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カケラの子供たち  作者: 海埜 ケイ
2/8

食事①


 朝が来た。

 けど、僕はいつもの時間に起きられなくて、上のベッドで寝ていた子に起こされて起きた。

 昨日、就寝時間を過ぎてから寝たせいだろう。まだ眠い。

 服を着替えてから部屋を出ると、たくさんの部屋からたくさんの子たちが、寝る部屋から顔を洗う部屋に入り、列に並んで顔を洗っている。僕も列に並ぶと順番はすぐに来た。

 顔を洗うと目や頭が冴えて眠いのがなくなるから不思議だ。みんなもそうなのだろうか。

 この答えもきっと誰も答えてくれない。けど、もしかしたらリズに言えば教えてくれるのだろうか。

 昨日の夜に出会ったリズは不思議な人だった。僕やみんなとは違う姿をして、たくさんの知らないことを知っている人。まだ倉庫にいてくれているのだろうか。

 そんな事を考えながら顔を拭いたタオルは、前の人のものを使うので少し湿っていた。僕も次の人にタオルを渡してから列を出た。奥のエレベーターに乗って13階のご飯を食べる部屋へ行く。

 ご飯を食べる部屋は、11階と12階にある勉強をする部屋よりも広くて、ここにいる全員が座れるように長いテーブルとたくさんの椅子が並べられていた。長いテーブルの上にはすでにご飯が乗っている状態だけど、ご飯を食べるのは全員が揃ってからだと決まっている。

 僕は空いている椅子に座り、みんなと同じように全員が揃うのを待った。


『では食べてください』


 全員が椅子に座ったことを知らせる声が響いた。少し高くて不思議な声だと思う。僕たちとも、リズとも違う声は、本当のことを言うとあまり好きではなかった。耳に残るし胸の辺りが変に疼くのだ。

 僕は考えるのをやめてみんなと同じように食べ始めた。

 食べ終わると、食器を返却棚に置いて、またエレベーターに乗って各階に戻り、先ほど顔を洗った部屋で歯を磨いてから、それぞれの勉強の部屋へ行く。

 勉強する部屋には僕以外に15人の子がいる。みんな席に座って教えてくれる人を待っていた。


『みなさん、揃っていますか?』


 ご飯を食べる時と同じ声が響いた。入ってきたのは、僕たちの腰ほどしか身長がない、四角くて、上の方が黒く、下の方が白い、不思議な形や色をした“人”だ。

 僕たちとは似ても似つかないその人こそ、僕たちに色々な事を“教えてくれる人“だ。


『では、今日は書き取りと計算を行ってください。質問するときは手を上げてから発言してください』


 勉強の時間だ。僕はみんなと同じように、机の上に表示された問題を解いた。途中、難しくて教えてくれる人に質問をして、何とか計算が終わった。

 書き取りは覚えるだけだから楽だ。同じ文字を何度も何度も書き続けるだけ。

 途中で体操を行い、トイレに行きたい時は教えてくれる人に声を掛けてから行く。それ以外はひたすらに勉強をした。


『勉強時間は終わりです。明日は過去について教えます』


 教えてくれる人が行ってしまうのに、僕は待ったをかけた。


「質問!」


 教えてくれる人は立ち止まり、身体を反転させて黒い部分を僕の方へ少し突き出した。


『どうぞ』


「僕たちみたいな姿で、僕たちみたいな姿じゃない人はいる?」


『その回答は持ち合わせていません』


「“ゆうじん“は何?」


『その回答は持ち合わせていません』


「食事、しないはいけない?」


『食べなければいけない行為です。質問は以上ですか、終わります』


 教えてくれる人が勉強する部屋からいなくなると、僕たちも自分たちの寝る部屋に帰ることになる。

 聞きたいことは聞けたけど、教えて貰えないことの方が多かった。僕が知りたいと思うことの回答はほとんど同じ言葉で終わる。どうして教えてくれる人は教えてくれないことの方が多いのだろう。考えても仕方がないことだけど、考えてしまう。

