第一話 の十一
「ねーどこ行くの?」
逃げられそうもないことを確信して、自力で音子の後を歩きながら、白夜はウィンナーの足を一本ずつ味わうように租借しながら尋ねた。
音子の足が止まり、入れというように顎をしゃくる。
ドアの上のプレートを見上げて白夜は眉を顰めた。
悪名高き美術室。
「黒魔術の生贄なら懇切丁寧に遠慮します。」
「入れ。」
にべのない命令に白夜は渋々中に入る。
イーゼルの林の先に製図用の机があって、その一郭に一心不乱に何かを書く三人の女子生徒の姿があった。
その中の一人が音子に気付きニヤリと笑う。
「今日は珍しく遅かったですね。シュバルツカッツさん。」
邪悪な笑みに鳥肌を擦りながら白夜は音子に顔を向ける。
「ナニ?黒猫」
「一応本名。」
「本名・・・・?エッ!まさか音子ってネコって読むの?」
本気で驚く白夜を無視して音子は着席した机に道具を広げ黙々と作業に取り掛かる。
どうやら自己製作の漫画、所謂同人誌というやつだ。
「うう・・・オタク集団だ・・・」
「腐女子」
「は?婦女子?」
「腐った女子とかいて腐女子。今はそう呼ぶものだ。」
「いや、傲然と言い放たれても・・・・」
その隣で作業をしていた女子が白夜に向かってニヤリと片口だけを吊り上げて嫌味っぽく笑う。
「ほほう。カッツさんと同クラスの東郷白夜ですな。花を渡り歩く蝶のように数多の女の間をヒラヒラと舞う武勇伝はかねがね・・・・。ですが実情はどんなものやら。クックック・・・」
白夜は図星を言い当てられた羞恥と怒りで顔をカーッと赤くする。
「うっさい!いい歳してエッチのエの字にも興味ないような不健全なオタク集団に何もかんも言われたくないねっ!」
叫ぶ白夜にトンっと本が渡される。女子が好みそうな中性的な少年が表紙の単行本だ。
何気に中を開いてみて、ブハッと鼻血を噴出した白夜は床に平伏した。
「な・・・何コレ。『嫌じゃないだろう?』そう言って一男は真人の××した××を舌で××した。『ああ、ダメ。いっちゃう・・・いっちゃうよ。パパの手、すごく気持ちイイ。』真人は舌ッ足らずに義父の名前を呼び、ぎこちない仕草で一男の××い××した××を××した。―――って、身も蓋もない過激表現。つか、義父犯罪ッ!なんなのこのディープに即物的な世界はっいやぁぁぁぁぁ――――」
「アレを音読するとは意外にツワモノですな。」
「鼻血垂れ流しでね。」
参りました。
月とスッポンほどの格の違いを見せ付けられ白夜は降参する。
「暫くその辺で大人しくしていろ。」と音子に言われ、白夜は教室の片隅で鼻にティッシュを詰めて読書タイム。
その間、少女達が一心不乱に動かすペンの音だけが不気味に続いていた。
ところで、と割り込みが入ったのは不意のこと。
「ワタクシ次のネームに頭を悩ませていたのですが、教師と生徒などどうでしょう。オリジナルなのですが、元ネタはすべからく彼と今話題の天使教師で。勿論教師は男に変えさせていただきますが。」
「教師×生徒は手垢に穢されまくってますからねぇ。よほどのインパクトがなければ難しいのでは?ワタシ個人は鬼畜教師・攻×ダメ美少年が好きですけど。」
「ダメ美少年はカマっぽくなるのが少々興醒めですね。ツンデレ教師・受×ヤンチャ少年・攻が基本的に好みです。」
「定番だな。いっそむっつりセクハラ不細工科学教師と大ボケ美少年との絡みとか・・・」
「やめてーッッ。俺を元にそんな恐ろしい話を無表情で語るなーっ。」
耳を塞いでブンブンと頭を振った拍子にようやく流血の治まった鼻からぽろっとティッシュが転げ落ちた。
「こんなところにいるのはもう嫌だっ。大体、何の理由があって俺はこんな魔窟に連れてこられたわけっ?」
「〆切間近で忙しいからだ。」
「意ー味ー不ー明ー。用が無いなら俺帰るヨ。」
むっと口を尖らせ扉に向かおうとしたところで、音子が「来た」と呟いた。