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『奈落自堕落』



「……? 握手してくれないのか?」


「なんか怪しいですし……」



 蛇薔薇(じゃばら)と名乗った彼は、口を尖らせながら手をひらひらと振りました。



「そんなに警戒しなくてもいいじゃんね。別に怪しい者じゃ……いや、怪しい者だけど危害を加えるつもりはないし。ちょっと人を探してるだけなんだよ。龍子って知らない?」


「知りませんけど……何なんですか、急に」



 この男が何者なのかわかりませんし、とりあえずシラを切っておきます。

 龍子の追手という可能性も考えていましたから、名前が出て来ても平静を装えたと自分では思うんですけど。



「…………ふーん、なるほど。一足遅かったな」



 ……あれ、これもしかしてバレてます?



「引っ張られたか……しょうがないけど、面倒くせえな」



 彼は顎に手を当てながら少し考えて、それから私の肩に手を置きました。



「まあ、この際君でもいいか。実はさ、今ちょっと人手が欲しくて——」


「やあ。すまない、そこは私の席だった筈なのだけれど」



 彼の言葉に割り込むように、いつのまにか戻って来ていたベアが口を挟みました。

 いつもと同じような口調ですが、その目には明確に警戒の色が浮かんでいます。

 そんなベアに対して、蛇薔薇は肩を竦めてみせました。



「悪いな。そっちの席は空いてるぜ?」


「そうか。——彼女から離れてくれないか?」



 底冷えのするような声でベアがそう言った途端、重くのし掛かる様な気配が一瞬私を過ぎっていきました。

 今のが何だったのかを私が考えるよりも早く、蛇薔薇は乱雑に伸ばされた髪の間からベアを見て、口の端を吊り上げます。



「——へえ」



 瞬間、先ほど感じた気配よりも更に濃く重い圧が私の身体にのし掛かって来ました。

 肌を刺す真冬の様な冷気と、心臓を掴まれたかの様な感覚。

 突然の出来事に、思わず体勢を崩し膝をついてしまいました。


 これが彼の刀霊の能力なのでしょうか……と、一瞬考えましたが、恐らくそうではなく。きっとこれは「殺気」と呼ばれる概念をゲーム的に解釈し、感じることのできる様にしたもの……なのだと思います。


 思えば、似たような感覚を経験したことは過去にもありました。

 この<虎狼 零>の前作に当たる<虎狼BS>において、プレイヤーが絶対に倒すことの出来ない災害のようなギミックとして配置されていた『鬼神』。その圧倒的な力と相対した時に奔る警報(アラート)の様な感覚が、今まさに私の身体を襲っている感覚と酷似していて。

 それ故に、嫌でも理解してしまいます。

 ……この蛇薔薇というプレイヤーと戦うことになれば、一瞬で殺される、と。


 そんな状況の中で、ベアは腰に提げた刀に手をかけ——不意に殺気が霧散しました。



「……いや、やめようぜ。折角の祭りなんだし」



 そんなことを言いながら、蛇薔薇は椅子の上に立ちました。



「俺って実はこのイベント結構好きでさ。今日ここに来てるのもこのイベントを守るためなんだよ」


「……守るため?」


「そう、守るため。俺は出来る限り観戦に専念したいんだけど、思ったよりも奴ら色々と考えててさ。これ俺が動かねーとやばいんじゃね? って思ってな」



 前の座席に足をかけながら、彼は言葉を続けます。



「他にも守ろうって動いてる人間はいるんだけど、どうも人手不足みてーだしな。しょうがないから、俺が代わりに無粋な奴らからこの大会を守ってやろうって思ったんだ。どうだ、殊勝だろ?」


「あの、ちょっと待ってください。急に何か色々と言われてもよく分からないんですけど……つまり何者かがここでテロみたいな事件を起こそうとしてるってことですか?」


「その通り。このイベントに乗じて色々やろうとしてる輩が居るっぽいんだ」



 彼は細い手すりの上で器用にバランスを取りながらくるりと一回りして——


「例えばそこのお前」


 ——私たちの近くにいた一人のプレイヤーを指差しました。

 黒い帽子を被ったそのプレイヤーは、椅子に座ったまま目線だけをこちらに向けます。



「誰の差し金だ? いやまあ、大体の見当はついてるんだけど」


「……さあ、何のことだか」


「シラを切るのかよ? まあいいけど。プレイヤーネーム神ヶ嶺(かみがみね)。緋岸【不倶戴天】の幹部格。刀の名は『憑纏(つきまとい)』で、能力は斬撃や妖術などあらゆるものが対象を追尾する様になる……だったか?」


