白の章 第二話 の五
「白夜いるかぁ~。」
仕事の都合で昼休みにようやく登校した緋廻はいの一番に白夜の教室を覗きにきた。
真夏のヒマワリのような男に、教室内で他のクラスメートと談話していた白夜も笑顔で手を振り返す。
緋廻は周囲の興味の視線に臆する様子もなくズカズカ教室内に侵入し、白夜の前の椅子へ腰を下ろす。
「あーもーチョーやべぇ。俺これからスーガクだけど当たるよ絶対。あの先公日付と出席番号順だもんよー。」
「あータカタ先生ね。・・・あ、俺ンところ午前中に数学終ったからノート貸そうか?多分、ヒマのクラスより進んでるでしょ。」
「マジ?チョー助かる。」
売れっ子モデルだけあって、遅刻早退欠席が多いが、それでも学校に来たときには必ず白夜の元へ現れるのが通例になっていた。
ノートを受け取りながら緋廻は思い出したというように左手を見せる。
「これどー?」
「格好いい」
皮紐を二重に巻いてトップにシルバーの剽悍がついているブレスレッドだ。留め金のところにチェーンがあしらってあるのも洒落ている。引き締まった浅黒い二の腕にとても良く似合う。
白夜の即答にそうかそうかと上機嫌で頷いた緋廻は、手際よくそれを外し、白夜の手首に付けた。
「やる。つっても午前中の撮影で使ったやつでさ、ほらここちょい傷ついて店に戻せないって、貰いモンなんだけど。俺、似たの持ってるし。」
「ええ~でもなんか悪い。それに俺(脆弱タイプだし)こーいうの似合うかな。」
「ま、俺とはカンジ違うけどな。お前の場合シルバーが引き立って上品なカンジすんのな。お忍びで夜遊びに出かけるプリンス?みたいな。」
「も~口上手いなヒマは。」
そんなフレンドリーなやり取りに、少し距離を置いたところから眺めている男子生徒達は揃って微妙に顔を引きつらせる。
「・・・思いっきり食われてるし。」
馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが、敵に頭から食われて骨の髄まで虜にされている。
尤も白夜が構われるようになって緋廻が他の女子にチョッカイをかけることもなく、モテナイ大多数の男子生徒にとって願ったり叶ったりの状況だが、なんとなく面白くない。
白夜がどれほどモテようが、モテナイ俺達の八つ当たりサンドバック。
そんなことを思う大多数は、緋廻が登場するのと同時に逸早く撤退していた。
この二人組みの間に入ろうなんざ至上稀に見る勘違いサンか、よっぽど美的感覚に乏しい愚か者だ。
「そーいや、今度の日曜お前空いてるか?」
「日曜?」
「そ、ヒマなら俺と付き合わね?撮影で海行くんだけど一緒にどうだよ。モデルの子紹介してやるし皆ではしゃぎましょうや。」
わ、行きたい行きたい!そう即答しようとして身を乗り出した白夜の鼻先を腕が掠め、机でダンッと物凄い音で遮った。
「生憎やけど週末は用事あんねん!」
「はれ?天ちゃん。」
仰のけば天子の姿をとった天使がそこにいて、官能的な美貌を般若のように歪めて仁王立ちしていた。周囲では、クソッなんで天子先生が白夜を、と男子生徒が身を捩り、女子生徒が、ケッ淫乱教師が、と歯軋りする。
「お前、天子とデキてるってマジだったん?」
「誓って事実無根。」
白夜は即答する。
あってたまるか、だ。
どういうわけか天子は一目見るなり緋廻を目の仇にして、白夜に言い寄るのを何かと邪魔してくる。
内情はさて置き、傍目にはエロ所教師がせっかく手に入れた可愛い玩具を男友達に横取りされるのを躍起になって阻止しているようで(多分周囲はそう信じて疑っていない)、白夜は理不尽なやっかみに晒されている。
天子は白夜の被害など鑑みることなく、勝ち誇ったように胸をそらせ宣言する。
「週末は黒井音子の先約があるんや。残念やったなクソガキ。」
「・・・それ天ちゃんがえばるところ?」
突っ込みつつ、白夜はそうでした、と溜息を吐く。
約束といっても一方的に決められたことなので用事があると断われば断われなくもない気もするが。
先約を反故にできない生真面目な性質なのだ。