かったはずの扉が見えた。危険かもなんて考えはなく、ただただ扉に向かって走り出した。どんな場所だったとしても、こんな暗くて怖い場所よりはマシなはず!扉を勢いよく開けると、その空間の明るさに目を瞑る。しばらくすると、目が慣れてきてやっと空間を見ることができた。
「な、なにこれ⁉」
そこにあったのは、巨大なメリーゴーランドだった。でも変なの、メリーゴーランドには普通、馬の乗り物がたくさんあるはずなのにロバが一頭しかいない……。不思議な場所に、怖さよりも好奇心が勝ってしまった。メリーゴーランドの上に乗ると、地面が大きく揺れた。凄い揺れに、立ってられない!思わず、その場に座り込む。すると、柵のようなものがメリーゴーランドの周りを囲み、巨大な檻みたいになっちゃった!メリーゴーランドから降りられなくなってしまい、乗った事を凄く後悔する。里彩に見られてたら、絶対怒られるやつだよ!
「お前は本っ当に素直で助かるよ!オレの用意したゲームを是非とも楽しんでくれよ!!」
また先生の声が聞こえてきた!あたしって素直なのかな?これって誉め言葉だよね!それを最後に、先生の声は聞こえなくなっちゃった。どうしたら良いか分からなくて、周りを見ていると、急に大きな音を立ててメリーゴーランドが動き出した。倒れ込まないように、お腹と足に力を入れて踏ん張る。何とか転ばずにいると、目の前に文字が出てきた。
『ピエロの鼻を取ろう!
20分以内にピエロの鼻を取れたらお前の勝ち!』
子どもが書いたような文に、ピエロなんていないし、と頭の中がクエスチョンマークで埋まる。すると、さっきロバがいた方から不気味な笑い声が聞こえ、振り返るとメチャクチャ凶悪な顔をしたピエロがいた。怖い!!!!!メリーゴーランドが動いているせいで、どんどんピエロの元まで進んでいく。逃げないと!そう思って、走り出す。体力には自信があるけど、怖さから力の加減ができない。ただただ、走る。力の限りに走る。走り出して、頭の中に、みんなの顔が浮かんできた。きっと、みんながこの場に居たら、あたしの事を全力で応援してくれるはずだもん!頑張らなきゃ!!そう決心すると、走る足を止め、振り返る。ロバに乗るピエロの顔に、決心が揺らぎそうになる。それでも両足に力を入れて、踏ん張る。そして、ピエロの鼻を取るために、標的に向かって全力で走り、全力で手を伸ばした。そして、華麗に避けられた。あと一歩というところで、躱されちゃった。どうしようと考える暇もなく、強い衝撃に背中を押される。痛みで、一瞬呼吸が止まる。そのまま吹き飛ばされて、落下地点にある穴に、真っ逆さま。数十分に感じたこの出来事は、1分も掛からないものだったことを、あたしは後から知るのだった。
「うぅ。ここは…。陽架と瑞葉は?」
落ちた時に頭を打ったみたいで、少しクラクラする。辺りを見回すと、一つ、大きなモニターだけが部屋で光っていた。
モニターの中には、瑞葉の姿があった。
「これは、今の状況か」
瑞葉は、キョロキョロとして落ち着かなさそうにしている。
「瑞葉―!」
試しに瑞葉を呼んでみたが、やはり聞こえないらしい。
少しすると、瑞葉の前にクイズが出題された。難易度としてはそんなに難しくはない。
瑞葉なら分かるはずだ。
しかし、瑞葉は不正解の扉を開けた。
いや、しかし、まだ2問あるしな。
『陽架ちゃん!里彩ちゃん!どこにいるの!!』
いや、まだ1問目って瑞葉、どこに行くんだ!
