第一話 の十三
「なんだあれ」
中庭に突然盛り上がった植物に生徒達はこぞって窓縁から顔を覗かせた。
形はうつぼかずらに似ている。
緑と紫の斑で、蓋付のひょうたんのようなものが蔦の先に幾つもぶら下がっている。
ラフレシアのような肉厚の花が咲いていて、その中央から絶えずタンポポの綿毛のようなものが飛び出してくるので辺りは直ぐにも霞かかったように白くなった。
突然降って沸いたように見えるが実は降り立ったところから地下茎を伸ばし、伸ばしたところで生育し、少しずつ移動してきた。
置きざりになった成木はしだいに枯れていくが、状態がよければ新木と分かれて生育する。
今回は不幸中の幸いか今のところ成木は一株に止まっている。
明確な意志という物はないが、餌を狩る本能を持っている。
餌の数が多いのはさることながら、大好物の香りを嗅ぎ付けて学校にやってきた。
彼等の認識でいう大好物の餌とは絶対神でいうところのポイントゲッターだ。味にどれほどの違いがあるのかは不明。
綿毛に付着され、また付着した生徒に誘われ、生徒がぞろぞろと中庭に向かって集まってくる。
「でかっ。無理!アレを俺にどーしろっていうの?」
中校舎第二のテラスに上がり眼下の巨大植物を見た白夜は途端に弱気に叫ぶ。
音子はフワリと近寄ってきた綿毛をGペンで突き刺しながら思い出したというようにあるものを取り出した。
「今回の武器。というか薬だ。」
「え?今これどこから出た?」
ペットボトル大の注射器二挺。肩からぶら下げられるように親切にもベルトがついている。
「親玉の植物もどきはコッチの注射器一本分を注入すれば枯れる。綿毛に取り付かれた奴等にはコチラの注射器。メモリ一個分で正気を取り戻す。安心しろ。あの植物もどきは地下茎を伸ばす程度で猛獣のように襲い掛かったりはしない。」
「ホント~?なら楽勝かな。」
「ヤツの周囲には分泌物が揮発している。幻覚に惑わされてうっかりあの袋の中に取り込まれたら最後だということは肝に銘じておくがいい。」
「エエッ!」
反射的に逃げ出そうとした白夜から音子は渡したばかりの注射器を一本奪い尻にブスリと突き刺した。
「いーったたたた!」
「コレは予防にもなる。成木の幻惑作用の前でどれくらい効くかは知らんが、気休めくらいにはなるだろう。」
「アリガトウ・・・・・って何かちょっとクラクラするんですけど?コレ厚生省の許可は下りてます?」
―――むぅ。間違えた。
注射器に走り書きした『成木用。原液百%』の文字に音子は賢明にも口を噤む。文字が絶対神のものであったことに感謝だ。
白夜が唸っている隙に注射器を摩り替えて、さあ行けとモンスター退治に駆り立てる。
「な、何か今・・・変えませんでした?」
「早く行かぬと皆溶けてしまうぞ。」
そうでした。
白夜は慌てて立ち上がり、思い出したように音子を振り返る。
「で、クロちゃんは何してるわけ?」
「遊ぶつもりはない。これ以上被害を拡大させないためにこの予防液を校内にばら撒いてくる。・・・・というかノラネコ風情の呼び方をするでない。」
「黒猫だからクロちゃんでしょ。ほんじゃ、行ってくるヨ!」
「健闘を祈る。」
二本指をピッと胸に翳す一風変わった敬礼を受けとり、白夜は柵をよじ登った。