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第一話 の十四

行く末の見えぬ展開に校内の不安がピークに達しようとした時、中校舎第二の中二階にその人物は現れた。


「アッパーな夢を与えようとも所詮幻・・・。健康極まる草民をジャンキーに仕立て上げる悪い奴。このナースエンジェルが真実の愛を教えてあげてよっ!」


―――実はこの少し前


『今校内の水道に予防薬を混入した。ヤツ等の餌食になりたくなくば早急に呑むべし。』

と、校内放送が入り、生徒の大半は我先にと水道へ急いだ。

『なお、適量はうがいコップ一杯程。呑みすぎると嘔吐感が起こるようなので注意されたし。』

「げろげろげーっ」

大量に水をがぶ飲みしたうっかり者が校内でもんどり打っていることなど知らず、白夜は植物もどきに向けて口上を轟かせた。

ちなみにこの恥ずかしい科白は注射器に貼ってある黒井音子特製のカンペだ。

放送を聞き逃した少数派のうっかり者が、突然現れた正義の使者に声援を送る。

「いいぞぉぉぉーエンジェルナースッ!俺にも注射してぇ―――」

「・・・俺的には男の野太い声援より女子の黄色い声援のほうがやる気でるんだけど・・・。」

緩く方向性を間違えた声援にブツブツいいながら白夜は雨樋をモタモタと伝って大地に降り立つ。

恐る恐ると植物もどきの親玉に近づいていくが、音子の言ったとおり飛び掛ってくる気配はない。

それで少々余裕を取り戻した白夜は、興味がてらツボの一つを覗いてみて、ぎえい、と後ろへ飛び退いた。

「うわわ。何かいた。何かいた。何かいた。」

犬くらいの大きさの、やはり獣みたいな形をした塊がチラリと見えた。耳の変わりに尖った触角のようなものがついていたから、ひょっとしたら異世界の生命体だったのかもしれない。

ツボ一杯に溜まった液体の中で塊は蝋人形のように固まり、端から少しずつ溶けているのか角が取れて丸くなっている。

「ちょっと待って。蛋白質とグリセリンって石鹸?・・・・うわッ!てことはひょっとしてこれ死蝋ッ!」

人間の死体を長期間水の中につけていくと、表面に脂肪が浮き上がって固まり天然蝋燭が出来上がる。それが死蝋だ。

異世界の生命体が果たして人間と同じ成分を持っていたか定かではないが、独自のバクテリアとやらで死蝋を作り上げることが可能なのかもしれない。

しかもこの世界で作るより短期間で。

なにせ倫理も違う異世界の生命体なのだ。


ひえ~。慌てず急げ。


虚ろな目をした生徒達が自らいそいそとツボの中に入っていくのを横目に白夜はあたふたと注射器を構えた。

いざ、神妙にぃ~。神妙にぃ~。

幹にブスリと注射針を刺そうとして、いきなりかぱっと開いたツボの蓋に白夜は仰天した。

開いた蓋の下から桃瀬がひょっこと顔を出し、白夜に手招きしている。

「わー。何で桃瀬そこにいるのっ。早く出て出て!」

「白夜君こそそんなところで何してるの?そんなどうでもいいことは止めてここに一緒に入ろうよ。すごく気持ちいいよ。」

「ともかくさっさと・・・・・気持ちいい?え?一緒に?」

真剣に問い返した白夜は桃瀬を見てぶはっと血管崩壊。

鼻血を噴出した。

既に溶解が始まっているのか、制服はところどころトロリと溶け白い肌が覗いている。

「ね、早く・・・・き・て。」

「お、お言葉に甘えてご一緒させていただきます。」

タラタラと鼻血を出しながら手招きに応じてそそくさとツボの中に入る。

ツルリとした表面に足を滑らせ液体に真っ逆様。

溺れるっ・・・

ともがいてみたが、アラ不思議、息が出来る。

それより何より―――

「白夜君・・・」

何分狭いツボの中。底に沈んだ白夜を跨ぐように桃瀬が乗り上げていて、太腿の柔らかい感触がヒシヒシと伝わってくる。

これはアッパー系ドラッグの副産物なのか桃瀬の頬はピンク色に上気し、心なしか名前を呼ぶ声も甘い。


これはもしやヒト化雌の繁殖態勢?


「いやあ・・・でもあの何分高校生ですし不純異性行為はその・・・」

あまりのチャンスについ及び腰になる。

桃瀬はそんな腰抜けぶりを嘲笑うことなく、仄かに微笑を滲ませた顔をそうっと近づけてくる。

「白夜君って真面目なのね。そんなところが私ス―――」


――――パッ


唇が触れ合う寸前、白夜は背中の支えを失ってゴロゴロと大地を転がった。

「あいててて。何?どうし・・・・あれ?天ちゃん。」

しこたま打ち付けた後頭部をさすって目を開けると心配げな桃瀬の顔―――ではなく、ちょび髭の呆れ顔があった。

「んもう!何してくれるんだよっ。桃瀬といいところだったのに!」

「何が桃瀬や。桃瀬なら既に救出されて校舎内で手当てうけとるで。オマエの見たのは幻覚や、げ・ん・か・くぅ。」

「ウソッ!」

周囲を見渡してみたが桃瀬の姿は何処にもない。

周囲では見知らぬ人達がせっせと金の輪を投げてはツボを切り裂き、中の生徒の救出に奮起していた。見たところ普通の一般人のようだが、絶対神の者なのだろう。

「ったく、慌てて駆けつけてみればノコノコツボに入って行きよるし。もうちっとワシの登場が遅うなったらどないなってたか・・・」

「幸せになってました。たとえ幻覚といえどもっ!」

「お気楽で羨ましいわ。」

天使は呆れる。

「そんなことはともかくハヨしてぇな。綿毛の収集は完了して生徒達の救出は今しとるけど除草液持っとるのオマエさんだけなんやて。」

「除草液?・・・て、ああこれか。ハイハイ。」

ブスッとな。

白夜が注射をすると巨大うつぼかずらもどきは急速に色を変え枯れ果てた。

袋の中から残っていた生徒を救出し終える頃には、風化が始まりいつの間にか塵となってグラウンドの土に紛れて消えた。

救助を手伝ってくれた謎の一般人とオバケ植物に立ち向かった凛々しいナースエンジェルの話題が暫く盛り上がったが、やがてそれも風化した。


巨大植物の消えた後には巨大な穴が開き、体育の時間に落ちて負傷した者が約一名。

天使は頑なに否定したが、絶対陰謀だと白夜は思っている。


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