刀霊という存在
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さて、戦いの後にドロップアイテムを物色していると、不意に背後から声をかけられました。
「おーおー、派手に立ち回ったらしいじゃん」
聞き覚えのある声と共に現れたのは、長い赤髪をポニーテールのように結んだ少女でした。
右肩が露わになるように着崩された和服や、キツめに巻かれたさらし。
いかにも女剣豪と言った感じの彼女を注視してみると、現れたウィンドウには予想通り龍子と表示されていました。
「わざわざこっちまで来てくれたんですね。どうして場所がわかったんですか?」
「なんかPKerと対等に戦ってる未覚醒者がいるって聞いてな。気になって来てみたら、まさかリクドーだったとは……なんとなく予想はしてたけどさ」
人の噂ってやつは流れるのが早いですね。
戦闘時間は大して長くなかったと思うのですが、よくよく考えると途中の時点ですでに野次馬はいましたし。
ゲーム内掲示板とかがあるんでしょうか?
「にしてもお前、なんでそんな顔してんの?」
「え……ワタシ、涙ガ……?」
「そんな初めての感情に戸惑う心を持ったアンドロイドみたいなアレじゃねーよ」
ちゃんとボケに突っ込んでくれるところ、好きです。
「そうじゃなくて、なんつーか……恍惚とした表情? お子様の情操教育に悪影響を及ぼしかねないやつ」
「誰の顔が猥褻物ですか」
「そこまでは言ってねー……いや、割とそうかも。モザイク付けるか?」
そんな風に軽口を叩き合っていると、突然「あ、あのっ」と声をかけられました。
振り向くと、そこに立っていたのは先程凱亜に襲われていた少女。
既に逃げたものだと思っていたのですが、どうやら物陰に身を隠していたようです。
仮に逃げていたとして、後から来たもう一人の男にやられていた可能性もありますから、結果的に良い判断になったと言えるでしょう。
「さっきは助けてくれて、ありがとうございますっ!」
「いえいえ。困ってるお嬢様を助けるのは当然のことですから」
「いや、リクドーが人助けするとか嘘だろ。絶対もっと個人的な理由だって」
「何が悔しいって否定できないところですよね……まあ、彼女の言う通り私怨でやったことですから気にしないでください」
「で、でも、私が救われたのも事実ですからっ」
本当に気にしないで良いんですけどね。
どうしたものかと考えていると、急に視界がぐらつきました。
何なんでしょうか、今の。デバフですかね?
「あのっ、怪我してますよね……? 出血のデバフも入ってますし、回復させてくださいっ」
「まあ怪我はしてますけど、もう後は始苑に戻るだけですし大丈夫ですよ?」
「いえ、命の恩人なんですから、せめてこのくらいはさせて下さい……!」
まあ、これは断るのも失礼でしょうか。
身体に永続的な痺れが残っているのは確かですし、ここはお言葉に甘えておきましょう。
一応傷薬なら私も持ってるんですけどね。
なんて考えていたのですが、少女がとった行動は予想外のものでした。
「癒して、『雨色蝶々』」
そう少女が呟いた途端、彼女の手の内から青い蝶がひらひらと翅を瞬かせながら現れました。
蝶はそのまま私の指先に止まると、小刻みにその翅を震わせ、パッと微かに光を発したかと思うと、次の瞬間には立ち消えてしまいました。
「これって……」
「ん、もしかして回復系の刀霊か?」
「えっ、はい、そうですっ」
なるほど。言われてみれば確かに身体に残っていた痺れはありませんし、視界の端を覆っていた赤いエフェクトもすっかりなくなっていました。
これが彼女の刀霊の能力というわけですね。
「回復系か……久々に見たな」
「珍しいんですか?」
「かなり希少だぞ。回復系ってだけで有力な同盟からスカウトがくるレベルだし、それにアンタ、まだ発現したばっかだろ?」
「はっ、はい」
「回復系能力を持つ刀霊ってのは成長の過程で別系統の刀霊に回復系能力が付くのがほとんどで、まあそれも充分希少ではあるんだけど、最初っから回復ってなるとそれ以上にレアなんだ」
能力の良し悪しについてはよく分かりませんが、レアな能力というのは羨ましいですね。
そういう観点から言うと、私の刀霊はどうなのでしょうか。
そう考えて、ふと思い出しました。
「あれ? 結局さっきの声ってなんだったんですかね……」
「声?」
「戦闘中に聞こえたんですよ。能力の使い方を教えてくれたんですけど、そういうシステムなんですか?」
「あー、それリクドーの刀霊だと思うぞ」
「……え?」
刀霊って喋るんですか?
