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一話 すべてを失う時

 市川美空は、気付けばすべてを失っていた。

 今自分の身に起こっていることは、ドラマや映画のようなフィクションの中だけだと思っていた。


 しかし、今まさに――


「あたし、悲劇のヒロインみたい……」


 美空は、ベッドで仰向けになり呟いた。

 現実は小説より奇なり、と誰かの言葉が浮かぶ。

 白い天井が遠く感じる。ぼやける視界に、自分が泣いているとやっと気付けた。

 ぼろぼろと零れる涙を拭ってくれる優しい手はない。抱き締めてくれる温かい腕もない。

 好きだった声は、もう聞こえない。

 つい先日まで、幸福感と充実感に満たされながら見詰めていたはずなのに。

 走馬灯のように今日までの記憶が脳裏に流れていく。



『ごめん、結婚はやめよう』



 三日前、婚約者だった川城俊介のその一言は、美空を絶望という暗闇に突き落とすには十分だった。

 しかし、それだけではなかったのだ。



『なっ、なんで……? シュンは、あたしのことが嫌いになった?』



 まさにどこかのドラマで聞いたようなセリフを、まさか自分が言う時が来るなんて、美空は思ってもいなかった。

 俊介は『いや、そういうわけじゃ……』と口ごもりながらも、美空をちらちらと見た。

 付き合い始めた当初から通っているファミレスなのに、落ち着かなかった。



『好きなひとが……できたんだ。そのひとと結婚したいって、思って……』

『えっ? 誰……?』

『それは……』



 俊介がそこまで言った時、スマートフォンが鳴った。

 画面に発信者の名前が表示されていた。



『仲田……月子……?』



 美空の頭の中は真っ白になった。

 なぜ、俊介と月子が連絡を取り合っているのだろうか。

 確かに月子は美空の親友で、何度か俊介とも会っていた。

 しかし、連絡を取り合うほどの仲になっているとは知らなかった。

 着信は何度か鳴り、切れた。

 それだけで、美空にすべてを教えていた。



『好きなひとって……』

『ああ』



 俊介はそう言うと、スマートフォンを取った。メールを打っているようだった。

 すぐにそれは返ってきた。


 本人の登場によって――



『やっと言ってくれたのね、シュン』



 俊介のことを『シュン』と呼んでいるのは、自分だけだと美空は思っていた。どんなに彼のことを話しても、彼女は『俊介さん』と呼んでいた。

 しかし、何年もそう呼んできたかのように彼女は彼を呼んだ。



『月子……』

『シュン、はやく行こうよ。映画の前にちょっと買い物したいんだから』



 俊介にそう言った月子と戸惑いながらもどこか安堵している俊介が、同時に美空を見た。



『ごめん、美空と結婚しても、何か違うって思ったんだ』



 何か違うとは何が違うのだろうか。

 俊介はいつも肝心なことを言わない。


 月子は――はじめて見るひとのように思えた。


 いつも他愛のないことで笑い合っていた彼女は、もうそこにはいない。



『いつ気付くのかと思ってたわ』



 月子の勝ち誇った顔を、美空は一生忘れることはできないだろう。

 俊介との愛の時間も、月子との友情も、この日簡単に崩れ落ちたのだった。

 しかし、美空の悲劇はそれだけでは終わらなかった。

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