第一話 の四
休み時間のたびに色々と阻まれ、結局白夜が本格的に捜索に乗り出したのは昼休みになってからだった。
何処に行ってもナイスバディーの臨時教師の話題で持ちきりだったが、肝心の本人は見当たらない。
昼休みも残り少なになり、諦めモードで寄りかかった窓の先に白夜は目的の人物を見つけ、駆け出した。
「アンタ一体こんなところでナニをやってんだッ!」
バンッと勢いよくドアを開け放ち、屋上に出た早々怒鳴る。
天子―――曰く自称天使の胡散臭いちょび髭アフロは、生徒の出入りが滅多にない中校舎の屋上にうつ伏せ、金網越しに双眼鏡で隣の校舎を覗いている最中だった。
「ばっか。見つかってまうやろが。早よしゃがめ、しゃがめ。」
「一体何見て・・・・」
白夜は言葉を飲み込み、頬をぽっと染めた。
校舎は概ね三棟。中校舎と程近いところにある中校舎第二は、以前北校舎とされていたところで、現在は通路でコノ字型に繋がれ中校舎の一部に含まれる。現在は増築によりその向こうに新北校舎が建てられている。
中校舎第二は特別教室が集められていて、眼下の二階の窓に短パン姿の女子が見えた。
更衣室だ。
中校舎の北側は壁が多く、窓があっても準備室ばかりで常にカーテンが布かれているため、女子たちは警戒心もおろそかに窓を全開にして着替えをしていた。
「うわぁ〜いけないんだ。似非とはいえ一応教師とか天使とか名乗ってる奴がノゾキかよ。ってかやっぱり天使にも性欲はあるんだ・・・」
「とかいってちゃっかり凝視してるヤツに言われたかないわい。」
しかめっ面で振り向いた天子は、ぼよよんと幻の効果音を響かせて顔だけ元に戻した。
「この方がオマエさんも無駄にトキメかんでええやろ。」
「うう・・・ならばいっそ体も元に戻してほしい。」
「ここなら誰にも見られんと思うが、万一のためや。」
自称天使は白夜の訴えをあっさりと退ける。
「大体、誤解やで。ワイは覗きとちゃう。どうせ覗くならもっとボンキュボンのグラマラスなねぇちゃんの方がええやんかー・・・・って、そんなんどーでもええ。何か用か?」
「用も何も。」
白夜は居住まいを正し、向かい合うちょび髭に真剣な顔を突きつけた。
「三千世界ってナニ?俺が核爆弾的存在で、抹殺されるかもしれないって一体どういうこと?」
「あー、今頃自覚したわけだ。」
アフロが頭の回転が鈍いヤツ、とでも言いたげに嫌味っぽく笑う。
「アンタ本当に天使なんだ?」
「うーん。昨日も言ったけどそいつはちょいっと違うかもしれへん。まぁ、違ってないとも言えるが。」
「ドッチだよ。」
「せやなぁ」とアフロが赤いマニュキワが艶かしい指でちょび髭を撫でる。
「ここでは天使ちゅわれとるが、ワイ等の自覚じゃ単に仕事しとるだけやもんな。その仕事がここでは単純に天使の所業だの神の御遣いちゅわれてて、せやから誤解とも言い切れへんわけやけど。」
「頭の回転が悪くて申し訳ないですがもう少し分かりやすい説明をプリーズ。」
「ワイは絶対神ちゅー此処とは別空間の存在や。異空間は、ここや絶対神を含めて、絶対神が把握しよるだけで三千ある。それが三千世界ちゅーもんや。把握しちょるつっても、外側からその存在を確認しよるだけの空間もあって絶対神が全て干渉しちょるわけやないで。オマエさん等が見る何億光年も先にある星のようなもんやな。ツキとか仮性とか、探索が入った星もあるけど、確認してあるだけっちゅー星も一杯あるやろ?」
「今、漢字の変換間違ったよな?」
「三千世界は微妙なバランスで保たれてんのやけど、これが結構不安定でな。バランスが崩れると空間に歪みが出来るんや。異世界と繋がっちまったり、ブラックホールとかホワイトホールっちゅー歪みの穴みたいな空間に繋がったり、ま、あんまりエエことあらへんな。」
「へー。SFとか全くの空想かと思ってたけどひょっとしてその中にはそういった空間に遭遇した時の実経験を元に書かれてるのもあったりして?」