なんかもっとこう……能力そのものを指す名称だと思っていたんですけど。
「お前情報縛ってるって言ってたけど、刀霊のシステムすら知らなかったのかよ……めっちゃ大々的に宣伝されてた気がするんだけど」
「SNSのアカウントも消してましたからね。まあ結局作り直して生存報告出したんですけど」
前触れもなく消してしまったので若干騒ぎになったんですよね。前作のプレイヤーとして名前が知られてしまっていたので。
「えっ、というか呼んだら来るんですか?」
『ふふふ……ずっといるわよ?』
「わっ」
声のする方を向いてみると、そこには微かに光を放つ紫色の球体がふよふよと浮かんでいました。
「あなたが私の刀霊……なんですよね?」
『ええ、そうね。私は貴女の刀、貴女の導。貴女と共に成長し、貴女と共に闘う者』
ゆったりとした包み込むような口調で、彼女は言葉を続けます。
『差し当たって、貴女に一つお願いがあるのだけれど』
「お願い……? なんですか?」
『刀に名前をつけてほしいの』
あー……名付け。
白状すると、私にはネーミングセンスというものがありません。
捕まえたモンスターを育成して戦うタイプのゲームとかも基本的にそのモンスターの種族名そのまんま付けますからね。
なんていうんでしょうか……こう、考えすぎてしまうんですよね。
さっと考えたものならともかく、少しでも深みにハマるととんでもない名前になってしまうんです。
しかも考えた直後はその異常さに気付かないくせに、少し時間が経つと「我ながらこの名前酷くないですか?」って思ってしまうんですよ。
そんなわけで、私は私自身のネーミングセンスというものを一切信用していないのです。
「とは言え、他の人に任せるのもアレですね……せっかく自分の刀なんですから」
『ふふっ、じっくり考えていいのよ?』
「私の場合はじっくり考える方がダメなんですけどね。……ところで、貴女の名前はどうなるんですか?」
『私は刀と同一の存在だから、刀の名前がそのまま私の名前になるわね』
そうなると長い名前はダメですね。呼びにくいですし。
なるべく短い名前で……能力に関係してて……可愛くて……カッコよくて……異次元…………ダメですねこれ、深みにハマるパターンです。
一度思考を切り替えましょう。そしてテーマを一つに絞りましょう。
確か、刀の色が薄く虹色っぽくなっているのは私のオンリーワンだったはずですし、そこから考えていくことにします。
虹色、七色、玉虫色……
「…………『極彩色』、とか?」
「お? リクドーにしては良い案じゃん。玉虫祭りとかになるかと思ってたわ」
「それは流石に馬鹿にしすぎですって」
いやまあ、確かに玉虫色方面で考えていたら割と危なかった感じはありますけど。
「あ、あと今思いついたんですけど、刀の名前はそのまま呼んで、刀霊である貴女を呼ぶときは『シキ』と呼ぶというのはどうです?」
『極彩色……シキ……ふふっ、そうね。良いと思うわ』
気に入ってもらえた……のでしょうか?
少なくとも声色的には嬉しそうです。
『それじゃあ、改めて。これからよろしく頼むわね、リクドー』
「はい。こちらこそ、よろしくお願いしますね」
シキは嬉しそうにゆっくりと、私の眼前でくるりと回ったのでした。
 