瑞葉は、完全に状況に飲まれていて、膝も抱えて座り込んでしまった。
それから、しばらくして、天井の扉が開き、上から瑞葉が落ちてきた。
「いてっ」
瑞葉は、尻餅をついた。
そして、すぐ周りを見回した。
「里彩ちゃん!良かった。心細かったよ」
瑞葉は、里彩を見つけると、涙目になりながら抱きついた。
「瑞葉。結果はさんざんだったが、起きてしまった事はしょうがない。後は、陽架…と青嗣か」
ゲームアウトしてから、すぐに落ちたが、落ちるまでの時間は数秒だった。これは、やはり空間が繋がっているのだろうか。
抱きついて居る瑞葉をそのままに、状況を頭の中で整理する。その時、目の前のテレビがまた動きだし、何かを映し出した。
「陽架ちゃん!!」
瑞葉が叫び声をあげて、テレビにかじりつく。どうやら陽架は、長らく迷っていたようで、先生がしびれを切らしていた。私が、20分ほどで、ゲームオーバーしたから、陽架は20分以上も迷っているのか。いくらなんでも迷い過ぎだろう。
まあ、でも陽架が戦っている様子を見られれば、先生への対処法も考えられるかもしれない。とりあえず、ゲームに集中しよう。
ゲームは、ピエロの鼻をとれば勝ちというシンプルなゲームだった。陽架は運動神経もいいし、いいゲームになるかもしれない。
しかし、それは間違いであったとすぐに気づかされることになった。
馬鹿にも正面から突っ込んだ陽架は、ロバに足蹴にされ、穴へと落とされた。始まってから、1分もたたないうちに終了してしまった。
あまりの早さに、私も瑞葉もすこし茫然となった。テレビに映る先生も予想外の早さに驚いているようだ。しかも、少し頭を振って、すぐに去ってしまった。
そして、天井に穴が開き、陽架が落ちて来た。陽架のこういう所は、幾度となく見てきたが、今回は少しイラッとしてしまう自分がいた。いや、落ち着け、自分。
これが、陽架なんだ。
よし、取り敢えず、後は青嗣しかしないという状況になってしまった。
青嗣は正直、他の二人よりも断然、信頼できる。もう、最初からすべては青嗣に懸かっていたといっても過言ではなかったかもしれない。
そう考えていると、すぐに目の前のモニターにまた光がついた。次は、青嗣だ。
「ここは…。陽架たちはどうなったんだ」
落ちる感覚がしてから、すぐに気を失ってどれくらい経ったのだろうか。
周りを見回してみるが、陽架や里彩先輩、瑞葉先輩の姿は見当たらない。仕方がないので、探しながら今後の事を考えようと歩き始めた。
周りが真っ暗でよく前が見えないが、歩いている地面は、アスファルトのようで、ミラーハウスの地面とは違っていた。
一体どこなんだ。
「おっ!おっっと!」
地面にいきなり、段差が出現し、危うく転けそうになった。目の前に物があったら、手をつく事で、防げた。
「物?これは…車か」
目の前に現れたのは、車だった。しかし、普通の車じゃなく、レーシングカートだった。
カートの中を覗くと、紙があった。
「なになに…。このゴーカートで3回戦のうち2回勝利すれば、俺の勝ちになる」
おかしい。ミラーハウスに入ったはずなのに、なぜゴーカートでレースなんだ?
すると、目の前に突然、別のゴーカートに乗った人物が現れた。
人というには、小さく童話の小人のような見た目で、身長が小さく、耳が大きい、今まで見たことがない生き物だった。
「ふふふ。突然の事で驚いたと思うが、お前はもうあの方の術中だ。ここから出たくば、私との勝負に勝つしかない。」
「なんで、勝負するんだ?先生は、なんで俺たちをここに閉じ込めたんだ」
「ふふふ。お前たちは、あの方の栄養になる事が決定したんだ」
先生は、やっぱり悪魔っていうやつに乗っ取られてるのか。里彩先輩が言うには、力が弱っているらしいから、俺たちがその栄養ってことか。
里彩先輩たちがどうなったのか、分からないが、負けるわけにはいかない。
「まあ、さっそく勝負しようぜ」
先生の手先という小人が、そう言いながら、ヘルメットを投げてきた。
小人は、ゴーカートに乗り込み、俺も乗り込んでみると、ハンドル前にゴーカートの動かし方という説明書きがあった。
仕組みは単純で、エンジンキーを回すだけで動くらしい。ゴーカートは、遊園地でしか遊んだ事がないが、とにかくやるしかないか。
そして、目の前には、いつの間にかレースのスタート地点を示すスタートラインが引かれていて、悪魔と一緒にそこに並ぶ。
「青嗣〜」
自分の名前が呼ばれ、前を向くと、先生が浮いていた。しかもなんだか顔がニヤついている。楽しいのか。
「青嗣。残ってるのはお前で最後だ。他の3人はもうゲームオーバーしちまったからな」
「先生、陽架たちは無事なんですか」
「ああ、今はな。だが、お前が負ければ、お前たち全員、俺の栄養になるだけだ」
「栄養…。それは、先生じゃなくて、悪魔のじゃないんですか」
