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カケラの子供たち  作者: 海埜 ケイ
5/8

竹笛

今回は全てリズsideになります。


「来る、ダメ?」


 困惑を紛らわせるためか、瞬きを繰り返すレスに、リズは深く頷いた。


「ああ。君みたいな子供が毎晩、毎晩、夜に起きていたら身体に悪いよ」




 深夜、いつものように外の気配を探りながら転寝をしていると、軽快な足音が近付いてきた。

 ゆっくりと瞼を押し上げながら足音を聞いていたが、音の正体が分かりリズは警戒心を捨てた。

 周りに注意が払えず、嬉しさが隠しきれていない足音の主を、リズは一人しか知らない。零れる笑みを隠すようにシーツを頭にかぶり直し、その時を待つ。

 足音はリズの思惑通り、倉庫の前で止まり開かれた。


「リズ、いる?」


 真っ先に口にするのが自分の名前なので、リズは内心、焦った。

 万が一、誰かに聞かれた場合はどうするのか。心の内の方針は決まっているが、できればレスの前で“それ”をしたくない。

 だからリズは素早く、レスの背後に回り込み、さっさと扉を閉めた。


「やあ、レス。今日も来てくれたんだね」


 そう答えると、レスは本当に嬉しそうに笑い、「リズに会いたかった!」と答えてくれる。

 自分のことを全力で信頼してくれるレスの態度は正直、嬉しいがこれ以上一緒にいてもレスにとって良いこととは思えない。

 自分は所詮、部外者だ。後6日も経てばここから去る人間。あまり深くかかわり過ぎてはいけない。リズは、全力で甘えられにかかってくるレスに苦笑を漏らし、いつも椅子代わりに座っている敷布団の上に座らせて話を切り出した。

 毎日来てはいけないとーーー。




 リズの言葉に、レスは予想通り困惑した素振りを言見せた後、手の平を腹の前で重ねながら項垂れた。


「僕、リズにとっていらない子?」


 うん、斜め上に飛躍している。リズはなるべく優しい口調になるように心掛けて声を落とした。


「そんなことはないよ。私にとってレスは必要、……いる子だよ」


「本当?」


「ああ、もちろん。私にとってレスはここでの“友人”だからね」


 確認する風にゆっくり顔を上げるレスに笑いかけると、レスは嬉しそうに笑みを浮かべ、再び困惑な顔をした。

 一体、どうしたというのだ。


「“ゆうじん”って何?」


「え?」


「昨日言ってた。“ゆうじん”、分からないから知りたい」


 まさか、この言葉も知らなかったなんて驚いた。

 なるべく、レスの知っていそうな言葉を選んで話していたつもりだが、人間関係の言葉も知らないとなると、会話が難しくなる。


(けど、ここに長く留まることはないし、これ以上の新しい言葉を教えなければ大丈夫かな?)


 リズは自分でも正しい選択をしたつもりはない。だが、知らない言葉を知ろうと、施設内の人間に“レスにとって新しく覚えた言葉”の話しをするのは危険だ。

 だから牽制も込めて教えることにしようと、たくさんの言い訳を頭の中で連ねながら、リズはいつもの笑みを浮かべて答えた。


「“友人”とはね、親しい人。仲良くなりたい、側にいたいと思う人のことを言うんだよ」


「そばに、いる?」


「そう、色々なことを話して、楽しいこと、悲しいことを共有――一緒に知っていきたいと思い合っている人たちのことを言うんだ。……レスは私に会いたいと思うから、来てくれるんだよね?」


「うん」


「私もレスと一緒にいて楽しいと思っている。だから私たちは“友人”なんだよ」


「友人……」


 レスの瞳に輝きが映し出された。こうやって、新しい言葉を教えるたびに輝きを増していく青い瞳を見るのが、リズは好きだった。この色は、嘗て故郷の下で見た空の色と同じ色をしている。


(手を伸ばせば届きそうだ……)


