白の章 第二話 の七
そんなこんなで数日が過ぎ、待ちに待ったわけではない日曜日がやってきた。
白夜は召集命令に従って朝一の最寄の駅前に来ていた。
小学校の時に徹底された五分前行動が染み付いて、約束の時間の五分前に現れたというのに、集合場所には既に腐女子のお三方が顕現していた。
顕現―――適切な使い方ではないかもしれないが、彼女達に関してはとてもしっくりピッタリした表現だ。
白夜は染み付いたマニュアルどおり女子の服を誉めようとして―――言葉に詰まった。
一番マシなのはカットソーにフレアスカートだが、そのスカートのプリントたるや殺人一覧表かと疑うような惨殺体のリアル画。
一見、ゴスかと思われる二人のうち一人はゴテゴテと刺繍が入った赤シャツに膝下の丈が微妙な長さの巻きスカート。こっちは何故か小さなガラム付の妙にアジアンテイスト(変な幾何学文様染め)のもの。
もう一人はオーガニックコットンのケミカルレースがもこもこと、まるで洗顔用泡立てスポンジのような有様のワンピースで、どうみても毛を刈りそこなったプードルか羊そのものだ。
普段個性に欠けると蔑まれている制服がいかに素晴らしい代物か、今改めて思い知った。
薄手の白いサマーセーターにジーンズという凡庸なセンスの白夜は、奇抜な個性が光捲くる腐女子様方のセンスについていけず暗涙する。
そして時間きっかりに訪れた音子にはもはや乾いた笑みしか浮かばなかった。
美少女アニメキャラがデカデカとプリントされたTシャツに、今時何処で売っているとも知れぬモンペのような(つまり腿の辺りが広く裾にしたがって締まっている)ジーンズ。チェックのシャツを羽織って鞄をたすき掛け。
潔いまでに堂々としたオタクスタイル。
これはある意味でコスプレなのかもしれない。
そんな奇妙な五人組は、両手一杯の紙袋やらダンボールやら、キャリヤを引いて、目的地へ向かった。
普段は外国車をはじめ各種企業の展示即売会を催したり、歌手のコンサートを開いたりする大型施設だ。
開場はまだ先だから、今ぞろぞろと入っていく人達はみな売り手なのだろう。
中には明らかにコスプレと分かる奇抜な格好の人も一杯いて、五人組のインパクトも薄らぐ。
割り当てられたブースに到着し『売れるコンビニテク』~見栄えする商品の置き方~で冊子を並べている間に会場の時間が差し迫ってきた。
「さ、コレで終わり。」
最後の冊子を並べ終えた白夜はほっと息を吐きながら、「売れるといいネ」と冊子を撫でた。
中身は推奨しないが、一応消しゴムがけを手伝った身分なので思い入れてしまう。
「いうなれば娘の貰い手を捜す母親の心境だね~。」
しみじみと呟いていると「おい」と抑揚のない声音に呼ばれた。
「お前にはまだ売り子という大事な仕事が残っているのだからな。こんなところで感慨に耽っていられては困るぞ。」
「売り子かぁ~。おもしろそ。やったことないけど任せ―――」
白夜の言葉が終らぬうちに音子がパチンと指を鳴らした。
途端、白夜はアリが群がる角砂糖のように腐女子様方に飛び掛られた。
叫ぶ間もない。
きっかり三分後、白夜は筆舌しがたい世の不条理をなんとしていいものか途方に暮れた。
「コスプレ。コスプレかぁ・・・・。ま、いいよ。ここお仲間一杯いるし、段々免疫ついてきたし――――――っで、なんでっ、俺っ、コレっ、落ち武者っ!?」
立派なお屋敷の五月節句のような鎧兜はともかく。
随所に鏤められた刀傷や折れた矢に、どす黒い血糊の装飾はいかに。
白夜は遠方を行過ぎるサムライを指差して音子に抗議する。
「戦国ブームならフツーアレでしょッ!なんで名も無きヤラレ侍よっ?」
「モノマネ大会でもあるまいに同じキャラで精巧度を競い合っても仕方あるまい。ブームに則りつつ、目立つ。それこそがコスプレの、売り子としての真髄であり使命。」
「う・・・正論」
白夜はがっくりと項垂れた。
「ほら、そうこうしているうちに客が来た。しっかり頼むぞ。」
開場のアナウンスが流れ、気の早い一番客がぞろぞろと会場入りする。
その団体からはぐれた一人が迷わず音子たちのブースにやってきた。
「シュバルツさんの久し振り~。」
「ああ。態々足を運んでもらって済まぬな。」
音子はいつになく愁傷な挨拶をする。
どうやら音子の知り合い・・・というか、どうせ音子の知り合い。趣味交われば素っ頓狂。俗に類友ともいう。
なんの期待もなく僅かに視線だけを向けた白夜はその途端、大きく目を見開いた。
いの一番に視界に飛び込んできたのは、形大きさとも最高級マスクメロンに匹敵するような神々しいバスト。
その魅惑の果実を付けた幹は驚くほど細く、Tシャツの袖から覗く腕も蔓のように細くしなやかだ。
Tシャツに迷彩柄のカーゴパンツというちょっとボーイッシュな井出達だが、Tシャツはラメの入ったマトモなやつだし、コケティッシュなカンジがとても良い。
音子と近況報告などで盛り上がっている赤いキャップの下の横顔をマジマジと見て白夜は驚愕の声を放った。
「ウッソ!グラビアアイドル茜沢マミリンっ!」
ちょっと釣り上がり気味の大きなネコ目と、そのナイスバディーで彗星のごとくグラビア界の頂点に躍り出た新人アイドル。
サバサバした性格を露にしたようなちょっと小生意気な雰囲気が子猫のような可愛い容姿にマッチして、男心を擽る。無論白夜も擽り倒されている。
その絶叫に茜沢は「うん?」と顔を向け、途端に目を輝かせた。
「わーナニコレ落ち武者っ!ちょ~ウケル!やられ具合がゼツミョウ!ナサカワっ!」
「な、・・・なさかわ?」
「情けなくて可愛いという意味だ。」
情けないといわれて喜んでよいものか・・・でもキモイよりマシか?
少々の葛藤を覚えつつも白夜は素直に誉め言葉として受け取る。
「すっごいね~クロちゃん。こんな有名人とお友達なんだ!」
「まあな。」
「ホント得体知れなぁ~い。」
「得体の知れないのは駄目か?」
「全然嬉しいデッス!」
心からの返答に音子はよろしいと頷き、茜沢に顎をしゃくった。
「ところでどうだ。時間があるなら今からコイツの営業に付き合わんか。」
「オッケー。あ、でもプライベートだから顔出すのはNGなんだけど。」
「構わん。」
どんな関係だか知らないがどこまでも横柄な物言いである。
それでも茜沢が気分を害した様子はなく、白夜の腕を取った。
「さ、レッツだゴー。」
「はぁぁい❤」
全くもって落ち武者らしくない寝ぼけた返事をして、二人は人が増えた会場へと繰り出した。
「絶対ウケルよ。人気者間違いなし。」
「でへへ~そうですかぁ?」
兜の下の顔をだらしなく伸ばしていた白夜は横を見知った顔が行きすぎた事にまるで気付かなかった。