人助けジャンピングキック
魔物も殆ど湧かず、人も殆ど来ない穴場スポットにて、私は一人、人魂を相手にただただ回避を続けていました。
色々調べてみたのですが、刀霊の発現にはやはり個人差があるようで、何をすればいいという訳でもない様子。
であれば、一先ずは今まで通りスキルを取得していく方向性でやっていくのがいいのかなと思い、今もこうして回避を続けている訳です。
ふよふよと浮かび、突撃してくる人魂を回避するという単純作業。
避けゲーとかめちゃくちゃ好きなのでこうしているだけでも楽しいんですけど、まあ流石にそろそろ飽きてきましたね。
そろそろ次のスキルでも解放されれば良いのですけど……と、そう思っているとちょうど新たなスキルが追加されました。
【洞察眼 伍(上)】
戦闘中、相手を観察することによって魔物の情報や刀霊の能力を知ることができるスキル。
スキル発動までにかかる時間は相手との力量差に応じて変動する。納刀状態で観察することで発動までの時間を減らすことも可能。
取得条件:納刀状態で同等以上の魔物を六時間観察し続ける。
特殊条件:所持している紋の八割以上を「眼」に宿す。
「上……って何ですかね。この特殊条件っていうのが関係してるんでしょうか?」
少なくとも、これまでのスキルにはない要素ですね。
とりあえず(上)という部分をタップしてみると、今度は説明文の一部が灰黒く変化しました。
どの辺りかというと、相手の刀霊の能力を見ることができるという辺りですね。
恐らくですが、これは多分特殊条件という物を満たした上でスキルを獲得すると解放されるものなのではないでしょうか。
所持している紋の八割以上を目に宿すと言うのは達成していますしね。
通常時であれば魔物の能力を見ることができるというだけの能力なのが、特殊条件を満たすことで相手の刀霊の能力まで見ることができるようになった、と。
「極振りの救済みたいな感じなんですかね」
まあ、その辺りはよく分かりませんが。
何はともあれ、もう一度この【洞察眼 伍(上)】というスキルについて見てみましょう。
これまで通り魔物の情報を見ることができるというのは変わりませんが、今回のスキルでは新たに刀霊の能力を見ることができる、という文言が追加されています。
刀霊というのはプレイヤーそれぞれに備わる特殊能力のことだとwikiで覚えました。
ということは、相手の特殊能力を知ることができる……ということですよね、多分。
「……え、これ強くないですか?」
このゲーム内での戦闘における能力の比重がどれだけのものなのかはわかりませんが、能力バトル的な観点で考えた場合、相手の能力を理解できてしまうというのはかなり強い……というかルールブレイカーに等しいと思います。
まあ能力バトル系の漫画なんかでは演出の都合上自分からベラベラと能力を喋ることが多いのですけど、「それ能力喋らなければ勝ててたじゃん」みたいなツッコミは入りますし、実際、能力がわからない状態での攻撃というのはかなり凶悪なわけで。
ゆえに、演出の都合なんか微塵も関係ないこのゲームにおいて、自分から能力を告白するような人間はほとんどいないでしょう。
そう考えると、ただひたすらに強いですね、これ。
この前戦ったあの凱亜という男の能力についてもこのスキルがあればわかるということですから、俄然復讐心が湧いてきました。
死因不明はスッキリしませんし、とっとと暴いてやりたいところです。
まあ、その辺は私の刀霊が発現してからですけど。
件の男も未だ遭遇してませんしね。
「さて……休憩も取りましたし、もう一戦しましょうか」
人魂相手に回避し続けるというのも飽きてきましたし、今度はまた別のアプローチをかけてみるのもいいかもしれません。
小鬼っぽいモンスターがいますし、小鬼の攻撃を回避し続けるのもいいでしょう。
……いや、それだとやってること変わりませんね。
