白の章 第二話 の十三
桃瀬に白刃を突きつけている将軍の前に立ち、意地とばかりにその意思のない顔を睨み付けようと顔を上げる。
その時。
「か弱き一つの魂を救わんとするその高貴な志は大変に結構。だが、アヤツの言い分も否定しがたい理なのだ。」
いきなり背後で声がした。
驚いて後ろを振り返るよりも早く、風に浚われるような感覚で体が後ろへ引き摺られていた。
武者の振り下ろした腕が間一髪で鼻先をすり抜ける。
「うおー!ホンモノの魔女登場!」
「いや、秘密結社集団だぁ!」
「一体どこへ展開していくんだーっ?」
黒いマントを頭から被った四人組。
怪異は視覚的なものばかりではなく、裡から滲み出るオーラから怪しい。
音子の登場に白夜はほっとしたのと腹立たしいのと複雑な気分で、とりあえず口を尖らせ文句を言った。
「ねーまさか着替えのために席外してたとかいう?その間、どんな目にあってたと思ってんだよぉ。」
先頭に立つ黒魔術師はスマンというように兜を撫でた。
まるっきりの子供扱いだが、白夜は当然のように受け止め機嫌を直す。
「私が来たからにはもう案ずることはない。」
白夜は鼻先に突き付けられた剣に一瞬きょとんとし、次いで顔を背けはぁと深い溜息を吐いた。
「・・・やっぱり俺?っていういか俺?」
「当然。何故なら私目は裏舞台で暗躍する程度のしがない魔術師。方や貴殿は落人に身を窶しているとはいえ、とある大国を統べる大将ではござらんか。」
「ござらんかって、・・・・また妙なスイッチ入っちゃって。ま、それはいいけど。ともかくさ、刀なんかじゃヤツラに全く歯が立たないんだよね。」
「心配無用。」
言って、音子はフードの下の視線で武者共を舐める。
「ヤツラを形成するポリプの純度は精々見積もっても60%だ。対して貴殿が今手にしている聖刀のポリプはアショカ王の柱とほぼ同等―――」
「99・72パーセントッ!?」
「その通りだ。」
ちなみにいうと、この金属生物も異空間のものなので実際には成分は微妙に異なるのだが。
アショカ王の鉄柱を鉄と断定しているここの科学レベルではあくまで鉄と表現するのが相応しかろう。
「ほんな説明後回しにしい~。はよ動き。」
蚊帳の外でじれったそうにジタバタする天使に白夜は冷たい視線を向ける。
「なんやその目。ひょっとしてさっきの言葉まだ気にしとるんかいな。」
「だってぇ~」
責めるような目で天使を睨むと、意外にも平板な声が間に割って入った。
「苦言申し上げるが、将軍よ。アヤツの言い分もあながち的外れとはいいますまいよ。」
白夜は魔道師を振り返る。
「御身が悪者の手に渡り悪用されることがあれば、この世は阿鼻叫喚の暗黒を迎えること必須。さすれば、守ろうとした唯一つの命ですら易々と闇の手中に堕ちること必然―――」
淡々と言葉を紡いでいた唇がうっそりと釣り上がる。
「残念ながら貴殿の命では一つの命も購えないのが事実。ただ一つの命、さらにはその双肩に抱える草民、否この世の全てを守るには、貴殿がヤツラの手中に落ちぬことが絶対条件。」
核爆弾だ、といった天使の言葉が不意に脳裏に過ぎった。
安易にこの命を投げ出せば全てが丸く収まるわけではないのだ。
寧ろ投げ出した途端、想像を絶する惨事が引き起こされるかもしれないわけで・・・強いてこの命を喩えれば汚染廃棄物?
