覚醒の時
私の飛び蹴りから始まったPKerとの戦闘ですが、結局私はいつも通り回避に徹していました。
基本的に刀の扱いはそれ程上手くはありませんね。
横薙ぎの攻撃だけ妙に速度が速く、それには気をつける必要があるのですが……恐らく【技】にカテゴライズされるようなものを持っているのでしょう。
攻撃に合わせて発動するスキルでしょうか。
VRゲームにおけるスキルには、主に二つのパターンが存在します。
一つはスキルの発動に合わせて身体が自動的に動くパターン。
もう一つは身体の動きに付随する形でスキルが発動するパターン。
このゲームはどちらなんですかね。
前作は動きに付随するパターンが主で、奥義みたいな技だけ身体が自動的に動く感じでしたけども。
「クソッ、ちょこまかと動きやがって……!」
「そんなんじゃいつまで経っても掠りませんよ?」
私がこの凱亜という名のPKerに挑むのは当然復讐が目当てではあるのですが、その他にも目標としていることがあります。
それは、彼の能力を知ること。
能力さえ分かれば前回の敗北を糧とすることが出来ますからね。
ついでに【洞察眼 伍(上)】というスキルが発動するまでにどれくらいの時間を要するのかというのも知っておきたいですし。
さて、そんなこんなで戦闘開始からおよそ五分後、ピコンと音が鳴って、半透明のウインドウが開きました。記されているのは凱亜の刀の能力のようです。
思ったよりも早く見ることが出来ました。
まあ、実力差が開くほど更に時間がかかると書いてある通り強敵相手にはかなり長時間の観察が必要になるのでしょうけど。
というわけで、一度距離をとってから、ビシッと人差し指を相手に向けます。
「分かりましたよ、貴方の能力」
「あ?」
「名は『空蜘蛛』、能力は『空中に糸を張るように斬撃を設置できる』というもの。今は同時に二つしか配置できないみたいですけどね?」
「ッ!? てめぇ……!」
ええ、分かりますとも。
誰だって自分だけの能力は隠しておきたいものですから。それをこうもあっさりと見抜かれてしまっては、怒るのも無理はありません。
まあ、だから敢えて挑発っぽく言ったんですけどね。
「オラァ!!」
己を鼓舞するように叫びながら、彼は刀を振るい続けます。
その場所を逐一記憶しながら、私は少しずつその場から離れるように移動することにしました。
目を凝らしても、残念ながら配置された斬撃は見れません。それが最大の特徴なのでしょう。
それならば、わざわざ危険な場所に行く理由もないわけで。
一度斬ったところに近寄らなければ隠された斬撃に直撃することはありませんし、何よりも現状、斬撃を仕込んだ場所に留まって相手を誘い込むという戦法を相手は取ることが出来ません。
私が受け手である以上、それをやられたとして引っかかりに行く理由がありませんからね。
「動きが単調になってますよ?」
「……チッ」
勿論挑発も忘れずに。
効果はまあまああるようですし。
さて、そんな感じで数分程回避を繰り返していたのですが……状況は未だ変わらず、膠着状態となっていました。
相手を怒らせて体力を消耗させ、自分は最低限の動きで避け続けることで先に相手をバテさせるという方向で考えていたのですが、彼の顔に疲労の色は無く。
ならばこちらから攻撃を仕掛けようと考えたのですが、やはりステータス的な差がある以上、ある程度ギリギリで攻撃を回避してからのカウンターというのがまともにダメージを与えることのできる唯一の方法でしょう。
しかしながら、これもまたステータスの差に依るところなのですが、ギリギリで避けるというのはかなり難しく……もどかしいですね。
一か八か攻撃に転じてみようと、刀に手をかけ——その瞬間、異常な風圧が私の身体を吹き飛ばしました。
「!?」
一瞬のうちに何度も天地が入れ替わり、やがて鈍い衝撃が身体を走ります。
地面に落ちたのか、木に激突したのか、揺れる視界ではもはやそれすら判断できません。
どうにか焦点を合わせようともがく視界の端は薄ら赤く、正確な値は分かりませんがある程度のダメージは喰らっている様子。
木の幹に身体を預けつつ、ゆっくりと立ち上がって顔を上げた先には、凱亜と言葉を交わすもう一人の男がいました。
「何てこずってんだよお前……こいつ未覚醒だろ」
「うっせえ、調子悪りぃんだよ今日は! それにこいつ何か動き強えし……」
新たにやって来た男……恐らくは彼も同業者であり、そして先程私を吹き飛ばした風圧の主でしょう。
先程のは風を巻き起こす能力でしょうか?