 リズは自分の中に湧き上がる衝動を、胸の下のペンダントを握ることで押さえつける。

 何度か呼吸を繰り返し、気持ちを落ち着かせた。

 新しい言葉を知ったレスは、しばらくはリズの言葉の余韻に酔いしれているから静かでいい。

 何がそんなに楽しいのか、リズには分からないが、レスは抑えきれない感動を身体の内に閉じ込めようとして必死なのだろう。

 見ていて面白いと思った。


「リズと友人。なら、どうしてリズは僕がここに来る、ダメ言うの?」


 ようやく感情と思考の波から帰ってきたのだろう。疑問を訪ねてくるレスに、リズは思わず小さく拭いて笑った。


「友人だから、君の身体を心配しているんだよ」


「? 心配」


「そう、君はまだこんなに小さいのに、夜遅くまで起きていたら身体に悪影響……悪いことがたくさんになっちゃうんだ」


「悪い、たくさん?」


「そうだよ」


 いまいち、ピンときた様子がない。リズ自身も、今の自分の言い回しはどうかと思うが、レスの語彙力を考えると、あまりいい言葉が思いつかなかった。我ながら語彙力の低さに辟易する。


「レスは朝、起きられる?」


「起きる、できる!」


「昨日は起きれた?」


「今日、起きた!」


「昨日は起きれなかったんだね」


 無言になるレス。無言は肯定と同じだ。クスクスと笑うと、リズはレスの頭に手を乗せて優しく撫でてあげた。


「いいかい? 子供はね、夜に寝なくちゃ元気になれないんだよ?」


「元気?」


「そう、夜更かしばかりしていると、朝起きられなくなったり、フラついたり、怒りやすくなっちゃうんだ。私は、レスには元気で笑顔のレスでいて欲しいから夜に寝て欲しいと思っている。分かってくれないかな?」


「夜寝ない、と怒りやすくなる?」


「うん、なるよ」


 確実になるとは限らないが事例の一つだ。レスは何か思い当たる節があったのか、目を逸らし再び俯いている。


「君が私に会いに来てくれるのは私も嬉しい。だけど、毎日じゃなくていいんだ。心配しなくても当分はここにいるつもりだから、せめて2日に1回とか、3日に1回にして欲しい」


 レスの正面に立ち、両手を握ると、俯いていたレスの顔がゆっくりと持ち上がりリズと視線が交わる。


「会いに行く、良い?」


「もちろん」


「明日、来る、ダメ?」


「ダメ、ちゃんと寝て欲しい」


 レスは下唇を噛み、何かを耐えている顔をする。こんな顔もできるようになったのか、とリズは母性本能が目覚めそうになる感覚を覚え、レスを優しく胸元で抱いてやる。


「レス、知って欲しい。子供が夜に起きるのがダメなのは、レスのことが大好きだからだよ。大好きなレスが元気でいて欲しいと思う心があるから、口では怒りや注意になってレスに伝えているだけだよ」


「注意や怒りは、好きと同じ?」


「ああ、好きだから、本気で守りたいと思っているから、痛い言葉を敢えて口に出すんだ。だから信じて欲しい。私のことを、君を守りたいと思っている人のことを」


 レスは無言になった。

 リズは自分で吐いた言葉を頭の中で反芻し、目を閉じる。

 昔、リズも“子供”だった頃に言われた言葉。彼がいたから今のリズはいる。

 彼の言葉があったから、リズはここまで来ることができたのだ。


(先生、私は……)


