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カケラの子供たち  作者: 海埜 ケイ
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はじまり


 太陽が消滅してから約千年の月日が流れたと言われている。

 日の光のない氷の大地では人間が生きていくことはできなかった。

 ならば、人間と同じ形をしている“僕”たちは何なのか。

 人間と同じ手足に顔や身体、瞳に髪を持つ僕たちは何なのか。

 疑問を口にしても、みんなはこう答える。


「知らない」


 誰からも答えは貰えない。勉強を教えてくれる人も教えてくれない。

 同じ顔、同じ声の彼らを見ると、僕の心にもやもやとした煙ができるのだ。


(どうして僕はみんなと“違う”んだろう)


 同じ服を着て、同じものを食べて、同じことを勉強するのに、僕だけが疑問を持っている。

 白い廊下を裸足で歩き、等間隔にある扉の向こうには同じような部屋がいくつも存在している。僕やみんなが寝泊まりするのは5階から10階。5階から下は僕たちに勉強を教えてくれる人たちの部屋だと教えて貰った。

 朝起きて、服を着替えて、ご飯を食べて、勉強部屋へ移動して勉強する。体操の時間を挟んだらまた勉強して、シャワーを浴びたらご飯を食べて、各部屋に戻って眠りにつく。毎日毎日、同じことを繰り返していた。





 ある時、眠りにつく時間になっても、“僕”は眠ることができなかった。身体を起こして、寝処のカーテンを開けると、他のみんなは眠っている為、全てのカーテンは閉められていた。

 僕の寝処は5段ベッドの真ん中にあるので、階段を下りて床に足を付ける。

 部屋の扉は、トイレに行きたい人の為に施錠はされていない。僕は扉を開けて廊下に出た。シンと静まり返る廊下は、誰一人としていない。

 僕はトイレの方へ向かって歩いた。別にトイレに行きたくて起きたわけではないが、なんとなくそっちへ行かないといけない気がした。

 延々と続く白い壁と等間隔にある扉。ようやく着いたトイレだったが、僕はその前を通過して奥の方へ向かった。そこにあるのは勉強部屋へ行くためのエレベーターしかない。

 今は就寝の時間を過ぎているので動いているはずがなかった。


「………え?」


 微かに聞こえる空気が揺れる音。僕は身体の奥から“鳴る”音に驚き、胸の前の服を強くつかんだ。誰かがここへ来るはずがない。きっとエレベーターは止まらずに通り過ぎるだけだ。

 僕の考えは無情にも、“ポン”という簡易な音と共に裏切られた。

 左右に開かれる扉。その向こうから不思議な色の髪色と瞳をした“人”が僕と目が合うなり、飛びかかり、僕の口を手で塞いできた。


「!?」


「お願い、静かにして」


 とても優しい声が耳に入り、僕は何度も頷いた。その“人”は僕に「いい子」と言って手を離してくれた。

 背が高く、長い髪を一つに縛ったその人は、僕たちとは違う服を着て、靴を履いて、不思議な形のものを背負っていた。


「ね、ちょっとだけ身を隠せる場所とかない?」


 身を隠せる場所と言われても、ここには寝る部屋とトイレとシャワー室しかない。時間帯によっては身を隠せたりするが、ずっと隠していられるわけでもない。僕は腕を組み考え込む。

 その人は黙って僕の回答を待ってくれた。そして僕は思いついたと手を叩いてから、先頭立って歩き出そうとした。


「待って、こうしてもいいかい?」


 その人は前を歩く僕の手を取って、自分の手と合わせて握った。不思議な行為だ。


「これは、“手を繋ぐ”。または“握手”っていうんだよ」


「あく、しゅ?」


「そう。離れないように。一緒にいて、近くに欲しい時にする行為なんだ」


 “手を繋ぐ”と“握手”。僕は初めて知る行為に、嬉しくて興奮した。

 自分には知らないことがまだまだある。たくさん知ることができる。

 手を繋いでくれたその人の手は、僕たちの手とはやっぱり違っていた。

 その人みたいに大きくて、僕の手なんか片手ですっぽりと収まってしまいそうだ。

 僕はその人の手を握りながら歩き、身を隠せる場所へとたどり着く。


「倉庫?」


 僕は頷いた。


「ここはモノがたくさん。いない子のものを入れて、きた子のものを出すのに使う。たまにおねしょする子のためにものが出されるけど、それ以外は使わない。身を隠す、いい」


 僕の説明に、その人は「確かに身を隠すには打ってつけだね。ありがとう」と言ってくれたけど……。


「あり、がと?」


「“ありがとう”は感謝の言葉だ。優しくしてくれた人に自分の嬉しい気持ちや感謝の気持ちを、言葉に出したい時に使う言葉。私は君の優しさに喜びを感じている。だから“ありがとう”」


