とある場所、真夜中の会話
今回はリズもレスも出てきません。
若い子も出てきますが、おっさんたちの話しになります。
おっさんはあまり好きではありませんが重要キャラなので出します。
統一感のない不清潔な部屋。
この場所を称するに一番ふさわしい名称だと思っている。
毎日、むさ苦しくガタイのいい筋骨隆々の男たちが、たまり場として使っているこの部屋は、足の踏み場がないと言っても過言ではないほど、酒瓶やら脱ぎ散らかした衣服などよく分からないもので溢れている。たまに腐食した何かが床に置かれているため歩く時は注意が必要だ。
うっかり踏んでしまったら、貴重な水を足が汚れた程度で使うわけにはいかないため。手拭いで拭うだけになり、臭いが足に付くわ、手拭いは汚れるわで良いことが一切ない。
更に壁際にある本棚は本来の役目を三分の一しか担っておらず、汚れた布や謎の造形をした置物が無理矢理詰められ、更にその本棚の手前の床には半空きになった木箱の山が積まれており、背の高い者しかその本棚は使えそうになかった。
(俺やリズは無遠慮に木箱に乗るから別にいいんだけどね)
本棚に収められている書物は、この世界の地図や隠された歴史など重要参考物が多い。ただし、ここに集まっている中で、字が読める人間が少ないせいで雑な扱いになっているだけだ。
「なあ、ダイリ。リズを迎えに行くのはやっぱダメな訳?」
唯一者がほとんど置かれていないテーブルの上で胡坐を掻きながら尋ねると、目の前で酒を仰いでいた赤いひげを生やした男――ダイリは武骨な顔をさらに顰めて酒瓶を置いた。
「俺の決定にケチつけんのか?」
「ケチじゃねえよ。ただ、リズを手放す方がこっちの損害が大きくなるんじゃねえの?」
ダイリは無言で相手を睨む。
睨まれた方は飄々とした風で、若草色の髪を揺らし、橙色の瞳を男に向けたまま笑顔を作る。
「俺とリズは、この組織で唯一、奴らが手を出せない相手でもある。俺はともかく、リズの価値を奴さんたちが知ったら知ったらどうよ? かなりヤバめな展開になるんじゃね?」
「そん時にゃあ、自害しろって教えてる。死体にゃあ価値がほとんどねえからな」
酒を仰ぐダイリに、更に言葉を重ねた。
「その時は俺もここから去る」
ダイリの動きがピタリと止まる。
「俺は最初からアンタたちを信頼して付いていったわけじゃない。あいつーーリズがいたから付こうと思っただけだ。リズのいないアンタら組織なんて知らねえよ」
テーブルから跳躍し、踏んでもよさそうな衣服の上に降り立った。
「カザナ!」
カザナは振り返り、橙色の瞳を細めてダイリに笑みを浮かべた。
「俺はリズが帰ってくるまでここにいる。頭のいいあいつのことだ、絶対に無事で、ここに来るぜ」
カザナは手を振り、部屋を出て行った。
残されたダイリは深く息を吐き、額に手を当てた。
「ったく、グレンの野郎。余計な荷物を押し付けやがって……」
こんな状況に貶めた友人の男に悪態を吐き、痛む頭を抱える。
数か月前に「ちょっと野暮用があるから、お前がリーダ-の代理をしてくれ。作戦の変更はないから簡単だろ」と平然と言ってのけて勝手に姿を晦ませたのだ。
作戦の三分の二は成功した。しかし、作戦の重要な要であるリズが敵陣地からの逃亡中に行方不明になってしまったのだ。それ以外の部隊の撤退は成功したが、その後の方針に揉めに揉めた。
リズを探すもしくは帰ってくるのを待つか、それとも見捨てるか。
カザナは待つ派だ。しかし、ダイリーーリーダー代理の男としては、これ以上ここに留まっていては、奴らに根城がバレて襲撃される可能性が高くなるのでそれは避けたかった。
複数人の仲間の安否を守る方が優先か、それとも重要な仲間の一人を待つ方が優先か。
ダイリは常に頭を悩ませていた。
「それに、ここに居続けんのも限界の奴らが多いからな」
ここ最近、せまっ苦しい根城で息を潜めていることに、血の気の盛んな若者たちの鬱憤が溜まり小競り合いが多発してきた。
その度にダイリは仲介のため、小競り合いの場へ走っていっては叱責したり殴り飛ばして喧嘩を弾圧させてきたが、そろそろ限界である。
「3日後にはここを離れるべきだな」
明日と明後日で荷物を纏めたり長旅の準備をして、3日後の早朝に町を出る。それまでにリズが帰ってくれば御の字だが帰ってこなかった場合は置いていくまでだ。その場合、カザナは暴れるだろうが、睡眠薬を含ませた猿轡を咥えさせ簀巻きにして運べばいいだろう。乱暴だが仕方がない。
これも、この組織に属してしまったものの宿命だ。