「十神から聞いたか。ああ、確かに、俺の中には悪魔がいる。だが、同じ目標を持ったパートナーみたいな存在だよ。利害は一致している」
「利害ってなんですか?」
「それは…。まあ、お前が勝てたら教えてやるよ」
先生は、そう言うと、黒白のチェック模様の旗を取り出した。
「さあ、時間も惜しいし、スタートだ」
「いくぞ、3.2.1…………ゴー!」
合図とともに、一斉にスタートする。
ただ、一つ想定外があった。スタートした直後、真っ直ぐだった道に上から巨大なL字型や真四角の箱が降ってきた。しかも、もの凄い速さで。
「危ない!」
箱を回避しようとハンドルを切る。上からくる障害物を全力で避ける。
上からものが降ってくる現場は、数分くらいで終わったが、避けるのに必死で今どこにいるのか分からなくなってしまった。
しかも、降ってきた箱は、ただの箱ではなかった。
あれによって、巨大な迷路が出来上がっていた。
「まいった。これじゃ、時間がかかる。上は…」
迷路の壁は、3人で肩車しても届かなそうなくらい高かった。
「無理だな」
取り敢えず、道は二手に分かれている事が多いから、一個ずつ潰していくしかないか。
そして、1個、2個と迷路の道を進んでいた時…。
「パンパカパカパーン」
「最初の勝者は、小人くん!!青嗣は、苦戦してたみたいだな」
いや、早すぎるだろ!
まだ、数十分しか経ってないぞ。
障害物が落ちてくる時に、ゴール近くまで移動したのか。いや、スタート地点からゴールは見えなかったし。どうやったんだ。
考え込んでいるうちに、障害物と車が浮いた。障害物は上に戻り、どうやら俺はスタート地点に戻されるらしい。
「いやー。青嗣. …。全然惜しくなかったな。かすりもしなかったよ」
スタート地点に戻ると、先生は何がおかしいのか、大笑いしながら挑発してきた。キャラ変わってないか。
「青嗣は、次で終わりかもな〜。さっさと終わらせるか。じゃあ、また、よーい...スタート!」
「里彩!青嗣負けちゃうかも」
陽架が耳元で叫ぶ。
「いや、負けさせないよ。さっきのレースを見てたけど、悪魔は時折、目をつぶって考えているような素振りをしていた。
でも、あれは、怠惰の能力「予知」だと思う」
それを聞いた瑞葉がいう。
「あっ、私もその場面見た。でも、青嗣君が何か壁に当たった音にびっくりして、またやり直してた時があったよ」
「そう、悪魔の予知は、1つだけしか出来ないみたいなんだ。恐らく、先生の霊力が弱いからなんだと思う。お爺さんから貰った古文書に霊力の差で能力の力が変わるって書いてあった」
「じゃあ、里彩と瑞葉と私で悪魔の注意を逸らせば、上手くいくかもしれない」
「うん、そのためにはまずここを出ないと」
そう陽架に言い、方法を考えていると、陽架は、モニターを担ぎ…壁に投げつけた。
「は、は、陽架ちゃん!」
瑞葉が悲鳴を上げた。私も驚いたが、他に今は出来る事がないだろう。そう考え、私も近くにあったテレビモニターを陽架が投げた壁に叩きつけた。
「り、り、里彩ちゃんも!」
陽架が瑞葉を振り返る。
「瑞葉も投げつけて!青嗣がピンチなんだから」
その声を受けて、瑞葉もテレビモニターを壁に打ち付ける。
何度も壁に打ちつけていると、すぐに割れ目が出来た。
「あっ!割れ目だ。もうちょっとだよ」
陽架がそう言い、残りのテレビを投げつけると、壁がポロポロ崩れ、人が通れそうな穴が空いた。
「やった!早く行こう!」
陽架は、勢いよく飛び出した。
「あっ。見て!また壁が降ってきてる」
陽架が指差す方向を見ると、ちょうど、壁が落ち始め、レース序盤の所だった。
「まず、悪魔を見つけよう」
あの悪魔が予知するのを防げば、あいつの優位を崩せるはずだ。
「あっ!里彩ちゃん、あそこにいるよ」
見ると、悪魔は私たちと意外と近い所にいて、壁で姿が見えなくなるまで、少しの時間しかない。
壁が完全に降り切ったら、また見失ってしまう。
「陽架、瑞葉。何でもいいから、あいつを止めといて!」
「えっ!里彩ちゃん。そんな無理な…って、陽架ちゃん!」
「分かった!!」
「えー。どうするの〜!」
陽架たちが走り出したのと同時に、私も走り出す。
「ちょっと、そこの悪魔!止まれ〜!」
陽架は、悪魔の前に飛び出した。
「うわっ!誰だ!」
「陽架だ!とにかく、青嗣の邪魔はさせない」
「いや、邪魔してるのは、お前だよ。どけどけ。轢かれたいのか」
「むっ。お前が予知して、道を知ってるのは、分かってるの。ずるいでしょ。それ!」
「ずるくても、勝てりゃ良いんだよ。いいから、退け!」
「うわっ!」
陽架が悪魔を止まらせたのは、少しだったが、したいことは、出来た。
「里彩ちゃん。もしかして、あの部屋のコードを悪魔の車に結んだの?」
「うん。」
ガンガン!ドンドンドン!
