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白の章 第二話 の八


音子をはじめ腐女子お三方が残ったブースは瞬く間に普段の静寂を取り戻した。

冷やかしに冊子を手に取った客が、石造のような彼女等の存在に気付くや否やゲッと顔を引きつらせて足早に逃げていく。


それを数回繰り返しているうちに、その確信的な訪問者は現れた。


「あぢ~」

からっとした初夏の太陽が高度をあげ、真夏日のような暑さだ。脂肪のぶんだけ内包熱の高い天使は滝のように垂れ流れている汗を拭きつつぼやく。

音子は、だらしなく着崩したスーツから迫り出している腹を胡乱げに見やりながら「なんのようだ」と平板に尋ねた。

そのタイミングを計ったように天使の背後からヒョコっと現れた人物にさしもの音子も固まった。そも動きに乏しいので視覚変化はなかったが・・・。


「わ~スゴイ!黒井さんホンモノの漫画家みたいね。これが黒井さんの描いた本なの?わ、ホントの漫画になってる。スゴイわ!」


内容を完璧なまでにスルーし、本気で作品を褒め称えてはしゃいでいる娘―――桃瀬香里から視線を外し、音子は扇子をばたつかせている天使をみやる。

説明を求めているらしい視線に天使はしてやったりという会心の笑みをみせた。

「アンタさんがヤツを融通してくれへんのやから仕方ありませんがな。ま、どこでどんな形であろうとヤツが有頂天になってくれればええんやから、彼女にお越し願った次第ですわ。でや、アンタさんの我侭は通るしワイの要求は通るし万々歳でんがな。で、ヤツはどこでっか?」

広域ゲージを±0に戻し、ひいては上司から誉められているところでも想像してか喜び勇んで辺りを伺う。

音子は飛び散る無数の汗に顔を顰めつつ教えてやった。

「グラビアアイドルと散策中だ。・・・私とて広域ゲージのマイナスは気になっていたのでな。」

天使に悪いと思ったわけでもないが、雑作もないことなので白夜のゲージをプラスにすべくグラビアアイドルを呼びつけてやった。・・・・わけだが。

無言になった二人は、冊子を手にキャッキャとはしゃいでいる桃瀬をみやり、同時に顔を反対にそらせ、溜息を吐いた。


―――つくづく間が悪いったらありゃしねぇ男だ。


グラビアアイドル相手に鼻の下を伸ばした少年が、気のある女生徒との鉢合わせにアタフタとうろたえる姿がまざまざと目に浮かぶ。


「仕方がない。」と独り言のように洩らし、音子は徐に桃瀬に顔を向けた。

「娘・・・桃瀬香里、今日はどのような心積もりで参った。」

桃瀬は冊子を手にニッコリと無邪気な笑顔を返す。

「えっと、今日黒井さんたちが漫画のフリマみたいのに参加するって。白夜君がお手伝いに来るけど一人じゃ大変だから手伝いに来て欲しいって、天子先生に頼まれて。・・・あ、でも天子先生今日になって急に都合が悪くなったらしくてここにはあの弟さんに連れてきてもらったんだけど・・・」

「つまり売り子の手伝いをしてくれるというのだな?」

「売り子?わ、面白そう。初めてだけど任せ―――」


言い終わらぬうちにパチンと指の鳴る音が遮った。

悲鳴を上げる間すらない。

突然飛び掛ってきた腐女子お三方に桃瀬はあっという間に取り押さえられ、上からシーツが被せられる。

「ええっ!・・・ちょ、いやあーっ!」

見えないからこそ余計妄想が駆り立てられるすったもんだと少女の絶叫。

きっかり三分。

シーツを剥ぎ取られた桃瀬はついていけない展開と自分の置かれている状況にうろたえた。


「・・・あの、私、こんな・・・」

縁に臙脂のバイアステープをあしらったぱふ袖のTシャツに、イマドキ希少価値ともいえる濃紺のブルマ。

何故だか靴下はニーソックスでレースとリボンがコラボしたソックス留め付き。それに厚底のデコシューズ。

三つ編のズラと赤い鉢巻はともかく、ナニゆえか赤いマントと尖塔に星がついたステッキ。


「あ。オタク青年の間で絶大な支持を誇るネットアニメ・ブルマジョや。」

「ほう。中々通だな。」


思わぬ露出度に桃瀬は涙目の真っ赤な顔で必死に足を隠そうと足掻く。

だが、無理。

みぃ~と呻ってついにしゃがんでしまった桃瀬はマントに包まって赤い塊になってしまう。


ずざっと音がして、桃瀬の上に陰が落ちた。

縋るように仰向けば、音子が顔半分を前髪に覆った無表情で見下ろして言った。

「売り子とは人を惹き付けてなんぼ。体を張り、時に羞恥を晒してでも商品を売るのがその勤め。貴様が先ほど見せた熱い決意はその程度のものか?その程度の甘っちょろいヤツに我が子ともいえるこの商品を任せるのは甚だ不本意だ。」

殆ど強引に売り子にしておいてなんて言い草。しかも焦点が微妙にずれているし・・・

と天使は思ったが、口にするのは控えた。


桃瀬は下唇をきゅうっと噛み締めた。

だって一度は引き受けた仕事ですもの。それに黒井音子さんがヒッヒッフーで産み出した愛し子ですもの、売れ残ったら悲しむわ。


桃瀬はいまだ羞恥を残した顔で、それでも毅然と立ち上がった。

「私頑張る。頑張って、この子達を一冊でも多くお嫁に出すわッ!」

「それでこそ愛の戦士ブルマジョだ。」

「・・・戦士なの?魔女なの?」

「戦士で魔女でブルマなのだ。」


―――そこまで売り上げに熱心なら、音子がコスプレでも寸劇でもして売ればいいのでは?・・・・という事実に桃瀬が気付くことは永久になかった。


「ワイ、最悪な事態を回避すべくヤツを捜しにいってくるわ~」

ブルマ姿故か、微妙に青春熱血スポコンドラマな展開に呆れつつ、天使は滝のような汗を流してフラフラと会場へ向かった。


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