殺意渦巻く
神織の街中にある煌輝晶のように淡く光を放つ紫色の水晶が各所から突き出す洞窟を、私たちは進んでいきます。
道中に敵はほとんどおらず、時々現れた小鬼のような魔物もあまり強くはないため、特に詰まることもなく。
暇なので、少し富士袮さんと話してみることにしました。
「富士袮さんも初心者……なんでしたっけ。いつくらいから始めたんですか?」
「志柳でいいですよ。僕は大体三か月くらい前に始めました。ちょっとリアルが忙しくて、最近まであまりログイン出来てなかったんです」
「なるほど」
そうなると、いくらログイン時間が短いとはいえ私よりもステータス的には強そうですね。
まあステータス的な話をすると私は眼に極振りしているため防御力とかはほとんどすべての人に負けてしまうわけですけど。
「ちなみに所属は神織ですか?」
「いえ、うちは別のところです。と言っても、有事の時以外は特につながりもない同盟なので、自分はいつも各国を回ってるんですよ。神織にいたのもそれが理由です」
このゲームは大抵の人が同盟に入っていますが、その在り方は様々なようです。
強敵を倒すことに心血を注ぐ同盟もあれば、優れた装備を作ることのみを追求する職人たちが集まった同盟や、PKerが集まる同盟など、何となく耳に入ったものだけでも色々ありますね。
確か、この前銀餓狼を倒したヱヰラさんの【銀空騎士団】はRPを重視する同盟として掲示板などで有名でした。
もちろん、全ての同盟に目標があるわけではありませんが。私たちの【万華郷】のように特に方向の定まっていないところも多そうですし。
さて、そうして数分歩いて、私たちはボスの待つ空間へとやってきました。
人が立ってぎりぎり通れる程度だった洞窟から、大きなドーム状の空間に。
光を放つ紫水晶のおかげで、その空間は問題なく相手を視認できる程度には明るく、それ故に、私は空間の中心部に立つ異形を見ることができました。
黒く、膨れ上がるような巨大な身体と、その腕に握られた赤黒い大剣。
ギロリと睨みつける瞳は赤く、薄汚れた銀の頭髪の間からは捻じれ曲がった二つの角が天を衝くように伸びています。
表示された名は黒夜叉。つまりはこれが今回の標的というわけ、ですが……。
「…………」
この空間に足を踏み入れてからずっと感じている、圧し潰してくるような感覚……一言で形容するならば「殺気」と表現するのが正しいように思えるその感覚に、私の足は思わず歩みを止めてしまいました。
横を見ると、彩音は恐怖からか小刻みに震えています。
志柳は表情一つ変えていない……ように見えて、額から一筋の汗が流れていました。
目の前の魔物を見て、思わず疑問の声がこぼれます。
「……本当に、これが……?」
背筋が凍るような威圧感を放ち続けているこれが……己級で一番弱い……?
己級の他の魔物を知らないので「そんなはずがない」とも言えないのですが、これを前にして、どうしても思ってしまいます。
――本当に倒せるのか、と。
そして、思ったままのことを神龍寺さんに聞こうとし――
「…………神龍寺さんがいません」
「っ!」
「えっ、え……?」
先ほどまでいたはずの彼の姿は何処にもなく、何が起きたのかと辺りを見回していると、不意に頭上から声が響いてきました。
「はいどうもー、神龍寺の放送にようこそ! 予告通り今日は良い初心者が入ったんで生放送やりまぁす」
「……は?」
「今回の犠牲者はこの三人! 敵は黒夜叉!! 勝てるんですかねぇ。まあ無理だと思いますけど!」
「こ、これって……!」
「……なるほど。嵌められましたね」
完全に油断していました……。中身の年齢があまり高くはなさそうでしたが、赤ネームではなかったのでとりあえず大丈夫かと考えていました。
口ぶりから察するにこれが初犯というわけではないのでしょうが、なるほど。確かに自分から手を下すのでなければ業値は溜まらないでしょう。
正直言ってこれを事前に見抜くのは難しいとは思いますが……それでもこれは、純粋にムカつきますね。
「さあ、できるだけ足掻いて死んでくれよ! 簡単に死なれちゃ撮れ高が足りなくなっちまうからな!」
「ど、どうしよう……」
「……あいつは後で殺します。どっちにしろ、今は黒夜叉を倒さないと」
足はもうすくみません。
黒夜叉への恐怖が神龍寺への怒りに上書きされたのでしょうか。
まあ、理屈はどうでもいいですが。今はただ目の前の敵を倒すしかありませんから。
「二人とも、動けますか?」
「僕は大丈夫です。彼女は……難しそうですけど」
「ご、ごめん……腰が抜けちゃって……」
「大丈夫です。彩音はそもそも回復役ですから」
一応動けなくても問題はありませんが、その分ヘイトが彩音に行かないように気を付けないといけませんね。
このゲームのヘイトのシステムがどんなものなのかはわかりませんが、回復役から先に潰しに来るパターンも考えられますし。
さて、黒夜叉は既に戦闘態勢に入りました。こちらも動き始めなくてはなりません。
刀に手をかけて一歩踏み出すと、志柳が口を開きました。
「倒せると思います?」
その質問に対し、私は振り返らずに答えます。
「ええ、当然です」
「ははっ、言い切るんですね」
彼はそう言って笑い、私の横へと並び立ちました。
「僕も同じ考えです。――『物欲竿』」
刀の名を呼ぶのと同時に、彼の能力が解放され、刀が一回り長くなります。
配信に乗るのを避けるためか、彼は声を小さくして能力について説明しました。
「僕の『物欲竿』は攻撃しただけ相手からステータスを奪うという能力です。ですので、僕が攻撃し続けることさえできれば勝ちの目はあると思います」
「なるほど……分かりました。私が引き付けるのでその隙に攻撃してください」
元より私のプレイスタイルは回避を主としていますから、いわゆる回避盾のような動きをすることも可能でしょう。
まだスタイルを確立したわけではありませんが、この状況です。無理にでも合わせなくては。
さて。敵のステータスを奪うという能力の性質上、もっとも難しいのは敵の強さに変動のない序盤になるはず。
出し惜しみはしません。全力で行きます。
「行きましょう――『極彩色』」
「――ォォォォオオオ!!!」
黒夜叉の叫び声が洞窟内に響く中、私は黒夜叉に向かって駆けだしたのでした。
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