白の章 第二話 の六
緋廻は怪訝に首を傾げる。
「お前、黒井音子とデキテルってマジ?」
それも、まさかです。
否定しようとして、今度は周囲のギャラリーに遮られた。
「その通り!こう見えても白夜は悪の密教祖、否、既に悪魔と同格の地位を獲得した黒井音子の魔術により、主従契約を結んだ彼女の下僕なんだぞ!」
一人の熱い叫びに周囲もそうだそうだと賛同する。
微妙に事実が含まれているが、殆ど間違っている。
第一何故こいつ等は吾が事のように胸をはって人の奴隷宣言をするか・・・。
白夜は乾いた笑みを浮かべる。
綿毛事件の時に黒井音子に拉致された事で一時期関係が噂されたが、いつの間にやら恋愛関係から主従関係にシフトしていた。
そちらのほうが世間一般の思考にフィットしやすかったのだろう。
ある意味どんな戯言も魔術で統一してしまうことこそ黒井音子の魔術といえる。
「ところで、こないだから気になってたんだが。何だアレは。」
緋廻が顎をしゃくった先、廊下側の最尾席の音子の周りには、魔窟に篭っているはずの腐女子様方がこぞって凝っている。
双眼鏡、ビデオカメラ、携帯の写メとそれぞれの得物を二人に向け、ハァハァとあぶなげな息遣いである。
クラスメートたちはもはやそちらに目を向けず、とはいえ全くナイモノとして無視しきれるわけでもなく、音子の周囲は不可視のシールドが張られたみたいに不可侵な空間が出来上がっていた。
路上で露出狂にばったり出くわしたとて鬱葱とした笑みで一言「貧相」と撃退するであろう女子様方は、美少年二人のタイアップに激しく取り乱していた。
興味があるなら会話に招いてやってもかまわないが、きっと彼女達ならば「覗き見こそが王道!」と言って憚らないだろう。
腐っている。
引きつった顔で腐女子凝りを眺めていた緋廻は苦笑と共に小さく呟く。
「・・・ったく、邪魔なのが色々憑いて面倒な・・・」
それは独り言のようで。
何?と聞き返す白夜に緋廻はなんでもねーよとカラッとした笑みを返した。
「そんじゃま、しゃーねぇけど日曜日のデートは諦めるわ。また今度な。」
「ん。数学頑張ってね。」
「おう。ノートありがとな。」
ノートを片手に立ち上がった緋廻と迎え撃つ天子との間で一瞬火花が散った。
教室を去り際、緋廻は音子にも一瞥をくれたが、イイ男がバラになった途端腐女子様がたの興味は胡散霧消したようで、机に戻った視線は微動だにしなかった。
緋廻の姿が見えなくなって途端、天子が厳しい顔で白夜に詰め寄った。
「お前さん、あの男だけは止めとけ。近づいたら絶対アカン!」
一方的且つ勝手な言い分に白夜は眉を顰める。
「何で?最初は容姿を鼻にかけたいけ好かない男かと思ったけど、全然フレンドリーだし優しいし緋廻イイヤツだよ?拒否する理由全く分からない。」
「せーやーかーらー。」
忌々しげに言いかけた天子は周囲の視線に気付いて「ここじゃ言えん」と地団太を踏んでもどかしさを訴える。
「ともかく!コレだけは忠告したったるが、ヤツの愛想や気遣いなんざ演技やえん・ん・ぎぃぃぃ。アイツ絶対メチャメチャ悪い奴や。間違いない!」
「そんなことない!あいつは絶対いい奴。誰がなんと言っても俺は信じるし!」
睨み合う二人の間で火花が散る。
さらに激しい口論に突入しようとして、思いもよらないところから制された。
「ダメダメ鬼畜ホストに絆されるオトボケサラリーマン。勿論男」
「必殺『あの人を分かってあげられるのは世の中で僕だけ❤』攻撃」
「それを心配する口実で無理矢理手を出すツンデレ上司。勿論男」
「本人は精々格好を付けているつもりだが、いかんせん嫉妬丸出しが萌えポイント。」
ボソボソと―――本人たちは至って内輪の会話らしいが筒抜けの内容にクラス中がフリーズした。
勿論、発信地は腐女子凝りで。
設定が学園モノから社会人モノに変換されているのは何故?
つかせめてそこ、サラリーマンじゃなくてフツーにOLとかでいいじゃん。つか、OLにして下さい。
一同は内心で仲良く突っ込んだ。
腐っている。