波魔矢、撃抵、九十九髪。
三章が始まってから三か月経ってしまう……
『さあ、準決勝第一試合が間もなく始まろうとしています!』
実況の声を聞きながら、私たちは戦闘フィールドへと進みます。
対戦相手はチームぷらねっと。先頭を歩く銀髪の少年「なばろん」をリーダーとした三人組です。
その後ろに続く金髪碧眼の少女が「ミケ」で、背の高い黒髪の男が「アッシュ」というプレイヤーですね。
確か、アッシュはプロゲーマーなんでしたっけ。龍子はアッシュを押さえるって豪語していましたけど、大丈夫なんでしょうか。
「両組、準備を行ってください」
審判の指示に従って、私たちは刀霊の能力を開放させます。
シキの様子はいたって普通。ですが、どことなく浮足立っているような気がしました。
能力の覚醒は近い……と言っていましたし、そういうのはシキも嬉しいんでしょうか。
「行くぜ、『撃抵』!!」
「マジカルメイクアーップ、『九十九髪』!!」
その言葉とともに、なばろんを除く二人が能力を開放しました。
アッシュの刀霊は変化型のようで一瞬のうちにグローブのような形状へと変わり、対してミケの刀は形状こそ変化しませんでしたが、大きく生物のようにうねる彼女の髪がその柄を握っています。
「厄介そうだな。リクドー、さっき言った通りアタシはあの黒髪と戦いてーんだけど……って、ん?」
話しかけてきた龍子が、怪訝そうな顔で固まりました。
「え、どうかしました?」
「いや、リクドーってそんな眼の色してたか……って思ってさ。模様は仇討人のやつだろうけど、色がなんかごちゃごちゃしてるぞ」
「えー……全然記憶にないんですけど」
バグですかね? まあユニークな能力が入り乱れるMMOならバグの一つや二つないとおかしいとは思うんですけど、よりによってアバター関連のバグですか。刀霊の能力に関連するところの方がバグも起きやすそうなものですけど。
まあ、その辺は後で考えるとしましょう。気を取り直して、私は敵チームの方を見据えます。
敵チームのリーダーは未だ能力を発動しません。常時発動型の能力なのかもしれませんね。いつも以上に慎重に動く必要がありそうです。
『両組、準備はよろしいですね。……では、準決勝第一試合――始めッ!!』
審判が声高に宣言すると同時に、相手チームの一人――アッシュが動きました。
「最初っから大技を使わせてもらうぜ――《灰燼の街》!!」
アッシュが両手を地面に叩きつけると、その部分を中心に地面がせりあがるように変化し始めます。
せりあがった地面はそれぞれが無機質な家を形作り、一瞬のうちに辺りは密集した住宅街のようになってしまいました。
どうやら相手も地形を変化させることのできる能力を持っていたようです。というか、ベアの地形生成が防御系の技を転用しているのに対し、この技は最初から地形生成を目的としたもののようですから、純粋な能力の強度ではあちらに軍配が上がるでしょう。
「あー……早速作戦が潰れたな」
「すまない……ここからこちらのフィールドに持ち込むのは難しそうだ」
ベアがそう言った瞬間、勢いよく地面を蹴ってアッシュが接近してきました。同時にミケの髪が刀を持ってうねるように迫ってきます。
対象は……両方とも私ですね。
テンポの違う二種類の攻撃。その両方に対しどう反撃をすればいいのか、考える間もなく攻撃は迫り――私が刀を抜くよりも速く、龍子とベアがそれぞれの攻撃を受け止めました。
「将を射んと欲すれば先ず馬を射よ……というやつさ」
「ああ、まずはアタシたちから相手になってやるよ」
そう言って、二人は敵を私から遠ざけようと動きます。最初こそ相手に呑まれてしまいましたが、この試合の方針は変わらず各個撃破。この密集した街の中で敵に連携を許すのは危険すぎますしね。
などと考えていると、アッシュが口を開きました。
「いいや、射るのはオレらじゃねえ」
私にも聞こえるほどの声量で発せられたその言葉とともに、背筋を凍らせるような悪寒が私を襲いました。
反射的に身構えるように刀に手を添えるとともに能力を発動。ゆっくりと進む視界の中で、私は一筋の閃光を認識しました。
それが何なのか考える時間もなく、恐ろしい速度で接近してきたその光に対し、表示されたたった一つの赤いマーク。
カウンターが可能であることを示すその印はこれまでに見たことがないほどに小さく、だからこそこれを防げなければ死ぬと直感的に分かるものでした。
一か八か――いや、これくらい造作もなく切り伏せられるようにならなければ未来はないでしょう。一呼吸で気を静め、呟くように技を宣誓します。
「――《火神鳴》」
一点を狙い、横薙ぎというよりも突きに近いような形で放たれた刀は、赤い印をたたっ斬って光線を寸前で両断したのでした。
以前に比べて技の正確性が上がってきましたね。無論、それ自体は前作から意識していたことではありますけど、このカウンター戦術においては攻撃の正確さが何よりも重視されますから、戦闘を重ねるうちに更に水準が上がったような感じです。
