四話 誕生日の運命2
「ッ!」
恐怖で体が動かなくなる。
早くこの場から逃げたいのに。
(こっ……怖い……でも……)
低い嗚咽は、何度も美空の鼓膜を震わせ、なぜか切ない気持ちを抱かせる。
目だけをまたそちらへと向けた。
声は、電信柱の陰にある大きな黒い塊からだ。
冷や汗が背中に伝いながらも、美空は放っておけない気持ちにもなっていた。
(こんな泣いて……どうしたんだろ?)
徐々にその黒い塊の正体が見えてくる。
(男の人……?)
それは、蹲っている男のようだ。
広いはずの背中が縮こまり、震えている。
「あ……あの?」
気付いた時には、美空は自分から声をかけていた。
なぜそんなことをしたのかは分からない。
怖いはずなのに、まるで嗚咽に引き寄せられるかのように足が勝手に男の方へ向かっていたのだ。
「あの、大丈夫ですか?」
美空の問いかけに、震える背が大きく震え、蹲っていた体がゆっくりと振り返る。
顔が、街灯に照らし出される。
「っ……!」
美空は息を呑んだ。
振り返った男のその顔は、今まで見たこともないほど美しかった。整えられた眉にくっきりと大きな瞳。中央にはすっと高い鼻筋が通り、薄い唇はしっとりと濡れていた。色白な頬は泣いていたせいか紅潮している。
「あっ……」
男は美空を見るなり、またその大きな瞳を揺らした。
「俺が……見えるの?」
低い声は、先ほどの嗚咽とは違い、美空に心地良さを与えた。
恐怖は吹っ飛び、ぼぉっと男を見詰めていると、彼はゆっくりと立ち上がった。その身長は、百六十センチの美空の頭一つ分以上高い。体付きもかなりがっしりとしていた。
「君は、俺が見えるのか?」
男がまた美空に訊いた。
「えっ……ええ」
美空がやっと頷くと、男は大きな掌を自分の顔に当てて、「あぁ……」と嘆いた。まるで役者のような仕草だったが、それが自然なもののように感じられた。
(お誕生日にこんなイケメンと出会えるなんて、神様からのプレゼントだったりして!)
自分でも現金だと美空は思った。
さっきまで顔が見えず、完全に不審者扱いをしていたというのに、イケメンだと分かると胸が高鳴っている。
まだ素性も知れないというのに。
しかし、何をそんなに悲しんでいるのだろうか。
服装は皺ひとつない黒のスーツ姿だった。どこかのホストクラブにでも勤めていているのか。そこで何かトラブルにでも巻き込まれたのか。
美空が尋ねるより先に、男はとんでもないことを口にする。
「俺が見えるってことは、次に君を殺さなきゃならないんだな」
「…………へ?」
夢見心地だった美空は、男の心地良い声から紡がれた言葉に、一か月ぶりの絶望を突き付けられたのだった。