 その人は、また新しいことを教えてくれた。


「ありがとう」


 僕が口にすると、その人は「どういたしまして」と言う。


「私の名前は、『リズ』。君は名前があるかい?」


「なまえ?」


「名前は、個を表す名称……って言っても難しいか。う~~ん、そうだなぁ。その人だけを呼ぶときに使う言葉かな」


 その人だけを呼ぶときに使う言葉があることに、僕は驚いた。

 そして、その人を指さして僕は言う。


「リズ」


 その人――リズは嬉しそうに笑みを浮かべた。


「うん」


 そこで思った。僕も自分のことを呼んで欲しい。リズに僕のことを呼んで欲しいと思ったのに、


「僕は、名前ない」。


 俯いて、くしゃっと顔をゆがめる。とても悲しい気持ちになった。

 そんな僕に、リズは床に膝を付いて僕の頭を撫でた。


「“レス”。今度から君をそう呼んでもいいかい?」


 僕は顔を上げた。


「れす?」


「ネームレスな君の名前だ。私の仲間……友人たちに言ったらきっと「センスがない!」って怒られそうだけど、ここには私と君しかいないからいいよね?」


 クスクスと笑うリズに、僕は首を傾げるしかなかった。

 “友人”って何? “センス”って何? どうして怒られるの?

 たくさんの疑問が僕の頭の中に駆け巡ったが、それを言葉にはしなかった。

 僕の疑問に、リズはきっと答えてくれると思うけど、あんまり言ってはいけない気がした。

 僕は気を紛らわせるために倉庫の扉を開けた。

 中はシーツや毛布でいっぱいだ。壁際にある箱の中には大小さまざまな服が入っているはず。


「確かにこれなら見つからなそうだ。ありがとう、レス」


 僕は嬉しくなり笑顔を返した。


「それじゃあ、私がここにいることは内緒だよ? おやすみ、レス」


「おやすみなさい」


 深々と頭を下げる僕に、リズはまた僕の頭を撫でた。

 リズの大きな手がとても気持ち良くて、僕は嬉しかった。

 倉庫の扉を閉めると、僕はトイレに行き、寝る部屋に戻った。

 短い時間だったけど、とても新鮮で嬉しい気持ちでいっぱいになった。

 さっきまで眠れなかった僕の意識は、ベッドに横になった途端、ストンと眠りに入ってくれた。






~・~・~






 倉庫の扉が閉まり、小さな子供――レスの姿が見えなくなったところで、リズは抑えていた吐き気がぶり返し、その場にしゃがみ込んだ。


「―――ハァ、ハァ、ハァ。想像上に胸糞悪い場所だな」


 白い肌に白い髪と青い瞳、青いワンピースから出ていたのはやせ細った手足。片言の言葉に乏しい知識。これらが全て“子供の育成”などと宣うこと自体が狂っている。

 リズはゆっくりと身体を起こし、倉庫の奥の方へ移動した。万が一を考えて、シーツの下にいた方がいい。自分の桃色の髪と緑の瞳は、この施設内では悪目立ちし過ぎる。

シーツを頭から被り身を潜めると、呼吸を整えてから自分の現状を整理した。

 外で『奴ら』と交戦し、そこで仲間たちとはぐれてしまい、孤立無援で戦うのは難しいと判断し、身を隠すためにこの施設に潜り込んだ。


「………うわぁ。現状、最悪過ぎでしょ」


 ほとぼりが冷めてから外に出て仲間と合流するのが一番だが、この施設内にいては、いつ外のほとぼりが冷めているかなんて分からない。通信機も、この施設内では機能しないため仲間を呼ぶこともできない。

 仲間と別れた時のことを考えてもーー。


「死人扱いされてるかもなぁ」


 それならそれでも構わない。仲間から死人として扱われているのなら、リズは誰からも文句を言われることなく本当の意味で自由の身だ。そのまま気ままな旅芸人にでもなって世界を巡ったらどれだけ楽しいだろう。

 現実がそうも甘くないことなんて身をもって知っているけど、想像するだけならいくらやっても自由だ。生まれてからずっと縛られて生きてきた。自由が欲しくて欲しくてたまらない。

 自分の中で感情の渦が暴れ回り始めているのに気づき、リズは荒ぐ息を整えながら服の下に隠していた金色のペンダントを出して、手の平に置いた。

 飾り気のないペンダントだが盤面には異国の詩が刻まれている。

 リズはペンダントを握り、目を閉じる。

 瞼の裏に広がる故郷の風景を思い出しながら、眠りにつくのだった。




今後も、レス編とリズ編を同時更新していく予定です。

楽しんで頂けたら幸いです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] レス視点、リズ視点で雰囲気がガラッと変わるのが好きです! 何も知らない(教えてもらっていない?)レスと、何かを知っているリズ。 二人がどう交差していくのか、今後が楽しみですね [一言] 始…
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