あの部屋から物凄い音が聞こえた。少しは足止めできそうだ。
「なんだ!カートが進まない!」
「よし。陽架、青嗣がゴールまで行けるようにサポートして。瑞葉は私と一緒に悪魔の邪魔をするよ」
「わかった!!」
「うん!」
青嗣を陽架に任せ、私は悪魔がいるカートに追いつき、悪魔に飛びかかった。
「うわ!何するんだ!」
「何じゃない!こっちだって手段は選んでられない。瑞葉!車、後ろに引っ張って!」
「え!わ、分かった」
瑞葉だと、引っ張れるかは微妙だが、無いよりはましだ。
「お前!離しやがれ」
悪魔は暴れ続けたが、しばき倒すしかない。
その時、パンパパーンと音が鳴った。
青嗣が無事ゴールした。
息が上がり、手足が震える。勝負による緊張感に晒されていた身体は、思っていた以上に力が入っていたようだ。その緊張から解き放たれた今も、興奮冷めやらぬ。陸上のように、実際に自分の身体を動かして、戦ったわけでもないのにな。勝負に負けた小人は、小さな身体が塵のように消え去った。憎らしい奴だったが、目の前で消えてしまうと同情してしまう。息を整えながら、小人の消え去った場所を見つめていると、空間に不気味な亀裂が生まれた。不気味な光景に、全身に緊張が走り、身構える。亀裂の中から現れたのは、茨城先生だった。
「おい、青嗣。次はオレが相手だ。3回戦なんてちまちました事は言わねぇ。男の勝負と言ったら、一発勝負だよな」
茨城先生と、勝負……?なんだか不思議な感覚だった。いつもの先生に勝負を挑まれたら、勝てる自信は半々といったところだろうが、今の先生には負ける気がしなかった。いつもよりも、恐ろしい恰好や顔のはずだが、悪魔の力で人間には絶対に出せないような力が出るはずだが、‘‘勝てない‘‘とは思えなかった。
「どうした、青嗣。怖気づいて、声も出ないか?」
「いや、お前の小者感に驚いてただけだ」
「ふん、そう言っていられるのも今だけだ」
空間の揺れが収まり、辺りを見回すとカーレース用のサーキットが用意されていた。さっきのコースよりも、なんか立派な気がする……。
「さあ、乗れ青嗣!楽しい、楽しい勝負といこうじゃないか!!」
こいつとは、話す相手もしたくない。会話を避けるように、急いでレーシングカーに乗り込み、スタートの合図を待つ。すると、鼓膜を破るのではないかというくらい、大きなブザー音が鳴り響き、音と同時にアクセルを踏み込む。ちくしょう、障害物が邪魔で、みるみるうちに茨城先生との距離は開いていく。スタートした時点では、差は全くなかったはずなのに、今では茨城先生の車体が豆粒ぐらいに見えている。こんなインチキなレースで負けるわけにはいかねぇ。だが、どうしたらいいんだ?障害物は俺が進む事を遮るように
目の前に突然現れる。障害物を避けることに精一杯の俺が、どうやって茨城先生に追い付けるというんだ。そんな事を考えていたら、ますます距離が開いてしまっていた。どうしたら、どうすればいいんだよ!!心の中で現状の理不尽さを叫ぶ。らしくもなく、半分諦めていたら遠くに見える茨城先生の車体が、急激に減速し始めた。まるで何かに邪魔されて、思うように操作できないような……。陽架だ!直感的に分かった。陽架が諦めずに立ち向かっているのに、俺は何を諦めようとしていたのか。俺達の未来を取り戻すために立ち向かっているんだ。そう改めて心に刻む。ここで諦めるなんて後味の悪い試合があってたまるもんか。茨城先生の減速と同時に、進行を邪魔していた障害物は全く現れなくなった。今のうちだ!勝機を見つけ、それを奪い取るように思い切りアクセルを踏み込み、スピードを上げる。そのまま、茨城先生の車体を抜き去る。抜き去る間際、先生の顔を見る気にもならなかった。そのままゴールを目指し、このバカげた勝負を終わらせた。……こんなにも、つまらない勝負はこの一戦だけだろうな。車を降り、勝利の味を噛みしめることもなく、ただ終わったことに安堵し、ただただ地面を見つめる。すると背後から先生の声が聞こえた。