 寝る部屋に戻ると今度はシャワーを浴びる部屋に行くことになる。顔を洗う時と同じで順番を待ち、シャワーを浴びた。シャワーの時は顔を洗う時とは違ってタオルは1人1枚使えるから嬉しい。勉強する部屋から戻った時に、各自のベッドの上にタオルが置かれるのでそれを持ってシャワーを浴びる部屋へ行くのだ。

 白いタオルで身体を拭い、新しい服に着替えて、古い服は籠へ入れて、壁に空いている穴に籠ごと落とす。ここから消毒室へ繋がっているらしい。


・服は毎日新しいものにしなければならない。


・身体は毎日綺麗にしなければならない。


・毎日、眠らなければいけない。


・食事は食べなければいけない。


 今日は、また新しいことを知った。食事は食べなければいけないこと。ならリズは大丈夫だろうか。ずっと倉庫にいたらご飯は食べられないじゃないか。

 食事をする部屋へ行き、みんなが揃ってから食事が始まる。僕は食器に乗っているご飯を、こっそり持ってきたシャワーの時に使うタオルに入れてから服の下の腹に巻いた。

 ご飯が終わると、顔を洗う部屋へ行き、そこで歯を磨いてからベッドに行く。

 これで今日も一日が終わった。全員が歯を磨き終わり、トイレに行って、ベッドに横になったら部屋の電気が消える。

 僕は時間が経つのを待った。

 すぐに起きたら、トイレに行きそびれた子と会ってしまうかもしれない。

 眠らないように、静かに時間が経つのを待った。











 眠ってしまった。

 僕は跳ね起きて、すぐにベッドから降りて寝る部屋を出る。まだ起きる時間ではないけど、もしかしたらすぐに起きる時間になってしまうかもしれない。そうしたら、リズに会えなくなってしまう。