「……チッ」



 そこまで知られていてシラを切るのも意味がないと悟ったのか、帽子の男は飛び跳ねるように椅子から立ち上がり、懐から複数の球体を取り出して投擲……というか射出しました。

 能力を発動してアイテム情報を注視してみると、どうやらそれらは全て小型の爆弾のようで、導線はかなり短く……つまり爆発寸前です。



「っ、間に合わない——」



 これは死んだかと思ったその時、私の体に木の根が巻きついてきて、引っ張り上げられるように後方に放り投げられました。どうやらベアの能力に助けられたようです。


 空中で体勢を整え、着地して先程の男の方を向いたその瞬間、物凄い音と共に爆弾が爆ぜました。

 あの大きさからは想像もつかないほどの衝撃。大きな瓦礫を目視で回避しつつ、一先ずベアの元へ近づきます。



「! 良かった……無事だったようだね」


「ええ。おかげさまで私は平気ですけど、しかしあの人は——」


「蛇薔薇のことは気にするだけ無駄さ、彼は文字通りレベルが違うからね……」


「そう言うこと。俺って強いからさ、こんなんじゃ全く効かないんだよね」



 爆発によって巻き上げられた砂煙の中、蛇薔薇は何事もなかったかのように立っていました。

 鎧を着込んでいるわけでもないですし、全くの無傷というわけではないと思うのですが……。



「と言うかさ……もっとマジメにやってくれないと、俺も本気出せないんだ」



 そう言って、ここで蛇薔薇は刀を抜きました。

 一般的な刀に比べると若干短めではありますが、それ以外に何か異様な点は特にありません。

 その刀を、蛇薔薇は手に持ってくるくると回し——



「『奈落自堕落(ならくじだらく)』」



 ——そう言って、一息に自分自身の左胸を刺し貫きました。



「はあ!?」



 いや、全く意味が分からないんですけど! 何で急に自殺したんですか!?

 このゲームでは首と同様に、主要な臓器も明確な弱点として設定されています。ですから、自分でやったとはいえ、心臓部を貫通するほど深々と傷つければ死は免れません。

 そう言うものなのだと、思っていたんです、けど……



「ふう……準備完了だ」



 蛇薔薇は身体に刀を貫通させたまま、何事もないかのように呟きました。



「チッ……ここは退くか」



 その異様な光景を前に、帽子の男は舌打ちしながら懐から色の違う球体を取り出し、地面に叩きつけました。瞬間、バフッと音を立てて濃い煙が噴き出されます。

 なるほど、煙玉でしたか。眼に極振りしている私には問題なく男の動きが見えますが、恐らく普通のプレイヤーならば何も見えないでしょう。

 それ程に濃い煙の中で、男は地面を蹴って跳躍し——逃げるのではなく蛇薔薇の懐へと勢いよく飛び込んで行きました。


 不意打ちを狙ったのかと思いましたが、男の様子を見る限りでは、どうやらそういうわけではないようで。

 男は自分の行動が理解できないとでも言うかのように、その顔に焦りを浮かべていました。

 そんな彼の様子を見て、蛇薔薇が両手を広げるように構えながら笑います。



「ははっ、自分から飛び込んで来てくれるなんて親切だな——《十弾指銀(じったんしぎん)》」


「ガッ——はァ……ッ!?」



 極彩色の能力を発動していて尚、目で捉えることのできない速さの攻撃。

 振るわれた蛇薔薇の両腕は、一瞬で男の身体に十箇所のダメージエフェクトを発生させ、そのまま死に至らせたのでした。



「なっ、何なんですかこの人……」


「何と言えば良いのか……彼の異名は様々あるけれど、総括すれば……『<虎狼 零>最強プレイヤー』と言ったところかな」


「そう、最強。トップランカーのトップ。まあ相性の悪い相手はいるけどさ。……大抵俺が勝つよ」



 死体を漁りながら、蛇薔薇は横目でこちらを見つつ言いました。随分と自信があるようですね。

 それが自惚れでないことは、今の戦闘を見れば明らかではあるのですが。


 トップランカー……いつかは目指したいと思っていたその頂に立つ者は余りにも強く、しかしそれ故に、私の闘争心はより一層強く燃え出したのでした。

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