「・・・ゴメン天ちゃん。天使のくせにとか・・・」
ボーナスポインターを優遇するあまり、他の命をあっけなく切り捨てるのだと誤解した。
だけど、天使はやっぱり万人の天使であって、被害を最小限度にとどめるべき果断だったのだ。
「ええて。ワイも潔すぎたわ。・・・それよかマジでハヨせいや。ヤツラ動きよったで。」
その言葉に視線を巡らし白夜は ぎえっ と顔を引きつらせた。
十人ばかりいた武者たちが二人ずつ合体し、さらに剛健そうな巨体になっている。
その頭は二つ。
「なんて凝った趣向だっ?すっげー!」
観客がどよめく。
白夜は慄く。
人数が減ったと喜ぶべきか。
しかし、威力二倍でとても喜べそうに無い。
双頭の白熊みたいな侍が一斉に白夜に襲い掛かった。
「ぎええええ」
我先にと伸ばされた豪腕に白夜は無意識に刀を翳し、ただ絶叫した。
だが、ずしっという衝撃が加わっただけで、思ったような痛みは何時まで経っても襲ってこない。
恐る恐ると目を開いてみてきょとんとする。
先ほどまでしなやかなカーブを描いていた細身の大刀が、盾に変わっていた。
「うおう。こっちもすげーぞ!」
ブラボーという声援の中、天使はその光景に唖然と呟く。
「なんやて・・・まさか新種ポリプかいな。」
武者たちは獲物を捕獲しようと躍起になって手を伸ばす。それはもはや攻撃だ。
ソレを見て天使は慌てて叫ぶ。
「どでもええから攻撃しかえせぃ。」
「どーでもって言ったって・・・っ、これどうすればいいの?ってか、どーなっちゃったわけっ?」
攻撃しようにもこれは盾。
泥水を傘で避けるように盾を動かし防御に徹する。
「ポリプは生き物やから言葉で意思疎通を図ることが出来んのや。せやけどワイ等のつこうとる言語じゃなくて共通語・・・例えばコンピューターなら二進法とか、あるやろ。んで話をするちゅーのは、コッチの感覚からするとプログラムするっちゅーことに似とるかな。」
「俺、今、パソコン持ってなあーいっ」
盾を掻い潜り右から突き出てきた腕に、白夜は悲鳴と共に後ろへ飛び退く。
天使は茜沢の加勢に加わりながら、白夜に向かって説明を続けた。
「よう聞き。今、オマエさんの持っとるんは多分、新種ポリプや。発見されたんはつい最近やけど、従来のヤツの祖先とも言われとって、言語を介する変わりに持ち手の思考を読み取るやつや。」
「つ、つまり考えていることを具現化できるってことっ?スゴイじゃん!」
「そもそも数が少なくて殆ど一般には出回らん貴重なやつやなんやけどな。ともかくポリプはごっついプライド高こうて言う事聞かすんは中々難しいんや。調教師が厳しく躾けよんのやが、飼い主にも反抗的なのが多いらしいで。」
「駄目じゃんっ!」
白夜はわーんと泣き叫ぶ。
そこへ一筋の光を齎す声が。
「そればかりとは言えまいぞ。」
戦いが始まって早々、脇に退いて観戦を決め込んでいた自称暗躍専門の黒魔術師―――黒井音子だ。
「どうやらその気難し屋は貴殿が気に入ったようだ。試しに何か願ってみたらどうだ。」
「なっ・・・!」
天使が絶句する。
「ホント~それなら」と早々と乗り気担っている白夜に慌てて顔を戻す。
「待て待て待て!思考ってのはそんなに簡単なもんやないねんで!」
「大丈夫だよ。ったく天ちゃんてば心配性なんだからー。」
笑いながら、任せて、と言って白夜が想像に勤しみだす。
天使はアホーッと内心で突っ込む。
よほど躾られていても小さな雑念まで拾って、妙なカイブツを作り出すのがこの新種の厄介なところだ。
モノによっては持ち手の深層心理までに入り込み、思考とはまるで別な、もっと禍々しいものを具現化してしまったりする。
ともかく周囲にも持ち手にもリスクが高い代物であるのは間違いない。
白夜の両手で構える盾が、波に浚われる砂のようにサラサラと形を変え始める。
「おおっと!落ち武者は一体ナニを造るのかッ!」
「ここはやっぱりブルマジョの天敵・死神伯爵の武器、デスサイズですよっ。」
「いや侍なら侍らしく妖刀ムラサメだーっ!」
ネオメタルが暴発のように容量を増した。
拳を突き上げ声援を送っていた観衆は、出来上がった「武器」らしき代物に静まり返った。