 僕は走って倉庫へ行き、扉を開けた。


「リズ!」


 倉庫の奥の方へ駆け寄った瞬間、扉が閉まり、僕は驚きのあまりに全身の毛が逆立った。

 倉庫の中は暗くて明かり1つない。寒くて、怖くて、足が震えて立っていられない。

 ―――肩を叩かれた。


「ぴゃっ!?」


「驚かせてごめん。もし、誰かが近くを通ったらって思うと、扉は閉めておいた方がいいかなって思ったんだ」


 優しい声が耳元で聞こえて、僕は固くなった身体が柔らかく熱を持ったのを感じた。


「り、ず……?」


「うん、リズだよ。こんばんは、レス」


「リズ!」


 僕は嬉しさのあまりにリズの腰に抱き付いた。リズは少し驚いた様子を見せつつも、すぐに優しい笑顔を浮かべてくれる。

 良かった、リズがいた。昨日の夜のことは夢じゃなかったんだ。リズがいたことが嬉しくて堪らなくて、目尻から水が出たことに僕は気が付かなかった。

 リズは僕の頭を撫でてその水を拭ってくれた。


「リズ、会えて嬉しい。いてくれてありがとう」


 教わった言葉を言うと、リズは「こちらこそ、会えて嬉しいよ」と言ってくれた。

 ふと、リズの顔がよく見えることに気付き、首を傾げると、リズは「ああ」と僕の疑問に気付き、右腕を捲って答えを教えてくれた。


「このブレスレットは暗いところで光ってくれる『蛍石』で作られているんだ。改良に改良を重ねて、普通の蛍石の十倍は明るく照らしてくれるんだよ」


「ほたるいし」


 初めて見るものに胸が暴れている。顔が熱くなり、嬉しさが止まらない。触れてみたい気もするが、少し怖いから止めておいた。


「あ、リズ。食事はするもの。食事はした?」


 初めて見るものを見てばかりはいけない。ずっと不安だったことを聞くと、リズは頷き答えてくれた。


「もちろんだよ。普段から水と携帯食を三日分は保持しているからね。少し切り詰めれば9日は持つよ」


 僕はホッと息を吐いた。“けいたいしょく”と“ほじ”が何なのかは分からないけど、リズの笑顔を見ると大丈夫なんだと思えて安心した。


「リズがダメならって思って、僕の食事を持って来た」


 僕は腰に巻いていたタオルを解いて、リズに見せた。


「そら豆?」


「僕たちはいつもこのスープを食べてる。食器にたくさんの緑の豆が入ったスープ。リズも食べて」


 リズはタオルごと僕の食事を受け取り「ありがとう」と言ってくれた。


「君にこんなことをお願いするのもどうかと思うけど、もしできたら次からはこれに入れて来てくれないかな?」


 リズは僕の手の平ほどの大きさの紐付きの布を出して渡してくれた。


「これ……」


「小物入れ。この中に入れてくれたら、もうタオルを汚す必要は無くなるよ」


 タオルが汚れないのは嬉しいことだ。シャワーを浴びる部屋にある穴に入れないと、次の日に新しいタオルが貰えないから本当は嫌だった。


「ありがとう、リズ」


「いいんだよ。……それと、飲める水があれば、これに入れて持ってきてくれないかな? 私がここを出てうろつくのは色々と“マズい”んだ」


「“マズい”?」


「あ、え~~っと、叱られる、怒られちゃうんだ」


「おこ、られちゃう?」


「怒られるって言うのは悪いことをした子に注意をすることなんだ」


「注意……、リズが他の人に知られて注意される?」


「そういうこと」


「やだ!」


 リズが他の人に知られるのは、なんとなく嫌だった。リズは僕しか知らないもの。他の人に知ってほしくない。リズの服をギュッと握ると、リズは僕の頭を撫でてくれた。


「うん、私も他の人に私のことを知ってほしくない。だけど、水は欲しくてね。レスに頼んでも良いかな?」


「持ってくる!」


 僕はリズから緑色の細長いものを受け取り、小走りで顔を洗う部屋へ行く。

 そこの水は飲んでも平気な水だ。夜中に喉が渇いた子は、顔を洗う部屋の水を飲んでいる。

 リズと一緒にいるのは嬉しい。今日も色々な話ができるといいな。

 僕は満面の笑みを浮かべながら、水を取りに顔を洗う部屋に入った。






~・~






 扉が閉まり、リズは深く息を吐いた。


「ハァ~~~、食事環境も想像以上にひどいなぁ」


 レスが持ってきてくれたのは茹でただけのそら豆。腰に巻いていたせいで何粒か潰れてしまい、緑の汁がタオルに染み付いてしまっている。タオルの端を嗅いでみると、ツンッとした消毒液の匂いが鼻に付き、思わず眉を顰めた。

 消毒液に浸しただけのタオルに巻かれて持ってきてくれた、剥き出しのそら豆を食べるのはかなり抵抗はあるが背に腹は代えられない。

 意を決して一粒食べてみると、消毒液独特の味は特になく、代わりに調味料がよく染み込んでいるのか、塩味がよく利いている。美味しいともマズいとも言えない複雑な味だ。

 考えたくないがそら豆だけが入ったスープがレスやここにいる子供たちの食事だとすれば、栄養素の欠片もない、本当に生命維持だけを目的とした食事になる。


「レスの細い手足が、その証拠か」


 肉付けのない身体。先ほど抱き付かれたときに感じたが、レスの身体は身体の骨が簡単に折れてしまいそうなほど細く華奢で、戸惑ってしまった。


「そんな食料下なのに、会ったばかりの私に分け与えてくれるなんて……」


 自分はどれほど惨めで浅はかな存在なのだろう。だが、無事に生きて出るにはもう少し日数が掛かる。せめて10日ほど過ぎれば、外の状況も鎮圧化され、民衆に紛れて外に出るのが容易くなるはずだ。


「その為には、利用できるものは利用しないといけない」


 自分に言い聞かせようと口に出すが、どうにも駄目だ。リズは服の上からペンダントを握り俯いた。

 あんなにも自分を慕う子を利用しようだなんて、自分は最低で最悪のヤツだ。生きている価値のない無能な存在。けどーーー。


「生きたいんだ、私は……」


 浅はかでも何でも生きて、生きて、生き抜いていきたい。そのためには非情にならなければいけないんだ。


「ごめんね、レス……」


 扉の向こうから再び聞こえてくる足音に、リズは笑顔を繕って待ってあげた。

 自身の黒い感情を、純粋なレスには見せないように蓋をするのだった。




珍しく間が空かずに投稿です。

レスの”言葉”が難しく、リズの後ろ向き加減に拍車が掛かっている気もします。



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