第一話 の八
「いやぁ平穏っていいね~。」
それから数日、白夜はとても平和に幸せな日々を過ごした。
あの日以来ちょび髭アフロは白夜の視界から姿を消した。
抹消を回避してくれる天使といえども実際には不幸を齎す張本人で、姿が見えないと心なしか心が軽く気分も晴れやかだ。
だが現実的には白夜の禍福ゲージは平均時でプラス2をキープし、ちょっとしたことで4・5を弾き出すので状況的にはかなり危険なのだが、本人にまるで自覚はない。
尤も今回に限っては白夜のプラスポイントを相殺するマイナスポイントがあって、
「ちぇっ、ナニが平穏なもんか。あ~エンジェルセンセカムバックゥ。」
新任教師は就任早々、
「血縁のご不幸で~」
と休暇をとっている。
個々には微々たるマイナスポイントだが、学校中が暗澹としているので白夜の陽気に匹敵するのだ。
中には心労のあまりか、欠席する者まで出てきて学校中のマイナスゲージはいつになく高い。
しかしそれもほんの数時間前の話。
「オマエ一人幸せそうな顔で何処に行くんだヨ?」
昼休みに突入して、颯爽と立ち上がった白夜にクラスメートの一人が八つ当たり気味の棘を含ませて訪ねる。
「え~へへへ。実は桃瀬とこれから一緒にランチしよって約束なんだ~。」
実は桃瀬と仲直り出来たのだ。
切実に誤解だと説得した結果
「そうよね。白夜君はそんな人じゃないものね」
と、白夜のナニを信じてか桃瀬は納得してくれた。
「ナニッ!あの桃瀬とかッ!」
「つか、変わり身早ッ!いらっしゃらないとはいえエンジェル先生はどーしたッ?」
「関係ないねぇ~。あーご不幸の席でいい人に巡り合ってそのまま結婚、月にでもハネムーンに旅立っちゃってくれればいいのにねー。つでにハネムーンベイビィー製造で二年ほど育児休暇とらないかなー。」
「心底楽しそうに言うなッ!」
怒って飛び掛ってきたクラスメートをひょいっとかわして白夜はスキップで廊下を遠ざかった。
白夜の禍福ゲージ+5.かなり危険な状態だが本人にまるで自覚なし。
しかし平和も束の間。
白夜は階段を降りきったところで思いっきり顔を顰める。
「げぇ・・・」
「なんやえらい挨拶やんけ。」
唐突に現れ出でた天使は口を尖らす。
人目を気にした二人は示し合わせたように階段下のダンボールの陰に隠れる。
「ところで天ちゃん最近ナニしてた?あ、社交辞令だから応えたくなければ別にいいけど。」
「オマエはホンットお気楽やな。オマエさんのことが心配やからこうして忙しい合間を縫って確認しにきてやったのに。」
「だから今日は元の姿のままなんだ?」
学校だというのに天使は『天子』の姿ではなく、黒い細身のスーツからふくよかな腹を突き出したちょび髭アフロヘアの井出達だ。
「そんなこと言っとる場合やないで。ワイの担当地域でちょいっと問題が発生してな。」
「問題?」
「せや。歪みが生じて異世界の空間と繋がりよった。―――あ、ワイの管理能力とは何の関係もあらへんで。自然発生型や自然発生。穴は既に塞いどるが、そこから異空間の奴が紛れ込んでの、天使悪魔問わず界隈の絶対神総出で一掃中や。」
「ふーん。大変ダネ。」
「なんや臨場感もへったくれもない。ってか、やけにうわついとらんか?」
パチンと指を弾いた天使は途端に「ギエッ」と叫んだ。
「+5.て・・・!一体何してけつかる。うわ~こりゃ早々に目ぇつけられよるで。・・・・って話の途中でどこ行くねん!」
「天ちゃんは心配性なんだよ。俺のことなら大丈夫。今から桃瀬とランチなんだ~。待たせちゃ悪いから行くよ。」
じゃあね~と見るからに浮ついた足取りの白夜を天使は呆れて見送る。
「その不法侵入者の獲物はオマエやで~・・・って肝心のところ聞き逃しとるがな。」
ま、なんとかなるだろ、と天使は身を翻し、校内に忍び寄ってきたという情報の侵入者の捜索に乗り出した。