知りたい心①
今回はレスと髪の長い子の話しになります。
リズは出てきません。
目が覚めると、寝る部屋にいた。
今はもう起きる時間で、何人かの子供はすでにベッドから出て着替えている。
(寝ちゃったんだ)
勿体ないことをした。
もっとリズとお話をしたかった。僕はみんなと同じように着替えて顔を洗いに行く。
冷たい水で顔を洗った時、ふと思った。
(あれ? 何で、ベッドで寝ていたんだろう)
昨日は、キタラというリズの物で曲を聴いていたはずだ。そこからの記憶はない。
どうやって寝る部屋に戻ったのか、もしかしたらリズが運んでくれたのだろうか。
(けど、リズは倉庫から出たら”マズい”んだ)
新しく覚えた言葉に笑みが浮かんでしまう。隣の子からの視線でハッと我に返り、僕はタオルを次の子に渡して列を出た。
どうやって寝る部屋に戻ったのか、夜、リズに聞いてみよう。きっと教えてくれるはずだ。
ご飯を食べ終わると勉強する部屋に行った。
今日の勉強は歴史だ。新しいことを覚えることはない。いつもと同じことを、教えてくれる人が教えてくれるだけの勉強なので、少しつまらなかった。
僕たちの机に文字が映し出されて、それを教えてくれる人が読みだした。
「昔、人間たちがこの星に充満していた頃の話し。
長い間、人間たちは人間たち同士で争いをしてました。
自分たちの欲望のために、自然を壊し、物を壊し、最後は星の命である太陽もダメにしてしまいました。
生き残った者はいません。太陽がないと人間は生きていられないからです。
我々、“月の民”は唯一の生命体となりました。
太陽が復活するまでの間、その種を残さなければいけません。
この施設は月の民の子供たちが集まります。子供たちが“一人前”なったと判断されると、”そうそう”を行います。”そうそう”は一人前の子にしか行いません。
子供がいなくなると、また別の子供が来ます。そして、あなたたちと同じ”勉強”と”生活”をします。
歴史の話しは終わります。体操の後は健康診断です。今日、健康診断を受けられなかった子供は明日行います。明日はご飯について教えます。」
教えてくれる人が部屋から出て行った。
少し時間は早いけど、僕は他の子供たちと同じように腕を伸ばしたり、腰を左右に動かしたり、簡単な体操をした。すると、珍しいことが起こった。
「ねえ」
声を掛けられた。僕たちは同じ勉強する部屋で教えてくれる人に勉強を教えて貰うけど、他の子と話したりすることはない。僕に話しかけてくれた子は、髪が肩まで伸びている子だった。
「“ゆーじん”って何?」
「え?」
「昨日、あなたは聞いた。私も答えを知りたい」
髪の長い子の言葉に、僕は驚いた。この子も僕と同じく“知りたい”子だったんだ。
僕は何かを言おうとして、ーー言えなかった。
「知らない。分からないから教えてくれる人に聞いた」
「見てたから知ってる。なら、あなたはどこで知った? 私は知りたい」
「たまたま知った。だから知りたい」
「分からない。あなたの言葉、分からない」
僕はリズのことが言いたくなくて誤魔化そうとしたけど、髪の長い子はしつこかった。
何度も何度も同じ言葉を繰り返しに聞かれて、僕は何度も何度も同じ言葉を繰り返しに言ったけど、髪の長い子は聞いてくれなかった。
段々と頭の奥でチカチカと白い光が点滅し、身体中が熱くなり、何かが爆発した。
「知りたいのは僕も同じ! 知らないのに聞くな!!」
喉の奥から出てくる声に、僕だけじゃなくて勉強する部屋にいる全員が驚いた顔をする。
髪の長い子は顔を歪めて、目に水を溜めた。
「大きな声で話す、良くない。私、悪くない。あなた、悪い。私は知る! 教えてくれる人以外に教えてくれる人、いる! その人に聞く!」
髪の長い子は僕と同じくらい大きな声を出してから、勉強する部屋を出て行った。
しつこい質問から解放されてホッとしたはずなのに、何でだろう。
胸の奥が冷たく、風が吹いている感じがする。
(僕には知らないことがたくさんある。……だから、知りたい。一番、僕自身のことを)
どうして大きな声を出してしまうのだろうか。
どうしてリズのことを他の人に言いたくないのか。
どうしてこんなに胸の中が寒く感じるのだろうか。
何よりもーーー。
(教えてくれる人は、どうして僕たちに何も“教えてくれない”んだろう)
知りたい。
僕の知らないことを知りたい。
僕は胸に手を当てて目を閉じた。
リズに会いたい。この気持ちが晴れるのはリズと会った時だけだから、早くリズに会いたい。
そのためにも、今日はちゃんと起きていなければいけない。
僕は健康診断が呼ばれるまで、寝る部屋で眠ることにした。
~・~
レスと喧嘩別れをした髪の長い子は健康診断を受けていた。