そんな実感をかみしめつつ、油断せずに前方を見据えれば、そこには敵のリーダーが弓を構えた状態で立っていました。
先ほどの攻撃は彼のものでしょう。まあ残り二人は龍子とベアが抑えていましたから当然ではあるんですけど。
というか、弓ですか……準備段階で刀霊の開放を行わなかったのは常時開放型の能力だからではなく、この奇襲を行うためのようですね。
「……斬って止められたのは初めて」
「でしょうね。私も矢を斬ったのは初めてです」
驚いたように告げる彼を見て、私はふと予選での出来事を思い出します。
上空からの偵察を行うシキのもとに飛来する一筋の閃光――敵の正体すら見えない遠距離からの狙撃でしたが、あれは恐らく彼によるものでしょう。
流石に準決勝ですから一筋縄ではいかないと思っていましたが、これは予想以上ですね……フィールドがあまり広くないというのは救いではありますが。
「……じゃあ、プランBだね。二人とも、よろしく」
「応よ!!」 「おっけー!」
なばろんの合図とともに、二人が動き出しました。その様子を見つつ、なばろんからの射線を切るように物陰に隠れます。
相手の狙いは……分断ですね。まあスペースを広くとって戦うのが難しそうなフィールドに変えられた時点で分かっていましたし、個人戦はこちらの得意とするところでもあるのですが……この初見のフィールドで戦うというのはマズいですね。明らかに相手はこの地形を想定して戦っているわけですから、地の利は完全に向こうにあります。
「……隠れても無駄だから」
私の顔の横を弓矢が掠め、髪がふっと巻き上がると同時に、矢があり得ない軌道を描き始めます。
矢じりを軸に車のドリフトのような形で矢は反転し、それから勢いよくこちらへと迫ってきたのでした。
「やば……っ、《閃刃》!」
慌てて技を発動し、どうにか矢を斬り落とします。
当然ですが、弓矢に変形するだけの能力ではないようですね。何はともあれ、遠距離タイプに対しては接近戦に持ち込むのがセオリー。少なくとも回避できない攻撃ではないですし、接近してしまいましょうか。
「……そう簡単には近づかせないよ。……《四重送》、《靫乱れ矢継》」
マズい――直感でそう確信した私はすぐさま能力をフルで発動し、身を隠します。瞬間、私のいたところをおびただしい数の矢が通り過ぎていきました。
そっと覗いてみれば、彼が行なっていたのは矢をつがえ、弓を引き絞って放つという当たり前の動作。しかし問題はこの一連の動作が人間離れした速度で行われ、且つその一動作で同時に複数の矢が放たれているということでした。
絶えることのない矢の嵐はすぐに機銃による弾幕のようですらあり、私の行方を容易に阻みます。
ちょっとこれは……攻めの手が思いつきません。このまま弾幕を張ってくれるだけならこちらに攻撃が届くことはないですし、なんならベアか龍子のどちらかに合流することも可能なんですけど、まあそう簡単にはいかないでしょうね。
「……迂れ、『波魔矢』」
「やっぱそう来ますよね――《渦雷旋》!!」
くるっと軌道を変えてこちらに集中する矢の嵐。そのそれぞれを渦雷旋で一気に斬り伏せつつ、私は今いた場所から更に動きます。
一応今ので分かりましたが、少なくとも彼の攻撃には二種類あります。
直進する矢と曲がる矢……見た目的には分かり切っていることではあるのですけど、これらは性質までしっかりと異なっています。
どういった手段で矢の軌道を変えているのかは分かりませんが、直進するものに比べて曲がる矢は威力が低くなっているようです。曲がる過程で威力が削がれている、ということなのでしょうか。
明らかなのは、不意打ちに使われた初撃の直進する矢と先ほどの曲がる矢とでは反撃の赤い印の大きさが異なるということですね。当然ですが後者のほうが的が大きく反撃しやすいです。
曲がる矢ならカウンターで十分に対応できますし、一先ずはこの地形を利用し壁に身体を隠しながら接近していきましょう。なんなら、屋根の上を行くのもいいかもしれません。
そんなことを考えながら私は別の家の壁に身体を隠します。
流石に矢が途切れないと言うわけではないようで、不意に彼の攻撃が途絶えます。
その瞬間を好機と見て、私は接近しようとし……瞬間、左肩に痺れが奔りました。
「っ!?」
攻撃の来たほうを見れば、灰色の壁には抉り取られたかのような丸い穴が開いていて、その先には弓を放つ体勢のままのなばろんが立っていました。
「……アッシュが操るのは灰……このフィールドの壁は当てにしないほうが良いよ」
「ご忠告どうも。もっと早く言ってほしかったですけどね……」
直進する矢の攻撃力でもって灰の壁を突き破ったということですね……完全に想定外でした。というか灰なんですねこの壁。
先ほどの攻撃を喰らって視界の端は既に赤くなりかけています。今までの経験から言って、恐らく現在のHPは半分程度。
これは多少無理してでも接近するべきでしょうか……。
そう考えて私は物陰から走り出し――
「っ!? 今度は何なんですか、これ……!?」
――目に映る全てが、緑色に染まりました。




