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第一話 の五

踏んだりけったりの一日だった。


「はぁもうお先真っ暗。」

白夜は自室のベッドの上で枕を相手に溜息を零した。

この間崩壊し再建されたばかりの部屋はとても綺麗で、気分がちょっとだけ浮上する。今夜の夕食のハンバーグも美味くて、デミグラスソースが傷ついた心をジンワリ癒してくれたし。これから胡散臭い天使を招いて人生の危機を脱出する術を得れば・・・、

なんだ、憂いはまるでなし!

桃瀬のことはトラウマボックスに仕舞いこみ、気持ちを浮上させた白夜は気分よくベッドに転がった。

憂いを一掃した途端急に眠気が襲ってきた。天使のこともうっかり桃瀬と一緒にトラウマボックスに閉じ込めてしまったのか、すっかり忘れた。

だが、直ぐに耳障りな音に起こされた。

窓ガラスがガッツガッツと鳴っている。

想像するに石か何かだろうが、用途に対して些か大きめなようだ。ガラスが割られる前に、と慌てて窓に駆けつけ外に顔を出す。

東郷家は典型的な二階建ての一軒屋で、洗濯物を干すスペースと無理矢理広げたガーデンが混在するこぢんまりとした庭がある。白夜の部屋は二階だ。

今夜は満月で外は煌々と明るい。

白夜は洗濯物を取り込んだ物干し台の根元にゴム風船のような丸々太った白い猫を見つけて、顔を顰めた。

「なーひょっとしてオマエ天ちゃん?」

「せや。」

他の家族に気取られないように声を潜めて話しかけると猫はぼよよんっという幻の効果音を奏でながら顔だけちょび髭に戻した。

「うう・・・人面猫。」

「仕方ないやんかぁ〜。この姿なら万一見られたとしてもただの猫や。・・・ところでその天ちゃんってなんや。」

「天使だし天子だから天ちゃん。」

「大体、天使っちゅうんは役職名やでぇ。」

「ま、いいじゃん。それより家族に見つかる前に早く上がって。・・・・って上がれんの?」

素朴な疑問に、ちょび髭はむっと口を尖らせる。

「猫に身を窶しているとはいえ、ワシは天使やで!こんなところ軽やかに上ってやるわい。」

それを証明するように猫は見た目の重さを物ともせず高らかに跳躍した。

トンと塀の上でステップを踏んでモミの木の枝へジャンプ―――――した途端、重量に耐え切れなかった枝ごとバキバキバキッと物凄い音を上げて地面に落ちた。

「ゲェッ!毎年この木に飾りつけして生木ツリーでクリスマスするのにっ!」

「・・・外国じゃあ、棺桶の材木だから縁起が悪いってんで庭にはよう植えんわ・・・ってか、イタイ・・・」

不審な破壊音は就寝中の家族の耳にも届いたらしく、家内に灯りが灯る。

「わー家族が起きた。天ちゃんが無駄な見栄なんて張るからっ!」

「この人でなし〜。こういう場合はまず負傷者の心配やでー・・・」

白夜は無関係を装いそっと桟の陰に隠れて行く先をうかがう。

非難っぽくぼやいていた天使はリビングの人の気配に口を噤んだ。顔も猫に戻している。とはいえ満面に毛が生えているかちょび髭かの微々たる違いだが。

庭先に恐る恐る現れたのはまずゴルフバッドを持った父。そしてその背後に母。そして

「ねこぉおおお―――――――――――――――――ォっ!」

前歯のないマヌケな顔で絶叫を轟かせる妹(6歳)だ。

「あ〜・・・よりにもよって一番厄介なのに見つかっちゃって・・・」

猫が妹にまんまと捕獲されている様子に白夜は万事休すと溜息を零す。

「あらまあホント。猫だわ。」

母親が、逃げようともがいて妹の腕に逆さにホールドされている猫を覗き込み目を丸くする。

「うーん。どうやらこの木から落ちたみたいだね。」

父親が無残に枝を居られたモミの木を見上げて納得した風情で呟く。

その間も猫は細腕から逃れようと必死に足掻いていたが、頑丈な拘束が緩むことはない。その上、耳やら尻尾やら髭やらところ構わず引っ張られ撫で回され反抗心すら尽きかけようとしていた。

バッタやら、トカゲやらカニやら、一体彼女の手によっていくつのイタイケな魂がお星様になったことだろう。

現在庭で咲いている花はそんな彼等の亡骸を糧に咲き誇っている。

白夜は、ぐったり伸びきった白い毛玉がさすがに憐れになり、慌てて階段を駆け下りると妹から猫を奪還した。

「ごめん母さん。これ俺の。時々餌あげてたら懐かれちゃって。」

状況を理解した母親は途端に顔を顰めた。

「んもう、お兄ちゃんったら人間に飽き足らず猫にまで手を出しているの?アナタは猫じゃないんだから盛ったらその代償がついてくる事をちゃんと自覚しなさいね。全く誰に似たのかしら!」