「ふ、ふざけるな!!オレが負けるわけが、負けるわけがないだろう!!!」
そう怒鳴ると先生は目を閉じて、何かを唱え始めた。先生の周りにエネルギーが集中するのが分かる。風圧に体を持って行かれないように、必死に足元に力を込める。すると、空間が揺れ始め、捻じれていく。突如、ガラスが盛大に割れたような音が響き渡り、次いで鈍い衝突音も聞こえた。音の方を見ると、陽架、里彩先輩、瑞葉さんの3人が地面に倒れ込んでいた。
「陽架!俺に掴まれ!!」
頭で考えるよりも速くに動き出した身体に、選択を委ね、陽架へと手を伸ばす。俺の声に反応した陽架は、真っ直ぐに俺を見つめ、俺の手を固く握った。
「悪魔の力で幾つもの空間を保つことができなくなったって事は、そろそろガス欠かな?」
里彩の挑発に、先生は鼻で笑う。
「黙れ、よく舌の回る小娘風情が!」
違う、あれは先生じゃない。先生の形をしたナニカに心が冷めていくのを感じる。
「黙れよ」
「何だと?小僧」
「その姿で、その顔で話すな。お前は茨城先生なんかじゃねぇ。さっさとその身体から出ていきやがれ!!」
堪忍袋の緒が切れるというのはこういう感じなのか。苛立ちを隠すことも無く、思いのままを叫ぶ。出てけ、出てけ、出て行けよ!俺は、悪魔だけじゃない、茨城先生にも腹が立っているんだ。イライラする、こんな奴に負けてしまう先生にも。
「先生。俺は、先生を尊敬してたよ。
他の人たちは、先生をただの暑苦しい人みたいに言うけど、俺は先生がただ熱いだけじゃなくて、みんなのために、熱くなれる人だって思ってるから、そこを尊敬してた。
でも、今の先生は、悪魔なんかに乗っ取られて、みんなを傷つけて、そんな情けない先生は俺が好きな先生じゃない。そんな悪魔に乗っ取られやがって。先生お得意の気合でどうにかならなかったのかよ。
先生、早く目を覚ませよ!!!!」
「ふふふ。お前、バカだな。そんな気合や熱意?見たいので、俺がどうにか出来るわけがないだろうが」
コポコポコポ…。
「うん?まさか!」
悪魔の驚いた声に俯いてしまった顔を上げる。
すると、悪魔の右顔が、水が沸騰するようにコポコポコポと音を立てて、沸き立っていた。
悪魔は、沸き立った右顔を手で押さえた。
「アッツ!」
悪魔が押さえた右顔はどうやら見た目通り、とても熱くなっていたようで、悪魔の押さえていた手は爛れていた。
「うう…ああああああああああああああああ」
悪魔の絶叫が響いた。どうやら、見た目よりかなり痛いらしい。
悪魔は蹲り、頭を抱えた。
随分弱っている。今がチャンスだ。
そう思って、踏み出そうとした足が、止まった。
「青嗣」
先生の声だった。
「はい。先生!」
答えたのは、反射的にだった。
先生の声は、悪魔の口から聞こえた。絶叫していた悪魔は、元気がなくなったのか、今は息切れしている。
でも、今、先生は。
そう思っていたら、悪魔が顔を上げた。
その右顔は沸き立つ中にも顔が見え、その顔は優しくてどこまでも自分たちを鼓舞してくれる笑顔の先生だった。
「先生!戻ったんですか」
「いや、顔…だけだ。こいつを苦しめるのも…長く持たない。だから、頑張ってくれ、青嗣…。不甲斐なくてごめんだけど」
「良いんですよ。いつもの先生に見えました。やっぱり先生は、先生です」
「ああ、良いタイミングです。先生。そのまま、悪魔を苦しめててください」
里彩先輩は、そう言って懐から何か巻物を取り出し、勢いよく開いた。
「青嗣。これを読め、そして、この玉を握れ」
なんだこの玉?