「かもしれへんな。ま、ここよりも絶対神のほうが歪みが大きいんやけどな。絶対神はなんや変動空間の中心地にあるらしくて、別空間に生じた歪みの影響なんかも諸に食うんや。で、歪みプレート・・・この世界の喩えで言うたら地震の地殻プレート?がこの空間の特にまたこのクニや。」
「ただでさえ地震大国なのに三千世界のプレートまで背負い込んで大変だねー。」
地震大国日本のさらには大型地震が絶対来ると子守唄のように聞かされ続けた場所に産まれついた白夜はどこか諦観気味に頷いた。
「で、アンタ等がその歪みを管理しているわけだ?」
「せや。此処と違うて、変動空間の真っ只中にある絶対神は当たり前のように空間の歪みに気付いておって、そのための対策も日夜更新中やからな。異空間トラベルも一昔よりずっと安全で簡単になったわな〜。」
「何か、此処で言う海外旅行みたい。ね、どーやって移動すんの?UFOみたいな円盤型の船とか?すんごい機械があるんだろうね。」
「カウンター行ってトラベラーズチェックを受けて、テレポートボックスっちゅう個室の椅子に座って横にある機械に行き先がインプットされとるカードをスラッシュするだけや。」
「・・・何か味気ない・・・」
「テレポートボックスっちゅうんが最高峰の頭脳を集結して編み出した最新鋭の発明なんやで。空間の歪みを凝縮して、不安定感を抑制してるんや。そのお陰で今では目的地に当たり前のように繋がるようになったんやけど、それまでは目的地と違う空間に飛ばされたりしてアブナイっちゅうねん。」
「大変だったんだね。ところで歪みを凝縮して抑制するってどうやって?」
「・・・・」
「まさか知らないの?」
「オマエだって飛行機の仕組み分かっとんのかいッ!ええッ?造れ言われてオマエは造れんのかいなッ!」
白眼視に天使はちょび髭を震わせて食って掛かる。
「世の中って意外と不思議だらけなんだね。俺もうっかり過去に行った時に過去人に説明を求められてもいいように携帯電話の仕組みの一つでも覚えておくかな。」
ありえない状況を想定して白夜は真剣に思い悩む。
その耳に風に乗って予鈴の音が届いた。
見渡せば、校庭や校舎内をうろついていた生徒がボチボチと教室に戻っていくところで、白夜は慌てた。
「エエッ!ちょっと待ってよ。肝心の話がまだなのに!」
天子もいつの間にか顔を戻し、屋上から立ち去ろうとしている。
「わーっ、待って待って。俺が抹殺されちゃうかも?の話はッ?何か回避手段はあるんだよね?その辺りをとりあえず教えといてくれないと夜も眠れないんだけどッ」
「あ〜その話も一口にゃあ語れないなぁ。せやけどワイ一応教師やし、その説明するために授業サボるわけにはあかんやん?」
「よく言う!初っ端に俺のクラスの授業ボイコットしたくせに。」
非難しつつ、白夜はあれ?っと眉頭を跳ね上げる。
「そーいえば、黒井音子がどうかした?・・・そーいえば・・・ひょっとしてさっき屋上から覗いてたのって黒井音子の事?」
女子更衣室から三つほど隣。中校舎第二の一番隅に美術室があり、美術部員の音子は昼休みは必ずそこにいる、らしい。
直接見たわけでも(見たいわけでもないけれど)、美術部員の一部はオタクと呼ばれる集団で、美術室はオタク魔窟と呼ばれオタクの憩いの場となっている。
噂によると音子もその魔窟住人らしいのだ。
「せや。それも一口にゃ語れへんが、アイツには気ぃつけてな。まぁ時間がないからそれもまたの機会にぃ〜や。」
「気をつけろってどー言うコトッ?ちょっとまたの機会っていつだよぉ!」
階段を降り三階フロアに辿り着く。
白夜はここから渡り廊下を使って北校舎へ向かう。天子は更に一階下の職員室に行くつもりなのだろう。
階段を降りようとする天子の腕を掴んで白夜は心中の不安を切実に訴えた。
「しゃーない。今夜家に行って全部説明したるわ。ごっつ長いで覚悟せえや。」
「え〜今夜って何時ヨ?」
「せやなぁ。オマエさんが一番のボーナスゲッターかて他の奴等ないがしろにするわけにもアカンし。ま、何事もないとは思うけど一応見回りせなアカンから。零時くらい?」
