討伐組合にて
討伐組合神織支部。
雀通りで最も大きな建造物の中にあるその施設は、常に人でにぎわっていました。
ここは魔物の討伐依頼を受けたり、希少なモンスターを討伐した際に追加報酬を受け取れたりできるらしく、他のゲームで言うところの討伐ギルド的な役割になっているようですね。
wikiを見てみると、序盤の段階で登録しておくのをお勧めするという風に書かれていました。
一応このゲームにも世界観の分かるクエストのようなものがあったりするようで、その受注条件に討伐組合の級段位が入っていることがあるらしく、それ故に最初の段階で登録しておくことをお勧めしているのだとか。
まあ私は受注条件にそれを求められるようなクエストを受けたことがないのでここまで討伐組合に所属しなくても問題はなかったわけですが。
……ん?
もしかして、私ってそもそもクエスト自体を受けたことがない?
『確かに、受注したことはないわよね』
「やはりそうですか……いろいろな相手と戦ったような気はするんですけどね」
何か普通の人とは違う遊び方をしているような気がするのですが、まあ正直言って私はPvEよりPvPをやりたいのでこれでいいとも思っていたり。
とは言え、積極的にPvP活動を行うためには仇討人になっておきたいところですし、そのうえでこうして魔物を狩る必要が出てきているので、PvP一辺倒というわけにもいかないのでしょうけど。
「登録、終わったよっ」
窓口の方から彩音が駆け寄ってきました。
「じゃあ、早速どの魔物を倒しに行くか決めましょうか」
「うんっ」
さて、仇討人になるために提示された条件は「討伐組合で初段になる」というものでした。
これについてはもうすでに調べていて、討伐組合で初段に上がるのは割と簡単らしく、誰でも魔物を狩っていればいずれは到達できるくらいのようです。
とは言え、それではかなり時間がかかってしまいます。
私としてはどれだけ時間がかかってもいいと思っているのですが、ここで時間をかけすぎてしまうと彩音が委縮してしまう可能性がありますし。
というわけで、今回考えているのはそれ以外の方法――一定以上の強さの魔物を倒すことで一気に飛び級するという方法を使うことにします。
単純な話、弱いのを延々と狩るよりも強い魔物を一体倒したほうがトータルでは圧倒的に時短になりますからね。
魔物の階級は十干で位付けがなされており、一体倒すことで初段になることができるのは己級……上から六段階目の位の魔物のようです。
そう考えると若干弱めに感じるかもしれませんが、何処にでもいるような通常の敵は全て最低ランクに入るらしく、九段階目である壬級から特殊な敵となるため、己級は相応に強い敵なのだとか。
とは言え、絶対に勝てないというわけでもないでしょう。
前に比べればカウンターや居合技が増えていますし、ステータスも向上しているわけですからね。彩音の回復もありますから継続して戦闘を行えますし。
ただまあ、せめてもう一人は欲しいなとも思いはしますが。
「他のプレイヤーと一緒に戦うことになってもいいですか?」
「う、うん。大丈夫……かな?」
彩音の返答はどこか自信なさげでしたが、ここは頑張ってもらうしかないですね。
「さて、どれがいいかな……っと」
己級の魔物の依頼書が掲示されたスペースで、良さそうな魔物がいないかと見てみることにします。
[白黒百足]、[此岸花]、[金色鴉]、[浅淵の眼]……いろいろありますね。
虫は嫌ですし、花型の魔物は何か妙なギミックとかありそうですし、鴉は対空攻撃手段がないとしんどそうですし、最後のに至っては魔物がどういう姿をしているのかさえ書かれていないのでよくわかりません。
まあ、掲示されてる中で一番まともそうなのは……この地獄河原ですかね。大昔に合戦があった河らしく、今でも生者が通ると多数の骸兵が湧き出るのだとか。
範囲攻撃手段は手に入れましたし、彩音も必殺技的な立ち位置ではありますが雨を降らせて攻撃する広域範囲技があったはずですから、相性もそこまで悪くはなさそうです。
というわけで、依頼を受注するために依頼書を壁から剥がしま――
「それは難しいと思うぞ」
不意に横から誰かが声をかけてきて、私は手を止めました。
「えっ?」
「ああ、驚かせるつもりはなかったんだが」
いつの間にか横に立っていたのは、黒い髪の青年でした。
獲物が刀ではなく星を模した大剣なことにはもはや慣れましたが、装備自体は和風なので浮き具合が凄いですね。
「俺は神龍寺勇魔。ここで初心者の手伝いをしている者だ」
「えっと、リクドーです」
「あ、彩音です……」
私たちの名前を聞いてから、神龍寺さんは横目で依頼書の掲示された壁を見ました。
「己級……ってことは初段になりたい感じか?」
「はい、そうですけど」
「それなら丁度いい。同じく初段になりたいって人がいるから手伝おうとしていたところなんだ。よかったら一緒にやらないか?」
そうですね……上級者に助けてもらうというのは正直不本意ではあるのですが、二人では勝てそうにないですし。
まあ、名前の色を見る限りPKerではないようですから、ここは素直にご一緒させていただくことにしましょう。
「そういうことなら、ぜひお願いします。彩音も大丈夫ですよね?」
「う、うんっ」
「よし。じゃあパーティに入ってくれ」
すぐに飛んできたパーティ申請を受理すると、ウィンドウが開いてパーティリストが表示されました。
リストには、この場にいる三人とは別にもう一人、富士袮志柳という名前がありました。この人が先ほど神龍寺さんが言っていた人なのでしょう。
すぐ近くにいるのでしょうかと辺りを見回していると、入口の方から一人のプレイヤーがこちらに歩いてきました。
糸のように細い目の彼を注視すると、名前は先ほど見た富士袮志柳。この人がもう一人のプレイヤーというわけですね。
「富士袮志柳です、よろしくお願いします」
落ち着いた声でそういって、彼は会釈しました。
所作から察するに、多分中の人は女性ですね。まあ中身の性別なんてどうでもいいんですけど。
「で、どの依頼に行くんですか?」
私が聞くと、神龍寺さんは懐から一枚の紙を取り出しました。
そこに記されていたのは、黒夜叉という魔物の名前と、その名に恥じぬ黒で描かれた鬼の絵。
かなり強そうですが、等級は間違いなく己でした。
「強そうですね」
「黒夜叉は見た目こそ強いが、実際は己級の中でも最弱の魔物だ。初心者が初段になるために倒すべき敵として最も適していると言ってもいい。もちろん初心者だけでは倒せないだろうが」
「となると、神龍寺さんがメインで戦うという感じですか?」
「まあ、そうなるだろうな。とは言え、そこまででしゃばるつもりもない。ちゃんと全員に協力してもらうつもりだからな」
「ええ、元よりそのつもりですから」
「そうか、頼もしいな」
そう言って神龍寺さんは笑いましたが――なぜか目は笑っていませんでした。
愛想笑い……というには冷たすぎる目です。何か地雷を踏んでしまったのでしょうか?
と、そんな不安を抱えた状態ではありますが、クエストを受注した私たちは早速黒夜叉の棲む洞窟へと向かったのでした。