そうだとすると……マズいですね。普通に回避しただけでは巻き込まれてしまうわけですし。
というかそもそも一対二というのがもう絶体絶命なわけですが。
しかし、そんな絶望的な状況にあって、私の心は静かに昂っていました。
少なくとも、逃げるという選択肢など浮かばないほどに。
どうあっても、私は負けたくない。
負けたとして、それはしっかり敵に向き合った上の結果でありたい。
そうでなければ、ゲームは楽しくないのですから。
そう考えた時でしょうか。
突如として、私の耳元で誰かが囁きました。
『ふふっ、こんにちは』
その声に驚いて、私は思わず数歩後ずさりました。
声の張り具合からして、かなり近くで話しかけられたように思えるのですが、さっと周囲を確認してみても遠巻きにこちらを眺めている野次馬以外には特に人の姿はなく。
訝しんでいると、再度声が響きます。
『ふふっ……まだ探しても見つからないわよ?』
「えっと、どなたですか?」
『自己紹介は後。今は……そう、眼に委ねるの』
「眼に……」
そんな私の様子を不思議そうに見ていた男達でしたが、後から来た方の男が「お前……まさか今覚醒を!!」と叫ぶと、あからさまに狼狽した様子で斬りかかって来ました。
「ちょっ、今喋ってるところなんですけど!?」
咄嗟に回避しようと動きましたが、謎の声に気を取られて敵の動きを見逃してしまっていた私は確信してしまいます。
この攻撃は避けられない、と。
それでも私はどうにか回避しようと足掻き——とくん、と。
心臓が優しく跳ねるような感覚とともに、眼の奥がじんわりと熱を持つのがわかりました。
一体、なにが起きたのでしょうか。
考えるよりも早く、答えは世界に映し出されていました。
風に揺れる木の枝。
少し遠くを行く人魂。
そして、目の前の男。
眼に映るすべてが、スローになっていたのです。
斬りかかろうと刀を振る男の動作は酷く緩慢で、命を奪い合う戦いから一気にチャンバラ遊びになったかのような変化に、思わず困惑の表情が浮かびます。
これなら私でも楽に倒せる。
そう考えて反撃しようとしましたが、しかし、諦めて一歩下がりました。
スローになっているのは、私も同じだったのです。
『これが、貴方の刀の能力』
声が、優しく語りかけてきます。
「世界をスローで見ることができるってわけですね。あくまでも見えるだけなので自分もゆっくりになってしまう、と」
『ええ、その通り。理解が早くて助かるわ』
言い換えるなら、自分の思考スピードが倍になっている、という感じでしょうか。
主な使い方としては、敵の攻撃に合わせて発動することで太刀筋を判断し、最適な方法で反撃を繰り出すというようになる気がします。こちらの動きが早くなっているわけではないようですしね。
そう考えると、なんとも私向きな能力です。
この〈虎狼-零〉の前身となった〈虎狼BS〉での私のメインキャラクターは回避カウンタータイプのキャラでしたし。
まあ、プレイスタイルに合わせて能力が生じるらしいので、それも当然のことなのでしょうけど。
「チッ、何で当たらないんだ……!」
「だから言ったろ、なんか強えんだってこいつ! 能力はまだ使えねえのか!?」
「まだチャージ中だ、クソッ……こんな強いんなら分配するべきだった」
再度振り下ろされる攻撃を、今度はギリギリまで引きつけてから回避します。
先程は能力の発動が遅かった為に回避以外の選択肢がありませんでしたが、今回は攻撃動作の最初から能力を発動できたため、かなり余裕を持って動くことができました。
刀は鉄の塊。ゲームゆえにその重さはかなり軽く設定されてはいますが、しかし一度勢いのついたそれの軌道を無理矢理変更することはほぼ不可能と言ってもいいでしょう。
つまり、初動で動きを判断して回避すれば、その後の時間が丸々敵の隙になる訳で。
「ようやく、私の番ですね」
息を吐くようにそっと呟き、体勢は深く。
右手で柄を、左手で鞘を持ち——
「——はッ!」
「がァッ!?」
抜き放った居合の一閃は、男の頸筋に吸い込まれるように煌めいたのでした。