白の章 第二話 の十
「うわあ。マミリン大丈夫っ?」
間一髪、後ろへ飛び退った茜沢は威嚇のポーズをとったまま、白夜に小さく呟く。
「こいつ等、オカシイよ。」
普通、どんな防衛策をとっていようが生き物である以上危険に対峙すれば少なからず防衛本能が働く。なのに眼前に居並ぶ武者にはまるで己を守ろうという意思がなく、隙だらけなのだ。
そのくせ攻撃力は驚異的。今の一撃をマトモに食らえば骨まであっけなく砕かれたはずだ。
何よりおかしいのはその動き―――
「うわあ。」
「落ち武者クンッ!」
横から迫ってきた武士の一人が無造作に白夜に手を伸ばす。
それに驚いて白夜は反射的に腕を振り放った。
意図せずして籠手が相手の兜を弾き、その面が露になる。
二人は絶句した。
陽光を乱反射するプリズム効果。
背景を透過する滑らかな曲線。
「ナニ、これ」
言う一言はそれに尽きる。
頭部があるはずのそこにあったのは髑髏だ。
しかも骨ではなく透明な。
「髑髏水晶・・・・・?」
有名なものではマヤ文明で発見されたオーパーツ。
当時の技術レベルを無視して作られた水晶の加工品だ。
水晶はモース硬度7とかなり硬い。しかも自然軸を無視して加工すれば割れや皹が入る。
その水晶を、道具の跡も無く髑髏の形に削り出しだけでも驚異なのだが、コレまでに発掘された髑髏水晶は、内部に複雑な光学細工が施され、左右が極めて対象ときている。
閑話休題。
マトモな頭が無かったことを驚くべきか、スーパーテクノロジーの遺物を目の当たりにしたことを驚けばいいのかはともかく、コレは明らかな異常事態、差し迫られている状況からして生命の危機だ。
籠手を掴むマミの手にぐっと力が入る。
その意図するところを察して白夜も頷く。
鎧武者がずいっと間合いを詰める。
その動きは、まるで初期型二足歩行ロボットのようにぎこちない。
驚異的な破壊力だが、動作の全ては限りなく緩慢だ。
「今だよ。落ち武者クンッ!」
攻撃が繰り出される前に茜沢は、敵の懐に飛び込み、容赦ない蹴りを胴に炸裂させる。
鎧武者は倒れることこそ無かったが不測の攻撃に対応しきれなかったように僅かに動きを鈍らせた。
その隙を突いて二人は脱兎のごとく駆け出した。
他の武者たちも標的を追いかけたが、やはり振り向く時に時間を要していた。
つまりこれは、そう―――たぶん傀儡なのだ。
一先ず危機を脱出した白夜はほっとして後ろを振り返り、ぎえっと叫ぶ。
武者の足裏からローラーが出てきて、踵からロケット噴射が・・・・。
「ヒッキョーっ!」
振り向くのに時間を要した武者共はハイテク機能で追い上げてくる。
必死になって駆けたが、方やグロッキーなヤラレ侍。
あっけなく追いつかれ取り囲まれた。
「おおッ!落ち武者が名将達に囲まれている。」
「さてはあの落ち武者、知る人ぞ知るとある大国の将軍なのだーっ!」
イベントで盛り上がっていたギャラリーが、騒ぎに気付き、勝手な声援を送る。
勿論、彼等はコレもイベントの一つと信じているのだ。
武者共は、ギャラリーには目を向けず二人に襲い掛かる。
否、詳細には白夜に。
茜沢は、その間に立ちはだかっているので、必然的に攻撃対象にされているだけだ。
「どうやらこいつ等の目的は落ち武者クンみたいね。心当たりは?」
「えっと・・・落ち武者だから?」
「・・・かもね。」
茜沢は溜息を吐きつつ、周囲を囲うギャラリーに「刀貸して!」と叫んだ。
名将から刀を受け取り、青眼の構え―――振り落とされた敵の刀をかわし、その胴へ一閃をひらめかせる。だが、ガンという重い手ごたえがしただけで武者はびくともしない。
「く・・・なんて頑強なのッ!」
腕の痺れを堪えて茜沢は悪態を吐いた。
「あんな格好をしてるけどアレはやんごとなき国の姫なのだーっ!」
「姫格好いいぞ!がんばれー!」
周囲は勝手に物語を構築して俄然盛り上がる。
「よお~し。それなら俺も!・・・マミリン下がって!」
雰囲気に人一倍流されやすい白夜が腰の剣を抜いて、意気揚々と進み出た。
―――スパッ
「ひょわわ・・・」
構えた剣は武者の一刀両断にものの見事に真っ二つ。
いきなり短剣になってしまった刀を見詰め震え上がっていると、茜沢の切迫した声が鼓膜を打った。
「落ち武者クン危ない!」
「へ?」
視線を上げて凍りつく。
眼前の武者が大きく腕を振り翳していた。
万事休す。
間髪いれず振り下ろされた刀に白夜はぎゅっと目を瞑った。