「入りたい奴は入れる、従わない奴は折檻する、逃げる奴は殺す。それが俺たち“紅蓮の牙”の方針だ」
例外はない。
ダイリは酒を仰ぎ、空になった酒瓶をその辺に放り投げる。他に空いていない酒瓶がないか徘徊したが、見つかったのは左足で踏んでしまったネットリとした薄茶色の何かだけだった。
~・~
清潔感のある部屋、余計な情報が入り込まない設備。子供たちには“教えてくれる人”と呼ばせているAIシステム搭載の自律型自動機械の整備を行っていた青年は一つの記録を発見した。
「所長、見つけました」
髪の長い子供と質疑応答をしていた年配の男は読んでいた報告書から顔を上げた。
「そうですか。再生してください」
「はい」
青年は部屋の管理システムにアクセスし、AIシステムの情報を本体のメインコンピューターに移動させ、音声システムで再生した。
メインコンピューターの横に設置されている黒いスピーカーから会話が流れ始める。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
「質問!」
『どうぞ』
「僕たちみたいで、僕たちみたいじゃない姿はあるの?」
『その回答は持ち合わせていません』
「“友人“って言葉は何?」
『その回答は持ち合わせていません』
「食事はしないといけない?」
『食べなければいけない行為です。質問は以上ですか、終わります』
――――――――――――――――――――――――――――――――――
再生が終わり、周囲にいた職員たちが騒めき出した。
音声システムを聴いていた所長も苦悶の表情を浮かべる。
「この質疑はいつ行われましたか?」
「記録は昨日の勉強時間です」
「この質問を行った子供は誰ですか?」
「髪の長い子供と同じ勉強部屋にいた子供と推測いたします。そこにいる子供は全員で15名。内一人称が「私」の子供は7人、「俺」の子供は5人、「僕」の子供は3人です」
「では、「僕」の子供の内のどれかがこの質問をしたということですね」
質問自体は“普通の子供”がするのにふさわしいものばかりだ。
しかし、この施設では違う。
疑問は持ち合わさず必要な知識だけを刷り込み、余計な知識は何一つとして入れない教育方針を行っている。
彼彼女らは純粋無垢でいなくてはいけない。
痛いことも、苦しいことも、悲しいことも、楽しいことも、知ってはいけない。
”感情を知る”ということは己を作る“自我の目覚め”になってしまうからだ。
余計なことは考えない従順で反発心もなく、好奇心もなく、ただ存在しているだけの存在にさせていなければいけない。
「危険分子は排除しなくてはなりません、その勉強部屋に派遣員を送り込みましょう。―――No.007」
名前を呼ばれ歩き出す。所長の前に立ったのは、施設内にいる子供と同じような顔立ちの青い髪と瞳をした十歳前後の少年だった。
「はい」
「この質問をした子供を探し出し、ここへ連れてきなさい」
「分かりました」
「ただし、くれぐれも子供たちに余計な感情を埋め込んではなりません。……子供たちには世界の命運が掛かっていますからね」
「はい、分かりました。理解しました」
「では、髪の長い子供を“そうそう”した後、この施設に来た子供のふりをしてください。いいですね」
「はい」
No.007は頷いた。
「所長、夜の巡回はいかがいたしますか?」
事務作業をなりわいとしている職員から質問の声が上がる。
所長はすぐに答えた。
「しばらくはNo.007が見回りを行います。しかし、子供たちに不審がられた時点で、“教えてくれる人”を各階に設備する予定です。設備班は準備の方をお願いいたします」
「「はい!」」
設備班は声を揃えて返事をした。
自分は本当にいい仲間を持ったと所長は心の底から思った。
信頼し合える仲間たちと仕事ができることの幸福さ。それも世界中の人々の希望となる仕事だ。自分がここの最高責任者であって良いのだろうかと不安になる時もあるが、支えてくれる仲間たちの笑顔を見ると、俄然とやる気も上がってくるものだ。
(私は自分の仕事が、共に働いてくれている仲間たちが一番の誇りです)
彼らのことを守る意味も含めて、施設内の秩序を守り、維持するためにも、この施設内で生まれつつある異分子は排除しなければいけない。
所長は目を細め、音声システムのスピーカー部分に目を向けた。
(そのためにも、早くこの質問をした子供を見つけないといけませんね)
決して許してはいけない異分子の排除をーーー。
次回はレスsaidからになりますのでお楽しみに!