「ムリ。俺、夜更かし出来ない体質なんだよね。」
「さっき眠れん言ったんはどの口や。」
天子は呆れて眉を顰める。
「それに昨日、修羅場って母さんの機嫌悪いんだよー。妙なの家に上げたのバレたら俺が家追い出されんじゃん。」
「むぅ。天使に向かって妙とは失礼な。・・・ま、ワイも正体バラして廻るわけにもアカンし、上手く忍びこんだるから安心せい。」
「何でだろうなぁ・・・すごく心配だ。」
「ワシをなんだと思っとる。天使やで?そんなん晩飯後や。」
「今、素で間違えたよな?」
カツカツとヒールを打ち鳴らして階段を下りていく天子に
「絶対だよ〜。なるべく早く来てよ〜」
と何度も念押しして、白夜もまた北校舎へ向けて歩き出した。
その途端、
「見ぃっちゃった。見ぃちゃった。」
小学生のお囃子のような掛け声と共に背中に衝撃が加わり、白夜は前にのめる。
見れば、クラスメートの男子二人だ。
「あれ。何やってるの二人とも。」
「御用聞き。んで、ここまで来たらエンジェルセンセの声がしたからさー。」
「なにそのエンジェルセンセって。」
「天子の読み方変えてテンシ。だからエンジェル。どうだ天子センセにピッタリだ。」
事実間違っちゃいないが、過去に流行ったチェーンメールの従姉妹のような名前だと思う。
左右から二人にド突かれて白夜は「あたっ」と悲鳴を洩らす。
「憎いぜ。この色ボケ隊士がっ。今学校中の一押し注目株のマドンナをもう物にしたってか?」
「ハァ?」
「今夜もお盛んですなー。そのうちオマエ睡眠不足か暗殺で身を滅ぼすよ?」
彼等の崇め奉るマドンナとはあのちょび髭似非天使の事で、多分話のところどころを聞いていた彼等は、ナイスバディーの新任教師が今夜白夜の家に忍び込む約束を交わしていたのだと思い込んでいるのだ。
「ちょ、待っ誤解ッ・・・・」
「健全な男子高校生にとって、ムチムチ美人教師とどーこーなろうなんざAV限定の世界なんだよッ。それを現実にやってのけるなんざお前はケダモノだ。エロ魔獣めっ」
「『センセイが手取り足取り××取り、色々教えてあ・げ・る』なぁんて迫られるわけだ。」
「あのスイカのような胸を心ゆくまで揉みしだくというのか、貴様はッ!」
「『いやん♪白夜クンの××って××××ね。私、もう×××が××××よ。』なあんて言わせるわけだ。」
「イヤラシイのはお前等だっ!」
まるでその手の経験に縁遠い白夜は顔を真っ赤にして抗議する。
だがまるで聞いていない二人は白夜を指差し「エロ」と断言する。
「下着の色は黒レース。うむ。赤とかも興奮するな。ガーターベルトは必須アイテム。」
「ボンテージとかヒールとかもありでしょ。お手軽にマジックテープもありだけどやっぱり縄のほうが用途広いんだよな。」
「かーッ。俺、年上バージンなんだよなぁ。たまにはうっせぇジャリ女じゃなくて、リードされて身も心も食い尽くされたいねっ。」
「あーいいよな。奪われるってシチュエーションも。鼻っ柱の強そうな年上女を調教って定番のノリだし?」
「う・・・なに、何の話をしてるの二人とも・・・」
浅瀬で貝拾いを楽しむ程度の水泳初心者がいきなり海溝に沈められた気分だ。レベルが違いすぎてもはや足掻く気にもなれない。
北校舎に辿り着いたところで特別教室へ移動中の生徒と擦れ違いになった。
その五人ほどの女子の集団に桃瀬の姿を見つけて、白夜はヒィッと青褪める。
赤裸々発言を連発する二人の声は大きく、多分、いや確実に彼女たちの耳に届いていることだろう。
桃瀬の白夜を見る瞳が冷たい。
それどころか・・・
「白夜君、サイテイ。」
擦れ違い座間ボソッと落ちた呟きに白夜はフリーズした。
その頭の中を桃瀬の声がリピートする。
サイテイサイテイサイテイエロ魔獣の色情魔。童貞のくせにケッ――――
「うわああん。」
いても立ってもいられず走り出した白夜を見て、友人二名は
「今夜のことを思って興奮してやがる。畜生め。」
と嫉妬混じりの揶揄を飛ばした。