そう思っている間にも里彩先輩に呪文を急かされ、早口で読んだ。
「我 鑽仰の意をもて 呼び起こす者
汝 天上より認められし勤勉たる者 茶院
我が心魂に信を置き 常世に留められし力を我に託すことで応えよ
永劫の怠惰を求めし闇の影 道半ばで崩れ落ちた者
闇の影を宝玉に封じ 勤勉なる力をもて今こそ断ち切れ」
「あああああ…やめろ…。
ううううううう…。
うわっあああああああああああああああああ」
里彩先輩が呪文を読み始めると、また悪魔は絶叫し始め、先ほどの倍は騒がしかった。
そして、呪文が終わると、ピタリと止んだ。
悪魔の体は硬直し、そして、その体から何か青い煙のようなものがでて、持っていた玉に吸い込まれた。
「えっ!里彩先輩、これって」
「ああ、悪魔を封印する玉だ」
「そう言うのは、早く言ってください!」
「言う時間が惜しかったんだよ」
「もうって、先生は大丈夫ですか」
見ると、先生は床に倒れていた。
すぐに近寄る。
「先生、先生!大丈夫ですか!」
陽架が先生に声をかける。
あの悪魔空間が崩れたあと、俺たちはミラーハウスの中にいた。
重い先生を4人でなんとか運んで、今は、ミラーハウスの近くにあるベンチに寝かせている。
「青嗣」
「里彩先輩…」
「先生は、もしかしたら目覚めないかもしれない。私も良く悪魔の事を知らないが、先生の人格を変えるほどの力だ。心身ともに大きな負担だったとだろう」
「そんな…」
「そんな事ないよ。里彩!先生は起きるよ!絶対」
陽架が泣き出してしまった。
先生は、どうなるんだろうと、先生の方を見ると、少し、目がピクピクと動いていた。
起きてるのか、じゃあ、なぜ、起きないんだ。
瑞葉先輩の方を見ると、何故か頷かれた。
何をするんだ?
すると、瑞葉先輩は、先生の手を取った。
「先生、起きても大丈夫ですよ。もう、だれも傷つけないから」
瑞葉先輩の言葉を受けたのか、先生が目を開けた。
「雪平、気づいてたのか」
「はい、先生怖かったんですよね。みんなに迷惑をかけたから。でも、大丈夫です。先生の元に戻った姿を見れば、みんな先生はもう大丈夫なんだと分かるはずです。」
「そうか。はぁ。なんであんな事しちまったのか。というか、どうして、遊園地にいるんだ。まだ随分先の予定だと思ってたのに。」
「先生、もしかして、途中から覚えていないんですか」
「えっ、あー。そうだな。なんか、うちのクラスがめちゃくちゃになってた景色までは覚えてるんだけど、そこからは全く」
「恐らく、悪魔による乗っ取りが進んでいたのだろう」
里彩先輩が、先生の元に座った。
「先生、あれは先生のせいではありませんよ。私たちはわかっています。あれは、悪魔のせいですから」
「悪魔…って何のことだ」
先生は、悪魔の事は知らないらしい。先生に気づかれずに乗り移ったのか?
「いえ、知らないんなら良いんです。それよりも、先生はまたいつも通りに過ごせば良いんです。他の人も先生の違和感には気づいていましたから、元に戻れば、やはり気の迷いだったと分かりますから」
里彩先輩の話が終わると、陽架が立ち上がって、先生に手を差し出した。
「先生、それじゃ、帰りましょう。遠足は学校に帰るまでが遠足ですからね」
「いや、そらは家までじゃないか」
里彩先輩のつっこみに、皆で笑う。
先生とこんな風に笑えるなんて、ついこの間までは想像できなかった。
ずっと、こんな日が続けば良いのに。