予選開幕
神織華王御前試合は、現実世界で言う土曜と日曜の二日間に渡って開催される、大規模なPvPイベントです。
ゲーム内時間に換算すると六日間なのですが、まあ流石にそこまでずっとやっているわけではなく。ある程度時間に余裕のあるスケジュールになっているようです。
深夜帯とか朝とかは廃人以外参加しにくいですからね。
というわけで、現在時刻は土曜の午前九時。
本来のスケジュールでは、まだこの時間には何も行われないはずなのですが……私は龍子とベアと共に試合会場である六花刀技処へとやって来ていました。
チーム戦の制限ありルールの方の参加者が例年より多かったらしく、予選が行われることになったのです。
指定された場所に向かうと、すでに多数のプレイヤーが集まっていました。確かに人数は多いですね。
「予選って、これまでもあったんですか?」
「ああ、前回はあったね。第一回は能力バレを警戒する人間が多かったのもあって人は少なかったし、第二回はイベントがあったから参加者は少なくなっていたのだけれど」
「能力バレ……ですか」
「リクドーの能力は外からじゃ分かりにくいから気にしねーかも知れないけど、能力ってのは大抵隠してた方が有利だからな。これが自分の手札の全てですよって具合にブラフかまして、余裕こいた敵に後出しで奥の手をぶつけるのが一番強ぇんだ」
「あー、能力バトル系の漫画とか後出し多いですもんね。大体後出しした方が勝ってますし」
「それはまた少し違う気もするけれど……少なくともこのゲームにおいては、どうやって敵に奥の手を消費させるかが重要になるね。そこもこの数日で練習できればよかったのだけれど、こればっかりは仕方がない。連携ができただけでも良かったと考えよう」
「連携っつっても、アンタとアタシの能力の相性が悪すぎるから各個撃破って話になったろ」
せっかく三人で戦うのだから連携とかしたいですよねってことで、ここ数日は練習していたんですけど、私たちって見事に個人技で押すタイプなんですよね。
結局連携は諦めてそれぞれが相性のよさそうな敵を倒そうってことになりました。つまり作戦という作戦はありません。
まあ、それでも私とシキならどうにかなるでしょう。頑張っていきますよ!
…………。
「……シキ?」
心の声に対する反応がないことを不思議に思って声をかけると、シキはゆっくりと球体の状態で実体化しました。
その様子はどこかよろよろとしていて。
『ごめんなさい……ちょっと、ぼうっとしてしまって……』
「えっ。どうしたんですか……? 風邪……とか引くんでしょうか」
今までになかった現象におろおろしていると、龍子が呟きました。
「……それ、能力覚醒の予兆だな」
「え、本当ですか?」
「アタシの刀霊もそうだったけど、一気に能力が解放されるって時にそうなるんだ。ただ基本はそうなってから解放までに少し時間がかかる。問題はいつこの状態になったかだけど……なあ、これ以前に異変を感じたこととかねーか?」
『ぼうっとし始めたのは昨日からね……もしかしたら、それ以前から何かあったのかも知れないのだけど』
「……あ。そういえば、少し前にシキの姿に違和感を覚えたんですよね……確か、ベアに仇討人について聞こうとした時です」
「大体一週間前だね。となると、黒夜叉を撃破したのも神龍寺に殺されたのも予兆が出てから。刀霊の成長は強敵を撃破したり強く感情が動いたときに起きやすいというから、ある程度は覚醒に近づいていると考えていい。予選はともかく、大会本番前に覚醒することもあるかもしれないね」
「まあそれでもギリギリだし、ぶっちゃけ覚醒しない可能性の方が高いと思うけどな。それでも覚醒できればだいぶ戦力が増強されるだろうし……予選は戦闘を控えようと思ったけど、なるべく戦闘しまくって成長を促すって方向性で行くか」
「あ、そういえば聞き忘れてたんですけど、予選ってどういうものなんですか?」
「ああ、言ってなかったか。予選は――」
「乱戦形式。西洋の言葉では“ばとるろわいやる”と言うんだったかな」
「っ!」
龍子の言葉に割り込んで背後から響いた声に驚いて振り向くと、そこに立っていたのは――なんて言うんでしょう。あまり和装に関する知識がないので具体的にどういうものなのかが分からないのですけど、見るからに高貴な人でした。
青みを帯びた黒い長髪に、薄く輝く豪華な装束。
いわゆる平安貴族的な感じです。日々の感傷を歌に詠むタイプの。
いつの間に背後に来ていたのでしょうかと疑問に思いつつ彼を注視してみると、そこに表示されたのは緑色の名前。
つまりはNPC、なのですが……問題はその称号でした。
[華王 美柴院戒羅]
「王!?」
「なんだ、驚くまでに時間差があったな。余のことを知らなかったか? まあよいが、しっかりと眼に焼き付けておくのだぞ。この華王の華麗なる姿をな」
髪を手でふぁさっと流しながら、この神織の王はキメ顔で言いました。
「さて、戯れはこの程度にして務めを果たすとするか」
あくびをしながら、彼は部屋の少し高くなってる場所まで歩いていきました。
その後ろ姿を見ながら、私は龍子に耳打ちします。
「……あの人が王なんですか?」
「名前欄みたろ。それが全てだ」
「……にしては護衛とかいなそうなんですけど。このゲームNPC殺せますよね。王は死なないとかそういうやつですか?」
「いや、システム的には王も殺せるぞ。なんなら殺すことによるメリットもある。ただ……このゲームの王って単体で滅茶苦茶強いんだよ。ぶっちゃけハイリスク過ぎてやろうとするやつはほとんどいない。……まあ、稀にやろうとするバカもいるんだが」
なるほど……まあ運営にとっても重要NPCはあまり殺されたくはないでしょうし、そのために能力をめっちゃ盛ってるという感じなんでしょうね。
それならNPCを殺せない仕様にでもすればいいのではとも思わなくもないのですが、そうしたくない理由とかこだわりとかがあるのでしょう。
それはともかく、壇上に上がった華王は、この場にいる全プレイヤーの注目を浴びながら話し始めました。
「さて、本当なら余から貴様らに何かねぎらいの言葉でもかけてやるべきところなのだろうが、残念ながらこれは予選だ。台詞を二種類も考えるのは面倒だからな。ここでは省略して、手短に済ませてしまおう。今から貴様らを広い閉鎖空間に飛ばす。そこで殺しあって、三十二組まで減ったら終わりだ。つまり半分以下になるということだな。当然、本戦と同じ制限が適用される。……質問はないな? あっても聞かんが」
なんか色々とぶっちゃけすぎなんですけど、とりあえずルールはわかりました。
要は生き残ればいいんですよね。殺害数も求められていないようですから、規定チーム数になるまで隠れているというのもできるかもしれません。
とは言え、今はシキの能力を覚醒させるためにもなるべく多くの人と戦いたいところです。
なんて考えていると、華王は自らの刀を抜き、ゆっくりと天に掲げながら唱え始めました。
「——流れ乱れて象るは、王の花園、庭に国。四方結界、八道封鎖——『花風汪溢織塞庭園』」
はじけるような音と、頬をなでる風。
その感覚に私は一瞬気を取られ――気が付くと、私は見知らぬ草原に立っていたのでした。
次回からようやく戦闘開始です