「う・・・母さんこの間の喧嘩の仲裁のコトまだ根に持ってるね・・・?」

アレは喧嘩じゃなくて乱闘だ!と息巻く母を父が宥める。

妹はその横で「カルチン、カルチン」と囃し立てる。軽いチ○コとは尻軽の同意義語だろうが意味は分かっているのか。オマエこそ誰に似たんだといってやりたい。

「ねこほしーっねこかいたあぁぁぁーい!」

妹に尻尾を引っ張られた猫が「ふんぎぃ!」と妙な悲鳴を上げ、白夜は慌てて猫を頭上に掲げたが、あまりの重さに腕がブルブルする。

「う〜ん。お兄ちゃんそれ野良?野良ならウチで飼ってもいいわね。」

「エェッ!」

ズドンと音がして、拘束の緩んだ腕から猫が落ちて地面にめり込む。

「いたい・・・」

小さく漏れた呟きに白夜は慌てて猫を拾い上げ、撫でる仕草で口を塞ぐ。

「だってどうせアナタが餌をあげてるんでしょ?・・・それにこんなに可愛いんですもの☆」

「ああ。本当に可愛いな。こんな可愛い猫は今まで見たことがない。」

同意する父もだらしなく顔を緩ませている。

目は確かか二人とも。

コレはちょび髭が天子の姿で学校を魅了したのと同じ魔力だと白夜は思うことにした。さもなくば十七年培ってきた美意識と倫理観が壊れる。

「・・・ま、まあ、そういうことならコレ部屋に持ってくよ。」

「ずっるーうい!アタシ、アタシッ!」

「駄目。今日は俺。・・・用が済んだらオマエの好きにしていいから。」

白夜は猫の非難めいた視線から目を反らして嘯く。

「用ってアナタ・・・くれぐれも動物愛護団体から抗議されるような事はしないで頂戴ね。」

「まあまあ。白夜クンも若いんだし・・・」

「父さん母さん、もう少し息子を信用してクダサイ。」

不審げな母と、それをヌルク間違った方向から宥める父に駄目だしして、白夜は自室に戻った。背後では「ジューカンジューカン」と妹の叫ぶ声が続いていた。



部屋に戻った白夜は理不尽な言いがかりに憤りつつも、育ちが良いのでそっと猫を床に置いてやった。

猫は早速顔だけをちょび髭に戻し、やれやれといわんばかりに伸びる。

「なぁ、オマエの両親は所謂サイコンっちゅうやつか?」

「ああ、うん。妹は二人の子だから俺とは異父兄妹ってやつね。・・・って疑問系?天使って人間の生い立ちとか寿命とか全部分かってんじゃないの?」

「SFの見すぎ〜。ん、まぁ過去は調べようと思えば簡単に調べられる。未来はまぁ推測やけどかなり精巧やで。けど、それかて絶対神の科学の随意を集結して造られたリングあってのことや。あのリングは優れもんやでぇ。絶対神との通信機能は勿論、絶対神で流れとるニュースや歌まで聴けちゃうんやからなっ。」

「単純に携帯電話?・・・それはそうと天使自体は万能ってわけじゃないんだね。ホラ、よく言う創造主とか全知全能の神とかの、お遣い?とすると、絶対神って俺等が思ってるような天国じゃないんだ?」

「せや。ま、ニンゲンよかちいっと文明は発達しよるが、オマエさん等が言う天使だとか天国っちゅうんはニンゲンの勝手な想像やな。」

言い差して、ちらっと白夜をみやる。

「・・・なんや、ほんまの親に会いたかったんか?」

白夜はちょっと目を見開き、慌てて手を振った。

「あ。別に今の家庭に不満があるとかじゃないし、父さんも大好きだし?・・・ただ、本当の父さんって俺が物心つく前に死んじゃったからさぁ、もし絶対神が天国でそこに父さんがいるなら一回くらい話してみてもいいかな、なんてちょっと思っただけ。」


―――アナタの父親は菩薩のようなヒトだったわ。

それが、父を知らない白夜に母親が語った言葉だ。

その当時の母は今からは想像も出来ないほど刹那的で排他的で、とにかくもう喩えようのないくらいの荒れ様だったらしい。

道で偶然出会った父に『だったらアンタが拾ってくれるのかッ?』と売り言葉を投げつけたところ、二つ返事でお買い上げ、結婚して白夜が産まれた。

なんてボランティア精神に溢れた男か。

そのくせ生活能力に乏しく生涯フリーターだかプー太郎だかで、殆ど母の稼ぎだったようだ。

そんなチャランポランでありながら、菩薩のようなヒトと言わしめる不思議な男を是非見てみたいと思うのも当然といえば当然。実子であれば尚更の興味であろう。

「さよけ。ワシらが把握しとらんどこぞの空間にはそないなところがあるかもしれんなぁ。」

猫はそっけなく言って、白夜の腰を下ろしているベッドに飛び乗った。

ぶっきらぼうな慰めにほんわか心を温かくした白夜は、斜めに傾いだベッドに眉を顰める。

猫が重すぎてベッドは巨大アリジゴクのようにすり鉢上になったまま戻らない。

非難めいた視線を送るも猫に退く気配はなく、白夜が仕方なしにベッドの下へ座りなおす。

「さあて、絶対神の話はどこまでしたかいな。」

「とりあえずさぁ、核爆弾的存在の俺はどうしたら脅かされずに人生を真っ当に過ごせるか教えてよ。大体、ボーナスゲッターってナニ?」

「よしよし覚悟して聞けや。大体ポイントゲッターっちゅうんはな――――」


そう言って猫はシャハラザートのように恭しく語りだした。



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