 脳裏で吐こうとした言葉を飲み込み、リズはレスを抱く手の力を僅かに強めた。

 こんなに小さくて、壊れやすい存在。

 守りたいと思うのは大人の性だ。

 優しく頭を撫でてあげれば、レスは嬉しそうに笑みを浮かべ、リズも笑顔を返した。






 明日、来ないと約束をしたレスは、その分、今日は一緒にいると意気込んでいる。

 リズはレスの問いに関して、なるべく当たり障りのない言葉をかけてあげようと思っていたが、思っていた言葉とは違う疑問を投げかけられた。


「キタラを弾きたいの?」


 レスは大きく頷いた。


「“きたあ”、綺麗な音! 僕も弾く、したい」


「別にいいけど、レスには大きいんじゃないかな?」


 リズの持っているキタラは通常の旅芸人たちが使うハープの中の楽器でも大きめなものだ。

 同じ音域の出せるリラならまだしも、レスに弾けるだろうか。

 不安に思いながらリズはレスにキタラを手渡した。


「持ち方はこうだよ。手を伸ばして、スプーンを持つ手で弦を弾く……触ってみて」


 弾くという表現を触ると言ったのがまずかっただろうか。手は何とか端の二本の弦に届いたものの、音を奏でることができていない。

 リズはレスの手を甲から包み込むように握り弾く素振りをした。


「こうするんだ、やってみて」


「……ん」


 レスの表情は真剣そのもの。

 指先で弦を弾くことができたが、ぼよよ~よんと低く不調和音が響いた。


「……できない。音出るの、大変」


「……ッフ」


 大変の一言で終わらせるのか。吹き出して笑うと、レスは唇を尖らせて頬を膨らました。

 その姿はまるでフグみたいだ。


「そうだね、そしたらレスにはこっちをあげるよ」


「? これは」


「竹笛、先端の細くなっているところに口を咥えて息を吐き出すんだ。息を吐き出すときは口を閉じたまま、咥えているところだけに息が入るようにしてみてごらん」


 レスに渡したのは大人の手の平くらいの大きさしかない竹笛。音を奏でる穴も3つしかない、リズの仲間のお手製のものだ。

 レスは恐る恐るといった感じで竹笛を咥えて息を吹き出した。

 甲高い音が倉庫中に響く。

 あまりうるさいと外部に漏れてしまうので、リズは自分の唇の前に人差し指を立てて触れた。

 すると、レスは吹くのを止める。


「もっと優しく吹いてごらん」


 レスは、今度は優しく吹いてくれた。小さいが綺麗な音がシーツの中に留まってくれる。


「いいね、今度は開いている穴を順番に塞ぎながら吹いてごらん」


 リズの言われた通りにすると、様々な音が生まれ、レスの瞳がさらに輝いた。


「! 良い、音、好き」


 綺麗な音と言いたいのだろう。リズは頷きレスの頭を撫でた。


「良い音が出せるのはレスの才能……良いところだ。その竹笛は………また吹きたくなったら貸してあげるね」


 言葉尻を濁したリズに気付くことなく、レスは「ありがとう!」と口にする。“ありがとう”なんて言われる資格はない。

 本当はレスに竹笛をあげたかった。だが、あげてしまったら、どこでそれを手に入れたのかレスは尋問に合い、その後、どんな罰を受けるのか想像に難くない。

 リズはレスから見えないように左の手の拳を握った。

 あまり深く仲良くなり過ぎてはいけない。

 自分と関わりのあるもの、証拠品は残してはいけない。

 彼が少しでも長生きできるように、この施設で“異端”と判断されないように。




 一曲だけ、竹笛で吹ける曲を教えてあげると、レスは一生懸命、それを練習した。

 最後の方はリズが歌を歌い、レスは嬉しそうに吹く。

 あまり大きくならないようにしたが、正直なところ少し不安が残る。

 レスは深く息を吐き出し、呼吸を整えた。やはり、この身体で一曲を歌い切るのは大変らしい。


「楽しかった! リズの声、好き」


「私もレスの声、好きだよ。次来るときは歌を教えてあげようか」


「歌! リズが歌ったヤツ、良い!」


「分かった、約束だ」


 レスは立ち上がり、シーツから出てリズもそれに続く。

 扉の前でレスはリズにニカッと笑顔を見せてくれた。


「リズ! また、明日の次に来る」


「うん、待ってるよ」


 レスの笑顔が眩しくて、リズは胸の奥に痛みが走った。

 忘れてはいけない。

 ここから無事に脱出したとき、ここでの出来事を決して忘れたりなんかしない。

 純粋で心が温かい優しい子供のことをーー。

 リズは扉が閉まるまで笑顔を浮かべていた。






今回はなるべく暗くならないように、2人が楽しくしているところが書きたくて頑張りました、

次の話しはレスsideから始まります。

次回もよろしくです。

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