とりあえずこの場所には魔物は湧かないので、一旦街道の方に出ようとし——不意に着信音が鳴り響きました。
現れたウィンドウに表示された名前は龍子。
一足先にこの<虎狼 零>を始めた、私の現実での友人からの着信でした。
「もしもし?」
『あ、もしもし結衣……じゃなかった、リクドーだよな?』
「いつも通りリクドーですよ。電話ですし別に良いんですけど、気をつけてくださいね」
『悪い悪い。ってか、始めてたんなら私に連絡くらいしてくれよなぁ。先輩として色々教えてやろうと思ってたんだ』
相変わらず、男勝りな口調です。
これは別にロールプレイでそうしているとかではなく、リアルでも常にこうなんですよね。
男兄弟が多いと口調が移るという事例の純粋なサンプルデータです。
「なんとなくある程度強くなってからの方が良いかなと思って……貴女に見下されるの凄く嫌ですし」
『いつも通りの負けず嫌いで安心したよ。まあいいや、今時間大丈夫だよな? 今から始苑行くから会おうぜ』
「いいですよ。ちょっと外に出てるので、時間を決めて落ち合いましょう」
と、そんなわけで、一先ず私は街に帰ることにしました。
……のですが。
その道中のことです。
道端で、少女がPKerと思しきプレイヤーに襲われているのを目撃してしまいました。
「助けるべき……なんですかね?」
一応女の子ですしね……と考えて、すぐに首を振ります。
VR世界で外見的特徴から精神的年齢や性別を推察するのは愚行である、というのは誰だって知っていることです。あの少女だって中身はおっさんである可能性の方が高いでしょう。
正直言って人助けなんてガラじゃないですし、ゲーム内なら尚更見て見ぬふりをする私です。
というわけで今回もスルーしようと考えたのですが……ふとPKerの顔を見て、私の足はピタリと止まりました。
見覚えがある、というレベルではありませんでした。
当然です。
少女を襲撃していたのは、先ほど私を殺した男だったのですから。
「だっ、誰かっ……助けてっ」
「くくっ、ここらは人通りが少ねえからな。誰も来ねえよ。来たとしてもどうせ初心者だろうし意味ねーんだけどな」
相変わらずの悪役ムーブです。PKerとしてのプロ意識ってやつでしょうか?
まあそんなことはどうでもいいんです。
「もういたぶるのも飽きたし……死んでもらうぜ」
そう言って、男は刀を振り上げました。
——行くなら今ですね。
そう確信し、今まさにその命が奪われようとしているその瞬間に私は駆け出しました。
大地を駆る健脚は土埃を巻き上げ、その勢いを殺さぬような跳躍は音を立てず。
多少の捻りの加えられた私の肉体は勢いよく突き進み——着弾。
「げふぁッ!!??」
ゲーム的な外連の効いた飛び蹴りは凱亜の側頭部にクリーンヒットし、彼はそのまま吹き飛ばされて木の幹に勢いよく激突しました。
VRゲームならではの徒手空拳は必修科目ですからね。練習しておいてよかったです。
「さあ、貴女は今のうちに逃げちゃってください」
「え、あ、あのっ、ありがとうございます!」
少女はペコリと一礼し、そのまま駆けて行きました。
声も自然ですし、普通に女の子っぽいですね。
「クソッ、なんなんだよ急に……!」
「さて……ようやく見つけましたよ」
「あ? 誰だよテメェは」
「えっ、もしかして覚えてないんですか?」
殺した相手の顔なんかいちいち覚えていないってやつですか? なんかムカつきますね。
「まあ、別に良いんですけど。……どうせ忘れられなくなりますから」
「あ?」
「誰だって、自分を殺した相手のことは忘れられないものですよ」
「ハッ、未覚醒の癖によく吠えるじゃねえか。相手してやるよ……俺の『空蜘蛛』でな!」
相変わらずの悪役じみた台詞と共に、彼は刀を抜きました。
それに対し、私は当然刀を納めたまま相対します。
新たなスキルを手に入れた私のリベンジマッチ。
さあ、目に物を見せてやりましょう。