髪の長い子の周りには、白衣を着た人たちが裸になった髪の長い子の身体を横たわらせ、口や目の瞳孔を見ては書類に何かを記載している。腕に巻かれた布に電気を走らせ、更には白い箱の中に入れられ強い光を、全身に浴びせられたりした。
全ての検査が終わると、白衣を着た人の中でも一番、高齢そうな髪のない老人が、服を着た髪の長い子に質問をした。
「検査は以上で終わりだよ。君の方から、何か言いたいことはあるかな?」
この質問は形式的なもので、普通の子供たちは首を左右に振り何かを尋ねることはしない。だが、今日は違った。
「知りたい事、ある」
髪の長い子の言葉に、白衣を着た人たちはざわついた。質問をした老人が片手を上げ、指先で指示を飛ばすと、一人は録音機の準備を、もう一人は筆跡の準備を始めた。
いつでも質問がきても良い準備ができたのを見計らい、老人は髪の長い子に尋ねた。
「何が知りたいのかな?」
「“ゆーじん”の言葉。知りたい」
今度こそ、場が騒然となった。隔離された施設で、その言葉を“知ることはあり得ない”。それなのに、この子はどこでその言葉を知ったのか。老人は笑顔を口元に張り付けながら、笑っていない瞳を髪の長い子に向けて尋ねた。
「それはどこで知ったのかな?」
髪の長い子は考えた。ここで、レスのことを言うのは簡単だった。だが、あんなうるさい子の事なんか話題にしてやるもんかと、髪の長い子は自分でも分からない感情に支配され、答えた。
「勉強する部屋で知った。けど、言葉は知らないから知りたいと思った。教えてくれる人は教えてくれない。けど、あなたたち、教えてくれると思った。私、知りたい」
嘘は言っていない。白衣を着た人たちは機械の計量数値を見て髪の長い子の言葉に嘘がないことを判断したが、どうにも腑に落ちない。ざわつく部屋の中で、質問をした老人だけは目を伏せて考え込んだ。
(数日前に、東区の重要区域にテロリストたちの襲撃があったと聞く。主防犯たちは町の外へ逃げたと報告があったが、もし残党がこの施設に潜入していたとして、この子たちと接触をしていたとしたらーー)
そこまで考えて、老人はフッと笑みを浮かべ首を小さく左右に振る。
可能性はゼロではないが、残虐非道なテロリストたちが、この施設のことを知った時点で、この施設にいる子供たちや自分たちは“全滅”しているはずだ。
(かつて、南区にあった施設のようにな……)
今は廃墟となり、立ち入り禁止となっている施設のことを思い出し、苦笑するしかない。
あの時は悲惨だった。命乞いをする者も、何が起こっているのか分からず立ち尽くす子供たちも、みんな“平等”に切り殺され、最後には火を放たれた。
生き残りは誰も一人としていない。中の惨状が分かったのは、最後まで通信機器で現場のことを教えてくれていた若者のお陰だ。その若者も、惨殺され黒焦げになって発見されている。
(あんなこと、二度と起こしてはならぬ。決して起こしてはならぬのだ)
その為に、施設内の監視を強化にした方が良い。それと、万が一のことを考えて警邏隊の一人を、施設内の職員として潜り込ませるのもいいだろう。
殺される前に殺す。
それが、自分たちに課せられた使命を全うするために必要な事なら、老人やここにいる職員たちは誰一人として躊躇わないだろう。
長く考え込んだ老人が、ふと我に返ると、目の前にいる髪の長い子はジッと返事を待っている。従順で何も知らない無垢な子供。いらない感情の1つーー知りたがる心を手に入れてしまった子の末路は1つだけだ。
「君は知りたいんだね?」
「はい」
「なら、“そうそう”をしてあげよう」
「! 出る子に、一人前になれる!」
髪の長い子の瞳がキラキラと輝いて見える。
(あぁ、眩しいな)
どこからどう見ても普通の子供にしか見えないのに、この子供は、ここにいる子供たちは“普通ではない”のだ。
「ああ、そうだ。“ゆーじん”は一人前になったら知る言葉の1つだからね。だから、ここにいる間は決して、他の子に教えてはいけないよ」
「“ゆーじん”は一人前の言葉?」
「うん」
笑顔で頷いて見せると、髪の長い子は嬉しそうに笑い、老人と同じように頷いた。
「私、言わない。一人前の言葉。私、“そーそー”する!」
こんなにも感情が豊かになってしまってーー。
老人は嬉しそうに笑う子供を見て、ほんの少しだけ良心が痛み、すぐに考えを打ち消した。
この子供たちに情を移してはいけない。
それが、この施設で働く“職員”たちの最重要規則だ。
(一度、施設全体を洗い晒しに見て回っておく必要があるか)
今晩にでも夜の巡回を始めようと、老人は頭の中で計画を練り始めるのだった。
少しシリアスが続いたので、次はリズとレスのほのぼの回を予定!
始終リズsideになると思います。
お楽しみに!